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00.プロローグ

 外界北方特区、周囲を木々に囲まれた小さな孤立集落にシルフィは生を受けた。

 人口は約二百人。白樺(しらかば)の森を切り開いて出来た塊村は外部との交流が殆ど存在しないため、良く言えば独自の文化が発達した地であり、悪く言えば独特の雰囲気を持つ閉鎖的な空間であった。

 翡翠(ひすい)の髪に(あお)の眼を持つシルフィは主だって目立つことなく平穏な日々を過ごしていた。村で唯一の学校では数少ない友人と取り留めのない話をして、帰宅すれば暖かな家庭が待っている。

 しかし、彼女が九歳になった時、大きな転機を迎えることになった。


「おいシルフィ、今日も相変わらず魔法が使えないのか?」


 シルフィは同年代の子供たちに声をかけられる。学校からの帰路で絡まれたシルフィはムッとした表情を見せた。

 魔法。それは、人間であれば誰しもが有する技能であった。

 火を放ち、水を生み出し、傷を癒す。

 人が魔法を使えるようになってから三百年、その歴史は短いものの、もはや人類にとって魔法というものは超常現象ではなく、理論に基づいて説明ができる常識であった。

 しかし、シルフィは魔法を使うことが出来なかった。一般的に二歳を迎えるまでに人は魔法の技能を身につけているものだが、少女にその兆候は現れていなかった。両親は魔法を使うことが出来るため遺伝性のものではなく、その原因は分かっていない。

 魔法を使うことが出来ない。これが如何に異端なことであるか、少女シルフィは身を以て知ることになる。

 シルフィは声をかけてきた子供たちに言葉を返した。


「まだ使えないけど…………でもうすぐシルフィも使えるようになるってユフィルお姉ちゃんが言ってたから!」


 怒ったような声音を出すシルフィ。ユフィルとはシルフィの二つ上の幼馴染で、彼女と親しい友人であった。

 しかし、シルフィの反論に嘲笑が返される。いやらしい笑みを浮かべる子供たちはシルフィを取り囲んだ。


「もうすぐ使えるって、いつの話だよ? 明日か? 一年後か? それとも、大人になってからか?」

「そ、それは……」

「シルフィは一生魔法が使えないんだって。ユフィルに騙されてるんだよ」

「そんなことないし!」


 シルフィは涙目になりながら牙を剥く。口論が始まろうとしたところで、リーダー格の少年コックスが口を開いた。


「俺、いいこと思いついたわ。なあシルフィ、『火打ち』しようぜ。痛い目見れば魔法の才能に目覚めるんじゃね?」


「火打ち」とは子供たちの間で密かに流行している火遊びである。一方が魔法で火球を作り、他方も魔法で火球を作る。合図とともに互いに魔法を打ち出し、空中で火球をぶつけて打ち消し合う。子供の遊びと言えど危険極まりない行為であり、大人たちからは禁止されている遊びだった。

