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14.アーニャの災難Ⅳ

「こちら【(スター)】。件のトラックを追跡中。その輸送車が出ていった中継地点は【(ムーン)】と【太陽(サン)】が抑えたから、そっちは二人に任せている」

『了解ダ。首尾は良好だナ』

「このままオークション会場の位置を割りだせれば【審判(ロキ)】の能力で関係者どもを一網打尽にできるけど────」


 夜闇に紛れてアーニャが乗った輸送車を追尾するのは【星の大鴉(アストラル・レイヴン)】の【星】────シルフィだった。木から木へ飛び移りながら、山道を走る車を視界に収め続ける。隠れる場所が少ない故の行路は不安定なもので、車とつかず離れずの距離を取ることは至難の業であった。

 車は既に市街を抜けて、周囲に人の目は無い。いっそ、荷台の上に張り付こうかとシルフィが考えたところで────唐突に車が事故を起こした。


「は────?」


 場所は緩やかなカーブ。視界は明瞭で、雨に濡れた地面を走行していたわけではない。決してひとりでに事故を起こすような状況ではなかった。

 鋭い轍を刻み横転したトラック。しばらく様子を見て動きが無いことを確認したシルフィが駆け寄ると、既に運転手の男の息はなかった────特徴的なガスマスクを外すと、顔の皮膚が変色していた。


「そういうこと────」

『どうしタ【星】、状況を説明シロ』

「組織の構成員と思わしき運転手が死亡。推定するに服毒自殺。恐らく私の尾行に気づいたんでしょう。情報の漏洩を嫌って命を懸けたのかもしれない」

『マジかヨ、大シた忠誠心だナ……』

「こちらの任務は失敗。奴隷オークションの会場が掴めなかった……ごめんなさい。ただちに帰還するわ」

『おー、待テ待テ。そノ前に荷台の中身を確認してクレ。大事な国民の命ガ入っているカモしれン』


 シルフィは指示通りにバン型の荷台の様子を見に行く。密閉された扉は厳重に施錠されており、中の様子は窺えない。

 鍵は運転手の男かオークション会場の関係者が持っているのだろうが、面倒になったシルフィは鍵を蹴り壊した。


 刹那────


 爆炎がシルフィに襲い掛かった。

 バックドラフト。

 密閉された空間に溜まった高温の一酸化炭素が外部から急速に送り込まれた酸素と結びつき、化学反応を起こすことで生じる爆発現象。


「【金剛塞(ギルル)】っ!」


 意識外からの物理現象にシルフィは数舜反応が遅れる。躱すモーションよりも先に腕を組んで防御の姿勢を取る。突き抜けていく業火はシルフィの身を貫くことは無かったが、纏っていた黒衣は焼ききれて吹き飛んだ。


「最悪……」


 爆風を受けたものの、シルフィはいたって冷静だった。シルフィは自身の耳たぶのあたりをなぞってイヤリング型の通信機が壊れていないことを確かめる。これを壊すとカークがうるさいから、とシルフィは内心で愚痴りつつ、乱れた髪を整えて燃え盛る荷台に乗り込んだ。

 中には「商品」となる男女が横たわっていた。シルフィは冷静沈着に検分を開始する。

 その結果を端的に表現するならば、死屍累々という言葉が相応しいであろう有り様だった。


「こちら【星】、急いで【恋愛(ミラー)】を派遣して。熱傷深度一から三程度の火傷と、一酸化炭素中毒による昏睡が五名。直ちに避難させる。場所はユートラントから西に六十キロメートル離れた地点の山中、山火事が起きている場所付近」

『了解ダ、クロハに連れて行かセル』


 シルフィは通信を終えると五人の少年少女を担いで運び出す。先に延焼を防ぎたいところではあるが、生憎シルフィは土や水といった消火の類の魔法を持ち合わせていない。


「酷い……」


 安全地帯まで運び出したシルフィは連れ出した少女の腕を取り、痛ましいと顔を歪める。その肌は火傷に塗れており、皮膚移植が必要となってくるだろう。シルフィは呼びかけを行うが、返事は無かった。

