第6話 市長の趣味
市長事務所のドアを開けると。
昨日、市長が居たデスクの辺りに大量の箱と隣の一部に紙の束が積み上げられていた。
他に人も居ないので、取りあえず市長の机の辺りに近づいた。
途中で唸る声が聞こえた。
「これはどうしたものか……」
それは市長の声だった。
「市長居ますか?」
「はーい、ムサシ君?」
市長は箱と紙束の向こうから話しかけてきた。
「ごめんね、仕事が溜まってね、ちょっと待ってもらえるかな? 隣で待ってて貰えるかな?」
「わかりました、お待ちしてます」
ちょっとと言うレベルでないあれ全部書類か? 変なところで紙文化が残っているな。
端末で処理されてないのか?
「お待たせー、朝から大量に仕事貰っちゃってさ、ごめんねー」
「なんですかあの量は?」
「んー? 少ないほうだよ、情報メモリ端末も10箱以内だし……たしかに書類は多かったかな?」
「箱の中身、情報メモリなんですか? ちなみに中身は?」
「ハンター達の狩猟動画とか盗賊情報とか……色々かな?」
「あの量、まさか? 市長が処理するんで?」
「私が全部処理するよ、もっとデータ解析とか大体の処理はハンター組合が処理してくれてるからピックアップされた情報を確認するだけだよ、AI補助も使うし」
「以前の暮らしの常識を当てはめてはいけないんですね、改めます」
「若いねー、素直に反省するね、大事大事、あっごめん実際に若いんだよね、16歳だよね」
「そうです、こう見えて16なんです、それと質問なんですが」
「んー? 何?」
「体が大きくなりまして、ええと成長した? と言えばよいのか? 兎に角ですね、目覚めたら体が成長してました」
「あー、うん、昨日ID登録時に説明しといたほうが良かったみたいね。お疲れの様子だったから切上げたの」
「成長した理由、ご存知なんですか?」
「それはね、冷凍睡眠の覚醒時に体が強化成長させられたの……やったね、強化人間だよ!!」
市長は可愛らしい演技で強化人間を強調した。
「強化人間について詳しくお願いします」
俺は聞きなれない単語について一抹の不安を抱く。
市長は端末を弄り、強化人間の資料を見せてきた。
「強化人間、通常より肉体が強化された人間で、五感が鋭かったり、治癒能力が高いとか。外の世界に対応する為に冷凍睡眠施設のAIが気を利かせてくれたと言っていいのかな?」
映像では普通の人との比較動画が流れている。
「はてなマークがつくんですか?」
「これもオーバーテクノロジーのひとつなもので完全に解明されてない技術なの、でも安心して初期の頃から運用されてる技術なのでデメリットはそんなにないの」
「そんなに?」「そんなに?」「そこ大事でしょ」
「ですよねー、大事な事なんだけど……発掘された開発元情報に問題が何も無い事が記されていたの。具体的にデメリットと言うと体が慣れるまで少しトレーニングが必要な事。あとは沢山動くと普通の人より1.5倍くらい食費がかかる」
「病気とか、精神異常とか、寿命が短くなるとか、そう言うのはないんですね?」
「ないない、命に関することは問題ありませんし、そのような問題となるケースは今のところ報告はありません。もって生まれた人格がきっかけに不幸な人生を送るとか、そういう個人資質が原因のトラブルはあります。それ以外は特に確認されていません」
「よかった、戦闘狂人とか暴走しやすいとかあるかもって頭をよぎりましたよ」
「身体性能は調べてみないと分からないけど、一般人より圧倒的に死にずらい」
「なんか不穏な言葉が聞こえましたが?」」
「正しく言うと医療用応急ナノマシンパックって言う便利な技術があるの、普通は致命傷なのに応急パックを使うと命が留まる、生命維持に重きを置いてる感じね。ちなみに一般人に使っても何も起こらない便利な技術なの」
「ほー、ジャンプで5メーター位飛んだり。ものすごい速さで走れたり。そう言うのは無い感じで?」
「そう言うのは確認されてないかな? 感が良いとか、俊敏とか、研究中な技術だからまだ分かってない事が多いの」
市長は難しい顔をしている。
「超人ではなく、多少強化された人間って所ですか?」
