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epi1-1.陰と影

 ―ハイフィル市・トーン邸にて―


 座卓を挟んでソファに腰を沈める二人の男──エスリア国騎士団長ケイリー・トーンとエスリア国ギルド長ボイエン・グローチは会談の場を得た。

 ケイリーはオールバックにした茶髪を持つ偉丈夫。対するボイエンは禿頭に鷲鼻の小柄な老爺である。

 紳士服に身を包むボイエンは苛立った口調で切り出した。


「トーン氏、これは一体どぉういうことですかなぁ」


 ボイエンは顔に刻まれた皺を一層深くしながら騎士団長を詰る。


「ここ暫く貴殿の失態は目に余るものがあるぅ。先日のミリル・デューイ暗殺も失敗に終わりましたねぇ。早く内部統一をして貰わないとこちらも困るんですよぉ!」


 ボイエンの甲高い声が部屋に響き渡る。

 騎士団では現在、騎士団長ケイリー・トーン派、前騎士団長イヴァン・デューイの思想に従うデューイ派、セトのような中立派に内部分立している。デューイ派の筆頭であるミリル・デューイは冒険者ギルドと折り合いが悪く、ギルド長であるボイエンとしては目下始末しておきたい人間であった。

 そこで、計画は今から一か月ほど前に端を発した。足が付くことを嫌ったボイエンはケイリーに対して暗殺を依頼したのだ。

 これに対しケイリーは「【星の大鴉】討伐任務」をミリルに下した。彼としては【星の大鴉】にミリルを始末させることで、自らの手を汚さずに依頼を達成しようと目論んでいたわけだが────。


「【星の大烏】と邂逅した筈のデューイ騎士が生きているではありませんかぁ」

「それだけ彼女が優秀であったということだ」

「その言い訳は苦しいですなぁ、彼女を殺すタイミングなど幾らでもあったはずですがねぇ?」


 ボイエンはコツコツと苛立たしげに木製のテーブルを指で叩く。他方、ケイリーは一切の感情を見せることなく淡々と言葉を返していく。


「ミリル・デューイは風の精霊を宿す騎士。『不穏な空気』を察知する力を持つ以上、直接的に手を下すことは身を滅ぼす」

「臆病風に吹かれている場合ではないでしょう。我がギルドと騎士団が確実に繋がりを持つためには不穏分子の除去は最優先するべきですがなぁ」

「理解している……では、こうしよう。ミリル・デューイが率いる小隊を【救世教会(エルカディア)】────シュタール皇国の暗殺組織と衝突させる。上手く事態が進めば、皇国から現エスリア政権へのヘイトを集めることも可能だ」

「それほど綺麗に事が進むとは思えませんがなぁ……まぁ、いいでしょう。ミリル・デューイの処遇は貴殿に任せるしかありませんからねぇ。こちらは資金まで工面しているのですから、確実にやってもらわないと困りますよぉ?」

「無論だ……ところでグローチ氏。いい酒が手に入ったのだが、一つ如何かな」

「お酒は嘘を吐きませんからねぇ……いただきましょう」

「では、持ってこさせよう」


 ケイリーとグローチは杯を交わす。

 これより一週間後、当代ギルド長ボイエン・グローチは表舞台から姿を消した。


 ◆


 ―エスリアギルドユートラント支部二階・食事処ポルポルッツにて―


 任務を終えて祝杯をあげるユフィル・ユレイスはパーティメンバーであるグラハム・グライアルの話に目を丸くした。


「外界に少女、ですか?」

「ああ、そうなんだよ。ありゃあ、オレもたまげたぜ。なんたって、空から落っこちてきたって言うもんだからよ」

「バッカだねー。ウソ吐くんなら、もうちょい面白いウソ吐きな」


 瞠目するユフィルを他所に、くすんだ赤髪の魔法戦士リッカ・カーミラはグラハムの話を鼻で笑う。酒が回ってきたのか、その顔は僅かに赤らんでいた。


「嘘じゃねえって、本当なんだよ」

「あーはいはい、これだから酔っぱらいは扱いに困るんだよねえ」

「ンだと、酔っぱらいはテメエだろうがバカ女!」

「もういっぺん言ってみろクソゴリラ!」

「お、落ち着いてくださーい……」


 取っ組み合うグラハムとリッカを宥めるユフィル。このやり取りも手慣れたもので、ユフィルは苦笑いでやり過ごす。

 そんな折、席を外していたマルク・リッツェが戻ってきた。


「また喧嘩ですか」

「聞いてくれよマルク、リッカの奴が外界の嬢ちゃんたちの話を嘘だって決めつけるんだぜ!?」

「ああ、それでしたらカーミラさん、グライアルさんの話は本当ですよ。ボクも同行していましたし」

「マルクが言うんなら本当のことなんだろうね。ゴリラと違って信用できる」

「バカ女コラ!」


 再び(いさか)いを始めるグラハムとリッカを放置し、ユフィルはマルクの話を聞くことにした。


「それって、私とカーミラさんがユートラントに残って仕事をしていた時のことですか?」

「ええ、ノグマ学園の遠足で事故があったらしく、転移魔法のトラップに引っかかってしまったそうなんですよ」

「転移魔法……?」


 一般的に転移魔法は幻想級の魔術である。ユフィルは軽く首を傾げた。詳しく尋ねようとしたところ、口喧嘩に飽きたグラハムが会話に加わる。


「それにしても、例の嬢ちゃんたちは凄かったぜ。ちょっと行動を共にしたんだが、身の(こな)しとか魔法の扱いとか、ありゃあいいモン持ってる」

「冒険者になっていただければエスリアの戦力になることは間違いないでしょうね」

「へーぇ、そんな奴らがいるの。ちなみに、名前は何て言うんだい?」

「ボクの記憶が正しければですが、サラ・トレイクさん、リリア・テルモさん、そして、シルフィ・エリアルさ────」

「シルフィ!?」


 マルクがその名前を出した瞬間、ユフィルは弾かれたように反応を示す。


「ほ、本当にシルフィという名前だったんですか? 髪色は? 背丈は? 年齢は?」


 掴みかかるような勢いで詰め寄ったユフィルに対し、マルクは数歩後退りした。


翡翠色(エメラルド)の髪以外に目立つような特徴があったかどうかは……」

「すげえ美人だったぜ!」


 たじろぐマルクと快活なグラハムの言葉にユフィルは半ば確信を得る。


(シルフィ。確かにシルフィなのね。村にいた頃とは苗字が違うけれど……そうよ、あんな人たちの家名なんて捨てて当然だわ。やっぱりあの子はエスリアにいた────今度こそ、私が守り切って見せるから)


 ユフィルはキュッと唇を引き締めると、パーティメンバーに向けて頭を下げた。


「ごめんなさい、用事が出来たので先に失礼します!」

「おー、お疲れー」


 ユフィルはギルドを出ると、その足でノグマ学園へ向かう。シルフィの影を追いかけて数年。ようやく幼馴染の後ろ姿が見えてきた。


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