 コックスは掌に火球を作り出すと、口端を持ち上げた。


「なあ、シルフィ。燃えたくなかったらお前も【火球(フィスタ)】を作ってみろよ」

「む、ムリだよ、私は魔法が使えないの! まだ!」

「ふーん……お前ら、シルフィを押さえてろ」

「ひっ、やだ、離して!」


 コックスの指示のもとシルフィは羽交い締めにされる。小柄なシルフィには抜け出すことなどとても出来なかった。


「今この瞬間から魔法が使えるようになればいいなぁ。そうしたら、俺の火球を打ち消せるぞ。ほら、呪文を唱えてみろ」

「ヤダ、やめて、【火球(フィスタ)】! 【火球(フィスタ)】! (フィ)────」


 シルフィは起動の言葉を唱える。しかし、必死の抵抗も虚しく何も起こらなかった。

 そして────


「ああっ、あつい、あついいいいぃぃ!!」


 コックスの火魔法はシルフィの胴に着弾し、彼女の服を燃やしていた。

 拘束が解かれ、シルフィは体を地面に打ち付けて消火を試みるも、なかなか消えてはくれない。

 のたうち回るシルフィを見たコックスは腹を抱えてゲラゲラと笑う。


「あっはは、イモムシみてえ。おい、そろそろ消してやれよ」


 誰かが魔法を唱えたのか、滝のような泥水がシルフィにかけられた。

 シルフィは上半身に軽い火傷を負い、その服は焦げ、背負っていた鞄を含めて全身は濡れ鼠。泥の匂いがツンと鼻を突く。

 惨めな姿を楽しんだコックス達は気が済むまで罵声をあびせ、その場を去っていった。



「シルフィちゃん? シルフィちゃん!」


 絶望に打ちひしがれていたシルフィに遠くから声が掛かる。声の主は通学用のカバンを手に提げたユフィルであった。

 少女ユフィルはカバンを投げ捨て、シルフィと同じ翡翠色の髪を揺らして駆け寄る。


「シルフィちゃん、どうしたの? この傷は? 何があったの?」

「うっ、ひぐっ、うぅっ、なん、でもっ、ない!」


 シルフィの目から涙がこぼれ落ちる。悔しくて、悲しくて、痛くて、情けない────()い交ぜになった感情でパンクしそうになる心を、必死に押さえつけた。

 ユフィルが懸命に事情を聞き出そうとするが、シルフィは頑なに口を開かなかった。幼いながらもシルフィは理解していたのだ。

 これは地獄の始まりだと。

 惨めな姿を見せこそすれど、決してユフィルを巻き込むわけにはいかない。それが、弱くて幼いシルフィにできる最大の決心であった。


 ◇


 コミュニティでの娯楽を考えた時、最もおぞましい行為は「虐め」だろう。特に、閉鎖的な人間関係にある場合はその行為が加速しやすい。

 虐めとは調和を図るために「異端の排除」を行う。つまり、シルフィは「魔法を使えない異端児」であるため、彼女を排除することは虐める側にとって正当な理由となる。


 コックスらによって傷を負わされたシルフィは以降、徐々に孤立を始めることになる。

 子供たちはシルフィを容赦なく罵倒し、時には火や風の魔法で物理的な攻撃を行った。

 大人たちはこれを黙認し、恐るべきことにシルフィの両親までもが目を瞑った。「魔法を使えないアナタが悪いのよ」とは母の言葉だ。

 シルフィの扱いに関する共通認識は素早く波及していた。

 絶望したシルフィを庇ったのは親友であるユフィルただ一人。


「ねえシルフィちゃん……」

「…………」

「お願いシルフィちゃん、私の話を聞──」

「近寄らないでっ!」


 集落全体での「虐め」は暗黙の了解として知れ渡っている。もしシルフィのことを庇うようなことがあれば、その者も同様に排除の対象になるだろう。

 故に、シルフィはユフィルに厳しい態度をとった。生まれた時から幼馴染で、こんな状況になっても最後まで傍にいてくれた人だけは不幸になって欲しくなかった。


「ユフィルお姉ちゃん……二度と私に関わらないで」


 シルフィは、自らの手で最後の希望を切り捨てなければならない状況にまで追い込まれていた。




 そんな日々が半年ほど続き、シルフィが十歳の誕生日を迎える日。学校で髪の毛を切り落とされ、悲しみに暮れながら帰ったシルフィを迎えたのは、どこか晴れ晴れしい顔をした両親だった。

