第36話 洗礼
アミがいる。その横には髪が薄いが屈強な男が立っていた。集合の号令はすでにかかっている。
訓練生は運動場に集まっていた。俺たちもアミの話が聞こえる位置に移動した。
「今年の訓練生は元気がいいようだな。期待している」
屈強そうな男は鋭い目線で訓練生を眺めていた。強面の顔は不敵な笑みを浮かべていた。
「訓練生諸君!! 訓練監督のイサムだ。さて……船に乗る希望を出している君たちがなぜ身体を鍛えるか? 疑問に思う者もいるだろう」
イサムと名乗った監督はあたりを見回す。まわりの訓練生はイサムのただならぬオーラに圧倒されて静かになっていた。
「自分の体を操れない者が船をうまく操れると思うな!! などとは言わない。そもそも、この中で船を手に入れられるものは少ないだろうからな」
辺りに心地よい風が吹く。
「訓練を終えて大体の者が甲板員になるだろう? 小型敵性体やレイダーと戦うことになる。どうだ? 戦えるか? 仮に船が荒野で操艦不能になることもあるだろう? サバイバルしながら街まで歩く。または発掘船を求めて、己の体のみで遺跡に潜ることもあるだろう? 小型種と鉢合わせする? 今のお前らはすぐにお陀仏だ」
数人が異を唱える。
「仮に船を手に入れて艦長になったとする。甲板戦闘に巻き込まれることもあるだろう? 船を狙う奴に襲われる。恨みを買って暗殺者に襲われる。街中でトラブルに巻き込まれる。そんな時どうする? 己の体一つだ? 少しでも生存率を上げろ。そいつをこれから教える。なぁに損はしない、多少、苦しいだけだ。ちょこっと戦闘技術を学ぶ。ついでに船に関する事も教えてやる」
訓練生はイサムの話をじっと聞く。
「船ん中で一生過ごすやつもいるまい? うまいこと教えてやるからな。俺の訓練に耐えろ。そして、こいつが俺の優秀な弟子のアミだ。基本的にはアミが教える。言うことをちゃあんと聞くんだ。いいな、訓練生ども?」
するとアミが一歩前に出た。
「紹介にあずかった、アミ教官である。私が弱っちぃお前たちを戦士に育て上げる。死なないように気を使ってやるから訓練に励め。それから訓練中はお前たちはゴミ以下だ。自分を人間だと思うな? その辺のレイダーにも劣るゴミムシだ。薬莢一つ分の価値しかない」
そう言ってアミは訓練生の間を歩き始めた。
「故郷ではちょっとは鳴らしたやつもいるだろう? だが、ここでは訓練をやる。戦士になる訓練だ。兵士ではない戦士だ。厳しい私をきっとお前たちは嫌うだろう、苦しめ! 憎め!! その分、学んで強くなる。厳しい訓練に耐えたら貴様らは少しはマシな戦士になれる。だが、訓練が終わるまではお前たちは虫以下の存在だ。この世界で最下層の生命体だ。すでにお前たちは人ではない。私は厳しいがお前たちを平等に扱う、強化人間だろうが、サイボーグだろうが、女だろうが、男だろうが、全て等しく扱う。差別は許さん。デブだろうが、痩せだろうが、眼鏡だろうが、船オタクだろうが、車マニアだろうが、筋肉信奉者だろうが見下さないし見捨てない。貴様らは平等に価値のない、私の可愛いムシケラ訓練生だ。すでに人でなしだ。これからお前たちを戦士にしてやる。私は役立たずを……独り立ちできるようにしてやる。愛すべき戦士になれるように……わかったか? 役立たずども!!」
訓練生はアミの話を黙って聞いている。
「どうした? 返事が聞こえないな? 役立たずども? 仕方ない教えてやる……サーイエッサー!! と言うんだ?」
俺は言われるまま答える。ナギとクリスも答える。従順な者たちがまばらに続く。
「「サーイエッサー!!」」
「数人しか聞こえないな? どうした大声を出せ!!」
「「サーイエッサー」」
従順なヤツラが声を張り上げる。
アミが足を止める。
小太りの男の前に止まる。
