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シャウト!シャウト!シャウト!


「エリスが来たって?!」

 

 慌てて教室を飛び出そうとする林太郎の腕を健吉が捕まえた。


「待って、林太郎君。あのね、真紀ちゃんから林太郎君に伝言があって…。今は、エリスちゃん、すごく気持ちが揺れている状態だから、そっとしておいて欲しいって。さっきは一大決心して教室に来たようだけど、林太郎君がいなかったから、その、心が折れちゃったみたいで…」


(くそっ!何でこうも間が悪いんだ。エリスをふらふらと探し回るんじゃなかった)


 林太郎は歯噛みして後悔した。自分自身を呪ったが、すでに後の祭りである。ぐったりと椅子に腰かけていると、坂本と岩崎が教室に入って来た。レポート解説当番の交代時間になったのだ。


「はあー。見事に誰もいないなあ」


 肩を落とす二人に席を預けて、林太郎と健吉は教室を出た。健吉はこれから詩吟の発表があるので、尺八同好会のメンバーと一緒にコンサートを開く教室に直行するという。


「林太郎君はどうするの?」


「あと一時間くらいでライブだからな。俺は野木達と空き教室で詰めの打ち合わせしているよ」


「うん、分かった。デウカリオンのライブが始まる前には、体育館に行くからね」


 沈んだ様子の林太郎を気にしながらも、健吉は詩吟を発表する教室へと足を向けようとした。


「健吉、ちょっと、お願いがあるんだけど」

 林太郎は健吉を呼び止めて、真剣な表情で、ある頼み事を口にした。




 健吉と別れて、林太郎は空き教室に直行した。


 旧校舎の廊下には自分の他には誰もいない。文化祭の喧騒から取り残された旧校舎は恐ろしく静かだった。傷心真っ只中の身には有難い静寂だ。

 

 一番端の空き教室へと足を進めると、ピアノの音が聞こえてくる。古い引き戸を開けると、希輔(まれすけ)がシンセサイザーをピアノモードにして弾いていた。


「ごめん、遅くなった。柳澤と田向は?」


 林太郎が尋ねると、希輔から体育館にドラムとアンプの設置に行っているとの答えが返ってきた。何も言わないが、希輔が林太郎が来るのを待っていたと分かった。


「あと少しでライブだろ。シンセも一緒に設置しなくていいのか?」


「体育館の檀上の舞台袖にグランドピアノが置いてあるだろう?それを使ってもいいって、辰巳先生に許可取ったから」


「へえ」


(ヘビメタバンドにグランドピアノの使用許可出すなんて、あの先生って、そんなに堅物じゃないんだな)


 キーボードを叩く希輔の指を目で追いながら、流れ出してくる美しい音に林太郎は耳を傾けた。


「あんなに(つたな)い曲だったのに、とても綺麗に編曲してくれたね。嬉しいよ」


「オリジナルがいいからだ」


 希輔は曲を弾き終えシンセサイザーのキーボードから手を離すと、林太郎に向き直った。


「さて、俺達もそろそろ行くか」


 体育館に行くと、檀上(だんじょう)の前に緞帳(どんちょう)が下りていた。二階の犬走りには、慌ただしく走り回っている数人の男子生徒がいて、二階の窓の全てのカーテンを引いて回っている。

 関係者以外立ち入り禁止の紙が貼ってある檀上横の出入り口から林太郎と希輔が入って行くと、文化祭実行委員の男子生徒によってグランドピアノが舞台の袖から運び出されてあった。ドラムとアンプの設置も既に終わっている。

 頭上ではライトが赤、青、それから白へと入れ替わるように、点滅を繰り返している。どうやら曲に合わせてライトの色を変えるようだ。誰が照明担当なのか知らないが、完璧主義のかおりのことだ、腕の確かな人間を当てているのだろう。

 

 年季の入った板張りの檀上が、驚くほど本格的なステージへと変身しているのを見て、林太郎の心臓が緊張で早くなった。

 

 緞帳の向こうでは早くも人の気配がする。甲高いはしゃぎ声からすると、林太郎の歌う姿を最前席で見ようとする女子生徒達が、大勢集まってきているらしい。その声に、ライブの準備を指揮していたかおりが眉を顰めた。


