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23.従姉妹

 オリエンテーションから明けて翌朝、シルフィは学園の職員室で改めて事情聴取を受けることになった。授業を免除して執り行われた問答にはギルドの職員と騎士団員が立ち会った。

 昨日の帰還後、リリアによって為された証言と照合させるためであろうとシルフィは憶測し、余計なことを言わないよう簡素に事実のみを述べ、シルフィにとって都合が悪い点は記憶が曖昧だと言って質問を躱した。

 同時に、シルフィからも幾つか質問を飛ばす。


 自分たち以外にも結界に巻き込まれた人はいないのか──オリエンテーション中に姿を消したのはシルフィら二十六班のみであったという。


 外界第一区画にあのような危険因子が潜んでいたことをギルド及び学園側は把握していたのか──両者把握しておらず、本件については学園側が責任をとると明言がなされた。


 結界や転移トラップの術者は何者であったのか──現在、鋭意調査中であるとされた。


 昼過ぎまで拘束されたシルフィが教室に戻ると、そこにリリアの姿は無かった。クラスメイトに所在を訪ねると、どうやら体調不良により朝から来ていないという。

 外界で遠足をしていたら突如として天空に飛ばされて、命辛々に死線を潜り抜けてきたのだ。身体的、精神的に負荷がかかってしまうのも無理からぬか、とシルフィは得心する。

 そのまま放課後を迎えたシルフィは演習場には向かわず、サラが入院している病院へと足を運んだ。

 看護師の案内に従ってリノリウム材の白床を歩んだシルフィは一等広い病室へと通される。個室の端、窓際のベッドから外を眺めていた赤髪の少女は来客の姿を認めて安心したように微笑んだ。


「サラ、もう体は平気なの?」

「ええ、今すぐにでもシルフィと特訓ができるくらいにはね。ただ、念のため三日間はここから動くなと主治医に言われてしまったけれど」

「そっか……今は安静にして、英気を養って」

「ありがとう。それより、シルフィが元気そうでよかったわ」


 サラは小さく手招きし、ベッドサイドまで歩み寄ったシルフィの手を掬うように取った。


「目が覚めてからずっと不安だったのよ。私の記憶は遥か上空で途切れてしまったから……ねえ、あの状況からどうやって私たちは助かったのかしら」

「それは……」


 私が大気を足場にして空中を歩いたからだよ────自分がそのようなことを言うのは荒唐無稽であるような気がして、シルフィは口ごもる。

 その表情に何かを悟ったのか、サラはシルフィの手を優しく握り込んで頭を振った。


「まあいいわ。シルフィのとっておきに助けられたということにしておいてあげる。さすがは私のライバルね」

「……私はサラと張り合えるほど立派な人間じゃないよ」


 シルフィは眉を八の字にする。それは、サラに大きな負担をかけてしまったという後ろめたさからくる自責の念だった。


「そんな悲しいことを言わないで。アナタほど素敵な人を私は見たことがないから」


 落ち込むシルフィを見てサラは健気に微笑む。

 至近距離でシルフィはサラと見つめ合う。深紅と鮮紅のオッドアイに魅入られたシルフィの鼓動は僅かに進みを速めた。


 二人は誤魔化すように視線を逸らす。


「なんか告白されてるみたい」

「……べ、別にそういう意味で言ったわけじゃないけれど」

「う、うん」


 お互いに頬を赤く染める。甘い空気になりかけたところで室外からノックの音が響いてきた。

 サラが気を取り直すように返事をすると、一人の女性がフルーツバスケットを持って入ってきた。くすんだ赤髪を一本に結い上げ、特徴的な大きな瞳はサラと同じ紅色。

 その姿を視界に収めた瞬間、シルフィは息を呑んだ。


「お見舞いに来てくれたのね、ミリルお姉様」

「大事な家族が入院したと聞いて飛んできたのですが……先客がいらっしゃったのですね。これは失礼しました」

「いえ、お構いなく」


 シルフィは驚愕を呑み込み素知らぬふりをして言葉を返した。シルフィの前に現れたのは、つい数週間前に刃を交わした敵────ミリル・デューイ。今日の姿は鎧に包まれた聖騎士のものではなく、貞淑な雰囲気の私服であった。


