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epi1-4.エルフィ・シリアル?

 

 外界深層第七区画。

 冒険者の手が入らない岩山の中腹にシルフィ・エリアルの姿はあった。その目的はリハビリと鍛錬。

 現状、シルフィにとっての目下の急務は力を付けることであった。ユンド・トレイクとマリーデ・トレイクが姿を眩ませている中、研究を理由にサラを奪還しようと目論んでいる可能性は十二分にある。次に相まみえた時は互角に渡り合うようでは話にならない。圧倒的な力でねじ伏せ、二度と悪事を働けないように仕留める必要がある。

 シルフィは修行前のルーティーンを終えて白い息を吐く。寒風が吹きすさぶ中であっても少女の身体は火照り、高い体温を維持していた。


「【速炎(ソニック・ファイア)】」


 試しに腕を伸ばして呪文を唱える。しかし、従来通りというべきか、そこには炎の「ほ」の字も現出しない。

 シルフィは一先ず安堵する。ミラーの治療が完璧であり、体に外傷が無いことが示された。

 それと同時に、やはり放出型の魔法を使うことが出来ないのかと落胆する。

ミラーの魔法は人体生成。その遺伝子情報は対象のものを複製するため、再生した腕からも念願の魔法を放つことは叶わなかった。

 シルフィの皮膚は体内と体外で魔力の流れを遮断する。突然変異によるもので、世界中を探してもシルフィ以外に例は無い。皮膚の変異に従って他の部位も進化を遂げていた。シルフィの身体は体内で生成される魔力を外に出す術を持たないため骨肉が魔力を吸収するようになり、身体強化の魔法と無類の親和性を発揮する。

 身体強化の魔法をクロハに学び、魔術を活かすための体術をカークから教わったシルフィは、知らず知らずのうちに人類最強の一角にまで上り詰めていた。


攻撃強化(ビルドアップ)豪傑の調(アルカナ)】、防御(シールド)鉄塊纏(グリンゴルデ)】」


 魔法を唱えると体内の魔力が共鳴を果たす。

 シルフィは近くの大岩まで歩み寄り────正拳突きを繰り出した。


 バキッ。


 その表面には僅かに(ひび)が入るのみ。代わりにシルフィの拳は腫れあがっていた。


「いったぁ……」


 造りなおした腕では岩を砕くことさえできない。痛みと悲しみに暮れながら、シルフィは左の健脚を振るった。


 ドゴオォ────────!


 シルフィの眼前にあった大岩は粉微塵に砕け散る。貫通したエネルギーが山を揺らし、雪崩を引き起こした。


「足での攻撃なら大丈夫、と。しばらく腕は使えないなぁ……」


 その後、落ち込むシルフィは憂さ晴らしついでに山を一つ消し飛ばし、ユートラントまで帰還することにした。


 ◆


 その途中、外界第二区画までやってきたところでシルフィは異変を発見する。


「戦闘の痕……近くに魔物が居るのかな」


 シルフィの視線の先には真新しい足跡と揺蕩う黒煙。警戒を強めながら歩を進めていくと、三人の冒険者の姿があった。

 一人は恰幅の良い盾役の男。負傷しているようで後方に下がっている。

 もう一人は盾役の治療に専念している支援術師。恐怖からかカタカタと身体を震わせている。

 そして、その二人を庇うように前衛に立つのは黒髪の少女。十代半ばほどの年頃の見た目であった。

 対する獣型の魔物は四足歩行でありながら、少女の身長を優に三倍は上回ろうかという巨躯。顔は豚、全身は熊の毛並みに覆われている。


「やあぁっ────!」


 一声と共に駆けていく少女は自身の体躯ほどある両手剣を振りかぶり、魔法を唱えた。


付与魔術(エンチャント)────【火囲(ヒート)】」


 剣身が赤く染まる。火炎属性を纏った灼熱の刃が魔物へと襲い掛かるが、その一撃が届くことは無かった。


「ブオオオォ────!」

「きゃっ?!」


 魔物の咆哮によって少女の痩身は木の葉のように宙を舞う。

 明らかに冒険者側が不利な戦闘であった。その様子を遠巻きに眺めていたシルフィはどうしたものかと顎に手を当てる。


(助けに行くだけなら簡単なんだけど。正体を晒した状態で戦うのは気が引けるんだよね……)


