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18.外界遠足Ⅰ

「外界遠足……」


 放課後の教室。シルフィは今しがた教師から配布された資料に目を通しながら小さく呟いた。


『新一年生による外界オリエンテーション

 外界に出向し、体験学習を行う。教科書で学んだ生態系の確認と、協調性の学習を目的とする。

 中間試験の成績を考慮して学校側が選定した三人一組で行動すること。(次頁より班分けを記載)』


 シルフィは綴られた紙を捲る。千人ほどの名がビッシリと詰められた紙面に眩暈を覚えつつ、指先を当てながら自分の名前を探す。

 ややして、目的の文字列の上でピタリと指を止めた。


『二十六班

 一組 リリア・テルモ

 一組 シルフィ・エリアル

 二組 サラ・トレイク』


 羅列された名前に、シルフィは「うわっ」と声を上げる。合縁奇縁とも言うべきか、シルフィと同じ班には当たり前のようにサラの名前が載っていた。

 愕然としていたシルフィであったが、トントンと肩を叩かれたことで我に返る。


「ねえ、エリアルさんだよね。今度のオリエンテーションで同じ班になったリリア・テルモですっ」


 シルフィが振り向くと、そこには美麗な金髪を肩口まで伸ばした少女が立っていた。シルフィは、その少女に見覚えがある。

 リリア・テルモ。

 シルフィと同じクラスの少女で、ノグマ学園高等部からの新入生である。高校から学園に通うことになったシルフィとリリアは接点がなく、新学年が始まってから三か月ほど経過する現在まで交流は無かった。

 陽気な性格のリリアの周囲にはいつも人だかりができていて、クラスの中心にいることが常である。教室の隅でアンニュイな雰囲気を醸し出すシルフィとは対極の存在であった。


「シルフィ・エリアルです。よろしく」

「よろしく! こうやって喋るのは初めてだよね。同じクラスでずっと気になってたんだ。今回のイベントで話しかける理由ができてラッキーだよ~」


 挨拶を交わしたリリアは持ち前の愛想の良い笑顔で俄かにシルフィへ詰め寄った。一方のシルフィは近すぎる距離感にたじろぐ。


「ごめん、ちょっと近い」

「あっ、ごめんね。いや~、嬉しくって、つい」


 てへっ、と舌を出すリリアに何と言ったものかとシルフィは思案するが、適当な相槌を返すに留めることにした。人好きのするリリアの為人は何処か自身の従者と重なるところがあり、シルフィは悪い気分ではなかった。

 リリアと二言三言交わしたシルフィは時計に目を遣って軽く頷く。


「そろそろ行かなきゃ。今度のオリエンテーションではよろしく」

「あぁっ、ちょっと待って。これからトレイクさんと演習場に行くの?」

「そうだけど……どうして?」

「おおっ、やっぱり。噂は本当だったんだ」


 噂とやらが気になったシルフィは怪訝な顔をするが、その様子を気にした風もないリリアはパンッと両手を顔の前で合わせた。


「その特訓にウチも付いて行っていい?」




 十二月上旬のユートラントは夜を迎える時間帯が早く、放課後を迎える十六時には完全に日が落ちる。校舎から演習場に向かう間の遊歩道の縁には照明器具がポツポツと置かれていた。

 変温の魔法を使って吹き荒ぶ寒風から身を守る生徒たちを横目に見ながら、シルフィとリリアは連れ立っていく。変温魔法が使えないシルフィは会話することも億劫になって、マフラーの中に深く顔を埋めた。

 二人が演習場の入場口までやって来ると、そこには既に親しみなれた赤髪の先客がいた。


「遅かったわね、シルフィ。今日は来ないのかと思ったわ」

「遅れてごめん。ちょっと話し込んでて」


 シルフィはリリアに目を向ける。サラもつられてリリアに視線を遣った。


「そちらの方は?」

「初めまして、リリア・テルモですっ。サラ・トレイクさんだよね?」

「ええ、そうだけど……テルモさんとはどこかで会ったかしら」

「いいえ、初対面です!」


 にぱっ、と笑みを咲かせるリリア。横にいたシルフィは何が面白いのかと首を傾げる。

 他方のサラは合点がいったように手を打つ。


「思い出した。テルモさんは外界遠征のメンバーだったわね」

「うん、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしく。ということは、班員が一堂に会したってことね」

