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20.侵入者と奸物

「アァ? なんだ今の」


 シルフィたちが空間の裂け目に呑み込まれた同時刻。同じく結界に囚われていたカークは、羽根を撫でる魔力波に嘴を打ち鳴らした。


「……ヘマしやがって。まあ、シルフィが居れバどうにでもなるか」


 カークは翡翠の髪の少女を思い浮かべる。彼女の実力を信頼しているからこそ、カークは仕事に集中できる。

 白いカラスは魔力が濃い方へと進路を転換した。シルフィたちが避けた延々と続く一本道を一羽のカラスが悠々と進んでいく。


「これが例の輸送ルートってヤツか。強い魔力をキーとして姿を現す結界ネエ……そりゃあ、長らく見つからねえ筈ダわ。偶然とは言え、シルフィが居てくれたカラ開いた訳ダガ……するってーと、研究所への輸送担当はシルフィと遜色ナイ魔力を有しているってことか……笑えネー」


 ぶつぶつと言葉を零すカークだったが、やがてその目の前にも亀裂が現れた。パックリと口を開いたその穴は手招きするように引力を働かせる。


「オイオイこいつは……【我が理(リオンズ・ルール)】」


 カークは驚きながらも魔法を唱える。

 発動中の魔法に介入し、無効化する魔法。亀裂に施されていたギミックは解除され、時空の歪みは安定状態に遷移した。

 近くまで飛び寄ったカークはそのまま穴を観察するように覗き込む。

 断裂した空間の向こう側には、此処とは異なる景色が映っていた。


「おいおいマジかヨ、これって転移魔法か……?」


 転移魔法。人類が目指し、実現不可能だとされた神へ至る魔術。かつて、カークも魔法の開発に挑み、不可能だと諦めていた。

 故に、眼前で蠢く転移術式に舌を巻く。式自体は簡素な造りであるが、発想が画期的であったのだ。暫く術の解析に当たっていたカークはその構造を理解すると、感嘆の息を漏らした。


「この理論を完成サセタ魔法学者がいるのナラ、是非ともウチに欲しい人材ではあるガ……」


 暫し悩む姿を見せたカークは意を決したように翼を広げ、羽ばたいた。


「ツイデに、この先に何がアルのか見ておくカ」


 解析の結果、何処に転移するのか理解していたカークは躊躇うことなく空間の穴に飛び込んだ。

 次の瞬間、カークは外界第一区の山道ではなく、鬱蒼と草木が生い茂った森の中に立っていた。


「あ?」


 カークの変身魔法は解除され、純白の髪がふわりと宙を舞う。膝まで伸びたそれは枝葉に絡まっていた。想定外の事態に、カーク────十代半ばほどの見た目の少女は鋭い歯を覗かせて不機嫌な顔を作る。


「ああ、肉体を再構成したからか。魔法の効果が切れるってのは活用できそうな特徴だが……」


 カラスの姿から人間の姿になったカークは独り言ちながら絡まった髪を解き、森の奥へと歩みを進める。後ろを振り返ると、転移の亀裂はその口を閉じていた。

 歩き始めてからややして、彼女の銀眼には堅牢な建物────ユートラント先進医療研究所が映る。

 木々が僅かに開けた場所にあるそれは、自然が支配する風景に似つかわしい近代的な建築物。魔法を受け付けない石材によって固められた外郭は侵入者を拒絶している。


「かかっ、本当にあるとはな。こいつは思わぬ収穫だぜ」


 カークは前髪をかき上げて不敵な笑みを浮かべる。

 彼女の臨時単独作戦が開始された。


 ◆


 ユートラント先進医療研究所。ユートラントの国立機関であるものの、その実態は不明瞭である。書類上では魔法学と医学の研究機関であるとされているが、その活動内容は明示されていない。

 そんな研究所の所長であるユンド・トレイクは結界の発動を示すアラートに反応した。


「……来客か。今日は検体の搬入日ではなかったはずだが」

「冒険者が迷い込んだのでしょう」


 ユンドの声に反応した白衣を纏った赤髪の研究者────マリーデ・トレイクは黒縁の眼鏡を押し上げた。

 外界第一区画の辺地に展開されている結界──研究所へ繋がる結界──に足を踏み込む冒険者は滅多にいない。それは、結界を開く条件が「保有する魔力が極めて高いこと」に起因する。

 普段は搬入と搬出を担当する者以外に反応することは無く、更に転移魔法のギミックを解除しなければ研究所へはたどり着けない造りになっている。

 しかし次いで、ユンドの目の前で転移魔法が正常に起動したことを知らせるアラートが表示された。


「…………部外者がここへ辿り着けると思うか?」


 ユンドは不可解だと顔を顰める。

 その問いに対してマリーデは「常人には無理でしょうね」と声の調子を変えることなく淡々と事実を述べる。

 言葉数少ない彼女の言わんとするところは、夫であるユンドには伝わっていた。


「つまり、常人ならざる者が侵入した可能性がある、と」

「ええ」


 何事もないようにマリーデは頷くが、その実は緊急を要するものだった。

 ユンドは暫し顎に手を当てて考え込む。ややして考えを纏めたユンドはマリーデに向けて指示を出す。


「監視の魔法を強化。コアデータはバックアップを取って第二研究所に移送。侵入者は見つけ次第始末」

「了解。研究員にも伝えておくわ」


 マリーデはユンドの研究室を後にする。その背中を見送ったユンドは部屋に備え付けられたモニターで研究所内を監視する。

 一室では国が資金を得るための依存性薬物を生成している。

 一室では貧困街から拉致した人間を検体に戦争用の実験を繰り返している。

 そして、ある一室では────。


「相手が強者であるならば私が直々に出迎えたいのだが……試験的に、アレを解放してみるか?」


 無精ひげを撫でるユンドは低い声で呟く。彼の視線の先には研究の代償────「マガト」という名の肉の塊が蠢いていた。


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