 シルフィは表情一つ変えることなく、小さな声で問うた。


「……なに?」

「今日はとってもいいことがあったの! お祝いにケーキを手作りしたわ!」

「そう」


 母の言葉にシルフィは無感動に言葉を返した。

 その態度が気に食わないのか、シルフィの母は笑顔のまま娘の頬を叩いた。


「……私のお腹にね、赤ちゃんがいるのよ。お母さんとっても幸せ!」

「へえ」


 それはシルフィに弟か妹ができるという報告であるが、シルフィにとってはどうだっていいことだった。

 母の言葉を引き継ぐように父が述べる。


「我が家にもようやく第一子が産まれるんだ。どうだいシルフィ、僕の言っている意味が分かるかい?」

「わからない」


 シルフィは大きく後ろに吹き飛ばされる。父の蹴りが腹に刺さったためだ。


「お前みたいな出来損ないがいるせいで、僕たちまで白い目で見られるんだよ! お前はウチの子供じゃない!」

「私たちの前から消えてよ! 早くこの家から出ていって!」


 シルフィは声の一つもあげず、のっそりと立ち上がる。口端からは胃液が垂れていたが、それすらもシルフィにとってはどうでもよかった。


「…………」


 要するに両親は、新しく子供ができたから不出来な娘には家から出ていって欲しいと言っているのだ。シルフィが村八分になったことによって苦労しているのだろうが、本来彼らはシルフィを護る立場にある。あまりにも無責任な態度であった。

 今日までシルフィのことを育ててきたのは「十歳までは育てた」という独善的な免罪符が欲しかっただけであろうことは想像に難くない。

 シルフィはボロボロの痩躯(そうく)を引きずって、路銀の一つも持つことなく家を出ていった。別れに際して挨拶も感謝の言葉もない。ごく自然に血縁者と今生の別れを果たした。

 シルフィは宛もなく村をふらつきながらも、その思考は一つの答えを導いていた。


(もう、生きていたって仕方がないんだ。どうせ死ぬなら、誰にも見られない遠い地で死にたい)


 集落の外は人の手が入らない危険な地である。魔物と呼ばれる魔法を使う生物が跋扈(ばっこ)する外界では、魔法を使えないシルフィが生きる術などない。抵抗する間もなくとって食われるだろう。

 シルフィは村を出てから三日三晩歩き続けた。その最中、魔物に襲われることはなかった。


「寒い……ひもじい…………」


 季節は夏。しかし、森の中は日中でも肌寒く、夜になると刺すような寒風が吹き抜ける。森で採れた少量のベリーを齧りながら歩いていたシルフィは、とうとう(くずお)れた。

 体力の限界。やつれ果てたシルフィはここが死に場所であると諦念を抱く。身体を横たえると、不思議と心が安らいだ。

 風の音。森の匂い。夜闇に浮かぶ月。


「綺麗…………」


 シルフィは瞼を落とす。少女の身体から命の灯火が消え始めていた。


(生まれ変わったら鳥になりたい。自由に空を飛んで、そして────)


 ◆


「────なんだって、こんなところに人間が倒れてるんだ?」

「どこからか逃げ出してきたのか、それとも追い出されたのか。保護しますか、カーク?」

「これから組織を拡大させようっていうのにガキを育てる余裕は…………いや、おいクロハ、こいつの身体を調べてくれ」


 シルフィが意識を手放した直後、二人の人影がシルフィの傍に膝を立てる。黒衣に仮面という出で立ちの二人組のうち、クロハと呼ばれた女性がシルフィの上体を持ち上げた。


「この子の身体は……いえ、違いますね、これは────」


 クロハは息を呑む。シルフィという少女の矮躯が持つ可能性に気付いた彼女はカークを振り仰ぐ。カークは小さく頷いた。


「よーし、連れて帰るぞ」

「それは、保護するということでいいのですね?」

「半分正解だ。こいつはオレたちで育て上げる。そんでもって、ゆくゆくは────」


 カークはシルフィの身体をひょいと雑に持ち上げ、肩に担いだ。


「こんなに冷たくなっちまって……お前の安全は、オレたち【星の大鴉】が責任を持った。だからもう少し、耐えてくれよ」


 数舜後、その場から人影は消えていた。


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