「エリアルさんに無理を言って付いてきたの。こうでもしないとトレイクさんとは接点できなさそうだし」


 リリアの言葉を聞いてシルフィはなるほどと頷いた。もとより、シルフィを介してサラとの繋がりを作ろうとしていたのだろう。班員分けの資料が配られてから三十分ほどでシルフィとサラの二人と顔見知りになったリリアの要領の良さに舌を巻いた。

 ここまで考えて、やはりアーニャに似ているという感想を抱くシルフィ。同時に、アーニャとリリアが出会ったら騒がしくなるだろうなと想像できてしまい、思わず身震いした。


「どうしたのエリアルさん」

「ううん、なんでもない。寒いから早く中に入ろう」

「そうね、時間も惜しいわ」


 シルフィとサラは更衣室へ向かう。リリアとは一旦お別れになる。

 ロッカーに荷物を預けたシルフィは手際よく服を脱いでいく。ブラウスのボタンを外し、スカートを落としたところで横合いからの視線に気がついた。


「どうしたの、サラ」

「へ? い、いえ、別になんでもないわ」


 誤魔化すようなサラの態度に違和感を覚えながらシルフィは着替えを進める。

 吸汗性に優れたウェアに袖を通したところでまたしても視線を感じた。


「……サラ?」

「あ、ご、ごめんなさい。その、シルフィって結構いい身体してるなって思って」

「いい身体?」

「べ、別に変な意味じゃないわよ!? ただ、その、女性として魅力的な肉体だから……」

「ありがとう。普段から運動を欠かさないからかも」


 シルフィは自身の腕や腹にポンポンと触れる。そこには靱やかで柔らかい筋肉が付いていた。


「それに、大きいし……」

「大きいかな? サラと同じくらいの身長だと思うけど」

「いや、身長じゃなくてね……」


 サラは自分の胸に手を当てて、少しだけ悲しそうな顔をした。


「普段は何を食べてるの?」

「何って……お肉とか、野菜とか、魚とか……あとは乳製品」

「そう……」


 参考にならなかったのか、サラは微妙な顔をした。「やっぱり遺伝なのかしら」と凹むサラを見て、シルフィは首を傾げるばかりだった。




 演習場には人の姿が見られなかった。照明魔法によって白昼のような明るさを保つ場内であっても侘しさを感じさせる。中間試験の魔法実技をつい先日終えたばかりであるため、学生は皆しばらく休養したいのであろう。

 緊急参加ということもあって見学に回ったリリアは、動きやすい服装に着替えたシルフィを見て瞳を輝かせる。


「うわーっ、凄くカッコいい」

「カッコいい?」

「うんうん、普段の制服姿もイケてるなって思ってたけど、運動着姿もクールビューティって感じだね」

「ありがとう……って同じクラスだから何回も見てるでしょ」

「こんなに近くで見るのは初めてだし」

「だから近いって……」


 グイっと顔を寄せるリリアの額にコツンと指を当て、シルフィは押し返す。シルフィは僅かな時間でリリアの扱い方を心得てきていた。アーニャと同じ類のそれだ。

 一方、そのやり取りを見ていたサラは頬を膨らませる。


「ほら、まずは準備運動から!」

「あ、うん」

「テルモさんは危ないから離れていてちょうだい」

「ごめんねっ、向こうの客席から見てまーす」


 キビキビと指示を出すサラは不機嫌なオーラを纏っていた。「私がシルフィとまともに会話できるようになるまで二か月はかかったのに、どうして既に仲が良いのよ」とサラは口をもごもごさせながらぼやくが、シルフィとリリアの耳には届いていなかった。

 嫉妬に駆られたサラはビシッとシルフィに指先を突きつける。


「今日はいつもより厳しくいくわ!」

「えぇー……」


 理不尽な言い分にシルフィは苦い顔をする。

 それから一時間ほどで魔法を繰り出す訓練と、実戦形式でサラとの戦闘を熟し終えたシルフィは小休憩のためにリリアの待つベンチへと下がった。水を呷るシルフィに横合いから声がかかる。


「おつかれっ!」

「んくっ…………お疲れ様。見ているだけじゃ、つまらないでしょ?」

「ううん、楽しいよ。特訓っていうからどんなことをやっているんだろうと思ってたけど、結構本格的なんだね」

「サラとの手合わせの事かな。最近始めたの。私たちはライバルなんだから実践訓練も必要よ、ってサラがね」

「へー……というか、アレだね。エリアルさんは本当に魔法が使えないんだね」

「疑ってたの?」

「半信半疑だったかな。魔法が使えない人なんて聞いたことが無かったからビックリしちゃって。たぶん、ウチと同じような考えの人もクラスには相当数いると思うよ」

「そっか」


 シルフィは言葉を切って水分を補給する。

 魔法が使えない、というのは一般に非現実的な現象である。リリアが疑うのも無理からぬことであった。

 シルフィの備える原始的な特性は、人の日常に魔法が浸透した現代に馴染むことができないことを意味している。

 故に、異端。

 シルフィの生まれ育った里では侮蔑と嘲笑の対象であったため、その事実は彼女自身も痛感している。

 シルフィは学園に入学した当初のことを思い出す。新たな環境、新たな人間関係。自分の持つディスアドバンテージが不当な差別を招くのではないか、と。調和を望むコミュニティは、得てして異端者の排除に向かうものだ。

