俺はこの顔に見覚えがある
「勇者様、大丈夫ですか。」
俺は頭を抑える。自称神とのやり取りを思いだし、
ゲームの世界に閉じ込められる瞬間の嫌な感覚まで思い出したからだ。
「あぁ。体に問題はない。ところで君の名前を聞いていいかい?
どうにも記憶がはっきりしない。」
ゲームの勇者も似たようなことを言っていた気がする。
「私の名前はユナです。御記憶がはっきりしないのも無理はありません。
勇者としての加護を授かる衝撃は凄まじいものだと言い伝えにもあります。」
ユナ、ゲームのヒロイン兼仲間キャラと同じ名前である。この顔と声に見覚えがあるわけだ。
初登場からどこか悲しげな顔をしていたのを覚えているし、目の前のユナも悲しそうだ。
「ユナ、俺は何をすればいい?」
ゲーム中の会話をなぞっている気がする。
記憶喪失からのこの発言にはなんと物分りの良いやつだと思ったものだ。
しかし俺は状況が違う。俺が聞いているのはユナであってユナでない。
ユナを通してあの自称神に聞いているのだ。
「本当に覚えていないの?」
ユナが俺の手を包み、見つめてくる。ユナの体温が伝わってきてドキドキする。
ユナと目が合う、やはりどこかで見た顔だ。
いや見たことあるのはプレイしていたゲームキャラだからだ。
それはもう理解しているはずだ、それなのに……。
「失礼しました。」
俺の沈黙を困惑ととらえたのか、ユナは手を離した。
ユナの手の温かみもふわっと離れていく。
「勇者様、あなたは魔王を倒すために神より力を預かったこの世界の希望なのです。
どうか、私達の世界を救っていただけないでしょうか?」
自称神は俺をテストプレイヤーと言っていた。
つまりは魔王を倒してゲームクリアすれば、俺は元の世界に戻れるだろう。
<その通りよ。>
頭に声が響く。さっと周りの空気が変わる。
目の前のユナから生気が、呼吸が感じられない。これは時間が止まっている?
<ゲームでいうところのポーズね。>
ご説明どうも。俺は心の中で悪態をつく。
声に出さずとも、こいつに通じているのは現世で学んだ。
〈現世ねぇ。ここはあの世じゃないのよ。
この世界、生きているようでしょ?あなたの世界と質感は同じはずよ。
ゲーム機を通してだとあのレベルにスケールダウンせざるを得なかったけど、
今のあなたならこのゲームを最大限楽しめるはずよ〉
あくまでゲームと言い張るか。
〈ゲームはゲームだもの。その証拠にあなたには勇者の力以外にも権能を授けたわ。
セーブとロードよ。〉
現実はやり直せない。どんなに後悔しても。
セーブとロードができるならこの世界はゲームなのだろう。
〈このゲームにも後悔はあるわ。セーブデータは1つだけよ。〉
クソゲーがクソゲーたる要素の一つである。
セーブデータが1つであるせいで、選択肢のやり直しがやりにくかった。
〈世界の保存って結構大変なのよ?〉
俺には関係ない話だ。
〈まあいいわ。私から言いたいことは大体言ったし。
そうそうあなたが死んだらセーブしたところからやり直しね。
あなたにはゲームクリアまでやってもらわないといけないから。〉
……俺以上に身勝手なやつだ。
〈じゃあゲーム頑張ってね。私は特等席で見ているから。〉
その声を皮切りにふと体が軽くなる。
「勇者様?」
ユナが心配そうに顔を見る。ユナのそんな表情は俺の胸をひどく苦しめる。
ゲームキャラに対してどうしてこんなに感情的になるのだろう。
「魔王は倒すよ、結果として世界も救う。だからそんな顔をしないでくれ。」
ゲームの勇者とまた同じことを言った気がする。気障な台詞だ。
「ありがとうございます。勇者様。
私も魔道士としてささやかながら魔王討伐をお手伝いいたします。」
こんなことを言っているが、ユナの手伝いはささやかではない。
ユナのステータスは完成されているからだ。一方で勇者は発展途上という設定。
たった1つのパラメータ―を除いては、ユナに勝てるパラメーターは勇者にはなかった。
「ユナがいてくれるなら心強い。」
俺は本心から呟くように言うと、ユナは初めて笑顔を見せた。
曇りのある笑顔だったが、綺麗だと思った。曇っていなければどれだけ綺麗だろうか。
あの後、粗末な宴が開かれた。
俺は案内された部屋のベッドの上でそのことを思い出していた。
古来より勇者の出立は質素なものである。歓迎されていないわけではない。
この世界は魔王軍によって統治されているため、人間には重税が課されているのだ。
加えてここは辺境の村だ。
秘密裡に勇者の力を授かる儀式を行うにはこういう場所しかない。
ただ質素なことよりも村人の態度が気になった。
『勇者様、どうかこの世界を救ってください。』
たかが一つの台詞、ゲームをやっていた時は違和感を覚えなかった。
しかし実際に目の前で言われるとどこかよそよそしさが感じられた。
〈今やっているのもゲームよ?表現力の限界はハードがいけないのよ。〉
さっきの宴の食事にも味はあった。村人一人一人の感情もはっきりと伝わってくる。
それでも俺はこの世界でゲームをしなければならない。
きっとここは俺がいるべき世界ではないのだ。
〈あなたねぇ、これはゲームよ?
それにあなた以上にこのゲームに相応しい人はいないのよ?〉
この神のことは基本無視しているがたまに気になる発言をするから厄介だ。
俺が相応しいというのは、お前が選んだテストプレイヤーだからか?
〈まっ、今はそういうことでいいわ。
私にだって、言いたいこと・言いたくないことぐらいあるもの。〉
どうやら違ったらしい。
俺には考えることがいくらでもあったが、いつの間にか襲ってきた眠気には勝てなかった。