第51話 辿り着いた結論
目が覚めると小型シェルターとなった寝袋の中に一人きりであった。程よい抱き枕兼湯たんぽとなっていたアーニャは既に居なかった。外に出てみると嵐は過ぎ去っていた。心地よい木々の囁くような葉音、それなりの暖かさを感じられる木漏れ日になっていた。空を見上げ、背伸びをする。短時間の睡眠ではあるがかなりの元気を取り戻している。
仲間は既に起きて準備を整えていた。彼女等は焚き火でお湯を沸かしてインスタントコーヒー楽しんでいた。ナギに寝ぼすけと軽口を叩かれる。最後までのんびりと寝ていた罰の悪さからゴメンよ返した。
ムサシは急ぎ準備を整え、差し出された熱いコーヒーをぐいっと一気飲みした。アーニャが気を利かせてくれて、ちょうど良い温度のエスペレッソを作っていてくれたからだ。準備が整うと一行は再び行軍を再開させた。
ひたすら歩く。同じ様な森の景色にウンザリしつつ、道なき道を周囲に警戒を配りながら行軍を続ける。森も深くなり木々の鬱陶しく思えてきた。動物の気配は無かったが異様な雰囲気がする。深い森はムサシ達を拒みもしないが優しく微笑みかけたりもしなかった。
アップダウンが多く、背丈の低い植物が少ないむき出しになった地面から伸びる木々の根に足を取られる。足元にも周囲にも気を配るのは中々に骨の折れる作業であった。敵地でないことだけが幸いであった。物凄くきついハイキングである以上はそれなりに気が楽であった。命のやり取りがない点で精神的疲労が雲泥の差があった。
ある休憩中、ムサシは尿意事情に対処していた。丁度よい岩陰を見つけ仲間から離れて一仕事終えていた。その帰り道に猪と遭遇した。
仲間からの距離は数百メートル。飛び降りられる程度の岩場だが見晴らしが良かった事、せめて姿を隠せる木陰まで移動しようとした結果が招いた事故であった。
帰り道の中間地点、岩場の多い獣道で鉢合わせした。人の背丈程の岩陰にて猪と睨み合いをしていた。牙の鋭い危険な猪であることは察知できた。
猪はその場でムサシに敵意を露にし威嚇の為か地面を前足で削っていたからだ。ムサシの体はすぐさま危険に反応してアサルトライフルの安全レバーを射撃可能位置にして、発射可能状態に初弾を送り込んでいた。
睨み合いの時間は長く感じた。実際には数秒間の事であったが一瞬で命のやり取りに状況が変った為にムサシの体感時間は加速していた。狙いを猪の眉間に定め引き金を引くタイミングを計っていた。
猪の呼吸を感じる。辺りの景色がモノクロに見えた。
そして、ムサシに向かって猪が突進した瞬間に勝敗は決まった。脳天に一発、左目に一発。それで猪はただの肉塊になった。心の中には命を取った事の罪悪感も生き残った高揚感も無かった。ムサシは危険に対して冷静に確実に対応したのだと理解していた。ムサシの心に浮かんだのは命を無駄にしてはいけないなという考えだけであった。
猪の虚空を見つめる目を閉じる。するとムサシの中に感謝の念が浮かび上がった。生き残れた事、命を奪った事、そして周辺を注意していれば無駄な殺生をしなくて済んだのではないのかという考えに襲われた。そういえば戦闘での命の取り合いはあったけど大自然の中での事故は始めてだなと…両手で猪の命に拍手をして弔おうと思ったがアサルトライフで片手が埋まっていたので感謝の礼を片手で行った。
しばらくして、仲間が駆けつけると理由を説明した。そして用事を済ませた後に手を洗ったのかと言うお約束のやり取りを仲間と行う。その後に猪の亡骸をどうするか話し合った。話し合った結果、食べようとアーニャが言い出した。ムサシはその提案に乗った。
猪についてはヴァリアブルフレームAIに事情を話し猪の命が勿体無いから食事にして良いかを確認する。ついでに後から来る訓練生にも食わせてよいかを聞いた。どうせ俺達だけで食べきれないからだ。結果は特に問題も無くOKと言う回答を貰った。
改めて命に感謝を捧げ解体作業を行う。手頃な木に吊るしてアーニャの手馴れた作業を手伝いながらてきぱきと解体してゆく。
彼女は訓練に来る前には森林管理人兼狩人をしていたからだ。彼女の戦闘時の思い切りの良さや敵を察知するスキルが高いのはそこで養われたらしい。作業をしながら彼女の生い立ちの一端を聞いていた。彼女も彼女で苦労を重ねて来たようであった。大きな獲物を捕らえる話をしながら鮮やかなナイフ捌きで食材が上がっていった。
