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おっさん先生の青春指導  作者: しえ☆もり
3/3

2話:青春は勇気


 入学式は終わった。何の変哲もない、ただの入学式だった。校長と呼ばれる男がダラダラと説教を垂れ、きっと入学試験で一位だったと思われる、可愛い女の子が答辞を読んで、終わった。あ、因みに答辞を読んでいた女の子は上野さんだった。あら、びっくり。

 入学式前の自己紹介が功を奏したのか、クラスメイトは着実に、友達と呼べる関係性を構築しようとしているのが伺えた。式の前後で、隣のクラスメイトに話しかける勇気、俺も見習いたい。現に俺も、式の前後で沖田以外の男子に話しかけられた。委員長、よろしく!的な、当たり障りのない、普通の会話が出来て俺は嬉しいよ。


 

 教室に戻るとなぜかすぐにガイダンスという名の授業が始まるのであった。入学早々授業、する?まあ、一応進学校だし、分らなくはないが……。

 そんなことを考えているうちに、現代文の教師が足早に教室に入ってきた。ショートカットの若い女性である。よく見るとすごく美人。タイトなスーツに身を包み、なんだか大人の香りがする。年は若い事に間違いないが、雰囲気は完全にアラサー。なにこれ学園モノのアニメ?


「号令」


 その女教師は教壇まで歩きながら言い放った。もともと教室は妙な緊張感で静まり返っていたが、その一言でさらにピンと何かが張り詰めた。


「き、りつ」


 俺はたじろぎながらも、絞り出すようにして、かつ教室の全体に聞こえるように、号令をかけた。

 すると、教壇へたどり着いた女教師はニヤついた表情で俺を見つめた。


「へえ、今度のクラスはあなたが学級委員長なんだ」


「……?」


 その言葉の意味をうまく呑み込めない俺は苦笑いしながら、あはは、と元気の無い声を漏らしてしまった。


「あー、ごめんごめん、遮っちゃったね。号令の続き、どうぞ」

「あ、はい……礼」


 その女教師はゆっくりと頭を下げ、髪を耳元でかき上げ、口角を上げた。

 椅子に着席すると、女教師が再び口を開く。


「私は渚よう子って言います。年は26ね」

「おつ先生のクラスってことは、みんな今、放置されてる感じ?」


 俺ははっと息を飲む。まさに今、何かそこにあるのを感じた。入学早々、担任による放置プレイ、納得いっていないのはクラスの全員がそう思っているはずだ。それを、その担任を、知っている人がいま目の前に居た。この人がどういう人間なのかは分からないが、この人に縋りたい、そんな気持ちが芽生える。俺たちの高校一年生としての生活が懸かっている。なんでもいいから教えてくれ!あいつはなんなんだ!

