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28.決戦Ⅲ

 ―数分前:研究棟正面玄関前―



「【王の加護(レイリー・ガード)】!」


 犇めく魔物たち。その数、四百にものぼる攻撃を一手に引き受けた【戦車】セト・トイラークは背後に庇ったロキとミラーを一瞥して叫ぶ。


「魔方陣の完成はまだなのか、【世界(ワールド)】!」

『焦らせんな、今必死こいて書いてんだよ! 三分だけ耐えろ!』

「横暴な注文だなッ!」


 歯を食いしばるセトの額に脂汗が浮かぶ。通信先の【世界】カークは研究棟の屋上に新たな魔方陣を用意し、そこにクロハを呼び寄せるという。

 今この場においてセトに求められる役割は魔物たちの注目を集め、耐えきること。セトにはそれを成し遂げるだけの力がある。故に、彼に任されたのだ。

 非戦闘員であるロキやミラーを庇護するだけの絶対障壁。セトを中心として半径十メートルほどに展開された防御魔法はAランク相当の強力な魔物──優秀な冒険者が複数人で挑むレベル──の攻撃を一切受け付けない。

 しかし、セトの防御は完璧なものではない。彼の守りには「魔力が続く限り」という制限が付く。

 残存魔力は五割ほど。壁の外側にいる魔物たちが攻撃を仕掛けるたびに削れていく魔力にセトは唇を噛む。


「三分か……短いようで長い時間だ」


 防御壁の中にいるロキとミラーは抵抗の姿勢を見せているが、戦闘を主としていない彼らにできることはせいぜい魔物の動きを制限することだけだ。

 相手の攻撃力を半減させるロキの【善と悪(ジキル・ハイド)】。

 相手の動きを鈍くさせるミラーの【壊肉(ダ・ミート)】。

 それらも四百の軍勢の前では風前の灯火に等しい。魔物の動きは止まることを知らず、飛竜の吐息は壁の表面を焦がし、牛型の魔物のタックルが魔法壁にヒビを入れる。修復のために吸い取られるセトの魔力も尋常ではない。

 二分が経過する頃にはセトの魔力は一割を切っていた。

 急激な魔力消費によって眩暈を覚えるセトは振り返ることなく叫ぶ。


「【審判】、【恋愛】、走る準備だけはしておけ。もうじき壁が割れる」

「四方を魔物に囲まれているこの状況で何処へ走れって!?」

「止まっていたって喰われるだけだ。我武者羅にでもいい、少しでも時間を稼げれば────」


 セトが言い切る前に、その瞬間は訪れる。放射状に入ったヒビを魔物の怪腕が一本、突き抜けた。次いで、蛇の頭が、蜘蛛の脚が、カマキリの前肢が、タコの触手が障壁を貫く。


「もうダメッ!」


 悲鳴を上げるミラーの眼前に魔物の咢が開かれる。恐怖に塞ぐミラーの身体に致命的な衝撃が────訪れなかった。


 魔物は時を止めたように、その体を硬直させていた。ミラーが周囲に目を走らせると、そこには彫像のように固まった魔物の群れ。

 そして、上空には夜の帳を晴らす光球──真昼のような明るさを保つために使用される魔法道具──が打ち上げられていた。


「間に合った。セーフ」


 研究棟の入口玄関、影の中に両手を沈める【死神】シノ・デスピアは小さく息を吐いた。背負ったリュックの中にありったけの資料と資財を詰め込んできた彼女は日本人形のような黒髪をフードの中で小さく揺らす。


「自分の魔法、【影踏み(ブラックバインド)】で動きを止めてる。こっちに来て」


 シノの扱う魔法は影の操作。

 影とは、もう一人の己の姿であり、光あるところには必ず付きまとう確かなる実体である。四百もの魔物たちは影を縛られることで身じろぎすらもできなくなる。それがシノの得意とする魔法【影踏み】の効果であった。