「小太りのお前……名前はなんという? いや、答えるな。お前は本日よりブタヌキと呼ぶ。イイ名前だろう?」
「サッ、サーイエッサー」不満そうである。そらそうだな。
「聞いて驚くな? 太っていようが関係ない、デブになる定食はないぞ? レーションだ!! 」
「サーイエッサー?」
アミの標的は隣に移る。
「隣のドチビ!! お前はそうだな子竜。子供の龍でシリュウだ。カッコいいだろう? 東洋竜のTシャツを着るくらいだ好きなんだろう? ドチビにはちょうど良いだろう?」
「あぁぁん?」
「サーイエッサーだ!! バカ野郎!!」
アミはいきなり殴り飛ばす。良い感じにぶっ飛ぶシリュウ君。彼は気絶していた。そう言えばあいつは俺にメンチを切った透かしたやつ君だったな。まぁ、いいや。
小声でゴミを擬人化した女がつぶやく。
「あの女、調子に乗って? ブスィイキリ女……」
「誰だ? 」
アミは止まってあたりを見回す。まわりは静かになっている。
つかつかと歩いていく。
「教官に向かってキャンキャンと鳴く。マヌケなやつは誰だ? 役立たずのゴミムシめ!! ブッ転がされたいか?! 答えろ? 誰だ?」
ゴミ女の前にアミが立つ。よーしよしよし。殴られろ!! 俺はアイツは生理的に受け付けない。俺は等しく男女平等主義だ。
オカマもオナベもあらゆる人間を等しく扱うぞ? だがゴミは別だ。支離滅裂だ? それがどうした? 今はアミがうっぷんを晴らす時間だから俺は大人しくしていよう。俺が引っ掻き回すのは今じゃない。うん、そうだ。
「どこのどいつだ? 厚化粧使いのクソババァか? 飽きるまで化粧品を塗りたくって汚い面を塗りつぶしてやる。きっちりタップリと化粧品のチューブを出し尽くすまでシゴイてやる!! そいつで貴様の顔を塗りつぶしてやる!!」
アミ……すんごぃ!! ナイス!! そして、ザマァ!! ゴミはプルプルと小刻みに震えていた。
「貴様か? 腐れ生ゴミが?」
悔しいのぅ、悔しいのぅ、ねぇ? 今どんな気持ち? ねぇ? 今どんな感じ? って言いたい。超言いたい。
「生ゴミが? 貴様だろ!! なぁ? 答えろ!! はっきりと言ってみろ!! 卑怯者め!! お前なんだろ? なぁ?」
ちょっとやり過ぎな感じがしてきた。涙目だぞゴミは?
「私じゃない、私じゃないわ?」
この後に及んでまだシラを切ろうとしている。惨めよのぅ。
そこで、何故か離れていたイケメンが慌てて止めに入ろうとする。気がついていなかったのか?
「教官。待ってください!!」
イケメンの話を遮るように少し離れていた金髪の調子が良いやつが言う。のっそりと前に出てきた。
「役立たずって、ワィの357マグナムはちゃぁんと役に立ちますがな?」
インターセプトか? 金髪よ。やるじゃないか? 少し見直した。ゴミ女を庇っている。
「そっちのやつだったか? すまないなアバズレ」
アミは金髪に近づく。ターゲットは変わったようだ。生ゴミよ、ご愁傷さまでした。
「勇気のある奴だな。少し面白かったぞ? お笑い芸人か貴様?……正直なのは感心する。貴様、芸人だろう? 笑わせてみろ? さぁ、私を笑わせてみろ!!」
「すこぉーしぃ、やり過ぎちゃいます? シゴくんなら、ワィのをしてくれへんか? 」
「芸人!! 気に入った!! 今スグ娼館に行ってファックしてこい。気にするな私のおごりだ……」
そうアミは言うと金髪を蹴り上げてた。金髪はゆっくりと宙を舞って地面に落ちた。
「キャンキャンと喚き散らすゴミめ!! 良いだろう……可愛がってやる。貴様のモノを伸びたり縮んだりできなくしてやる!! さっさと立て!! また、隠れてイキッて見ろ? ブチ転がしてやる!! 立ち上がれ、このパピヨン野郎!! キャンキャン叫んでみろ!! 力もないのにイキがるな!! おっとすまない。これでは可愛そうだ。本来のパピヨンがな……そうだな。ピヨン……お前はピヨンだ」