「今のところはそれで良いと思う、でも科学は更新することもあるから、悪魔で今のところはって事で理解してください」
「わかりました」
少しだけ、ほっとするが少し残念感もある、手から電撃とか炎とか出してみたい気は実は合った。
「でっ!! さっき言った、体に慣れるトレーニングって話なんだけど」
「はい、トレーニングですね」
「強化された人達はだいたい外向けの仕事をするケースが多いの、報酬も大きいから」
「そこんとこ詳しく」
「強制ではなく選択できるんだけど、適性検査を元に得意不得意をある程度見極めて依頼を受ける、仕事に就く」
「ふむ、外とか中とか言いましたね、都市の中の仕事、都市の外の仕事って感じですか?」
「おおむね正解、いきなり言われても選択できないだろうから1ヶ月程、初期訓練で都市生活や常識を学んでもらって、トレーニングを兼ねた簡単な依頼を受けてもらいます」
「慣れた頃に適性検査を行い、選択するって事ですか?」
「その通りです、外と中で仕事を色々することも出来るし、苦手だけど好きな事を仕事にするとか基本的に自由です。ある程度の自己責任の部分もありますが」
「かなり自由なんですね」
「その辺は積み重ねた多少の歴史がありますから、サポート体制も万全です。ただね、市民と準市民の扱いがねあるの……」
「市民、準市民? なんかあまり好ましくない響きが聞こえましたが?」
「誤解しないでね、これから違いを説明します」
「失礼しました、解説よろしくお願いします」
「外の厳しい危険な仕事をすると最初から中での過ごしやすい環境で生活できる。外郭街で生活して中の制限地区での仕事や外郭街で比較的安全な仕事をこなす。貢献が認められると内郭街で生活できるようになる……」
「ちなみに外郭街は設備があまり良くない、多少危険、生活はひとまず保障されるレベル……許可が下りるのは数十年後、仕事の量で市民権を得るには早い人で10年以上……ちなみに外部の危険な仕事は随時受付中です……殆どいないけど外と中を行ったり来たりして貢献ポイントを合算して市民権を獲得という事も可能……軍所属とか民間所属とかでも貢献度や危険具合が変わってくるから……自分で考えてもらって選択してもらう。そんな感じです」
「理由が色々ありそうですね……」
「いくつか例外はあるけれど内郭街で生まれた子供でも例外なく適用される制度なの」
「子供ですら?」
「もっとも、だいぶ優遇されて、子供の頃から都市施設で働く為の勉強とか職業専門教育で技術を上げるとか安全に内郭街で生活できる環境が与えられるけどね、外部から来る場合は厳しくなっているの。市議会で格差を是正しようと努力しているのだけれど力及ばすでね……なんとかしたいのよ」
市長は暗い顔をした。
「この話は長くなるので知りたければ別件でお願いします。それはそうと、ここまでで疑問とかあります?」
「えぇ……疑問は山ほどありますが……とりあえずは生きていける気がしてきました。最初に外に出された時なんか……過酷なサバイバルする気がマンマンでしたよ、イキテヤルーって感じで」
「ごめんね、冷凍睡眠の覚醒タイミングって読めないの、だからすぐそばに監視ステーションで管理してたんだけど」
「してたんだけど?」
「別のところで大事件が発生して、人的リソースの集中が起きてね。少しの間、無人になってたの、おまけにセンサーが壊れて……管理不行き届きです、すみませんでした。改めて謝罪いたします。」
「まぁ、偶然、アミに見つけてもらったし、生きてますから」
「本当にアミちゃんに依頼出しておいて正解だった、見逃して彷徨わせてたらと思うと……」
「どうなるんです?」
「軽いのだと人攫いとか盗賊に拉致され売られる、のたれ死ぬ、敵性体に襲われる……」
「もう、いいです、ヤバイって事は理解しました」
「それで初期訓練とトレーニングのことなんだけど、丁度いい人材が居るの」
「よいお話で?」
「優秀な人よ、強化人間に詳しくて、とても優秀な教官なの。丁度良く、この街に滞在してて連絡したら、すぐOK貰えたのとてもラッキーなのよ」
「そいつはありがたいお話なんですね?」
