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24.悪を討つための方針会議

「全員揃ったナ」


 円卓を囲む六人の幹部を見渡したカークは止まり木の上から会議の開始を告げる。その口調は上機嫌であり、どこか不敵さも備えていた。


「今日集まってもらッたのはユートラントで暗躍シテいた一団の在処を突き止めたカラに他ならない。詳細は配布シタ資料で確認してもらうトして、概要は俺から説明スルぞ」


 シルフィは手元の紙束に視線を落とす。表紙には『ユートラント先進医療研究所研究資料一覧』と銘打たれていた。


「結論先行に言ッてしまうと、ここでは違法薬物の製造や研究用の検体の買い付けを行っていた。これだけでも相当悪質だガ、俺が言いたいのはそこじゃネエ。この機関はな、エスリアの国立なンだよ」


 カークの言葉に反応を示したのはセトであった。表向きは聖騎士として国に仕える彼は、その表情を曇らせた。


「それは事実なのか」

「アア、事実だとも。国が裏稼業と癒着して資金調達をしているデータも出てきタ。つまり、エスリア公認で悪事を働いてるってことダ。この研究資料を持っている時点で、俺たちは国と敵対することニなる」

「そんなことが……」

「しかし、これはある意味チャンスだ。俺たちが国へ喧嘩を売る正当な理由が出来たってワケだな」

「…………」


 カークの言葉を聞いたセトは黙り込む。国の軍事に携わるのは騎士団であるため、抗争が発生した際に第一線へ駆り出されるのはセトである。

 ここでミラーが発言のために手を挙げる。


「ねえ、わざわざ国と敵対する必要があるの? 色々な方面に手を出していると首が回らなくなっちゃわない?」


 ミラーの言葉に反論したのは資料に目を通していたロキだった。


「確かに、敵を作りすぎるのは組織運営としては愚鈍だろうね。だけど、僕たちが欲するモノを手に入れるためには、多少のリスクは必要じゃあないかい?」


【星の大鴉】の最終目標は「外界への進出・人類の復権」である。そのために必要となるものは「資金」、「少数精鋭の戦力」、そして「技術」の三つ。現時点で【星の大鴉】に不足している要素は「技術」であった。

 これを満たすためには自らが創造するか、何処かしらから盗むしかない。

 そもそも【星の大鴉】が義賊として活動しているのも、この「技術」という名のデータを奪うためであり、悪を討つことを第一の目標にしているわけではない。


「それに、僕は個人感情としてもエスリアを敵に回すことに賛成だよ」

「……仕事に私情を持ち込むな、ロキ」

「騎士様は必死だねえ。こわい、こわい」

「ロキッ────」

「マアマア、そう熱くなるナ」


 セトの指摘に対し、ロキはどこ吹く風だった。その様子に腹を立てたセトは立ち上がりかけるが、カークの言葉に制される。


「お前ラの私情は兎も角、今回の一件は確実に俺たちの利益に繋がる。その証拠を見せようじゃないカ」


 カークは止まり木から飛び降りる。カークが「【解除(ディスペル)】」と唱えた瞬間、その場からアルビノの大鴉はいなくなり、代わりに少女が出でる。変身魔法──己の姿を変化させる魔法──を解いたことで、カークの本来の姿が露わになった。

 膝まで届く白髪と裾を余らせた白装束が夢幻を思わせる。その姿にシルフィは「おぉ……」と感嘆の息を漏らしていた。


「んだよ、ジロジロ見やがって」

「久しぶりにその姿を見たなって。ちょっと感動してた」

「そうだったか? 割と頻繁に見せてると思うが。たまたまシルフィが居合わせていなかっただけだろう」


 シルフィ以外の幹部が特に反応を示さないあたり、その言葉は事実なのだろう。何故だか損をした気分になったシルフィは黙ってカークの行動を促す。

 カークは部屋の全員の視線を集めると、鋭い鋸歯を覗かせながらニヤリと口元を歪めた。


「見てろ────【転移(スキップ)】」


 パチンっ、と何かを弾いたような音が室内に響き渡ると同時にカークの姿が掻き消える。

 そして次の瞬間、シルフィは飛び上がるようにして後方を振り返った。シルフィの視線の先、そこには今しがた姿を消したはずのカークが立っていた。


「おっ、と。流石はシルフィ。超反応だな」

「……驚かせないで」


 カークは「悪気はなかった」と手を振る。


「どうだ、これがオレたちが会得した新しい技術、瞬間移動だ。エスリアはこれほどの技術を隠していやがったんだぜ。抗争を仕掛けてブラックボックスを暴くには充分な価値がある」


