第19話 悪縁、機縁、大宴会
講義の後、ナギたちに夕飯を誘われた。
俺としては酒宴になると思っていたが違う意味での宴になった。
船内食堂で夕飯を食べようと空きテーブルを探していた所に、数人のインパクトのある見た目の荒くれ者たちが女性陣にちょっかいを出してきた。 まぁ、これまでにも荒くれ者っぽい感じの人は多く見てきたがこいつらはなかなかぶっ飛んだ見た目だった。
中心に見て取れる男は3人、ヒョロくて小柄でサスペンダーにナイフを見せつけるように装着させて舌なめずりをする男、マッチョで赤いモヒカン頭の男、大型のリボルバー銃をリロードでもないのにパカパカと装弾機構で遊ぶ根暗な男、その他の取巻きも他とは少し違っていた。
そいつらは、よくある相手にして欲しい女性にアピールするやつを三下感全開で行っていた。
その周辺にいた他の乗客たちはテーブルや椅子を持って手際よく広い空間を作っていた。
男たちの冷やかしに対して女性陣が不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ちょうどよい。ムサシにお外の安全な歩き方を教えてあげよう」
そう言って彼女らは荒くれ者に向かっていった。
俺は止めようと間に入ろうとしたが、「いいからいいから」とズイと体を遮られて阻止行動をやめることになった。
小柄なナイフ使いに対して「こういうやつはナイフによる小刻みな攻撃と手癖の悪い足技に注意して意表をついた銃撃を常に気を付ける事」と解説しながらアミが捌いていった。
相手は吹っ飛ばされて派手にすっ飛んでいった、アミは男に対して背を向けるように前屈していた。
いや、両手を床につけて腕立て伏せの途中でかがんでいる感じになっていた。しかし、片足が相手に一直線に伸びていた。
一瞬の出来事だったのでよく見えなかったが状況から男は蹴られて飛ばされたらしい。
正直、残像しか見えなかった。
次にナギが動いていた。
ナギはマッチョな大男に対して「お次はあたしだ。こういうマッチョ系は大抵、筋肉を自慢するように襲ってくるから、力をイナしながら戦うと楽に倒せます」
マッチョ男の行動は図星だったのか自棄気味に突進してきていた。しかも顔は真っ赤だった。二人が重なったかと思うと。
「支点、力点、作用点」とナギがそう言うなや、マッチョ男は無重力を思わせるように宙に舞っていた。
少しの間、きれい体に回転させて空中を移動していき、最後は背中から派手に落ちた。
そして、ナギは満足そうに手をはたいていた。
「もちろん飛び道具に気をつけてね、力のモーメントをうまく読んで流してあげるとこの通り!! 」
「ムサシ、こっちを見てくれる? 」
クリスに声をかけられて、彼女に注意を向ける。
「今の貴方のように手が空いていたり、相手方離れている場合はこうやって銃でも構えて牽制することも大事よ? もっとも銃に自信があればの話しだけど……最初はハッタリでもいいから銃口を向けとくことも大事かしらね」と両手に拳銃を持って狙いを定めすにちょっかいを出した一団にゆっくりと銃口をスライドさせていた。
緊張が一体に流れている。そのうち船内警備兵が現れて倒れている男を回収していき騒動が終焉した。残されて傍観していた荒くれ者たちの一部は観念して降参を願い出てきた。
ナギとクリスがそいつらに説教をしていると突如、俺の近くの男が悲鳴を上げた。
いつの間にかに横にアミが来ていた。
「こういう騒ぎに紛れてスリを働くやつもいるから油断しないように。 わかった? ムサシ」とアミが手短にあったナイフを片手ジャグリングしていた。
悲鳴を上げた男は尻もちをついていた。 そして、手の甲には食事用のフォークが刺さり、男は激痛を訴えていた。
「何しやがる? 俺はまだ何も盗っちゃいねぇよ!!」と男が情けない声でアミを非難していた。
すると鋭い風切り音と床に刺さる小気味よい金属音がした。
男はヒィ!!と悲鳴を上げた。 男の股を外すようにフォークが床に刺さっていた。
「だめだめだなこの人! まだ? とか言ってるし。 貴方ね! 少しは上手にやりなさいよ。 そんなんじゃすぐに懲罰部隊行きよ? いい? あんたたち!! この船に乗っている間は教育用サンドバックとして扱うから常に気を張っていなさい? 叩き出されないだけありがたいと思うこと!! 理解したらちゃっちゃと去る? ハィ!! ムーブ!! ムーブ!! ブムーブ!!」
アミが啖呵を切ると成敗された男たちは誤りながら退散していった。 そして他の乗客たちは拍手喝采であった。
ナギが調子に乗ってヤーヤー!! ドーモ!! ドーモ!!と喝采を浴びていた。アミやクリスは騒ぎを起こしてすまない等と周りの乗客たちの盛り上がりをなだめていた。
