俺はスキルを覚える
ゲームの中でも寝られるんだな。
俺は差し込む日差しで目覚める。今、何時くらいなのだろうか?
<この世界に明確な時間はないわ。太陽の動きだけが頼りね。>
この神は暇なのだろうか?かなりつきまとわれている気がする。
<神はね、人間なんかと比べものにならない程、マルチタスクが得意なのよ。>
マルチタスクねぇ、このゲームもきっと片手間で作ったものなのだろう。
<そんなことより、あなた、いつになったらセーブするの?
あなたがやらないから私がやっておいたわよ。>
それは親切にどうも。
セーブしないまま死んだら現実世界に戻れるかという期待があったのだが途絶えた。
<あら?意外と鋭いわね。その通りよ。
でも今セーブしたことで、あなたはこの世界に定着したわ。諦めることね。>
こうなるとゲームクリアまで進むしかないわけだ。
「お目覚めですか、勇者様。」
気づくとユナが扉から顔を少しのぞかせていた。
「ああ。」
俺はこのキャラが苦手だ。見た目は好きだし、性格も嫌いではない。
だが現実世界でゲームをプレイしている時から苦手だった。
「下に朝食をご用意しました。」
それを伝えると、ユナは引っ込んでいった。
トン、トン、トンと階段を下りていく音が聞こえてくる。
俺は布団を被る。ざらっとした感覚だ、心地よいものではない。
<いかないの?ヒロインの手料理よ。それに妙に元の世界に帰りたがっているじゃない?
帰りたいならどんどんゲームを進めないと。>
きっと俺は現実世界に未練はない。
俺のことを大切に思ってくれる人もほとんどいないだろう。
自称神が『妙に』と言ったのはその辺りを読み取ってのことだろう。
<私にはあなたが帰ろうとする理由は分かっているのだけどね。
あなたは突かないと気づきそうにもないから。>
神がフフっと笑った。こいつは俺の何を知っているというのか。
<私は神なのよ。分からないことはないわ。>
それもそうか。神とのやりとりに疲れた俺は布団を払いのけた。
「美味しい。」
昨日の宴でもそうだった。ユナの料理は美味しい。
もっと言えばユナの料理だけは俺の世界と近い味がする気がするので余計に美味しいのだ。
「お口に合ってなによりです。」
ユナが少しだけ笑った。
その食事での会話はそれだけだった。
彼女は綺麗でもっと話したいという気持ちもあるが、言葉が上手く出ない。
緊張しているのか?それとも変な苦手意識のせいだろうか?
<どちらにしても滑稽ね。これじゃあ勇者は無口キャラになってしまうわ。
でも主人公ってそういうものだったかしら?>
プレイしていた時の勇者もあまり喋っていなかったはずだ。
食事が一段落するとユナが話しかけてきた。
「勇者様、魔王討伐の旅に出る前に一度剣の鍛錬をしませんか?
恐らく記憶とともにこういった感覚もなくなっているはずです。」
このゲームがクソゲーたる所以の1つだ。
勇者はこの設定のためにスキルの1つも覚えていなければパラメータ―も低い。
<そうは言ってもあなたに剣が振るえるの?
今のあなたにとってはありがたい設定なのではなくて?>
その指摘は否定できない。
「そうしてくれると助かる。」
ユナと今は俺も住んでいる教会の前の空き地で俺は渡された剣を振るってみる。
その剣は使い古されている感じがした。
剣が重い。勇者となる前の俺は鍛えていたのだろう。持つことはできる。
しかし振るうとどうにも反動に引っ張られ、情けない動きを繰り返してしまう。
「情けないところを見せるね。」
俺はユナに言った。この発言がどれだけ恥ずかしいものか分かっていても言ってしまう。
「少しずつ上達してはいますよ。」
ユナは微笑んだ。いつもの悲しそうな雰囲気も忘れずに。
「それにスキルを覚えていけば、多少の無理はできるようになります。
あっ、スキルとは神の加護で放つことのできる奇跡の妙技です。」
勇者の記憶喪失はある種のゲーム装置だ。
こういった説明セリフを無理なく差し込むためのものに過ぎない。
設定では神の加護によって本来人間がなしえない動きができることになっている。
分かりやすい例だと[連続切り]だろうか?