金髪は痛そうに倒れているが意識はあるようだ。アイツ結構タフだな? しかし、理不尽暴風雨は続く。
「なぜだ? 訓練しに来た? 答えろ!!」
「そら、金儲けやで? 戦士になりゃ、金がこれですやろ?」
金髪は立ち上がった。手でゼニを現している。意外とタフだなアイツ。
「戦士の顔をしてみろ!! 殺しの顔だ!!」
そういうとアミは大きく息を吸った。
「フゥヤァーッ!! これが殺しの顔だ!! やってみろ!!」
「へっ?」
「またふっ飛ばされたいのか?」
「フゥヤァー!!」
「そんなんで殺せるか? 金が逃げていくぞ?」
「フヤァーーーーー!!」
「イマイチだ。練習しておけ!!」
「サーイエッサー!!」
金髪は洗脳されたようだ。
そして、アミは見回す。
「ハンターには船乗りには戦いの技術が必要だ。戦士になるのだ! ゴミムシども!! 私について来れれば一端の戦士にしてやる!! 私に話しかけられた時以外に口を開くな!! 疑問を持たずに行動しろ? 話す時は前後にサーと言え!!」
ゴミ女が証拠にもなく、また小声でぶつくさ言う。
「そもそも、女の癖にサーとか……マムじゃないの?」
アミは別の方向を見て言い放つ。ワザと声のした方向と別の方向へ叫んでいる。
「これだけ言ってまだ口答えをする奴がいるな……ツベコベツベコベと……なぜ指示に従わない? そもそも、サーはどうした?」
辺りに静けさが襲う。冷たく身に染みる。あれだけアミの理不尽を見せられているのに生ゴミは懲りていない。
「よーしわかった。全員に私の実力を。皆に見せてやろう……何、ちょっと、ふっ飛ばされるぐらいだ!! 今の内に慣れておいたほうが良いだろう?」
アミのまとう空気が変わった。ドス黒いオーラーだ。以前に見たやつとは色が違う感じだ。
実際、とても恐ろしい。俺の第六感がアラームを発令している。
手短なやつが最初に吹き飛ぶ。もんどり打って転がった。
そして、アミは数を数えている。
「10、9、8、7……」
ゼロまで来ると誰かが吹き飛ぶ。誰もが逃げられなかった。足が竦んだように動かなかった。
少しは心得のあるヤツラは防御態勢を取っていた。
訓練生全員が自分の番が来るのを待つ。
「アィエェェーッ!!」
誰かの叫ぶ声が聞こえる。カウントダウンがゼロになる度に吹き飛ぶ。
「グワァーーーーーっ!!」
また、宙を舞った奴がいた。
「ナンデーーーー!!」
怯えるやつが吹き飛ぶ。
「ブルワァァアァーーッ!!」
阿鼻叫喚である。
中にはアミの攻撃に耐えるやつもいた。例の心得のあるヤツラだろう。
ナギやクリスは耐えた側の訓練生だった。よく見るとアースアイの子も残っている。あの子できる子なのね?
アミが心の準備をしろ的な事を言ってたやつはコレかと今更になって気がつく。
そして、アミと目があった。背中が冷たい。間違いない次は俺の番だ。
覚悟を決めて挙動を観察する。あれは!! アミと練習していた組手の動きであることに気が付いた。
牽制のジャブ、数回の連撃の後にアミの姿が消える。この後は屈んで後ろ蹴りするやつだ。俺は防御態勢を取る。重い蹴りを受けて後ろに飛ばされるが耐えた。アミは他の訓練生にターゲットを変えた。
俺は生き残れたらしい。
しばらくして、悲鳴がなくなった。アミの猛撃は終了した。残ったのは数人だった。
なんだよ? イケメン残ってた。実力のあるイケメンか……あいつ嫌い。俺の中で虚しい火が灯った。
訓練生の殆どは倒れていた。死屍累々の地獄絵図。機械人形やらナース型メイドロイドやらが総出で介抱していた。
いやぁ、おっかねぇよ? 怖いよ、アミ? 強いとは思っていたけど考えていたより数段も強かったよ?
