26.決戦Ⅰ
【星の大鴉】の会議室には今回の作戦に参加する幹部七名が集結し、円卓を囲んでいた。
【戦車】セト・トイラーク。
【審判】ロキ・ティネージ。
【恋愛】ミラー・アギノス。
【死神】シノ・デスピア
【魔術師】クロハ。
【世界】カーク。
【星】シルフィ・エリアル。
組織のシンボルである黒の外套とカラスを模したマスクを着けた彼らは最後の調整を行う。
今回の作戦の指揮を務めるクロハが口を開いた。
「それぞれの役割を確認します。今回の目標は三つ。一つ目、研究員の捕捉。二つ目、検体として捕らえられている一般人の解放。三つ目、資財の略奪です」
クロハは卓上に研究所のフロアマップを広げると、各員の配置を図で示した。
「作戦の概要を確認します。作戦開始と同時に【世界】が転移ゲートを開き、研究所の結界の解除を行います。その後の判断は【世界】自身に任せます。【死神】は研究所内の資財収集と一般人の解放。【審判】は服従魔法で研究所内の人員の動きを掌握。捕らえた研究員は【戦車】が管理。【恋愛】は有事の際の治療役として【戦車】の傍に付いてください。そして、魔法抵抗力が強く【審判】の魔法が通用しない相手は【星】が無力化をお願いします。遊撃役の【星】は少し追加説明があるので、後で私のもとまで来てください。そして最後に、私はここに残り、全体の動きを見て適宜指示を出します。通信機には常に意識を傾けておいてください」
クロハは言葉を締めくくり、幹部らを見渡す。シルフィたちは了承の意を示し、徐に立ち上がった。
時刻は零時零分。作戦開始時刻となった。
「さあ、繋げるぜ」
少女の姿をとったカークが魔方陣を起動させる。
【星の大鴉】の本部に、研究所への直通のゲートが開いた。
午前零時十分。
カークから「結界の解除を確認」という連絡が入る。待機していたシルフィ、ロキ、シノの三人は研究所の裏口から侵入を果たす。
研究所内の廊下は魔力灯が点いておらず、暗闇に満たされていた。シルフィはマスクに付与された暗視装置を起動させて視界を確保する。
「【不平等】」
ロキが服従魔法を展開すると、うすい靄のようなものが研究所内を満たした。
「生体反応は四五三。内、僕の魔法にかかったのが四一九。魔法がかかっていない個体の判別を行う────研究員が寝泊まりしている宿舎棟にニ十七、実験用の人たちが閉じ込められている監獄に五、研究棟四階の所長室と副所長室にそれぞれ一ずつ。【星】はそれらを無力化してくれ」
「了解」
「だけど、気を付けてくれ。研究棟の地下に不明瞭な生命体が一つ隠れている。感覚から察するに人ではないみたいだけど」
「留意しておく。【審判】の魔法の対象者と非対象者の選定はどうすればいい?」
「そうだね……【命令:両手を体の後ろで組んで研究棟正面玄関へ迎え】。これでどうかな」
「ありがとう、行ってくる」
「気を付けて」
作戦の第二段階が開始され、シルフィは足音を消しながら一気に宿舎棟まで駆け抜けた。
この作戦で脅威となる敵方は研究員である。シルフィの目下の仕事は彼らを無力化してシノたちが動きやすい環境を整えることであった。
シルフィが宿舎棟に足を踏み入れると、俄かに物音が聞こえ始める。恐らく、ロキの魔法にかからなかった者が異常事態に気付いたのだろう。全棟に明かりが灯り始めた。
(対応が早い……)
シルフィは必要なくなった暗視装置を切断し、研究員たちが寝泊まりする二階に身を潜める。一分ほど経過した頃、わらわらと廊下に人影が現れた。
ふらふらとした足取りで部屋から出てきたのは寝間着姿の研究員。虚ろな目をした彼らは両手を体の後ろで組んでいる────ロキの支配下にいることが確認できた。
研究員らは皆一様に列を成して歩いて行く。その光景は奇異の一言に尽き、シルフィは得も言われぬ気味悪さに肌を粟立てた。
彼らが向かう先は表玄関である研究棟の前。そこには既にセトが待ち構えており、同様にミラーも待ち伏せている。
「お、おい、どうしたんだよ……っ!」
「なにが起こってるんですか!?」
シルフィが息を潜める中、パニックに陥った研究者──ロキの魔法にかからなかった魔法抵抗力が高い者──が廊下に飛び出してくる。深夜、皆が寝静まる時間帯に突如として発生した異様な状況に身を震わせていた。
シルフィは通信用のイヤリングを弾いてロキと連絡を取る。
「こちら【星】。魔法の対象となった研究員の移動を確認。その他の研究員は異常に気が付いた模様」
『こちら【審判】。僕の魔法にかからなかった二十七人は全員そのフロアにいるよ。手早くやっちゃってくれ』
「了解」
シルフィは通信を切り、物陰から飛び出す。
まずは廊下で不安げな表情を浮かべる男女五名を流れるように仕留める。無論、殺しではなく気絶である。そこからシルフィはフロアの部屋を虱潰しに回って行く。気絶させた研究員を廊下に投げ出して一纏めにすることで、人が積み重なった小山ができていた。
「二十七、っと。これで全員かな。優秀な学者は優秀な魔術師に非ず────思ったよりスムーズに事が運んでよかった」
シルフィが宿舎棟を制圧するまで五分とかからなかった。既に周辺に人はおらず、ロキの魔法の支配下にある者は全員が研究棟の前に集結していることだろう。第一フェーズの終了を報告するためにシルフィは耳元へと手を添え────
ビキリ。クチャ。
突っ張った皮を破くような。骨が肉を突き破るような。不快な異音がシルフィの耳朶を叩く。音の方に視線を向けると、積み重なった研究員たちがビクリ、ビクリと痙攣を繰り返していた。
「……?」
意識を取り戻したのか、生理的な反射なのか。
シルフィは恐る恐る近づき────瞬間。
人間だったものが凶牙を剥いた。