「指折り歴戦のハンターで育てた子達も凄腕になってるケースが多いの、アミちゃんの指導もその人よ」
「アミちゃん、凄腕だったんだ」
「ごめんなさい、誤解を招く発言でした。アミちゃんは素質があるって事。あの歳で危険地帯を単独偵察に行けるってのは十分凄いんだけどね」
「アミちゃんに助けられてって事は間接的にその方に助けられたって考えても良いのかな? 良いんだろうなきっ。その人とも縁でもあるのかな?」
「東洋的な発想ね、流石、日本人ね」
「混じりけなしの日本人です、そう言えば会う人が色々な国のかたに見えるんですけど……その辺は初期訓練に知ることが出きるので?」
「座学でやります、もっともそんなに難しくないかな、簡単に言うと3割日本文化圏、1割アメリカ、1割英国、1割ドイツ、1割中国、1割ユーロ圏、残り世界中てッ感じ」
「日本文化圏?」
「数種類の次元世界、それでもって色んな時代が混じってるからゴチャゴチャしてるのもっとも文化は基本的に似てるけどね」
「そういや、異世界で多次元とか言ってたな」
「ちなみに私は日本文化圏で英国、ドイツ、フィンランド、アメリカでちびっとだけ日本人の血が混じってます」
「知ってる国の名前で安心しました、たしかボクと違う次元から来た様子でしたから……どうりで、それだけ混じってれば奇麗にもなりますね。血が混じってると奇麗になるケースが多いって言いますもんね」
市長はフリーズしてる、少しの間だけだったが。
「おねいさん口説かれました、びっくりです」
「えっちょッ!! 素直な感想がなにも考えずに口から出ちゃいました。すいません」
「そうね、うん。ありがとう……、仕切りなおしましょう」
市長のフォローもあり、説明にもどった。
動揺しているのは自分だけだった。
「人種的差別は取締対象になるから注意してください、警察機構も有していますので……ムサシ君は悪い事しなさそうだけどね」
「しないと思います、高校生で禄に人生経験積んでませんけど」
「それと高校生でも文化発掘の為にあとで色々調査されます。ムサシ君、頑張るのよ」
「頑張る?」
「質問攻めに合うの。それもしつこく。研究者さんにね、正直メンドクサイ人なのよ。代わりを打診してるんだけど」
「かなり?」
「うん、かなり」
市長はやれやれと言ったボディアクションをしている。
「覚悟しときます」
そう言うと市長は少し笑った。
「今日の予定について聞きたいんですけど」
「午前中はもう少し街の事を説明して、あとはアミちゃんとデートよ」
「案内するとか言ってやつですか?」
「なんか、もう少し違うアクションを期待してたんですけど? けど? デートよ、んー?」
市長はからかってる、実に楽しそうだ。
「この説明の流れと市長の仕事量を考えてね。ちょっと考えれば分かりますよ? デートっても案内するやつでしょう」
「君はねぇ、君はおねいさんの数少ない楽しみを、つかの間の楽しみを、よくもキャンセルしてくれましたね? 高校生くらいになると制服デートくらいしてるでしょ?」
「俺ら私服でした」
「なんだと……制服デートを経験してない……可愛そう……人生で輝く素敵な! ひと時を経験していない……なんてことなの」
市長は酷く狼狽している、若干演技が入っていて大げさにも見える。
「そこまで言わなくても」
市長は机に勢い良く手を突っ張り、勢い良く立ち上がった。
「アミちゃんに連絡するね、制服は私のコレクションから、ええとブレザー? セーラー? メイクは若いから必要ないか、ええい!! メイドさん、メイドさん、すぐ来てください」
そう慌てた様子で叫ぶとドアからメイドが入ってきた。
市長は携帯端末を弄りながらメイドに見せて、指示を飛ばす。
戸惑いつつアミの制服姿を想像してみる、きっと似合うだろう、褐色元気娘が制服か……一応ブレザーで想像している。白シャツ、短スカートってのもいいな!
そんな事を考えていると。
「これで君を敗北者、青春の負け組にせず済む、私の目が光っている間!! 制服デートをしてない可愛そうな子が現れるなんてありえないッ!! いいですね!! 」
市長は無駄に熱くなっている、なにが彼女をそこまで駆り立てるのだろうか?
