1話:青春は出会いから
「あの……」
俺は声をかけられた。声色から女の子だ。
そっと声の主の方を振り向くと、そこには女の子が立っていた。当たり前である
俺よりも少し背が低いくらいだろうか、女子にしては背の高い方だと思った。
「牧田くん、だよね」
「あ、はい……」
この女の子は俺の机に貼ってある名前の書かれた紙を見て俺の名を呼んだのだと思う。自分の名前の書いてある席に座れ、という意図なのだろうが、まったく見ず知らずの人間が集まる空間にとってこれほど便利なアイテムは存在しないだろう。
俺もこの女の子にならって、名前を知らなければ。だがこうして対面で話している以上、目線が机の紙にいくのはなんともダサい。彼女の目線が逸れた瞬間を狙うしか……
「あ、私は上野、です」
上野と名乗ったこの女の子は、自分の机の上に明朝体で表記された文字を指さして言った。俺は無駄な駆け引きをしようとしていた自分の浅さで全身の力が抜けるのを感じた。あ、ほんとに上野さんだ。
「上野さん、よ、よろしくお願いします」
「同級生なんだから、タメ口でいいよ」
「そ、そうだね」
それよりも、と上野さんは長い髪を揺らしながら俺に一歩だけ歩み寄る。なんか、シャンプーの匂い、すごい!
「牧田くん、委員長になったんだよね……?」
「そう……みたい……?」
「わたし、何がなんだか分からないんだけど、あの先生って……」
件の中年の男の事だろう。だが残念、聞かれても分からないのである。
「俺も……よくわからないんだよね」
女の子は大きな目をぱちぱちさせながら、そうだよね、と呟いた。
「普通、最初は自己紹介の時間とか、あるよな」
そう言ったのは俺の左隣に座っていた、俺、サッカー部!みたいな顔つきの男である。
「俺、沖田!よろしく」
爽やかな挨拶とともに自分の名を名乗るとは貴様、さては陽キャだな?
「あ、牧田です」
「上野って言います」
沖田と名乗った爽やかイケメンは口元をすこし緩ませ、余裕を見せた。
「あの先生、おっさん、って言うらしいぜ?」
「おっさん?」
上野さんはすぐさま聞き返し、首を傾げる。
「こうのおつ、って名前らしいのよ。そんで、おつ先生とか、おっさんって呼ばれてるらしい」
「へえ、どうして知ってるの?」
「この学校に姉貴が居て、それで!」
上野さんは沖田の言うことを疑いもせず、関心したように頷いている。いや、俺も疑う理由は無いが……
「おっさん、とんでもなくクセが強いらしくてよ……悪い先生ではないっぽいんだけど」
「でも、急に俺たち放置されてるし」
「そうだよ……もう少ししたら入学式も始まるよね」
沖田は苦笑いしながら俺の肩をポンと叩く。
「じゃあ、委員長になんとかしてもらうしかないな!」
俺は15年生きてきて初めて理不尽というものを味わったかもしれない。
「そう……だね!がんばって!牧田君」
上野さん、無駄に便乗するのやめて……
「いや、俺は……」
沖田が周りの人間にも聞こえる声で話すもんだからほら、名も知らないクラスメートが期待の眼差しでこっちを見ているではないか。まったく何余計な事してるんだよ。
クラスの雰囲気は俺たちの周りから伝染し、一つの集合体となってこのクラスを支配した。
委員長がんばって!
無責任という名の化け物である。きっと、その昔、生贄とかやってた民族はこうやって一人の人間を死に追いやっていたのだろう。俺は生贄に差し出される人間の気持ちが今分かった。
クラスの視線はたじろぐ俺に注がれ続けている。覚悟、決めるしかないのか。
俺は渋々、おっさん先生が立っていた教壇に同じように立ち、口を開く。
「なんか、よくわからないけど、学級委員長になりました、牧田と言います。よろしくお願いします」
俺は15度くらい頭を下げた。すると、ワンテンポ遅れて沖田が拍手をする。何お前、良い奴かよ。
それにならって上野さんも拍手をする。その波に乗っかって、名も知らぬクラスメート共もまばらに拍手をした。
「あ、ども……」
俺はそそくさと自分の席に戻ろうとするが、沖田が手で制止した。
「委員長、自己紹介タイム、しない?まだ入学式まで時間あるみたいだし」
お前、本当に陽キャな。