第32話 死の体験
やめてくれ……その扶桑は俺を不安にさせる……やめてくれ……扶桑は俺に効く……扶桑はやめてくれ……やっやめるぉぉぉぉッ!!
「ハッ!! 」
目が覚めると格子状に光るラインが引かれた人工的な空間に居た。
3Dゲームの練習用ステージに思えた。
あれ? なんだここ? 俺はさっきまで何をしていた? 結構重要なことをしていたと思うんだが……
不安になるような、恐ろしい何かを見ていたような気がする……
「ムサシ? ムサシ? 聞こえる? 」
心配そうに俺の名前を連呼するアミの声が聞こえる。
「アミか? 聞こえるぞ? 」
「あぁ、良かった。ムサシ? 異常はない? 身体に欠損とかシステムエラーの表示とか無い? 」
「特に異常はないぞ? 」
「機械が壊れたかと思ったよ? 」
「なんかふわふわする、気持ちがいい……」
「お薬が反応し過ぎたのかな? 調整するから少し待ってね」
アミの心配そうな声が妙に落ち着く、異常がないと言ってみたが記憶にかすかに残る謎の不安定にそびそびえ立つシルエットを思い出していた。はっきりしない記憶にもどかしさを感じる。頭が徐々にと冴えてきた。
「なんか、頭の靄が晴れてきた感じがする。あぁ、スッキリした。何さっきの? やだ怖い……」
「んー? 気にしないで。大丈夫だから。へーきへーき!! 」
「まぁ、いいや? んで、アミ? これがVR空間ってやつか? 俺は電脳世界にダイブ中なの? 」
「そんな所、よーし。チェック終了。問題ナシのオールグリーン!! 」
「それでは戦士の体験を……ちょっと死んでみようか? 」そう言うと世界が暗くなった。
気がつくと真っ暗闇から真っ白な世界が見えた。徐々に視界が見えてくる。俺はボロボロに崩れた市街地にいた。
耳鳴りが酷い、辺りは埃っぽく砂煙が上がっている。
所々に半壊した建物や、崩れた瓦礫にしか見えないレベルで壊れているビルなどが目に入った。
少し離れた所には銃を構えている兵士がいた。
そいつの声が聞こえないが俺に向かって叫んでいるようだった。
徐々に、くぐもった音から声が聞こえるようなった。
耳鳴りであったことに気付かされる。酷い具合だがなんとか聞こえる。
「ムサシ2等兵!! 動けるか? ムサシ2等兵!! 」
「どこだここ? あんた誰だ? 何言っているんだ? 」
「いいからこっちこい!! ここはヤバイ!! 」
無理やり引っ張られて俺は物陰に連れて行かれた。
「運が良かったな。爆発に巻き込まれて生きていやがる。敵はあそこだ! 正面の建屋にいる。見えるか? 」
そいつは俺に手鏡を渡してきた。男はジェスチャーで鏡を使って覗けと指示を出していた。
「気をつけろよ、顔なんか出してみろ? そしたら蜂の巣だ。そいつで見てみろ」俺は言われた通りにする。
瓦礫の影から手鏡を使って覗く。
緑色の人間がアサルトライフルを構えていた。違う……あれはレイダーだ。端末の情報で見た。
ずる賢く野蛮で非道な人類の敵だ。レイダーは見かけ次第になるべく殺す。ハンター組合ではそのように推奨されていた。
そうだ……殺らなきゃ殺られるんだ。死にたくない……死の縁に立っていることに気がつく。すると急に顔が熱くなってくる。心臓が走ってもいないのに鼓動が早くなっていた。
「ここは狙われている。迂回するぞ!! 」
そう言って男は瓦礫に隠れながら移動する。
俺も慌ててそいつの後を追う。
中腰で動く、そうしないとレイダーの射線に体を晒してしまう。
運が良ければ弾はあたらない……悪ければ……考えるのをやめよう。
恐怖に支配されて身動きが取れなくなりそうだ。
しかし、機敏に動く意思があるのだが体をうまく動かすことが出来ない。足がもつれて転びそうになる。手を伸ばして地面を支えにしようとするが思うようにいかずに前のめりに倒れてしまった。
銃から手が外れない……手までが言うことを聞かない。脳からは手を離す信号を送っているのだが銃を握り込んだままでいる。
