序章:青春は突然に
「お前らに青春なんて存在しない」
俺は耳を疑った。……なんて?
「そのことをしっかり肝に銘じて高校生活、送るように。以上、ホームルーム終わり」
教壇に立った中年の男はそう言い放ち、学級委員に号令を促した。
しかし、教室には張り詰めた空気が広がる。今日、まさに初めましての右隣の女の子は、口をぽかんと開けて何が起きているのか理解できていない様子である。左隣に座る、俺!サッカー部!と言わんばかりの爽やかなイケメンは、口元を引きつらせながら周囲を見渡している。
そうこうしているうちに、教壇に立つ中年の男は、そのフサフサながらもクセっ毛の髪をポリポリと掻きながら口を開く。
「ああ、そういえば学級委員、決めてなかったな」
俺は、確かに、と思いながらも、そこ?と疑問を感じずにはいられなかった。
なぜなら俺はこの中年の男が何者なのか知らないのである。もちろん名前も。
そもそも教師なのか?自己紹介とか無いのか?入学して初めての顔合わせでそんなこと言う?ホームルーム短くない?俺に青春は存在しないの?といった、決して普通の高校1年生が入学当初に抱くことはないだろう感情が渦を巻いて、俺の心を曇らせる。
「じゃあ、目の前に座ってるお前」
「え?」
「学級委員な」
「え?」
教壇に立つ男は髪を掻いた手で、俺のことを指さした。え?
「じゃ、号令、頼むな」
俺は本当に何を言っているのか理解できず、目の前が真っ白になった。きっとポケモンバトルに負けた時はこんな感情になるのだろう。
俺の視線はその男から離せなかったが、クラス全員の視線が俺に向けられていることは容易に想像がついた。そのプレッシャーを受けて、俺は起立、と発声し、礼、と呟いてしまった、と思う。
きっとクラスの皆は俺の号令の通り、動作を共にしただろう。だが俺はその刹那の出来事さえも記憶に残らず、気付けば椅子に座って黒板の上の校訓をぼんやりと眺めていた。
教壇に立つ男はもう居ない。
きっと、号令が終わった後すぐに教室を立ち去った、と思う。もはや視界に映るすべての景色が脳に入ってこない。
中年の男が居なくなった教室は妙な雰囲気を醸し出しながら、決して青春ではない、もはや土曜の9時から始まる学園ミステリードラマのような、え?なにこれ。
こうして、俺の青春は始まるのだった。
教壇に立っていた中年の男と共に。