 しかし、シルフィの想像していた事態には至らなかった。それは、環境によるものなのだろう。出身集落のように閉鎖的な空間でなければ人間の関心は他所に向くものだ。

 学園の生徒はシルフィに対して興味が無いとも言い換えられる。或いはリリアが話したように魔法が使えないというシルフィの特徴を知らないだけか。

 いずれにせよ、シルフィにとって目立たないことは僥倖であった。


「今更訊くのもアレなんだけど……なんでエリアルさんとトレイクさんは特訓とやらをしているのかな? 二人が今に至る経緯とか聞かせてほしいな」

「あ―……ちょっと長くなるけど聞く?」

「うん!」

「そうね……まず、始まりは入学式だったかな」


 シルフィは思い出すように指折り、イベントを掻い摘んで話す。

 入学式の日、サラにライバル宣言をされたこと。

 その日以降、サラからストーカー紛いの行為を受け、魔法が使えないことがバレてしまったこと。


「サラは酷くショックを受けた顔をして、『魔術師、いえ、世界を席巻する魔導士になり得る力を持ったアナタが魔法を使えないなんてあり得ない! このサラがアナタを鍛えて必ずや一流の魔法使いにしてみせる! そして行く行くはサラと肩を並べるライバルになってもらうから!』ってね」

「エリアルさん不器用だね……トレイクさんのモノマネ凄く下手だったよ」

「えっ…………」

「それはいいとして。そのトレイクさんの言葉に、エリアルさんは乗ったっていうことだね」

「実を言うと、サラの誘いは暫く渋っていたの。だって面倒だもの」

「あはは、トレイクさんって皆が憧れるスーパーエリートなのに。その人からの誘いに乗らないなんて、エリアルさんは風変りだね」

「そうなの? まあ、結局のところ彼女の熱意に根負けしたというか諦めたというか……特訓を受けることになったんだけどね」


 シルフィの最後の言葉は半分ウソだ。サラの誘いを受諾したのは「ユンド・トレイク」の情報を仕入れるための繋がりを持ちたいという打算的な思惑からだった。

 結果的にシルフィはサラとの時間を有意義に過ごしているため、シルフィの判断は間違っていなかったといえる。

 話がひと段落したところで、お花摘みから戻ってきたサラがシルフィとリリアの座るベンチまでやって来る。


「何を仲良く喋っていたのかしら?」


 リリアとシルフィの間に割って入ったサラは、好敵手(シルフィ)の方へ手を差し伸べる。その目はギラギラと輝いており、何やら不穏な様子だ。


「続きをするわよ」

「もう休憩終わり?」

「言ったでしょう、今日はスパルタだって」


 うへー、と舌を出したシルフィはサラの手を取って立ち上がる。文句を言いつつ、シルフィも楽しんでいた。

 そんな二人を見届けたリリアは「二人ともがんばれー!」と明るい声援を送るのだった。


 ◆


 特訓を終えて帰路。帰る方向が異なるリリアは校門の前で別れを告げた。その背中を見送ったサラは思い立ったように口を開く。


「不思議な子だったわね」

「リリアが?」

「ええ。何のために演習を見に来たのかしら」

「順当に考えれば私たちの実力を見ておこうってところじゃないの。外界へ行くんだからチームメンバーの戦闘能力は知っておきたいだろうし」

「今回の外界遠足は民間にも開放されている第一区よ。よほどのことが無い限り魔物は出てこないし、戦闘は起こらないはずだけれど」

「ああ、そうなんだ」

「もう少し資料読みなさいよ」

「まあ、何はともあれ悪い子じゃなさそうだし、気楽に構えて大丈夫じゃない?」

「……そうね、そう考えることにする。それじゃ、今日も私が送って行ってあげるから」

「ありがと」


 小雪がちらつく夜のユートラントを歩いて行く。人気のない路地には雪に吸われた少女たちの声が響いていた。


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