彼女の話は盛り上がった所で止められてしまった。また機会が会ったらねと言葉を残して…後ろ髪を惹かれるが仕方が無い、解体が終わったからだ。
早速食事の支度を整える。草や木の皮を剥いで皿をこしらえてた。
即席の焼肉パーティだ。焚き火を囲み肉を焼く。塩分補給用のタブレットを調味料代わりにした。程よい焼き加減を確認すると命に再度感謝して肉にかぶりつく。
ムサシは肉の美味さで目が潤んだ。それほど美味かった。色々な感情が思い起こされる。上手い肉と油、具合の良い塩気でエネルギー補給をしながら何できっつい行軍なんてしているのだろうかと刹那にも頭をよぎってしまったのもあるのだろう。張詰めていた精神が緩み、気が抜けてしまったらしい。仲間達はその事を軽口も叩かずに見逃してくれている。気持ちが落ち着いて周りの様子を見てみると疲労で胃が受け付けないかと思っていたが黙々と食べていた。時折、美味しい事をそれぞれの表現で伝え食事を楽しんでいだ。クリスの手が止まり気になってムサシは様子を伺っていた。
するとクリスが大きく一呼吸して気合を入れて血肉にするわと意気込み肉に豪快にかぶりついた。どうやら彼女は無理をして食べていた様だった。日々の食事が合成携帯食料で不味かったと言うのもあるが彼女は元々小食である。肉体的にも精神的にも限界が近い状態での食事だ。胃が受け付けないが今後のことを考えると食わざるを得ない。エネルギーを体に叩き込まねばならない事を彼女は知っていたからである。疲労で肉体的にも精神的にきつい状態だが無理やり胃に押し込んでいた。
腹が膨れ過ぎないようにエネルギーを確実に補給できるように…これまでの厳しい訓練や色々な感情が重なり我慢していた感情が解き放たれたのであろう。いつもと違う野性的な精悍さがあった。肉を胃袋に叩き込む。食事でこんなにも色々な感情を呼び起こされるものかと思い知った。ナギもナギで同じ様な感じでいつもより食が細かった。しかしクリスの食べっぷりを見ると同じ様にして胃に叩き込んだ。いつものペースで食べていたのはムサシとアーニャであった。
ふとムサシが米が欲しいと呟くと皆が堰を切ったように同じ事を言った。ナギなんかは我慢してたのに言っちゃうんだものとふくれっ面で文句を言った。
結局油が多くてあまり量は食べれなかったが胃袋にほどよくエネルギーを格納し終えた。
食後のコーヒーを楽しんでいると後続のチーム歩いてくるのが見えた。肉の事を説明をすると後続のチームが虚ろな目で承諾した。
ムサシのチームは食事の準備をしてやった。
4人で消費するには肉の量が多かったから残して肉が無駄にならなくて済む事、そしてそれとは別に訓練をしていた仲間と言う感覚も手伝って彼等にも美味い肉を食わせたかった。ムサシ達は自然と献身的になり、喜びを感じていた。
肉に喰らいつき最初の一口を堪能すると彼らの目には徐々に生気を取り戻し、光が戻ってゆく様が見えた。彼らも彼らで訓練に耐えてきた戦士であった様だ。
ムサシ達に感謝を次々に言い出した。
改めて事情を説明すると後から来る他の連中にも食させることになった。油が多く量が多く全部食べられないことは皆感じていたからだ。
焼肉を振舞う珍妙なリレーが始まった。あと4から5チーム分ぐらいの肉だろうか? 後から来るチームに内蔵ばかり食うのもあれなのでよくよく彼らに肉の部位が均等にいきわたるように言い聞かせた。美味い部位が均等に行き渡る事を祈り、後のことを彼らに頼んでムサシたちは出発した。
また、終わりの見えない辛い行軍が始まる。
何度目かわからない見飽きた山野を歩き倒す。来る日も来る日も歩き続ける。同じ様に何度目かもわからない虚ろな思考に襲われてしまう。なんでこんな行軍をしているのだろうか? ひたすら歩き続けることに何の意味があるんだろうか? 自身に答えの出ないであろう問いかけを何度も行う。
毎度の事だが結論は出でない。思考はぐるぐると無駄に回る。戦闘訓練のことを思い出す。殴られたり吹き飛ばされたりするがアレの方が行軍よりマシだったのではないか? 戦闘訓練をしている最中も苦痛で仕方が無かったが何かと戦っている方が精神的に楽なのではないか? 今となってはひたすらに歩くことが苦痛で仕方が無い。無駄な思考に嫌気がさして繰返しの動作で気を紛らわせようと試みた。