 ロキとミラーは魔力切れを起こしたセトを支えてシノのもとへと歩み寄る。ミラーはシノの傍に膝を立てた。


「【死神(デス)】、無事だったのね」

「問題ない。研究所に捉えられていた人も……少ないけれど、助けられた」


 シノは後方の柱の陰に視線を飛ばす。そこには五人の男女が簀巻きにされて転がっている。広い研究施設の中で魔物化の手術が施されていない比較的新しい検体だった


「【魔術師(クロハ)】は?」

「まだ来ていないの。【死神】の魔法で到着までの時間を稼げそう?」

「……光球の持続時間はそんなに長くない。あくまで応急処置の────んっ」


 シノは何かに気が付いたようにその半眼を上目にして、空高く輝く光球の影を見た。光球は徐々に徐々に小さくなっていき、線香花火が落ちるように消えていった。


「まさか、もう魔法の効果が────」

「もう自分の役目は終わりみたい。ミラー、撤収しよう」

「それって……」


 ジリ、ジリ。


 ミラーが口を出そうとしたところで、焦げるような異音が耳につく。

 そして、次に訪れるのは身体の火照り。ミラーたちが用いている変温魔法を貫く熱波がどこからか放たれていた。

 ミラーは目を眇める。光球は既に消え去っているというのに辺りは夕暮れの様に赤く染まり、シノの魔法も効果を持続している。魔物たちは影に囚われたまま、不格好な形で止まっていた。

 何が起きているのか理解が追い付かないミラーの耳に、凛とした声が届いた。


「遅れて申し訳ありません。私が来たからには、もう大丈夫です」


 ミラーはハッとして目線を上げる。

 それは、まさしく「太陽」と形容するに相応しい(ほむら)の塊。

 空中に浮かんでいる黒衣の人────クロハはローブを熱風にはためかせている。彼女の頭上で渦巻く魔法は暴れ狂う竜のように力を蓄え、蠢いていた。


「よっ、迎えに来たぜ」


 ミラーたちがクロハの魔法に目を奪われる中、気の抜けた少女の声が響いた。

 シノの魔法によって動きを止めた魔物たちの間を縫うように歩いてきたカークは小さく手を振る。


「遅かったな【世界】……さすがに今回ばかりは……ダメかと思ったぞ…………」

「悪い、【戦車】には負担を掛けたな」


 息を切らすセトはロキに肩を支えられたままカークを見遣る。カークはセトの胸元をトンッと軽く叩いた。


「話し込むのは後だ。オレたちは離脱するぞ。そこに転がされてる人間も連れていく」

「どうやって離脱するんだい?」とロキ。

「アジト直通の転移魔法を使ってユートラントまで一気に帰還する。この場には【魔術師】と【星】を残していくことになるが────あとはアイツらに任せておけば問題ない、だろ?」


 その言葉に反論する者はいなかった。カークはひとつ頷くと、上空で大魔法の準備を進めるクロハに向けて叫ぶ。


「これよりオレ達は離脱する! この戦場は預けたぞ!」

「はい、任されました」


 クロハは至って冷静に言葉を返した。

 カークは転移ゲートを開く。研究所から救出した五人の男女、セト、ロキ、ミラーの順に潜り、魔物の動きを押さえつけていたシノの番になる。


「【死神】の魔法が解ける、準備はいいか!」

「いつでもどうぞ」


 シノが飛び込み、次いでカークがゲートを潜る。魔物が動き出すと同時に転移の門は閉ざされた。

 この場に残されたのは、自由が効くようになった四百の魔物達とクロハのみ。

 空を飛べる個体は瞬く間に高度を上げ、クロハへと迫っていく。


「夜の世に舞う蝶たちは、光の(しるべ)に引き寄せられる────」


 クロハの頭上には太陽のように大きく、熱く、光り輝く火球が出来上がっていた。

 ゴウ、と持ち上がった火柱が空にいる魔物の一匹を叩き落とす。


「これの恐ろしさが分からないほどに、貴方達に理性は残されていないのですね」


 クロハに近づこうとする鳥型の魔物が火球の熱に焼かれて地に落ちた。


「神というものを信じる(たち)ではありませんが、今だけは天に祈りましょう。貴方達の来世に幸多からんことを────」


 クロハは掲げていた火球をゆっくりと下ろしていく。

 異常を察知した魔物は一目散にその場を離れようとするが────努力虚しく呑みこまれていった。


「落陽────【(エン)】」


 空は白昼よりも明るく。

 大地は焦土と化し。

 魔物は残らず灰燼に帰す。

 赤橙の熱風は木々を焼き払い、研究所の壁は炭と化した。


 一撃。


 魔術師クロハの放った、たった一つの魔法は全てを無に還した。


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