「お初お目にかかります、学園ではサラさんにお世話になっています。シルフィ・エリアルと申します」

「ああ、貴女が例のご学友の方でしたか。私はミリル・デューイです」


 初対面を装うシルフィは丁寧に挨拶をする。一方のミリルも品の良い挨拶を披露した。


「サラとミリルさんはどういったご関係で?」


 シルフィは不自然にならないようにそれとなく質問を口にする。


「私のお父様の妹の娘がサラちゃんです」

「え、ええと────」

「要するに従姉妹(いとこ)ね」


 ミリルとサラの返答にシルフィは生唾を飲み込んだ。世界は非常に狭いもので、思いもよらぬ関係が身近な所に潜んでいるものだ、と。


「先月は私が入院して、今月はサラちゃんが入院ですか。もう年末だというのに、私たちの系譜に厄が続きますね」

「偶然でしょう。第一、私もミリルお姉様も大事には至っていないわけだし、そう悲観するものでもないわ」

「…………」


 二人の会話にシルフィは目を伏せる。サラの件もミリルの件も一部始終を知っているため居た堪れなくなった。そも、ミリルに至ってはシルフィが直接手を下している。

 ただ黙って嵐が過ぎ去るのを待つばかりだ。

 それから(しば)し取り留めのない会話を交わしてシルフィの面会時間が終了する。その折、ミリルも同じく席を立った。


「サラちゃんは元気そうだし、私もそろそろお(いとま)しますね」

「今日はありがとうシルフィ、ミリルお姉様。次に会うときは元気な姿を見せられるように療養するわ」

「うん、それじゃあ。また学校で」


 サラに手を振り、シルフィは病院を後にする。表の通りまで出てきたところでトントンと肩を叩かれた。

 シルフィが振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたミリルがいた。


「シルフィさんはサラちゃんのお友達ってことでいいんですよね?」

「ええと……そうですね、友人を名乗れる程度には交流があります」

「そうなんですね! これからもサラちゃんのことをよろしくお願いいたします!」

「は、はあ……」


 シルフィの手を取って激しく上下させるミリルに、シルフィは口元を引き攣らせた。

【星】として対峙したときのミリルは殺意を迸らせる悪鬼のような表情をシルフィにぶつけていたものだが、サラの友人として知り合った今は天使のように柔和な顔を向けている。


「本当はもう少しシルフィさんとお話ししたかったんですけど、私にも用事があるので……」


 そう言い残したミリルは名残惜しそうに去って行った。


「またどこかで会うような気がする…………」


 シルフィの直感は果たして正しいのか。再びミリルと相まみえる時、それが「敵」としてなのか「友人の姉」としてなのか。シルフィには想像も付かなかった。


 ◇


 ボーデン地区の路地は灯りに乏しく、冬の星空が目に眩しい。時代や土地は違えども、その光景は不変のものである。

 周囲に人影はなく、凍てついた地面を踏むシルフィの足音が厭に響いている。

 星空を見上げながら歩いていたシルフィの視界に一羽の鳥の影が落ちる。それは暫く旋回していたが、徐々に高度を下げてきた。

 バサリと羽音を立てて着地したそれは小鴉(こがらす)だった。(くちばし)には封筒が咥えられている。

 シルフィは鴉からの郵送物を受け取り、その封を切った。

 中から出てきたのは一枚のカード。夜光塗料で描かれているのは三羽のカラス────【星の大鴉(アストラル・レイヴン)】による緊急招集の合図である。

 シルフィはすぐさま踵を返し、【星の大鴉】のアジトへ向かった。


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