1回斬る速さと同じ速さで2回斬ることができるのだから到底ありえない動きだ。
<いやいや私のゲームを過小評価しすぎよ。記憶喪失はもっと意味のある設定だから。>
是非期待しておくとしよう。
「スキルか、俺も覚えることができるのか?」
俺が積極的にスキルの話題にのっかったのには理由がある。
「はい。スキルは才能と尋常ではない努力がなければ覚えられません。
しかし勇者様は神に勇者として選ばれた方。
ほとんどのスキルを何の苦もなく覚えられるはずです。」
そう、スキルは勇者の特権とも言えるものなのだ。
スキルがないと勇者なんて肉盾ぐらいしかできない。
ユナに良いところを見せたいという思いが俺をスキルへ駆り立てた。
「それなら覚えなくてはな。教えてくれるか?」
とはいってもユナのスキルは覚えられないことは知っている。
「申し訳ありません。
私のスキルは神官として定められた人しか使えないものだけなのです。
幸いこの村にも何人かスキルを覚えている方がいます。その方々から教わりましょう。」
ユナのスキルを覚えられたら恐らく一瞬でヌルゲーと化し、別の意味でクソゲーになる。
<正直な話、この[神官]の設定は都合よく作った設定よ。>
ゲーム制作者は偉そうに言った。
さて、ゲームではここからユナが村人の居場所を説明してくれるので
その情報を元に自分で探し出すことになる。
1つでもぬかすと今後クリアできなくなるのは経験済みだ。
「では案内いたします。」
そう言ってくれると思っていた。珍しくゲームより楽な点だった。
最初に案内されたのは剣を背に装備している農夫だった。
彼は村の一番外側に大きな農地を持っている。
「アタシの[スラッシュ]をですか?へい、もちろん構いませんが……。」
少し困惑した顔で農夫は答えた。
[スラッシュ]はちょっと強い通常攻撃である。ただそれだけのスキルだ。
「では勇者様、アタシの動きに合わせてくださいね。」
彼が剣を振るう。そうすると剣が僅かだが光った。
この煌めきが神の加護、奇跡の証である。
「よっと。」
俺も真似をする。
ドクンッ。
体全体が鼓動する。今のスキルを覚えた感覚らしい。
「よっ、ほっ。」
何度かやってみるがしっくりくる。剣を振るう反動も気にならない。
「―は覚えるまであんなに時間かかっていたのに。」
農夫がぼそっとつぶやいた。
最初の方が少し聞こえなかったが、彼は苦労して覚えたということだろう。
「勇者様ほどの加護であれば、常に[スラッシュ]をお使いになってはどうでしょう?」
本来スキルを使うには[加護]というパラメータ―を消費する。
これはゲームでいうHPとMPに相当する。
HPにも相当するのは[加護]によって守られているからだ。
この[加護]がないとこの世界の人間のスペックは俺の世界とそう変わらない。
つまり斬られれば死ぬ。[加護]によって守られているからこそ平気なのだ。
そして勇者はこの[加護]が異常に高い。ユナに唯一勝てるパラメータ―だ。
「そうするよ。体に負担は感じない。」
俺はもう一度[スラッシュ]を放った。
ユナの寂しげな視線を感じながら。
この日、俺は後2つのスキルを覚えた。
1つ目が[祈り]。自身の加護を回復するスキルだ。
この世界でいう[信仰度]、一般的には魔法防御のパラメータ―が高いほど回復量は多い。
ただこれは今の俺が使っても無意味だ。
信仰するべきであろう神に全く信仰を持てないからだ。
<それ、私のことじゃないでしょうね。3つの意味で違うわよ、それ。
まず第一にゲームの世界の神=私ではないわ。>
それは薄々感じていた。
ゲーム制作者を神とするにはこの世界はあまりにも神の存在が大きすぎる。
<第二に[祈り]が無意味なのはあなたのパラメータ―としての[信仰度]が低いからよ。
もっともゲームとはいえ、世界に来てもらっているんだもの。
あなたにはパラメータ―を見せるつもりはないわ。>
俺ができるゲームらしいことは本当にセーブだけらしい。
後はある程度までの展開を知っていることだ。
<第三にあなたは私を信仰しているわ。>
間違いはどうやら2つだったらしい。
2つ目に覚えたスキルが[自己犠牲]。いわゆるかばうだ。
このスキルが非常に大事である。これがないと俺は肉盾すらできないからだ。
当面はユナの魔法スキルで敵を倒してもらわなければならない。
そうなるとユナの[加護]の消費は当然大きくなる。
そこで役立たずの俺は肉盾なるのだ。
<悲しくならない?>
お前がそういうバランスに作ったんだろうが。
おまけ
それもそうか。神とのやりとりに疲れた俺は布団を払いのけた。
<あなた、育ちが悪いわね。ここはあなたの家ではないのよ。>
自称神の言葉にハッとし、荒れた状態のベッドを見る。
俺はベッドメイクを慌ててする。
<そうそう、感心、感心。>
神の言う通りにするのは癪だが、ゲーム内とはいえマナーは守るべきだ。
<あなたももうこの世界の住人なのだから当然ね。>
神はそう言うと楽しそうに笑った。
神が見えるのなら俺は神を睨んだことだろう。