空いている方の手を使ってやっと手が離れた。身を起こして警戒を整える。
周りの景色に意識をやるとなんだか違和感を感じる。視界が狭い。見える範囲が狭いことに気がついた。
かろうじて男の背中が見える。あそこまで走らねば!! そう思うと、なんとか体を動かすことが出来た。
男は建屋のドアを静かに開けて入っていった。俺もそれに続く。
中は薄暗く壁には銃弾で出来た穴が空いていた。
男は穴を覗き、そして手で俺を呼び、覗いてみろと無言のジェスチャーを行った。
俺は言われるままに穴を覗く。
レイダーが3人ほど建屋の屋上から銃撃している。俺達とは違う方向に撃っていた。
「向こうに味方がいる。俺達は彼らを援護しないといけない。このままじゃ味方がやられてしまう。この建屋の3階からあのレイダーを銃撃する。いいな!! 」
そう言うと男は素早く階段を登っていった。俺もあとに続く。
3階はレイダーを撃つには都合が良い。窓があった。窓は割れていた。
「そっと覗いて銃を構えろ。俺が撃ったら射撃開始だ」
奴らを確認して、銃を奴らに合わせる。しかし、自分の銃の照準器がなぜだか酷く見えにくくなる。
「奴らを狙えない。目が変だ」俺は男に小声で訴える。
「落ち着け、深呼吸しろ」
俺は深呼吸をする。
「覗いてみろ、どうだ? 」
改めて照準器を覗く、今度はしっかりと見えた。
「見える。奴らを狙える」
「3カウントだ。3と同時に打つぞ……1……2……3」
射撃開始だ。俺は引き金を引く。発砲音がかすかに聞こえる。
フルオートで銃弾が叩き込まれる。不思議なことに発砲音が聞こえない。しかし、銃の作動音がカチカチと聞こえる。マズルフラッシュは見えるし反動もある。銃弾は発射されているハズだ。
レイダーが1人倒れた。残りのレイダーがこちらに気がついて応戦してきた。
レイダーの構える銃から光が見えた。隠れている壁に銃弾が当たる音が聞こえた。
残りのレイダーが次々に倒れる。頭がはじけ飛ぶのが見えてしまった。
「やったか? よし!! 確かめに行くぞ!! いつまで引き金を引いている? もう弾が入ってないぞ? 」
弾倉が空になったこともわからずに俺は引き金を引いたまま固まっていた。
撃っている最中を思い出していた。
初弾以外の音は聞こえなかった、途中の銃声がまったく聞こえなかった。しかし、周辺の環境音がはっきりと聞こえていた事を思い出していた。
「ぼさっとするなマガジンチェンジしろ!! 準備ができ次第に出るぞ」
用意を済ませてレイダーの死を確認しに移動する。奴らのいた部屋に着き様子を窺う。男はハンドサインで二人で突入すると指示を出していた。
辺りは静かだった。俺は男の肩を叩いた、突入準備ができた合図だ。男は銃を構え部屋に入っていった。俺も続く。
倒れている3体のレイダーに銃弾を叩き込む。
今度は銃声が聞こえる。俺は男が撃っていない方へ、丁寧に2発の銃弾を叩き込んだ。浅黒い緑色の液体が飛び散る。
自分が撃ったレイダーを見る。するとレイダーの手から何かが多数転がっていた。
手榴弾だった。それも複数。手榴弾本体とバラけた安全装置の鉄片が音を立てて地面に転がった。
その光景はとてもスローでゆっくりとした動きであった。
俺は思わず逃げようとしたが、足がもつれて倒れてしまった。
直後に閃光、激しい衝撃……気がつくと水たまりが見えた。白黒の世界だった。
地面に突っ伏していることに気がついて身を起こそうとした。しかし体が言うことを聞かなかった。
だんだんと意識がはっきりとしてきて世界に色がついてきた。
水溜りは赤かった……意識が混濁してきた。
痛みはなく、辺りの音が消えてゆき、世界は暗くなった……
自分の体を上から眺めていた。
そうか俺は爆発に巻き込まれて死んだのか……自分の死を認識した……
そして世界は暗くなった。