 そんなことを考えていると、渚先生は続ける。


「おつ先生のクラス受け持つと、毎回こんな感じの雰囲気なんだよね」

「でも大丈夫、おつ先生は良い人だから!きっとすぐ分かるから!」


 渚先生は元気に言った。俺は何が大丈夫なのか理解できなかった。何が分かるのかも分からなかった。


「じゃ、現代文のガイダンス始めるね。まず資料配るから―-」


 そうして、やはり謎を残しながら授業は始まった。

 我々の担任、おつ先生、通称おっさんは、何者なのだろうか。




 おっさんとの会話、その瞬間はすぐに訪れた。それは昼休みの半ばの事である。


「お、牧田、慣れたか?」


 何に慣れるというのだろうか。俺は心底不愉快な気持ちで突如教室に入ってきた男を睨んだ。おつ先生である。

 唐突なおつ先生の襲来により、クラスに緊張感が漂う。一緒に昼飯を食べていた沖田もおつ先生に目が釘付けになっていた。

 おつ先生はぼさぼさの髪を左手でワシワシと掻きながら俺に歩み寄る。


「学級委員、お前じゃん?」

「ええ、まあ……」

「副学級委員、決めといて」

「え?」


 おつ先生は俺に背を向け、仕事したわーとでも言いたげな歩き方で教室を後にしようとする。

 副学級委員?なぜ俺が?疑問をよそに、おつ先生はその歩みを止め、もう一度俺に向き直る。


「一応、副学級委員は女の子で頼むな。そういう決まりらしいから。あと決まったら職員室に報告きて」


 じゃ!と今日一番、元気な声を上げて立ち去った。

 なんなんだ、急に副学級委員とか。しかも女の子とか、なんなんだ。

 それでも、胸のもやもやは少し晴れた。ぶっきらぼうで何を考えているのか分からない先生に話しかけられた、ただそれだけで何とも言えない、嬉しさが胸に介在していた。

 そんなことを考えながら立ち尽くしていると、沖田が話しかけてきた。


「副学級委員?女の子限定?!」

「お、おお……」

 喜々として訊いてくる沖田に、呆れ気味に、相槌を打った。


「良かったじゃん!」


 沖田はたじろぎながらも苦笑いしながら肩をぺしぺしと叩いてくる。いや、このクラスの女の子、上野さんしか知らなくね?自己紹介したけども、顔と名前一致してなくね?しかも、何が良いのかは分からない。


「俺、上野さんぐらいしか女の子知らないし……」


 沖田は、だよな、と呟いて少し考えるふりをして見せる。


「上野さん、そういや入試一位だったな……上野さん可愛いし、俺が牧田君だったら上野さんに頼みに行っちゃうね」


 沖田は、でも、と続ける。


「なんか、狙ってる感、出ない?」


 俺は急に胸を抉られたかのように目を伏せる。確かに、上野さんは可愛い、そして学年一位の成績、そんな人に副学級委員をやってもらえたら最高の高校生活の幕開けだろう。だが、その上野さんを指名するということは、つまりそういうことである。単に隣の席の女の子だったから、という理由だけではみんなは納得しないだろう。そして俺は、かわいい女の子に職権を乱用して近づこうとしている、という軽蔑の眼差しでクラスの皆からみられるだろう。いやしらんけども。


「まあ、そう……かも」

「とりあえず、みんなの前で副学級委員を募ってみたら?誰もやりたがらないかもだけど」

「……そう、するか……」


 俺は本当に嫌だった。また教壇に立って、みんなの目の前で話すのは。

 先ほどまでの嫌悪感とはまた違う。おつ先生という謎の存在から唯一指名され、いまのところ俺の知る限りでは、俺にしか会話を持ち掛けていない。つまりそれはどういうことか。あいつだけ、なんか、話しかけられてね?という嫉妬と憎悪にまみれた感情を抱いてしまうのだ。いや考えすぎか。

 だが、そんな他人の気持ちなど考えている余裕など無いのである。やらなければいけない、最初が肝心なのである。もうあの先生には舐めに舐められているだろうが、頼まれたことをキッチリこなす、それが人間の信頼を勝ち取る秘訣なのだ。と、思うのだが皆はどうかな?

 なんにせよ、副学級委員を決めるにはこの時間を使うしかない。善は急げである。


「あの、すいません」


 そう言うとクラスはゆっくりと静まり返る。なにこれ怖い。

 俺が口を開く、それはつまり、このクラスの希望なのである。いまこのクラスを何とかできるのは俺しかいないのである。すべての期待を背負っているのである。それに俺は応える義務がある。

 沖田は喜々としてこちらを見つめている。いや、お前、陽キャなんだから手伝えよ。


「先生から、副学級委員を決めろって言われて……」

「それで、女の子じゃないとだめらしくて……」

「やってくれる方とか、やりたい方いたら、ぜひ……」


 まあ、いないよな。こんな変なオープニングを迎えたクラスで、副学級委員なんて。見ず知らずの男とタッグ組まされて、クラス運営とか、俺だったらやりたくない。





 窓辺の席から、そろりと手が挙がっていた。時は昼休み。クラスの皆が自由に移動してお昼を食べ終え、人という人が入り乱れている状況下でその主に目を向ける。




その手の主は、俺の席の横の女の子で、学年一位の成績で、可愛くて、綺麗で、俺に最初に話しかけてくれた子だった。




「わたし、副学級委員、やりたい、です」









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