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27.決戦Ⅱ

 同時刻。

 セトとミラーが配置されている研究所前玄関は阿鼻叫喚の惨禍に見舞われていた。ロキによる魔法で服従状態を布いていた筈の人々が暴徒と化したのだ。

 ある者は奇声を発し、またある者は地面に何度も頭を打ち付ける。研究所内から出てきた人間は誰かれ構わず発狂を始めた。


「【審判(ジャッジメント)】、これは……」

「ああ、予測していた中でも最悪のケースになったみたいだ」


 合流したセトとロキは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ロキの用いる服従魔法は言わば「自我を失わせること」と同義であり、第三者によって妨害されない限り術が解けることはない。

 つまり、ロキの魔法を打ち破るだけの異常事態が起きていることは明白で、殊更にその内容が最悪だった。


 ────不可逆性の魔物化。


 セトたちの眼前でそれら──人間だった者たち──は苦しみと狂気の果てに変貌を遂げた。

 人よりも一回り大きなハエの魔物。

 サソリの胴に蛇の頭を持つ魔物。

 人の腕を六本携えた阿修羅のような魔物。


「なんて悍ましいの……」


 眼前で繰り広げられる凄惨な事象にミラーは両手で仮面を押えた。

 人間の魔物化。

 研究所に保管されていたデータに記されていた非人道的実験が彼らの頭に過った。脳に埋め込んだデバイスによって生体を作り替えるという禁忌の術。

 しかし、その研究は中途の段階にあった。人間から魔物への切り替えは出来るものの、魔物の状態から人間への可逆変化には対応していない。つまり、ひとたび魔物化してしまうと元に戻ることなどできない。

【星の大鴉】の襲撃、即ち異常事態を察知した誰かが魔物化のスイッチを押したのだろう、ロキの魔法で誘導されて研究所から出てきた約四百もの人間が自我を失った魔物と化していた。

 それを形容するならば、まさに地獄。


『こちら【魔術師(マジシャン)】。緊急事態発生につき、プランを切り替えます────敵となる者は残らず殲滅してください』


 クロハによる号令。

 それは、戦争の始まりを告げる一声であった。


 ◇


『【(スター)】は急いで研究棟四階の所長室に向かってください。恐らく、魔物化のスイッチを押したのはユンド・トレイクです。研究に関する重要なキーは常に彼が握っていた筈です』

「了解。研究棟の正面玄関にいる魔物は相手しなくて大丈夫?」

『大丈夫です。あれは私が仕留め切ります』

「【魔術師】も出るんだ……」

『さすがに四百近くの魔物を相手取るには私の能力が不可欠でしょう。現在、転移するための新たな魔方陣を【世界(カーク)】に用意してもらっています。ああ、それと、既にユンド・トレイク及びマリーデ・トレイクが逃げ出していた場合、彼らの逃亡先の特定に専念してください』

「了解」


 シルフィはクロハとの通信を切り、目的地に向けて走り出す。


「救ってあげられなくてごめんなさい────どうか安らかに」


 廊下には既に二十七体の遺骸が積み重なっていた。頭部が破壊された魔物たちは脳漿を滴らせている。

 シルフィの駆け抜けた後には、それらが纏っていた衣類が落ちており────つい先刻まで彼らが人間だったことを示していた。




 研究棟の四階。

「所長室」のプレートが掲げられた部屋の扉を蹴破ったシルフィは躊躇なく侵入を果たす。

 白を基調とした殺風景な部屋には大きなデスクと書類棚が置かれていた。そして、部屋の中央には複雑な魔方陣と立体投影機が設置されている。


『ごきげんよう、【()()()()】よ』


 突如として部屋に響き渡るのは男の声。警戒を露わにするシルフィの前に、光線で作られた一人の虚像が出来上がる。ホログラフィー装置が起動していた。


「あなたがユンド・トレイクね……」

『これはこれは。国際的犯罪組織にまで名を知られているようで、身に余る光栄だな』


 少しの表情の変化も見せず無精ひげを撫で上げる男────ユンド・トレイクはシルフィを見遣る。

 既に彼はユートラント先進医療研究所から脱出を果たし、別の地点から通信を行っていた。

 作戦の失敗を報告する前に、シルフィは出来得る限りユンドから情報を引き出すための対話体勢に切り替える。


「……部下の研究員を(にえ)に自分たちだけ逃げだすなんて、随分と卑怯な真似をするのね」

『もとより彼らは傀儡(くぐつ)だ。そもそも、魔物化の手術を引き受けた時点で自己責任だろう』

「よく言う……」


 ユートラント先進医療研究所に勤めていた者の多くは国によって弱みを握られていた。その事実は事前にカークが持ち帰った資料に記載されている。

 研究員も被害者であった。口封じの意味も込めて魔物化デバイスの埋め込みを施術され、奴隷のような扱いを受けていたという。


「この研究所にいた人たちは殆ど全員が魔物化した。まさかとは思うけど、一人一人にデバイスを埋め込んでいたというの?」

『そのまさかだ。デバイス自体は量産に金もかからない。逃亡を阻止する首輪のようなものだな』


 ユンドは感情の起伏を見せず、淡々と事実のみを述べていく。

 対するシルフィはギリッと奥歯を鳴らした。


「あなた……保身のために大勢の人生を奪ったって理解している?」

『ふむ……それは語弊があるだろう。君たちが我々を襲撃しなければ、彼らは人として生きていけたはずだ。これは、君たちが殺したということではないか』

「詭弁もいいところね」


 こんな人間がサラの親だなんて信じられない、とシルフィは仮面の奥で唇を噛む。

 どうにか冷静さを保ち、ユンドの位置を特定するための問いを口にしようとしたところで、爆ぜるような音と共に研究棟全体が揺れた。

 周辺の魔力場が傾くほどの衝撃に、シルフィはたたらを踏んだ。


『君のお仲間は随分と激しく戦っているようだな。私の研究では魔物化した人間はギルド指定でAランクの脅威度があるが、君は出向かなくてもいいのかね』

「……問題ないわ」

『大した自信だが────君たちにはそうであってもらわなくては困る』


 ユンドは大仰に手を叩いて見せた。

 真意の汲み取れないシルフィは訝しげに立体映像のユンドを見遣る。


『こうして私が君の前に姿を見せたのは、礼儀だ。君と正面切って戦う口実を得るためのパフォーマンスだ。聞いてくれるね、()()()()()()()()()


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