 シルフィは苦い顔をする。今日は任務での活動ではないので黒色のローブもカラスの仮面も身に着けていない。

 彼女の戦闘スタイルは身体強化からの体術という稀有なものであるため、見る者が見れば一目で【星】だと見抜くことが出来る。サラとの訓練のように本気で殴り合わないならまだしも、相手が魔物となれば体術を用いなければ痛い目を見ることになるだろう。


(うーん……あ。アレを使えばいいのか)


 シルフィはポンと手を打つと、命のやり取りをしている戦場に飛び入り参加を果たす。


「あの、ちょっといいですか?」

「な、なんですか! っていうか誰ですか!?」

「助太刀です。通りすがりの冒険者です」

「えっ……あ、ああ、そうなんですね! 気持ちはありがたいですが相手はBランク上位魔物、熊豚(ベアホッグ)です! 戦闘からの離脱を図らなければ危険な相手です!」


 焦燥の色を見せる黒髪の少女に対し、シルフィは「これが熊豚……(うち)の朝食に出てくるベーコンの正体なんだ…………」と場違いな感想を抱いていた。


「こちらには負傷者がいます。彼らを離脱させるためにも誰かが殿(しんがり)を勤めなければなりません。通りすがりの冒険者さんには、その覚悟があるということですか」

「はい」

「心強いです。それでは、私と一緒にアイツを止めましょう!」

「頑張りましょう────と言いたいところですが、貴女も負傷者ですよね?」


 シルフィの指摘に対し、黒髪の少女は図星を突かれたように呻いた。


「右足首を庇うような佇まい。立っているだけでやっとの筈。申し訳ないけど、そんな状態で魔物を相手取れるとは思えない」

「……っ」

「私に任せてもらえますか。こう見えても腕には結構自身ありますから」

「そんな────」


 黒髪の少女は狼狽する。いきなり現れた名も知らぬ人間に自分たちの命を預けても良いのかと。

 少しの逡巡の後、少女は折れたように一歩身を引いた。


「……承知しました。正直、今の私の力だと二分も耐えられる自信がありません。通りすがりの冒険者さんに託します」

「引き受けました」


 黒髪の少女はその場に両手剣と鎧を落とし、最低限の荷物のみを持って逃走を図る。既にパーティメンバー二人の姿は遠く、後を追う形となる。

 しかし、その離脱を許さない魔物が一匹、威勢よく吠えた。


「フゴォー! フゴォッ────!」


 興奮した様子の熊豚は蹄を地面に擦り付け、荒々しく息を吐く。シルフィと黒髪の少女がやり取りをしていた間、魔物も黙って見ていたわけではない。全身の筋肉を引き絞り、一条の矢の如く猛進するための力を蓄えていたのだ。