教科書の端っこにそんな気の紛らわせる方法が書いてあったのを思い出した。10歩数えたら左手に意識を向ける。10歩数えた右手に意識を向ける。それをひたすら繰り返そうと思った。実際に行ってみると少しは気がまぎれた。
それでも数時間たつと考えてしまう。なぜこんな事をしているのか…
弱い心はVRで訓練された。そのはずだった。今現在、確かに感じられるのは戦士になるべく鍛え体に鞭打ち行軍を続けている自分自身だ。だがジワジワと長い行軍で精神的に追い込まれ消えたはずの弱い心が復活した為か余計な考えが浮かぶ。疲れた。しんどい。少しの休憩でも立上がる事が苦しい。
心が折られそうになる。帰りたい。どこに? ココが何処かだって? 知ったことか? 負けそうになる自分自身を鼓舞する。戦士になるんだ。約束したじゃないか? いつした? そんな事はどうでもいい。
生き残る技術を見につける? 艦長になる? こんなにも苦しい目に合わされて? 違う!! 弱音なんて要らない!! ここまでやってこれたじゃないか? VR訓練の方が辛かっただろう? 殺したり殺されたり!! 散々鍛えられたじゃないか!! なのにだ! 鍛えたはずの体と心は何故こんなにも苦痛を知らせてくるのか? イラつきが最高潮になってきた。頭が熱い。こういう時はろくな考えにならない。落ち着こう。
苦し紛れに最初に見た歩行戦艦を思い出す。その姿は今でも鮮明に思い出せる。目に焼きついていた。憧れの熱い思いを抱かせる。城砦を思わせる黒い巨体。脳が狂ったかのようにも思えてしまう船体横から生えている不恰好な太い脚。巨艦を優雅に進めてゆく、その荘厳な姿。あいつだ。なにもかもあいつが原因だ。悠然と進む歩行戦艦の姿を思い出す。あぁ、かっこよかったなぁ…
何故かあの戦艦の事を考えてしまう。歩行軍艦に対する憧れの根源。初めてこの世界にきたときに見た歩行戦艦。あの時に頭をよぎった事を思い出す。あぁ、そうか、忘れていた。大事なことじゃないか…俺はあんな大戦艦に乗りたいんだ。どうしようもなく沸き起こる歩行艦への欲求。
俺のモノにしたい。俺が艦長になるんだと。艦長になるんだろう? そうだ!! 大戦艦の艦長になる。なんでこんな簡単で大切なことを思い出せなかったのだろう? ここに来た理由は!! 理由なんて簡単なことじゃないか!! 全て理解したぞ。軍艦が好きなんだ。大好きなんだ!! 歩く軍艦が。こんなにも簡単な事だったのか!! 何をごちゃごちゃと悩んでいたんだろうか? そうか!! これが愛なのか!!
妙に頭がすっきりした。腑に落ちる感覚が心地よい。疲れきっている体の奥から力が沸いて来る。何も不安は無い!!
俺は大艦長になるんだ俺は!!
オッシャラー!! 幾らでも歩いてやる!! 歩き倒してやる!!
なんて素晴らしいんだ。この世界は!! オーバーテクノロジーが跳梁跋扈するこの世界。バリアブルフレーム、歩行戦車、パワードスーツ、レーザーブレード、後は何が会っただろう? 敵性体? 遺跡? とんでも建築? アノマリー!! そうだ!!忘れちゃいけない!! 俺が知っているテクノロジー!! 銃に戦車だ!! こいつらだって素敵じゃないか!! 最高じゃないか! 歩行艦に隠れてしまっていたがこれまでに何度もおれ自身を助けてくれる心強い武器や兵器たちだ。
こいつらだって機能美が溢れて実に素敵じゃないか!! そうだ。素敵なものが沢山あるじゃないか? あぁ素晴らしい!!
俺はこの世界にいる。ここで生きてるんだ。生き抜くんだ!! ならば何かしてやろう!! 何か? あぁ、そうだ!! 大艦長になるんだろう? ただ生き残るんじゃない。とことん楽しんでやろうじゃないか!! ウォォォ俺は情熱熱血大艦長!! ヒャッホウ!! 最高にハイってやつだ!!
疲れて脳内麻薬が分泌されたのか盛大に興奮している。興奮が最高潮に達した事で急に気持ちが落ち着いてきた。そして、訓練で得た自分を抑える事を思い出した。いけないいけない。クールに熱くだったな、そうそう、忘れちゃぁいけない。熱しっぱなしはいけないね。落ち着け自分。クールに燃えろだ。




