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閑話3:死を願う者たち

 私の名前はフィリップ・アローン。エスリアの学園の初等部二年生です。好きな食べ物はイチゴが乗ったケーキなんだけど、お家にあまりお金がないからめったに買ってもらえないの。お菓子は贅沢なの。六人兄妹の長女として下の子たちの面倒も見てあげないといけないからね。そうそう、この前すっごく嫌なことがあったの。シュタール皇国の工作員としてエスリアの国立研究機関に潜り込んだんだけど、私がヘマをしちゃったせいで素性がバレてね。俺は私になっちまったのさ。クソっ、これが露見すれば確実にエスリアは大衆の非難を浴びる。戦争の火種にできたのに、クソっ、クソが、返してくれよオレの身体。ああ、返すと言えばアタシの汚名はどこで返上できるのかしら。ありもしない事実をでっち上げられて横領の罪を着せられたのよ。本当はアタシじゃなくて部長あたりがやっていたのにね。おかげさまで職を失ったアタシは路頭に迷うことになったわ。もともと親のコネで就職したようなものだから私自身に対したスキルは無いし、無実の前科があるから誰にも拾われない。ああ、こんなところで人生が終わるだなんてイヤよ、絶対にアタシを陥れた人間どもをこの手でグチャグチャにして引き裂いて生まれてきたことを後悔させてやる。ああ、オレが若い頃は何人もの人間を殺してきたんだっけか。気に食わねえから、オレのことを不躾に見てきやがったから、オレの顔を見て不快な顔をしやがったから。いつだって割を食うのはオレだ。初めて人を殺したのは十六のときだった。怪物みたいな見た目だからって石を投げてきた奴を殴り殺してやったよ。顔の骨が飛び出して複雑骨折に至るまで殴るのを止めなかったね。オレのことをコケにしてたやつが無様に謝り媚びながら肉塊に変わって行く姿は気持ちがよくて仕方が無かったな。それと同じくらい気持ちの良いことと言えば、卒業していく生徒たちを見送ることでしょうか。四十年ほど教員を務めて、卒業式で泣かなかったことはありません。アレはとてもいいものです。彼らが未来に向かって羽ばたく姿を見ることこそが教師としてこれ以上にない幸福なのですから。それにしても、最近身体が痒くて痒くて仕方が無いんですよね。痒みというのは痛みにも勝る拷問です。そもそも「痒い」という生理現象は身を守るための防衛反応だということはご存じだろうか。皮膚の表面に張り付いた異物を掻き落とすために痒みという感覚を私たちは得ているという。医療従事者としてユートラントの研究に首を突っ込んでしまったのが私の人生の転機だったと言えるだろう。私は私ではなくなり、私はボクになった。どうしてボクは生きているのだろうって考えることがある。何かを成し遂げるために人は生まれてきたというが、そんなことはない。誰かと愛を育み、子を成し、子孫を未来につなげていくためのパーツとしてボクたちは生かされているんだ。だから、学校で優秀な成績を収めることがボクの存在価値の証明にはならない。必要十分条件にはならないはずなんだ。それなのに、パパもママもボクがテストで酷い点数を取ったからって殴ったり罵ったりしてくるんだ。もう、分からないよ。なんでボクは生きてるんだろう。ああっ、そうだ、ボクは家出したんだった。こんな環境にはもういられないから、自由で勇敢な冒険者になりたかったんだっけ。冒険者になれた私は夫と結婚しました。孤児院出身で碌に学もないものですから、冒険者になったからと言って十分な稼ぎがあるわけではありませんでした。夫婦で一日中働いてもその日を生きていくだけのお金を得るだけで精一杯。一人娘のあの子にはとても辛い思いをさせてしまっています。ああ、だというのに私たちは魔物の群れに蹂躙されてしまいました。安全区域の護衛任務であったはずなのに、パニックを起こした深層区画の魔物たちが飛び出してきたんです。私も夫も一瞬で手足を食いちぎられ、もうエサになる未来しか待ち受けていません。ごめんなさい、貴女を一人にさせてしまいますね。先立つ私たちを赦してください。愛していますよ、アーニャ。そうだ、俺は昔から人に愛される人間だった。少し微笑んでやれば女が寄ってくるし、少し格好つけてやればキャーキャーと黄色い声が飛んでくる。だから、ちょっとばかり調子に乗って人を売る商売に手を出すことにした。国のヤバい奴らを通して俺に惚れた女を身売りさせていく。世界が怖いものだって知らない若い奴ほど簡単に騙される。しかも、世の中はうまくできているもので、若い方が高く売れるってんだから笑える。俺のために必死になって身を犠牲にして、その結果待ち受ける未来は廃人か自殺。本当に笑えるよな。人を笑顔にする仕事って自分がとても辛いんですよ。人の前に出て笑いを取るコメディアンってのは皮肉なことにね。最初は学校でひょうきん者だと言われたから志したんです。自分には人を笑顔にする才能があるんだって思って、どうせならそれを仕事にしようと思ったんですわ。ところがどっこい、人を笑わせるのってクッソしんどいんです。もう他人のためにやってんのか日銭稼ぐためにやってんのか分からなくなって死のうと思ってました。そしたらひょいッと攫われてこんな姿になってしまって。今なら、この可笑しなフォルムを見て笑ってくれる人もいるかもしれませんね。ああ、辛い。しんどい。身体の至る所が痛いし、痒いし、臭いし。常に苛立ってるし、淋しいし、面白いし、楽しいし、早く死にたい。ああ、死にたい。私も俺もアタシもオレもボクも早く、早く、早く早く早く早く楽になりたい。死ぬことは救いだ。自分たちにもう未来はないから。でも死ねない。死なせてくれない。生殺与奪権はアイツが握ってる。憎い、憎い憎い憎い憎い奪ってやる壊してやる殺してやる。俺たちが持つこの憎悪の全てを世界にぶつけてやる。いいや、その前に殺されるんだ。跡形もなく、一切の容赦もなく殺してください。それが私たちの願い。死ぬのなら、誰にも迷惑をかけることなく死んでいきたい。私たちを俺たちを僕たちを────どうか殺してください。

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