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15.サラ・トレイクは友達が欲しいⅠ

本日二話目です。

「私たちが日常生活の中で外界の魔物と遭遇しないのは、街の至る所に設置されている『魔竜の鱗(ドラド・チップ)』のおかげだということは皆さんもご存知だと思います。今日の講義では、私たちの安全を絶対のものとしてくれた『魔竜の鱗』の起源と、悲劇の勇者ユグドラについてのお話です────」


 週末を目前に迎えた平日の昼下がり。シルフィは歴史の授業を背景音楽に、うつらうつらと舟を漕いでいた。


「魔法を使う生物が現れた西暦二〇〇〇年代から僅か四十年。他の生物とは隔絶した魔力を持つ突然変異体、通称『魔竜(ドラド)』の跳梁(ちょうりょう)によって人類は生存圏の縮小を余儀なくされました。食糧不足による内乱と、魔竜を筆頭とする魔物の侵攻によって数十億人規模の犠牲者を出した人類は絶滅の窮地に陥り────」


 教師の言葉など耳に届いていないシルフィは腕を枕にして机に突っ伏す。昼は学生、夜は【星の大鴉(アストラル・レイヴン)】として活動するシルフィにとって、既知の内容を繰り返すだけの授業は魔物よりも恐ろしい強制力を持って彼女を夢の中へと誘った。

 ニ十分ほどの仮眠を取って程よく眠気が覚めたシルフィが頭を起こすと、折よく教師からの質問が飛んでくる。


「────こうして少女ユグドラは魔竜を討伐し、人類は戦線を大きく押し戻すことが出来たのですが……ではエリアルさん、ユグドラが討った魔竜の名前をご存知ですか?」

「……黒竜ディアボロです」

「その通りです、よくご存じでしたね。この辺りの固有名詞は教科書末尾の資料欄にも書いてあります。来週に行われる中間試験にも出しますので、しっかり目を通しておいてください」


 教師の質問に難なく答えたシルフィであったが、教師の発言の中にあった「中間試験」の言葉に首を傾げるのだった。




「中間試験っていうのは、成績を大きく左右する指標となるテストの事よ。主要教科は座学、魔法科目は実技もあるわ」


 その日の放課後、早速シルフィはサラに疑問をぶつけていた。ユートラントの学校に通っていなかったシルフィは、およそ学生生活の基本となる行事に関する知識が無かった。

 サラは常識的な質問をするシルフィを訝しげに見遣る。


「というか、シルフィは魔法が使えないのでしょう? 実技試験はどうするつもりなの?」

「さあ?」

「さあ、って普段の魔法演習はどうしているのよ」

「担当の先生が理解のある人だから、いつも見学で許してもらってる。もしかしたら試験とやらも代替のもので済ませるのかもしれない」

「ふうん……まあ、そうせざるを得ないから正当性はあるわね。融通の効く教師で良かったじゃない」

「本当にね」


 シルフィは何の気なしに答えるが、彼女の魔法実技を担当している教師は【星の大鴉】の息がかかった人間であった。その教師が担当をしている限り、シルフィはいかなる理由をもってしても単位を落すことはないだろう。そもそもシルフィはある種の使命をもって教育機関に潜入────即ち任務の一環で学校に通っているため留年の危機に瀕すること自体が論外であり、いざとなればクロハやロキによる法外な介入も辞さないだろう。

 中間試験はどうにかなるとシルフィが高を括ったところで、対面するサラはそわそわと所在なく視線を彷徨わせる。


「ね、ねえ、もしシルフィが良ければ勉強会なんてどうかしら」

「勉強会?」

「そう、高等部になって初めての定期試験と(いえど)も、その難易度は侮れないわ。勉強会を開くことでお互いに対策と復習をして、万全の状態で本番に挑むのよ。それに、第三者によって解答を見てもらうことで記述式問題の弱点を克服できるの。これはライバル関係にあるサラ達にとって非常に有効な学習方法だと思わない? 互いに研鑽し合い、高みを目指していく。学生のあるべき姿ではないかしら」

「え、えーと……?」


 弁舌を奮った余熱で上気したサラは、ググっとシルフィに顔を寄せる。流暢に述べられた勉強会のススメに対し、シルフィは怯んだ。


「私はサラのことをライバルだと思ったことはないというか……」

「は、はあ!? サラはこんなにもシルフィのことを思っているというのに!? そちらにその気が無くてもこれから切磋琢磨し合う仲になればいいだけの話でしょう!」

「近い、近いよサラ」

「……コホン、失礼。少々熱くなりすぎてしまったわ」


 少々どころではない、とシルフィは心の中でツッコミを入れ、恐る恐ると言った様子でサラを観察する。豹変したように「勉強会」を薦めてくるサラに対し警戒心を抱いていたシルフィだったが──サラの恥ずかしそうな表情と期待に満ちた瞳がその答えを導き出した。


「もしかして私と一緒に勉強したいだけ?」

「そ、そんなわけないでしょう────!」


 ◇


 明けて休日、シルフィはサラ・トレイクの住まう屋敷を訪れていた。シルフィの住むボーデン地区からやや離れた場所に位置する高級住宅街の一角にあるそれは、白レンガ造りによる気品と静謐(せいひつ)を兼ね備えている一方で、手入れの行き届いた生垣が白と対比して新緑を演出し、亭主のこだわりが感じられる。