 カークが研究所から盗み出し、実演してみせたのは瞬間移動────魔法が普及した現代においても夢物語だとされる幻想級魔法(ファンタジア)であった。


 ◇


 時間を遡ること一日。シルフィが湖畔の辺で暖を取っている頃、カークはユートラント先進医療研究所に単身で乗り込んでいた。


「セキュリティのすべてを魔法任せとは、高位魔術師の侵入を全く警戒していない造りだが……」


 堂々と正面から研究所内へ侵入を果たしたカークは防犯魔法を解析し、自身が用意した魔方陣で作用回路を書き換えた。

 備品室が並ぶ無人の廊下を悠々と進むカークは鼻歌交じりに研究所内を漁っていく。しかし、カークが求めるような目ぼしいものは見当たらなかった。

 倉庫区画を一通り調べ終えたカークはいよいよ明かりの灯る研究区画へと足を向ける。研究室内では幾人もの気配が動いていた。


(流石に部屋を一つずつ回って行くのは時間がかかりすぎる。脱出ルートの確保も必要だから今回はパスだな)


 目指すべきはここではない。そう判断したカークは研究フロアを無視して上階へと向かう。道中で研究員とすれ違うが、カークの姿に気が付いた者はいない────透明化の魔法を使っているためだ。

 脳内でマッピングしながら進み続けること半刻。カークはその足を止めた。


(あいつは……)


 カークの眼前を赤髪の女性が通り過ぎていく。白衣の胸元にバッジが煌めくところを見るに、階級の高い人物であることが察せられた。

 カークはその者の後を付いていく。やがて辿り着いた部屋の前には「マリーデ・トレイク」という主の名が掲げられていた。


(……ここの副所長の名前だったな)


 マリーデは生体認証で部屋の扉を開け、カークは同じタイミングで身を滑らせて部屋への侵入を成功させる。部屋の壁際には背の高い金庫がズラリとならび、重要な書類が隠してあることは明白であった。

 マリーデはカークに気が付いた様子もなく──娘のように魔力を見透かすことはできないらしい──部屋の中央に誂えられたソファに座って資料に目を通し始める。

 二人きりの部屋で静寂が流れること数分。マリーデは呼び出しを受けて部屋を出ていった。

 ここからカークの物色が始まる。


「さてと、まずは……」


 カークは金庫を解錠するために工作を開始する。仕掛けられた鍵は五重の魔法陣。それぞれの魔方陣に定められた量と属性の魔力を流し込む仕組みで、その組み合わせは数十億通りにものぼる。

 しかし、カークは魔法陣と正面から向き合わない。


「【我が理(リオンズ・ルール)】」


 魔法自体を無効化することで、金庫の鍵は意味をなさないものになる。このような常識破りの芸当は世界広しといえどカークぐらいにしか成しえない。

 カークは鼻歌交じりに鉄扉を開ける。中にはファイリングされた資料や分厚い本が几帳面に並べられていた。

 その内の一つを手に取って中身を検める。彼女の予想通り、この研究所内で行われている実験やその結果についての記述が事細かに羅列されていた。


「【吸い込む世界(ハイファイアブソーブ)】」


 カークはその全てを自身の脳へ複写していく。パラパラと頁を捲るだけで行われるコピーによって、分厚いファイルも三十秒足らずで記憶し尽くした。


「こいつは酷えな……」


 カークの唱えた【吸い込む世界】は、目に見えたものを全て脳内へ保管すると同時に理解する魔法だ。即ち、この研究所で行われていた陰惨な実験を瞬間的に追体験することになる。取り込んだ情報はまともな人間ならば発狂しかねないものであったが、カークは眉間に皺を寄せるだけで次のファイルに取りかかった。

 作業を続けること小一時間、カークは部屋に存在する粗方の資料を記憶し終えた。その知識の中には研究資料だけでなく、取引先や研究所の見取り図なども含まれていた。

 そして────


「転移魔法か……こいつはとんでもない収穫だぜ」


 ファイルの一つに、研究所へ至るために用いられた転移魔法の理論と使用のノウハウが記されていた。

 その開発者の名はユンド・トレイク。

「転移」という世界の在り方を変える恐るべき魔法はこの研究所で開発されていた。

 しかし、とカークは独り言つ。


「今すぐ使える代物でもねえんだよな……まずは、ここから自力で帰らねえと」


 データを充分に集めきり、あとは脱出ルートを確保して帰還するのみとなったが、カークが転移魔法を利用してユートラントに直接帰還することはできなかった。それは、転移先地点に設置型の魔法陣を用意しなければならないという仕様上の制約によるためだ。

 次回の潜入のために転移用の魔方陣を研究所の外周に書き残し、カークはその地を後にした。

 結局、カークは研究所からカラスの姿で空を飛び続けること丸一日かけてユートラントに降り立ったのだった。


 ◇


「そんなこんなで研究所があった旧スウェーデンの森奥からせっせと飛んで帰ってきたわけだ。話を戻すぞ」


 カークは【星の大鴉(アストラル・レイヴン)】の幹部を見渡して、その指先に魔力を宿した。


「今しがた俺が見せたのが転移魔法だ。ざっと理論を説明しておく」


 カークは空中に指を走らせて魔力文字を書き連ねていく。


 ・地点α(魔法発動者)と地点β(魔方陣が描かれた地点)の距離をゼロにするゲートを開く

 ・転移先に魔方陣が描かれている必要があるため、初見の場所には移動できない

 ・魔方陣は魔力文字によって描かれる必要があり、その場所を選ばない(空中や海中でも可)