市長はなにかスイッチが入ったようでブツブツと何か考えている。
しばらくするとドアが開き誰か入ってくる。アミだ。こないだと同じ格好をしている。
「ムサシおはよー、市長もおはよー」「おおぅ、オハヨウ」「市長どしたの? 」
なんか意識してカタコトになる。
市長はアミを見て何か思いついたようだ。
「ちょっと2階に行こうかアミちゃん……それとおはよう、今日も可愛いね」
「ええ? 市長、ちょっと市長? どうしたの? 市長?」
アミは部屋に入ってきて、早々に市長が手を引っぱり足早にドアの向こうに消えていった。
代わりに今、目の前にはメイド型機械人形が座っている。
「残りの説明を仰せつかっています、はじめてもよろしいですか?」
「アッ、ハイ」
簡単に注意事項や禁止事項、明日の基礎訓練の予定を確認した。
説明を終えるとメイドは立ちあがる。
「ありがとう」と礼を言う。
優雅に会釈して「市長とアミガサ様が来るまでお待ちください」と告げ去っていった。
一人部屋に残される。
市長が言っていた制服デートについて考えていた。
俺の高校は私服だったからな。制服なんて中学の時に見た以来だな。
数分後に市長の声が事務室のほうから聞こえる。
呼ばれているので声のするほうに向かう。
扉の向こう仁王立ちする市長が見える。ものすごいドヤ顔だ。
なにやってんだこの人と思いながら事務室に入る。
そこには夏服の軍服もどきを着たアミがいた。
夏服と思ったのは白シャツでエリがあるが半袖で涼しそうなイメージを受けたからだ。
なんか違うな軍服じゃない、どちらかと言うとマーチングバンドの服に似てる。両肩にワンポイント装飾があるヤツで所々の装飾が軍人ぽっい。でも基本は白シャツだ。
下はタイトなスカートで動きやすそうな柔らかな生地に思える。
凛として清涼感のある凛々しさの中に可愛らしさもある、そしてマーチングバンドよりの軽い軍服、最終的にそんな服と認識した。
ドヤ顔を続ける市長をよそにアミは恥かしそうにしている。
市長はアミをステージに立つパフォーマーを紹介する進行役のように全身を使ってアクションをしている。
これはあれだ模範解答を選択しないとヤバイやつだ。上手に褒めろ俺!!
市長のドヤ顔ににやけ顔が混じったか感じがとてつもなくアレだ。期待している。市長はものすごい期待している。
美人がすると小悪魔に妖艶に冷たい感じがする笑顔一瞬市長を見て、またアミに視線を戻す。
気を取り直して、言葉を考える。無難なヤツで行こう。
「凛々しくて可愛らしい、良く似合ってるね、アミ」
「ありがと……ムサシ」
アミは照れている。
市長はすごい不満そうな顔をしている、間違えたか? 文化が違うのか?
アミは恥ずかしそうに「こういうの着慣れないから恥かしいよ……」
横では市長が小憎らしい顔で50点と言い放っていた。
ほんとうになんなんだこの人は。
「君は、あれだ、これだけお膳立てして、あれだ、実に残念な子ですね、君は」
市長的にダメだったらしい。
アミは喜んでいる感じだからいいじゃないか?
「説教だ、君にはがっかりしたから、説教をする。今日の夕方、案内が終わったら事務所に来るように、訓練も懲罰訓練行きだ、残念だなー実に残念だ」
そう言って市長はとぼとぼと自分の机にもどった。
「アミちゃんあとよろしくねー、そこの残念君を案内してあげてねー」
「わかった、市長。でもこの依頼は割増しだかんね、こんな格好させてさ!! 表彰状貰った時以来だよ」
「ムサシ君にお昼豪華なの食べさせてもらいなー」
「りょうかーい」
二人で勝手に話が進んでいく。
流れに身を任せよう、これは逆らうとアレなやつだ。
懲罰訓練と言うぶっそうな単語が聞こえたが、死ななければどうとう言う事は無い、爺さんの迷言を思い出していた。
「行こっか、ムサシ」
アミに声をかけられ、今日の次のお仕事が始まる。
活動的な服から少しかしこまった服に変わり、アミは収まりが悪そうだ。
スカートの裾をしきりに気にしている。
「ではお願いします、先輩どの」
「アミでいいよ、ムサシ」
「けじめって大事かなと思って、アミ、よろしく」
「こちらこそ、よろしく、行こう!!」
二人で広場の方へ歩き出した。
外は晴れていいるがそれほど暑くなく爽やかだ。
これから案内と言うデートが始まる。