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16.サラ・トレイクは友達が欲しいⅡ

 数刻後、教科書を閉じたサラが伸びをする。骨が鳴る小気味のいい音が部屋に響いた。


「結構やったね。そろそろ休憩にしようか」

「ええ。それにしても、シルフィの知識の深さには驚かされたわ。特に魔法理論なんてサラよりも造詣が深いのではないかしら」

「ありがとう。まあ、お仕事だから」

「学生の本業は勉強ってことかしら。さすがサラの認めた女ね。アナタという素敵な人と会えたことを神に感謝するわ」

「そんな大げさな────」


「シルフィ様、サラ様、クッキーと紅茶をお持ちしましたよ」

「お勉強頑張っているかしら?」


 コンコン、というノックの後にティーワゴンを押して部屋に入ってきたのはアーニャと、白髪の淑女──サラの祖母であった。

 サラとシルフィが見つめ合って勉強する間、暇になったアーニャは屋敷の見学という名目でサラの許可を貰って部屋を抜け出し、サラの祖母と接触。一時間足らずで打ち解けた二人は共に菓子作りを嗜む仲になっていた。


「ご挨拶が遅れてごめんなさいね、私はサラちゃんの祖母のストレイラです。アーニャちゃんと一緒にクッキーを焼いてきたからどうぞ食べてくださいな」

「ありがとうございます、お初お目にかかりますシルフィ・エリアルです。平素よりサラさんにはお世話になっています」

「あら、サラちゃんのお友達はとても素敵な方ね」

「何と言ってもアーニャのご主人様ですからね!」


 なんでアーニャが自慢げなの、と挟みたくなる口を押えてシルフィは外面モードに切り替える。


「サラちゃんは今まで友達を連れてきたことなんてなくてね。老婆心だけど、サラちゃんにお友達がいないんじゃないかって心配してたのよ。でも安心したわ~」

「お祖母様……っ」

「ふふっ、それじゃあお勉強頑張ってね。シルフィちゃんもゆっくりしていってちょうだい」

「ストレイラ様、アーニャは美味しいプリンの作り方を所望します!」

「アーニャちゃんは元気でいいわね~。教えてあげるから、キッチンに行きましょう」

「やったー!」


 アーニャとストレイラ婦人は連れだって部屋を出ていく。その様子を見届けたシルフィは申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん、アーニャが勝手に……」

「いいえ、いいのよ。お祖母様は料理が趣味だし、きっとアーニャさんとも気が合うのね」

「アーニャは少し目を離すと誰かと仲良くなるからね」

「サラもその一人ということかしら。確かに彼女の明るい笑顔は人を惹き付ける力があるわ。さて、折角作ってもらったのだし、茶菓子をいただきましょう」


 卵の仄かな甘みとバターの風味が効いたクッキーを口に運びながら、二人は満足するまで試験に向けた問答を反復した。


 ◇


 その日の帰り道。日没が早いユートラントは十六時でも薄暗く、街灯の明かりを頼りにシルフィとアーニャは肩を並べて歩いていた。


「今日はいかがでしたか、シルフィ様?」

「良い勉強になったし、楽しかったよ。まあ、私以上にサラの方が楽しんでいたみたいだけど」

「良かったですね。サラ様は繊細なようですし、数少ない友達と休日を過ごせたことに喜びを隠しきれなかったんでしょうね~」

「サラに友達が少ないってどこ情報よ、それ」

「ストレイラ様に聞きました。幼少の頃から突出した才能を持っていたサラ様は同年代の子から一目も二目も置かれて、文字通り距離も置かれていたみたいです」

「あの子も苦労してるんだね……」

「その点、ライバル兼友人のシルフィ様のことは大切に思っていらっしゃるのでしょう」

「私からライバル宣言をした覚えは一度も無いんだけど。でも、友達を名乗るのは吝かではないかな、って最近思い始めてる」

「く、く~っ、あのシルフィ様がデレてる! アーニャにもそろそろデレてくださるんですよね!?」

「うるさいから耳元で叫ばないでよ」


  アーニャの叫びは木霊して消えていった。

 自宅へ戻った二人は夕食を終えてソファに肩を並べて腰を下ろす。


「それで、アーニャはただお菓子を作っていたわけじゃないんでしょ?」

「ご明察です。ストレイラ様に色々とお尋ねしてきましたよ」


 裏が取れていないので真偽のほどは定かではありませんが、と前置きをしてアーニャは語り始めた。

 サラ・トレイクという少女は幼少の頃より文武の才に恵まれ、彼女の才能に目を付けたサラの祖父が家に迎え入れた。元聖騎士の祖父のもとで魔法と武術を学び、魔法大学教授の祖母の指導で勉学に励んだ。ほどなく学校に通い始めたサラは優秀な成績を収め、ユートラントでも有数の才女として名を馳せた。

 しかし、張り合う相手も気軽に接してくれる友人もいない学生生活を退屈に感じていたサラは何に対しても無気力な人間であったという。

 シルフィは瞠目した。シルフィに対して「特訓」という名の情熱的なアプローチをかけてくる今のサラからは想像できない人物像であった。

 故に、ストレイラ氏は述べた。あの子が活き活きとしている姿を見るのは久しぶりで、シルフィには深く感謝をしていると。

 そして、話はサラの生い立ちから推移する。


「ストレイラ様のお話はサラ様からご自身、そして主人であるイヴァン様のことへと変わり、サラ様の従姉妹やお屋敷のお手伝いさんにまで及びました」


 しかし、とアーニャは険しい顔をした。


「あまりにも不自然ではありませんか」

「サラの両親、つまりストレイラさんのご子息あるいはご息女についての言及がない」

「はい。わざわざデリケートな話題まで出しておいて、サラ様のご両親については何も触れていません。まるでいない者を扱うような語り口で、それが暗に禁忌であると伝わってきました」


 ストレイラは明らかに異様とわかる避け方をしている。あえてサラの両親に関する情報のみを開示しないことで、立ち入ってはならない領域だということを示して見せたのだ。アーニャが察しの悪い人間であれば土足で踏み入るような質問をしていた可能性もあった。そのような振る舞いを見せたのはアーニャを人格者とみなし、彼女たち主従と長い付き合いをしていきたいという意志の表れであったのかもしれない。

 シルフィもサラの両親に関する調査は続けているが、順調とは言い難い。聖騎士階級であるセトが探りを入れても情報が出てこないあたり厳重に秘匿、もしくはいない者として扱っているのか。

 サラも両親については口を噤んでいた。彼らの存在がトップシークレットであることは想像に難くない。


「サラの父親がユンド、母親がマリーデという名だった。この二人についてもう少し情報を集めてもらえる?」

「お任せください。次回、訪ねた時にお手伝いさんにそれとなく訊いてみます」

「お願いね。ただし、少しでも不穏な空気を感じたらすぐに手を引くこと。不要な警戒心を抱かせるのは公私ともに都合が悪いから」


 セトから安請け合いした任務であったが、もしかすると自分が考えているよりも不味いものを相手取っているのかもしれない、とシルフィは薄く唇を噛んだ。


ブックマークとポイント評価ありがとうございます。

次話は9月14日の12時を予定しています。

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