 そして、この応急処置の間、シルフィはある見落としをしていた。


「────っ、ぁ」


 被害者の一人であるアーニャという少女がおぼろげではあるが意識を取り戻していた。そして、先の爆風によってローブとマスクが吹き飛び、シルフィの素顔が晒されていた。これが後に大きな波紋を呼び、シルフィの人生を変える一端となるなど彼女は知る由もなかった。


 ◇


 事件から数日後、シルフィは【星の大鴉】の会議室に呼び出されていた。シルフィを迎えたのは、作戦の指揮を執ったカーク、被害者の治療にあたったミラー、副リーダーのクロハ、そして────


「は、初めまして、アーニャといいます」


 腰まで届くウェーブがかった茶髪を揺らしながら深々とお辞儀をしたのは、シルフィが救った少女、アーニャであった。

 予想していなかった人員にシルフィは目を丸くする。


「あ、あの、シルフィ様────」

「オッと、小娘、オ前の話は後ダ。そノ前に、任務の件にツイテ話しておかなきキャならねえことがアル」


 アーニャの言葉を制したカークは止まり木から羽ばたくと、大理石の中央テーブルに着地した。


「まずハ、ミラー、頼む」

「ええ。シルフィちゃんが救出した子たちなんだけど、そこにいるアーニャちゃん以外は私の腕をもってしても手遅れだったわ。検死したら、身体に負荷がかかりすぎていたことがわかったの。事故死以前に随分と酷いことをされていたみたいね」

「そう……」

「あんまり落ち込まないで。救えた命もあったのだから」


 シルフィがアーニャに視線を遣ると、彼女は悲痛な面持ちで俯いた。アーニャにも思うところがあったのか口を開きかけ、しかし、その言葉が音になることは無かった。

 湿っぽい空気になりかけたところをカークの甲高い声が遮る。


「被害者にツイテはそんな感じだ。次、任務の顛末にツイテ、クロハ」

「私たちの此度の目標は『人身売買組織の殲滅』でしたが、その達成度は三割程度と見ています。シルフィが追跡に失敗したこともありますが、ヒナとルナも中継基地において幾人かの幹部級を取り逃しました。そして、捕らえた構成員は全員が服毒自殺をしました」

「……っ」


 クロハの言葉にシルフィは息を呑む。いくら情報統制に厳しい組織といえど限度がある。全員が躊躇いもなく尋問よりも死を選ぶことの異常さに、シルフィの背筋に冷たいものが走った。


「全員が迷いナク死を選ぶナンて相当バカげた話だよナァ」

「国、もしくは巨大な宗教組織が背後に構えていると睨んだ方がいいでしょう。結局、今回の私たちが達成したことと言えば出荷予定だった奴隷の人たちを解放した程度のことです。根本的な解決には至っていませんし、新たな情報を得ることもできませんでした。振り出しに戻りましたね」

「今回ばかりは諜報を行ウ俺たちの調査不足ダと言わざるを得ナイ。中小相手だと高を括っていたガ、もしかシタラとんでもねエ奴ラに手を出しちまッタかもナ。まあ、向こうも馬鹿じゃなけリャ俺タチのヤバさには薄々感づいてイルだろうし、暫くは膠着状態が続クダロウ」


 一通りの報告を終え、場に沈黙が落ちる。

 そして、話がひと段落したことでシルフィはチラチラとアーニャを一瞥していた。彼女にとって今この場で最も気になる存在、それがアーニャであった。


「ねえ、そろそろその子について訊いてもいいの?」

「アア、俺たちの話は一先ズ終わりダカラナ。小娘、ご主人様に挨拶してオケ」

「は、はいっ!」


 ご主人様? とシルフィが首を傾げる間もなく、小娘ことアーニャはシルフィの前に歩み出た。

 その緊張した面持ちから、シルフィはなんとなく嫌な予感を抱く。


「改めまして、アーニャと申します。この度は誠にありがとうございました。シルフィ様に救っていただいたこの命、側仕えとしてお返しする所存でございます、よろしくお願いいたします!」

「…………え?」


 シルフィは素っ頓狂な声を出す。クロハやカークに視線を向けると、彼女たちは楽しげもとい意地悪な笑みを浮かべていた。

 ただの奴隷だった少女がどんな経緯を辿れば義賊の従者になるのか。情報管理の観点から無暗に外部の人間を組織に取り込むことはしないのではなかったか。さっぱり見当が付かないシルフィは天を仰いだ。


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