表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/46

epi1-5.予兆・胎動

「ああああああああああああえええええええええええええええええ????????」

「ウルセエよ」


星の大鴉(アストラル・レイヴン)】の本部にてユニウェル姉妹の妹、【太陽(サン)】ヒナ・ユニウェルは絶叫した。大音量を浴びたカークはカラスの頭をくらりと揺らす。


「転移魔法ってそれズルじゃん! ヒナたちの長距離遠征は! この一年間は何だったのさ!」

「や、ヤメロ! オレに八つ当たりするな!」


 ヒナはカークの変身体(カラスの姿)を鷲掴みにすると上下に振り回す。「ぐえぇ」と呻き声を漏らしたカークは耐えかねて人の姿に戻った。

 解放されたカークは肩で息をする。


「ぜえ……おぇっ…………憤慨する気持ちは分からんでもないが…………転移魔法があれば外界調査が一気に楽になるだろ? プラスに考えようぜ」


 ヒナが悲鳴を上げた理由。それは、カークが持ち帰った転移魔法の存在にある。

 これまでは機動力と戦闘力に優れるユニウェル姉妹の遠征によって調査を進めてきた。調査のための往復にかかる時間は一月(ひとつき)程度。その労苦は計り知れない。


「もっと早く発見していればルナたちの()()()()()()()()()も無かったわけですが、それを嘆いていても仕方ありませんよ」

「こ、言葉に棘があるな……」


 ユニウェル姉妹が姉、【(ムーン)】ルナ・ユニウェルは冷めきった顔で自身の黒紫色の髪を払った。


「それで、転移魔法の術式とはどのようなものなのでしょう。カークにしか扱えない、なんてことはないですよね?」

「実際に見て貰えば分かると思うが、理論自体は簡単なモノだ。誰にでも扱える……ほらよ」

「ふーん……これが式? 確かに画期的な発想だけど、ところどころ不自然だね」

「ええ、非効率な組み方をしています。未完成の不良品を掴まされたのではないですか?」

「いや、そんなことは無いと思いたいが……」

「じゃあヒナたちでアレンジすればいいじゃんね。ここをこうしてこうやってー……」

「肉体再構成の部分は空間耐性付与にすれば魔力効率が良くなりますし、魔方陣による呼び出しに座標情報を組み込むことでリスクヘッジを取れます……」


 ヒナとルナが頭を寄せて議論を交わす姿を見て、カークは「頼りになるなぁ」と呟いた。

 ややして転移魔法・改を完成させたユニウェル姉妹は足元に魔方陣を描き、揃えて発声する。


「「【転移(スキップ)】!」」


 ユニウェル姉妹は一瞬にして姿を消し、数秒後に再び現れた。


「これは便利です。素晴らしい技術です」

「これって短距離転移ならクールタイムも魔方陣もいらないよね? ずばっ、どかーんってできるじゃん!」

「縮地ですね。戦闘にも応用できそうです」

「お前らすげえな……」


 ユニウェル姉妹は顔を見合わせて興奮する。魔法を得意とする彼女たち魔導士にとって新たな魔法の習得はこの上ない欣幸(きんこう)である。

 ものの数分で転移魔法を使いこなす姉妹の姿を見てカークは戦慄した。


「これでシルフィお姉ちゃんを倒せるようになるんじゃない!?」

「ユニウェル姉妹が【星の大鴉】の金字塔になる時代が来たようですね」


 秘かに打倒シルフィを掲げるユニウェル姉妹はハイタッチを交わす。


「あー、盛り上がっているところ悪いが、お前たちには来週から遠征に行ってもらう。【隠者(ハーミット)】が守っている外界前衛拠点には転移の魔方陣が無いからだ。それは分かってるよな?」

「…………まあまあまあ、ちょっと待ちなよカークちゃん」

「落ち着いてくださいカークちゃん。ルナたちとお話ししませんか?」

「誰がカークちゃんだコラ。なんだ、文句でもあんのか?」

「文句しかないよ! 【星の大鴉】に加入してからほとんど遠征、遠征、遠征に次ぐ遠征! ちょっとは可愛いヒナちゃんを労わってもいいんじゃないの!」

「そうですそうです、その通りです。年端もいかぬ子供をこき使うなんて、世が世なら重罪ですよ」

「そうは言ってもなぁ……」


 渋い顔をするカークに対し、ヒナとルナは宣誓するように手を挙げた。


「そこで、我々ユニウェル姉妹は提案する!」

「組織内の戦闘員で模擬戦を行い、最も力不足の者が修行の意味も込めて遠征担当になるというのはどうでしょう!」

「はぁ?」


【星の大鴉】では明確に役割が分かれている。

 調査役のミラー、ロキ、セト、シノ、カーク。

 戦闘役のシルフィ、クロハ、ヒナとルナ。

 外界で活動する【隠者】クロロ・インカーを除けば、以上のような割り振りが成されている。


「そうは言っても、お前らの相手はシルフィとクロハになるぜ?」

「何言ってんの。カークも参戦しなよ」

「いや、オレは戦闘員じゃねえし。万が一オレが遠征を担うとしても、組織のリーダーなんだから本部のエスリアを離れるわけにはいかねえだろ」

「ぷぷっ……もしかして、怯えているんですか?」

「…………あ?」

「あーあ、ヒナたちに戦い方の基礎を教えてくれた時のカークは強くて超カッコよかったのになー。今ではすっかり腰が引けちゃったんだね~」

「……言うじゃねえか」


 カークは白銀に輝く瞳を鋭く光らせ、ギザ歯を軋ませる。


「いいぜ、そこまで言うんなら戦いの場を用意してやる。もちろんオレも参加しよう。最近はシルフィにもナメられているような気がするし、ここらで一つ後輩どもに格の違いを見せつけてやらねえとなぁ」