 ・同一の転移先を使用する場合は一時間ほどの冷却時間が必要である

 ・魔法の発動は設置型の魔方陣を用いることでも可能。その場合。発動者は魔力を温存できる


「こんな感じだな。理論自体は複雑でも何でもねえし、ノウハウさえ知っていれば誰にでも発動できる魔法だ。この魔法術式を編み出したユンド・トレイクは紛れもない天才────こいつが狂人じゃなければオレも師事を仰ぎたいくらいだぜ」


 さて、と取り直したカークは言葉を続ける。


「この転移魔法がオレたちの手に渡ったことで何が嬉しいかと言えば、外界調査が一気に楽になることだろう。今まではユニウェル姉妹(ヒナとルナ)にオブザーブ地点更新のための遠征をして貰っていたわけだが、それが必要なくなる────つまり、彼女たちを国内の主戦力に回しつつ、外界任務はオブザーバーだけで熟せるようになる。いよいよ魔竜討伐戦が現実的な物になってきた」

「ようやく始まるのですね」


 カークの言葉に最も顕著な反応を示したのはクロハだ。黒の双眸は鋭く細められ、その面差しは静かな闘気に満ちている。

 魔竜討伐。それは、この【星の大鴉】にとっての悲願であった。世界を我が物顔で支配する魔竜を討伐すれば、その土地は人類の手に返ってくる────かつて、女傑ユグドラが黒竜ディアボロを討ち滅ぼしてエスリアを作り上げたように。【星の大鴉】は人類の誰もが諦めたおとぎ話、生存圏の奪還を目指していた。その足掛かりである転移魔法の恩恵は莫大なものになるだろう。


「魔竜の討伐戦がいつになるのかは分からねえが、全員いつでも前線へ出る準備はしておけよ。そんで、魔竜との前哨戦ってわけじゃねえが────今日の本題はここからだ」


 カークは指を鳴らして空中に浮かんでいた文字を消す。


「ユートラント先進医療研究所を潰す。アイツらはちょっとばかしやりすぎた。反対意見がある奴は今のうちに聞いておいてやるぞ。今回の作戦はここにいる全員で出向く大がかりなものになるからな」


 ◆


『ファイルタイトル:新向精神薬レンタ

 ・概要:魔臓の働きを強めるパスフィリンと血中魔力可溶量を増加させるプラスチコルを含んだ新薬レンタのプロトタイプが完成。

 --------

 ・レンタに依存性の強い粉末を混入させることによって、被験者が継続的に摂取し続ける環境を整えた。

 --------

 ・新薬の実験は社会的影響の少ないサウスボーデンやクメズメ市の一部地域の人間を対象とする。

 --------

 追記:レンタの研究データは必要量収集できたため、◆◆の命によって販売を担っていた組織は取り潰された。』



『ファイルタイトル:メモリーチップによる魔物特性のスイッチング

 ・概要:魔物の持つ性質を人間で実現する技術の応用──特性を書き込んだ機器を脳に埋め込むことで外部からの切り替え及び複数特性の並列処理を可能とする。

 --------

 ・本実験は母数が必要であるため、性別や年齢を問わず世界各地から検体を用意した。

 --------

 』



『ファイルタイトル:受精卵段階での魔物特性付与

 ・概要:体外受精させた受精卵に対して身体能力や魔素操作能力に優れた吸血鬼の遺伝子を組み込む。

 --------

 ・五十六用意した受精卵のうち、出生に至ったのは個体名サラのみ。彼女は右目に吸血鬼の特性である「魔眼ヴラディア」を有した。

 --------

 ・彼女の成長と共に、人間と魔物の融合に必要な因子が発見された。このことによって魔物化研究は大いに進展するだろう。

 --------

 』



『ファイルタイトル:マガト

 ・概要:実験系廃棄物の意図せぬ進化

 --------

 ・暴食竜の因子を持つ個体が他の死亡個体を呑み込み、吸収している。本件については危険性が高く、慎重な対応が求められる。

 --------

 ・遺体安置所から数十もの廃棄物を掘り出して吸収した個体(命名:マガト)は研究対象として不適であると判断し、研究所内での殺処分を試みるものの失敗。八十七もの防御結界を施すことによって鎮静化のみ成功させた。

 --------

 ・第一研究所の地下にマガトは閉じ込められており、研究所の主機能が停止した際に所長権限で開放することが出来る。』


(以下、数百のファイルが続く)


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