「フゴッ、ブオオオオオォォォォォッ!!」


 熊豚の視界にシルフィなど入っていない。手負いの獲物を確実に仕留めるための猪突が黒髪の少女に向かって放たれようとしていた。


「ひっ────」


 後方から浴びせられる濃厚な殺気。逃走の途中で少女は躓き、転んでしまう。恐る恐る振り返ると、熊豚と目が合った。


「────アナタの相手はこっち」


 シルフィは視線を切るように少女と魔物の間に割って入る。足元に転がる剣を拾い上げ、一振りした。


「うん、これならいけるか」


 シルフィは体勢を低く保つ。両手で(ヒルト)を握り、魔物と正対する。


「ダメ、やっぱり逃げてっ……!」


 黒髪の少女は懇願するように叫ぶ。最大出力の熊豚をどうして止められようか。

 そして、いよいよ放たれる突進。

 大地を蹴り砕き、轟音と共に迫る巨躯に対してシルフィは────


「【凛音弐式(リオンニシキ)柳流(リュウリュウ)】」


 剣を僅かな力で押し出す。滑らせるように、流れるように、向かってくる力に逆らわず、嵐を耐える柳のように、熊豚を後方へと切り流していく。


 シルフィの差し出した剣身を通過した魔物は、綺麗に上下に分かたれていた。


 崩れ落ちる熊豚の身体。美しい切断面から零れ落ちる大量の血。

 黒髪の少女のパーティに苦戦を強いてきた魔物は一刀の内に伏せられた。


「見事な切れ味でした。この剣、お返ししますね」

「え? えっ、え? 今何が起きたんですか?」


 ◇


 ユートラント市にたどり着いたパーティメンバーとシルフィは別れの挨拶を交わす。


「あの、本当に、この御恩をどうやってお返しすればよいか……」

「いいえ、礼には及びませんよ。困ったときはお互い様ということで」


 たぶん、もう会うことはないと思うけど、とシルフィは内心で付け加えた。

 黒髪の少女にはシルフィの言葉が響いたのか、うっとりとした表情を浮かべている。

 シルフィはボロが出る前に離別しようと早口に捲し立てた。


「治療が終わってからで良いので、外界二区画という近郊にBランクの強力個体が現れたことは必ずギルドに報告してくださいね。それでは、私はこれで」

「あ、あの────!」


 シルフィが踵を返したところで黒髪の少女が引き留めるように声を出す。まだ何か、と立ち止まったシルフィは少女の顔を見遣る。


「わ、私は、冒険者見習いのドルチェ・テルモと申します! 差し支えなければお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか!」

「え、あぁ……」


 シルフィは二秒ほどで思いついた適当な偽名を告げて今度こそ立ち去る。

 どうにか正体がバレないまま人助けができたことに安心しながら、アーニャの待つ自宅へと歩みを進めていった。

 お土産である熊豚の肉を肩から提げながら。


 ◆


「と、いうことがあったのですよ! はぁ~、カッコよかったです!」

「へえ」


 翌週。ノグマ学園初・中等部の図書室でドルチェ・テルモは胸を張った。その話し相手は後輩のシノ・デスピア。読書部に所属する二人は放課後の暇を潰していた。

 ただ、シノは机の上に開いた『必読! 毒キノコ全集』に釘付けで、ドルチェの話に対する反応が薄かった。


「ちょっと、聞いてます?」

「……聞いてる」

「あのお方の剣技は本当に素晴らしかったんです! 剣の達人! 私の目指すべき目標ですよ!」

「……へー」


 ようやく視線を上げたシノは胸の内で子首を傾げる。果たして、剣を爛熟(らんじゅく)せしめる者がどれほどエスリアにいただろうか。

 シノの思い当たる限りでは聖騎士ミリル・デューイ、Sランク冒険者『剣聖』のシャルロット、顔無き麗人スマイル・アグリッパ等々────


「名前、なんていうの?」

「冒険者様のですか? 確か、()()()()()()()()様です」

「……えっ?」

「えっ?」

「ごめん…………もう一回いい?」

「エルフィ・シリアル様です! もしかしてシノちゃん知っていたりします?」

「ううん、人違いだった」

「あっ、そうなんですね。それでそれで、シリアル様の凄いところはですね────」


 一人で盛り上がるドルチェを尻目にシノは物思いに耽る。


 ────まあ、あの人ならあり得るか。


 シノが思い浮かべている人物は剣に限らず、ありとあらゆる武器での立ち回りが一線級である。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という理由から「素手での武術」を好むようになったと以前どこかで聞いたことがあった。


 ────もうちょっとマシな偽名使えばよかったのに。


 シノは「くあぁっ」と欠伸(あくび)をかますと、手元の毒キノコ図鑑に再び視線を戻すのだった。


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