そら、凄腕って言われるよ? サラさんに信頼されるわけだ。
アミはイサム監督のもとに戻りタオルを渡されていた。汗を拭き取りスッキリしている様子だった。
身支度を整えて落ち着いた頃に訓練生が意識を取り戻した。
アミは見回す。
「攻撃に耐えれたやつは褒めてやる。倒れた者はこれから私がしこたま訓練してやる。マトモにしてやる、感謝しろ! 貴様たちはここに何しに来た? 訓練だろう? 戦士になるんだろう? ならば私に従え!! 文句や弱音を吐く暇をなくしてやる。質問のあるやつはいるか? よし!! いないな!! ならば私が質問してやる」
アミは標的を探すように訓練生の顔を見ていた。そして、俺の方に来た。
「アホ面下げた貴様は?」
「サー! なんでしょうか?」
「アホに質問するのも私の仕事だ!! 続けてよろしゅうございますか?」
アミは迫力のある問いかけを続ける。
「貴様は? 何しに来た? 何が目的だ?」
「サー!! 俺は艦長になります。戦艦の艦長になりに来ました。艦長になる為に戦士になりに来ました」
勢いでわけがわからない感じになった。
訓練生たちはざわついていた。
「ブホッ!! クックックッ!! フハッハッ!! ハァーッハッツハッ!!」
イサム監督が正しい三段笑いをしていた。。
イサム監督が近づいてきた。アミは黙って俺の前を空けた。
「童貞か?」
いきなりナニを言ってるんだ?
「童貞なんだろ? いきなり何を言っているって顔をしているな? アレは持っているんだろ? 約に立つヤツ……そそり立つアレだよ? わかってるぜ?」
イサム監督は楽しそうに俺に語りかけている。しかし、何を言っているのかイマイチ理解できない。
「ゲルマン戦士は長く童貞を守っていた者を尊敬していたそうだ!! 童貞すら守れないものは何も守れないとな!!」
まわりは頷いていいる。そうなのか? 尊敬されるのか? 魔法使いじゃなかったのか? 魔法戦士で尊敬されるのか? ゲルマンすげぇ!!
「どこの街の出身だ?」
「ファンティアです。サー!!」
「あそこはいい街だ。鰻がうまい!! 軍艦も優秀だ!! そうか……軍艦を欲するか……いいぞ、お前!! 夢はでっかくだ!!」
「サンキューです!! サー!!」
「軍艦は好きか?」
「好きです!! サー!!」
「戦艦は?」
「大好物です! サー!!」
「大砲をぶっぱなし敵を蹴散らして、よその都市に外交儀礼でぶっぱなす!! 最高だ!!」
「最高です。サー!!」
イサム教官は満足そうに俺を見ている。
「古来より、童貞を守っている奴には軍艦の神様が幸運を与えると言う。発掘船を手に入れるには童貞ほど良いと聞く。船神は童貞に微笑む。確かに知り合いの艦長は童貞が多かった、それも事実だ!! 船を手に入れろムサシ!!」
「サーイエッサー!!」
ん? 名前を知られている? なんで? って言うか童貞認定されてる。恥ずかしい!!
「童貞だろうが処女だろうが!! アバズレだろうが!! 女狂いだろうが? なんでもありな奴だろうが! すべて訓練に励め!! 俺が俺たちがお前らを戦士にしてやる!!」
イサム監督は元の位置に帰っていっった。
「これより訓練を始める! 私の命令に従え、命だけは助けてやる!!」
アミが恐ろしいことを叫んでいた。俺の知っているアミじゃない……。
俺は今頃になって、お客様期間終了と言う意味を理解し始めていた。
そして、いまさら戦艦の艦長になると口走った自分自身に驚いていた。
それは咄嗟に出てきた言葉だった。
不思議とその言葉に勇気づけられている事を感じていた。
胸の奥にしこりのように残っている恐怖より、戦艦に乗りたいと無邪気に思う子供のような希望を原動力に動ける事を確信していた。
初めて見た歩行戦艦にかける情熱が身体の内より湧き出している。
訓練はまだ始まってもいない。これから地獄が始まるのはわかっている。それでもなんとかなると考えていた。