船内警備兵は少しの間、様子を伺っていた。しばらくしてから騒ぎが収まったことを確認して去っていった。俺はただ呆然と立ちすくんでいたが近づいてきた船内スタッフから「良いお仲間をお持ちだ。羨ましい限りです。それでは失礼致します」と言葉を頂いた。
俺は間抜けな声で「アッハイ」としか言えなかった。
全体が落着いてからは他の乗客らも手伝ってくれて、騒動で散らかった椅子やテーブルを元の位置に戻した。
片付けていると女性陣の周辺には乗客たちが集まり、なにやら騒がしくなっていた。
彼女らの健闘を称えて、一杯奢らせてくれと次から次へと乗客たちが詰め寄って来ていた。
乗客から祝杯を受け取り酒が入って陽気度が上がっていくナギとそれを冷静に見つめるクリス。そして乗客にチヤホヤされていたこともあり、アミまで気を良くして愛想を振りまいていた。
それに気を良くした他の乗客から追加の酒やらのおもてなしで彼女らに詰め寄って、酒や料理やらを勧められてご馳走になったりしていた。
さながら、見ず知らずの旅人同士が酒場で意気投合して宴会になった、そんな感じで盛り上がっていった。皆、船の上でやることも無いので宴会を楽しんでいた。
騒動に対しての賞賛が収まり、話題はお外の安全な歩き方についての談義が始まった。そして、後から来た乗客も最初は遠巻きに眺めていたが、そのうちに次々に加わり大宴会になってしまった。
重客らは俺も俺も私も私もと自慢話や体験談を次々に披露していた。
俺にとっては、どの話も新鮮かつ有意義なもので過酷な壁の外の話を夢中で聞いていた。
外郭街での歩き方に始まり、荒くれ者の対処や見分け方、詐欺や商売上の戯言、銃器を使った脅しや、野外での襲撃話や敵性体の注意の向けかたなどアミたちや熟練者のレクチャーも加わり多くの興味深い話を聞けた。
その内容は想像以上に厳しいもので、この世界には多くの危険があることを理解せざるを得なかった。
酒が入って話が大きくなったことを考慮に入れても、恐ろしく危険な事柄が聞きたくなくなるほど存在しているようだった。
それと同時に逞しく生きる、この世界の人々に対して尊敬の念が浮かび上がってきた。
また、大物を倒した時や貴重な発掘品を当てた時の実入りの良さや名声による恩恵について話を聞いて、自分の価値観が徐々に変わっていく感覚を味わうことになった。
ちょっと話のノリが良すぎる気はするけど、それはそれで良いものなのかなと思えるようになってきて、危険に対する報酬が意外と合っているのかもしれないと思えた。
そして、貴重な発掘品をゲットして身の丈のあわない幸運を持て余した男の話なんて意外と、どこの世界でも似たような話になるものだなと思った。
そんな感じで話が次から次へと披露され何時間も宴は続いていた。
視界に入る酔っ払いも口数が少なくなり、潰れる輩もちらほらと出てきた。頃合いも良いと判断されたのか「そろそろ終わりにしましょうか? 」とクリスが宴の終焉を告げた。
潰れていない乗客は身内を起こして退散していき、残されたものは何処からともなく現れた自動人形に運ばれて、どこかに消えていった。
きっと自分の船室に運ばれているのだろう……。
「こんな感じで、いつも宴は終わるの。 ムサシは酒で失敗しなさそうだから安心なのかな?」
「まだ、酒が呑める歳でもないし、限界点を調べてから酒量に注意して呑むよ」
強化人間も酔うものなのかなと脳裏に浮かんだ。
毒性の分解機能も高めているとか聞いたことを思い出していた。
「なぁ? 強化人間も酔うのか?」
「強化人間用の酒もあるからねぇ……気をつけないと。 二日酔いもあるからね」
アミはコメカミを片手で抑えて苦悩するフリをしていた。
「ま! 私はまだお酒は飲んだことないけどね。 パーフェクトノンアルコール飲料ってのもあるよ。 擬似的に酔えるような気になれるヤツ」
「そういうのもあるのか……」
この世界の技術は歪な変化をもたらしているらしい。
「さてと、私たちも部屋に戻って寝ましょうか?」
「そうだね、流石に眠くなってきたよ」
「ナギ、クリス、俺たちも部屋に戻るよ。 おやすみー」
「「アミにムサシ!! オヤスミ! 」」
向こうもちょうど部屋に向かうところであったようだ。
食堂でナギとクリスと別れ、部屋に向かってアミと歩いていた。
途中でアミから講義の復習を明日の朝からやっておくようにと少し厳しい感じに言われた。そして確認のテストもやるよと伝えられた。
さすがに教官である。
アミには良い返事をして別れた。
こちらとしても、命がかかっているから真剣に取り組もうと考えていた。
特に敵性体について暗記しなければならないとのことなので大人しく自己学習に励むぞと気合を入れてベットに転がった。
宴会のときに聞いた『お外の安全な歩き方について』の話も覚えておかなければと考えているうちに意識を失い眠りについた。