閑話1:最前線を目指す者たち
外界の最前線。エスリアより東、冒険者たちが誰も到達し得ない区画に明朗快活な声が響く。
一面が雪に覆われた景色の中で二人分の足跡が続いていた。前方を歩く夕日色の髪の少女はご機嫌に歌いながらスキップで雪の上を跳ねていく。少女が地に足を付けると積もっていた雪がとけ、その下にあった人工物を白日の下に晒す。
「せっいいっぶつ! ゆーきにうーもれーたっせっいいっぶつ!」
聖遺物。かつて人類が発展し、文明を築いていた証拠となる遺物。
レンガ造りの階段をピョンピョンと一段飛ばしで上っていくご機嫌な少女は途中で気が付いたように振り返った。
「ルナ、遅い!」
「ヒナが早すぎるんです!」
先行する夕日色の髪の少女ヒナ・ユニウェルが叫ぶと、後方から追いかける少女ルナ・ユニウェルが張り合うように返事をする。
ルナは自身の黒紫色の髪に積もる雪を払いながら、ややしてヒナに追い付いた。
「もっとキビキビ歩いてよ」
「私はヒナのように無尽蔵の体力を持っていませんので。二週間も歩き続けて足が棒になりました」
「私だって疲れてるし。足がむくんでるもん」
「ヒナは基礎体温が高いですし、私よりマシなはずです。私は足先が霜焼けを起こしてます。痛痒くて仕方がありません」
「嘘つけ! 霜焼けなんて治療魔法を使えば秒で治せるじゃん!」
やいのやいのと言い争う二人は魔物が蔓延る外界において緊張感を見せていない。それは、二人が魔物に襲われる可能性が限りなくゼロに等しいためである。
外界の生物は、その多くが「強さのヒエラルキー」に従う。強敵であると定めた場合は決して戦いを挑まず、縄張りを明け渡す。ギルド指定でAランクやSランクといった国を揺るがすような魔物が闊歩する外界においても、二人の実力は頂点にあった────即ち、彼女たちを襲撃しようという魔物は外界に棲息していないのだ。
そんな余裕綽々といった二人の進行方向に、とある聖遺物が姿を見せた。
「おぉー。特徴ある建物だね……もしかしてこれかな。位置的にもそうであってほしいな~」
「周囲の聖遺物に比べてかなり綺麗な状態で残っていますね。ヒナ、全容を確かめるために雪をとかしてもらえますか」
「いいよー、ほいっ」
ヒナが魔法を発動させると高熱が一帯を覆い、建物の雪化粧を暴いた。
雪解け水が滴る中を進むと、特徴的な造りが二人を出迎える。ところどころ崩れ落ち、人の手が入らなくなってしまったそこは長い年月を経て野生動物の住処にもなっているようだが、明らかに駅の名残が見て取れる。
「ルナ、こっち来て。看板がある」
いち早くプラットフォームに駆けて行ったヒナは経年劣化によって文字が掠れてしまった看板を発見する。追随したルナはその文字を目で追った。
『Я──лав──й ────л』
「ルナ、読める?」
「だいぶ掠れていますけど……私たちの目的地の名前と合致するのではないでしょうか」
「本当に!? ここでゴール?」
「ええ、恐らく。クロハさんが仰っていたのはこの駅で間違いないはずです」
「うわ~! やっと終わったんだ~!」
どさっ、とヒナは力が抜けたようにへたり込む。外界調査を命じられてから二週間。ようやく少女たちは任務を達成した。
「ヒナ、休んでいないで測量に移りますよ。魔法の準備をしてください」
「はいはい、まかせてー!」
ヒナとルナは息を合わせて魔法を発動させる。月と太陽の力を借りる彼女たちの魔法は、疑似的な衛星を利用して現在地の座標を割り出した。
その後、周辺の調査を一通り終えた二人は報告作業に移る。ルナが左耳に付けた装飾具を指で弾き、伝言メッセージの録音を開始した。
「こちら【月】。目的地への到達を確認しました。座標、五五.七七六六、三七.六五七〇付近です。誤差が多少あると思いますので、付近に目印として私の魔法を置いていきます。オブザーブ地点の変更をお願いします。私たちはこれより帰還しますが、問題があれば直ちに報告してください。健闘を祈ります【隠者】」
◇
二人が駅の構内から出ると雪が止んでいた。昼を過ぎた頃合いではあるが曇天に覆われていて周囲は薄暗い。
これから彼女たちは二週間かけて復路を辿るのだ。
「そういえばルナ、魔法を残していくって言ってなかったっけ」
「はい、目印として目立つ魔法を残していきましょう」
ルナは駅を振り返り、手をかざす。
「【氷神柱】」
途端、地面から数百本の氷柱が突き出した。駅を取り囲むように天高く聳え立つそれらは、一種の芸術作品のようでもある。
その様子を見ていたヒナは微妙な表情を浮かべた。
「確かに目立つけどさー……とけちゃわない?」
「そうですね。【隠者】には早く来てもらわないと、とけるかもしれないですが……まあ、大丈夫でしょう。だって────」
はあー、とルナは息を吐く。白い呼気が空へと舞い上がっていった。
「────ロシアの冬は長くて寒いですから」