『レピテント地区三番地』


「たぶんここで合ってると思うんだけど」

「サラ様って大金持ちだったんですね~。羨ましいです」

「なんでアーニャが付いてきてるのよ……」


 シルフィはサラから頂戴した住所のメモを片手に、横合いからの声にジトっとした視線を向ける。従者スタイルのアーニャは悪びれた様子もなく朗らかな笑みを浮かべた。


「アーニャもサラ様とお近づきになりたいですし?」

「絶対ウソだし」

「半分は本当ですよ。残りの半分は見張りです。だって女二人が同じ部屋で過ごすなんて何も起きない筈がないじゃないですか」

「なにそれ?」

「いやあ、サラ様はアーニャと同じ匂いがするんですよね。シルフィ様の真価に気が付くとは侮れないお方です」

「なんでもいいけど、相手の失礼にならないようにね?」

「任せてください、シルフィ様のメンツは潰しませんよ。あ、いらっしゃいました」


 アーニャの視線の先、屋敷の中から特徴的な赤髪の少女が現れる。休日ということもあって清楚な白のワンピースに身を包んだサラは柔和な笑みでシルフィとアーニャを出迎えた。


「いらっしゃい、アーニャさんも来たのね」

「お邪魔します~」

「ごめんね、サラ。アーニャが勝手に付いてきちゃって」

「いいのよ、人数は多い方が賑やかでいいじゃない」

「むむっ、サラ様は余裕ですね。もう正妻気取りですか」

「アーニャは一体何と戦ってるのよ……あ、お邪魔します」


 サラに案内されて玄関を抜けると煌びやかな内装がシルフィとアーニャの目を楽しませる。サラの祖父が元騎士団長という特権階級であることから客人を招く機会も多いのだろう、長大な廊下にはアンティーク調の美術品が並べられ、屋敷の外観同様に家主のセンスを肌で感じることができる造りとなっている。


「うはー、お掃除が大変そうですね~」

「ふふっ、アーニャさんらしい感想ね。普段はお手伝いさんが数人でハウスキーピングをしているわ」

「こんな広大なお屋敷でも数人で回せるんですね。もしよければ家事のコツをご教授願いたいです」

「今日は休暇を言い渡しているからお手伝いさんはいないけれど……近々、談義の時間が取れるように取り計らっておくわ」

「ありがとうございますサラ様!」

「シルフィもアーニャさんと一緒に家事の勉強をしたら? どうせできないのでしょう?」

「うっ……確かにあまり得意ではないけど、そういうサラはどうなの?」

「サラは完璧に決まっているじゃない。才色兼備かつ博学多彩、完全無欠のこのサラ・トレイクにできないことなんてないわ」

「自分で言っちゃうんだ」

「自信家ですねー」


 三人は会話を交わしつつ歩みを進めていく。客間を抜け、螺旋階段で二階に上がり、辿り着いた先でシルフィとアーニャが通されたのはサラの私室であった。

 目に優しいパステルピンクを基調とした家具がずらりと並べられ、天蓋付きベッドや豪奢なソファ、ローテーブルにドレッサーが置かれていても十分な余裕があるほどに広い空間である。


「我が家のリビングより広いですよ、シルフィ様」

「しかも全面ピンク色……」

「あ、あまりジロジロ見渡さないでもらえるかしら。ソファにかけて待っていて。すぐに紅茶を用意するわ」


 サラは客人に釘を刺してから部屋を後にする。家政婦がいないため、休日の接待は家人であるサラの仕事になる。

 大人しくソファに肩を並べたシルフィとアーニャであったが、アーニャは悪戯な笑みを浮かべながら爛々(らんらん)と目を輝かせていた。


「凄いですねー、サラ様って以外と少女趣味だったんですね」

「確かに意外ではあるね。サバサバというかツンツンした感じがあるし、モノトーンとかログ調を好むイメージがあったけど」

「こうなってくると気になるのは……」


 アーニャは部屋の隅に視線を向ける。チェストの横には三段ほどの衣装箱──ランジェリーボックスが鎮座していた。


「中身も全部ピンクだったりするんですかね」

「そうだとしたら面白いけど……変な気は起こさないでよ」


 下世話な話を小声で交わしたシルフィとアーニャは、サラが部屋に戻ってくると何食わぬ顔で紅茶を啜った。


「シルフィ、顔が赤いわよ。緊張でもしているのかしら?」

「大丈夫。紅茶で体が温まっただけだから」

「そう。それなら早速だけど、勉強会を始めましょうか」

「具体的には何をするの?」

「お互いの苦手教科を教え合ったりすればいいのではないの」

「私は特に苦手教科とかないけど……サラは?」

「サラはすべてにおいて自信をもって得意と言えるわ」


 場に僅かな沈黙が落ちる。


「あれ、お嬢様方のお勉強会はお開きですかー?」

「まだ始まってすらいないわよ!?」

「そ、それじゃあ、問題集から一問一答形式で問題を出し合おうか。そうすれば復習と演習を同時に(こな)せるでしょ」

「いいわね、そうしましょう」

「アーニャは見学ですね!」

「本当に何しに来たんだか……」


 鼎談(ていだん)もそこそこに、シルフィは手元の『理論魔術の基礎・Ⅰ』を手に取る。パラパラと適当に頁を捲り、問題、の発声と共に勉強会の開始を告げた。


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