「(うわっ、チョロすぎ)」

「(本当にこの人がウチの組織のリーダーでいいんですか? クロハさんに譲った方が良くないですか?)」


 ユニウェル姉妹は互いに小声で耳打ちする。自分たちで挑発しておきながら得も言われぬ不安を感じていた。

 こうして、シルフィとクロハの預かり知らぬところで、遠征任務をかけた【星の大鴉】の戦闘員総当たり戦が決定事項となっていた。


 ◆


 ―外界最前線にて―


 氷銀が一面に広がる景観の中で一人の男は紫煙を吐いた。


「まったく、老体は労わってほしいものだ」


 タバコをトンと指で叩いた男は、雪をこぼす曇天に向けて言い放った。

 旧ロシアのキーロフ州。遥か昔は大学として使っていたのであろう建物の入口で有り余る暇を潰す彼は【星の大鴉】の観測者、名を【隠者】クロロ・インカーという。彼に与えられた役割とは外界の最前線に駐留して魔竜の動向を観測すること。

 氷点下二十度。氷の世界に取り残されたクロロは退屈しのぎに雪玉を作り、前方をのそのそと歩く狼型の魔物に向けて投擲した。

 緩やかな放物線を描いた雪の塊は見事に命中する。

 しかし、魔物は反応を示さない────雪玉をぶつけられたことを知覚していなかった。


「魔竜ですら察知できんこの儂を、貴様ごときが見つけられるわけもないか」


 クロロはタバコの火を潰し、戦斧(バトルアックス)を担ぐ。

 一歩、また一歩と魔物へと近づいていき、とうとう触れられる距離にまで近づいた。クロロは斧を振り上げる。


「グルルウ────?!」


 雪原の中に赤い花が咲く。狼型の魔物は己が狩られたことにすら気が付かぬまま、その命を落とした。




「硬い肉だ。アイツは見かけても二度と狩るまい」


 クロロは手元の骨付き肉を眺めて顔を歪める。先ほど狩った狼型の魔物はクロロの昼食になった。火の魔法で炙っただけのシンプルな料理は彼の口に合わなかったらしい。


 辺りには濃密な血の臭いが漂っている。しかし、周辺を徘徊する魔物は一匹たりとも気が付かない。

 これは、クロロのみが扱える魔法によるもの。彼に関わるものすべてが気配を消すため、察知できなくなる。外界で任務を遂行するには打ってつけの能力であった。

 不味さに顔を(しか)めながらも完食したクロロは仰向けに寝転がる。

 視界に広がるのは灰色と白。皺が刻まれた頬に雪が触れたが、体温調節の魔法で身体を覆っているため彼が冷たさを感じることはない。


「……少し眠るか」


 もうじき、キーロフの拠点は移動となる。ユニウェル姉妹が拠点の更新を行ったため、もはやこの場所で観測をする意味は無い。

 雪が積もっていく感触だけを感じながら、彼は微睡に落ちていった。




 それから、どれだけの時間が経過しただろうか。クロロは肌を叩く雨粒の感触に目を覚ます。彼が目を開けると、視界に広がっていたのは黒────重厚な雨雲が空一帯を覆っていた。


「雨……だと?」


 クロロは立ち上がって深慮に陥る。

 地表付近は氷点下。通常ならば雪が降る。例え上空に暖気が滞留していたとしても、雨ではなく雨氷(うひょう)となるはずだ。

 常識では計ることが出来ない、まさに超常の現象。

 クロロは知識を総動員する。彼の知る魔物の中に、それを可能にする唯一の存在が浮かび上がった。


「まさか────」


 クロロが理解すると同時に大地が揺れた。臓物ごと震わせるような振動に、たたらを踏んだ。


「ホォ────────────────」


 次いでクロロを襲うのは音の振動。甲高く、芯があり、ともすれば神々しい玉音(ぎょくいん)。それが鳴き声であるということに気が付くまでクロロは暫しの時間を要した。

 雨が(にわ)かに勢いを増す。滝のように降り注ぐ水滴に押しつぶされそうになりながら、クロロは目を凝らす。

 視界不良の中にありながら、敵影を見つけた。


「やはり、やはりアヤツか────!」


 前方、岩山と見紛うほどの巨体が地を這っていた。

 蛇のような長い首を持ち、胴は堅牢な甲羅に覆われている。表皮は鋼鉄のように鈍く光り、巨塔のような三対の脚が大地に穴を空けていく。


 それが歩みを進めるたびに、湖が出来上がっていた。

 それが声を上げるたびに、嵐が吹き荒れた。


「まさか、ここで相まみえるとは────水竜シドラ!」


 水竜シドラ。魔法時代の幕開けから観測され、ロシア北部を席巻した水の化身。

 その分類は紛れもなく魔竜。

 生存圏を取り戻すために【星の大烏】が討伐しなければならない脅威の一つ。


 水竜はクロロに気が付いた様子もなく、進路を南に取っている。

 十分後、雨が上がったキーロフには久方ぶりの晴れが訪れた。


「いよいよ始まるのか。戦争が────」


 クロロは手首に巻き付けていた数珠を弾いた。


「こちら【隠者】、魔竜を観測した。対象は水竜シドラ────交戦の準備を進めてくれ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