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08.聖騎士vs【星】Ⅰ

 私、ミリル・デューイは聖騎士である。

 父の家系から受け継いだ武人としての血筋が幼少の頃から発揮され、十歳の頃から「天才」と評されていた。優秀な冒険者である父と、元騎士団長の祖父の教えのもと研鑽を積む日々を過ごしていた私は、十六歳で騎士団の試験を首席で通過。外界におけるSランク魔物討伐の功績から、入団僅か四年で聖騎士にまで登り詰めた。

 悪人を裁き、天誅を下す。魔物を屠り、安寧を維持する。

 一度の挫折も経験したことがなく、私は有頂天になっていた。自分の「正義」が罷り通る世界を心の何処か下に見ていたのかもしれない。

 だからこそ「手を出してはいけない怪物」に相まみえた時、私は失態を犯してしまった。




 クメズメ市十三番通り。クメズメは貧困にあえぐ民が多く集う場所として有名であるが、十三番通りは珍しく生活感のある場所だ。恐らく、ユートラントに仕事を持つ人たちのベッドタウンとして利用されているのだろう。

 そんな閑静な住宅街であるからこそ、悪意が根を生やしやすいのかもしれない。

 今から半月前、同僚のセト・トイラーク騎士が手柄を挙げた事件。調査の中で発見した謎の粉の成分は未だ解析中であるが、少なくとも合法のモノではないことが明らかになった。鼻から吸引するとみられるそれは、摂取した者の魔力を一時的に引き上げる効果があるらしい。ただし、魔臓に絶大な負荷がかかるため、成分の完全解明の前に服用が禁止されるだろう。

 そのような押収品を得る中、私は独自のルートで調査を始めた。顧客リストから販売の中継地点を算出し、シミュレーションを繰り返した結果割り出したのが「クメズメ市十三番通り四丁目」であった。騎士団長に許可を貰い、精鋭の部下数名を引き連れて訪れてみれば見事に予想は的中。

 集合住宅の一室にアジトを構えるその組織はスラムの人間を売り子にして例の粉を流通させていた。取引の現場を取り押さえ、あとは騎士団に報告を入れるのみとなったその時、私は強烈な違和感をこの身に宿した。


 人の気配があまりにも少なすぎる。


 時刻は十九時。先程までは薬物の売り手を始め、路傍に座り込む者、物乞いをする者、様々な人間がうろついていた筈だ。たかだか十五分程度の間に人が一人も見当たらなくなるというのはあまりにもおかしな光景である。

 家を持つものは家屋の中へ、浮浪者はこの場から離れていた。


「デューイさん、早く帰りましょうよ」

「どうしました……?」


 突然声をかけてきた部下に驚きつつ、私は彼の顔を覗きこむ。いつもの利発な表情は鳴りを潜め、何かに操られたように虚ろな目をしていた。


「仕事はもう終わりました。帰らないと」

「ちょっと────」


 唐突な変わりように私は唖然としてしまう。私の言葉は届いていないようで、同行していた部下全員が帰って行ってしまった。

 何の冗談だと暫く放心していたが、私の冷静な部分が一つの可能性を導出した。


「人払いの魔法……?」


 魔力を大気に流してみると、僅かに揺らぎが観測される────魔法の効果範囲にいることが認められた。

 広範囲かつ無差別に行われる魔法の使用は違法だ。人払いも勿論、他人の意志に介入する魔法として固く禁じられている。


「────何かが起ころうとしている、ということですか」


 私は孤独感に苛まれつつも、聖騎士としての矜持がある。みすみすこの場を離れるわけにはいかない。

 暫く物陰に身を潜めていると、遠方から黒い影が二つ、やって来た。

 人っ子一人いないこの空間で動けるのは魔法耐性が高い私と────術者だろうか。

 目を凝らすと、それは影のように見える。黒い外套に黒い仮面。あからさまに怪しい格好をしていられるのも、自分たちの人払いを過信しているからだろう。

 身じろぎすることなく待ち続け、ようやく彼らの細部まで識別できるようになったところで、私は思わず口を押えた。


星の大鴉(アストラル・レイヴン)……!)


 それは、私が騎士団に入ってから追っている犯罪者集団の格好であった。彼らを象徴するカラスのマスクが不気味に揺れている。

 まともな情報を掴ませない実体不明の組織が目の前にいるのだ。降って湧いた幸運に、望外の獲物を前に、考えるより先に体が動いていた。


「【風弾(エアブル)】!」


 凝縮した空気の塊を指先から亜音速で射出する。ジャイロ回転を伴った弾丸は周囲の空気を巻き込んで暴風を巻き起こす。

 わざと急所を外して狙った攻撃。殺しはしない。飽くまでも、弱らせるための先制の一手である。

 不可視の凶器。躱しきれるはずがない────だが、私は彼らの実力を見誤っていた。


「【壊肉(ダ・ミート)】!」


 音の速さに迫る攻撃に反応を見せたのは背が低い方の敵。変声の魔法を使っているようだが、身体の動かし方からして女と判断。

 私の魔法と女の魔法が接触する。爆発音と共に、周囲に()()が飛び散った。しかし、女が負傷した様子はない。

 先制は失敗。逃走を許さないためにも、私が得意とする肉弾戦に持ち込む。

 二対一は分が悪いように見える。初弾も防がれた。しかし、尚も戦闘力は私の方が上だという確信があった。彼らは恐らく戦闘員ではない。身体の動かし方が固い──これは、戦いに長けている者ならば一瞬で見抜ける。

 物陰から飛び出し、疾駆する。女の方は耳を抑えて何やら呟いていた────救援要請だろうか、させない。


 抜刀一振り。


「閃け、【飛燕(ヒエン)】!」

「【善と悪(ジキルとハイド)】っ!」


 魔力を込めた飛ぶ斬撃。

 背が高い男──肩幅や足運びから男と判断──が女を庇うようにして前に出る。斬撃が直撃するが、大したダメージを与えられていない。恐らく、男の魔法によって威力が軽減されている。


「【恋愛(ラヴァーズ)】! 撤退するよ!」


 男の号令と共に、連絡を終えた女が地面に何かを投げつける。

 煙幕だ。

 そんなもの、風の聖騎士の異名を持つ私の前では意味をなさない。

 空気の流れから敵の位置を割り出す。

 鋭い踏み込みと共に袈裟懸けを放った。


「ぐっ……」


 手応えアリ。僅かに躱されたようだが、肩の腱が切れているはずだ。男の腕はもう上がらないだろう。

 追撃の踏み込み────をしたところで私の足は深く沈んだ。


「なっ」


 ぶよぶよとしたものに右足を飲み込まれた。正体不明の感触に気を取られた刹那のうちに目の前から人の気配がなくなっている。

 焦燥を感じつつ、沼にはまったような足を力づくで引き抜いた。暴風を巻き起こして煙幕を無理やり晴らすと、辺りには()()()()()()が幾つも転がっていた。私の足を止めたのもそれだろう。

 恐らく、術の系統から女の魔法だ。私の初弾を防いだのもこれだろう。あたりを付けるなら人体生成魔法────回復術の超高位版にあたる魔法だ。


「こちら、ミリル・デューイ。クメズメ市十三番通り四丁目付近にて【星の大鴉】と思わしきもの二名と交戦。周囲に人払いの結界が展開されているため、魔法抵抗力が高い応援部隊を派遣してください」


 私は本来の目的である薬物売買の検挙のことなど忘れて【星の大鴉】を深追いした。()()()()()()

 戦闘を長引かせたその代償が、災厄を呼び寄せることなど考えもせずに。


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