「楽器の設置が終わったから緞帳を上げたいんだけど、これじゃあ、ライブが始まる直前まで無理かもね」


「俺らのライブ演奏に女子が来るのって、初めてじゃね?」


 柳澤と田向が嬉しそうに女子の黄色い声に聞き耳を立てている。ライブが始まれば、檀上のすぐ前に押し寄せている女子達がどんな反応を見せるのか、林太郎は考えた。ちょっとした騒ぎになるのは十分に想像出来た。

 

 ライブの時間が迫ってくると同時に、人の気配が多くなった。


 在校生のみが参加するライブという話で学校から許可が出たと聞いているが、ざわめき声からしてかなりの人数である。どうやら他校生も相当数潜り込んでいるようである。やはり、デウカリオンの人気はなかなかのものなのだ。


「ヤバい。すっごくドキドキしてきた」


 緊張した顔で胸を手でぎゅっと抑えて俯く林太郎の肩に、希輔がぽんと手を置いた。


「森、お前ならやれる」


 希輔がエレキギターのスリングを肩に掛けた。音程を合わせる為に指を弦に滑らせながらピックを弾く。田向もエレキを弾き始めた。柳澤は軽くドラムを叩いている。


 腕の時計に目をやった。あと少しで開演だ。

 林太郎はブレザーのボタンを全部外した。ワイシャツの裾をスラックスから引っ張り出して、両の袖をワイシャツごと肘まで捲った。それからワイシャツの第二ボタンまで外して、ネクタイをだらしなく緩める。

 ステージの中央に立つとマイクを手に持った。声を出してマイクの調子を確かめる。


 途端に、「きゃあ」と甲高い歓声が緞帳の後ろから上がった。希輔が袖にいる実行委員の男子生徒に合図した。


「時間だ」


 ライブ開始のベルが鳴った。緞帳が上がり出して、天井に仕舞い込まれると同時に、ライトの白い光が頭の上から降ってくる。

 希輔が自分の前のスタンドに設置してあるマイクに顔を近づけた。


「今日は俺達のライブに来てくれてありがとう。ドラムの柳澤(やなぎさわ)(けい)()、ベースの()(むかい)(いっ)()、そして俺、ギターの野木希輔に、森林太郎をボーカルを迎えて四人になった新生デウカリオンの最初の曲をお聞き下さい。“ⅮEAТH2019”です」


 林太郎の紹介を聞いて、舞台の最前列にいる大人数の女子生徒が「きゃあ!森くーん♡」と黄色い声を上げ始めた。

 

 林太郎は観客で埋まっている体育館を素早く見渡した。エリスの姿は目に映らない。


(だけど、この中に、エリスはいる。俺の歌く為に、絶対、ここにいてくれる)


 体育館のエントランスに目を凝らすと、最後尾の方に健吉と真紀、誰に借りたのか、岨野山田のブレザーを羽織った万年の姿があった。横一列に並んで、背伸びをしながら林太郎を見ている。


 その三人から少し間隔を開けた場所に、エリスが立っていた。


(エリス!!やっぱり来てくれた!)


 柳澤がスティックの先をドラムの端に置いた。ワン、ツー、スリーと拍子をとる。


(君に聞いて欲しい曲は、一番最後になるけれど)


 希輔と田向がピックと指をエレキギターの弦に置く。


(今から歌う曲も耳を塞がずに聞いてくれ)


 林太郎はマイクを口元に近付けて、胸に大きく息を吸い込んだ。


(いいかい、エリス。これも俺だと知って欲しい)




「DEAAAAATH(デー――――ス)!!!」


 エレキ&ドラムの鼓膜を突き破るような大音響の高速演奏と共に、悪魔が腹の底から血を吐き出したような超低音の唸り声が体育館を揺るがした。


「きゃあぁっ、何これぇ!」


 途端に最前列にいる女子達が顔を引きつらせて両耳を手で覆った。

 その全員が、信じられないという顔をして、檀上で「DEAТH」を繰り返して不気味な唸り声を上げ続けている林太郎を見上げた。

 唖然とした表情で林太郎を凝視する女子達の顔に向かって、林太郎はランダムに指を突き出した。照明が切り替わり、デウカリオンのメンバー全員が、血に染まったように真っ赤になる。

 眉と鼻の上に深い皺を刻み、目尻を吊り上げ、口の両端を思い切り引き上げて上下の歯列を剥き出しにした鬼のような形相をして、林太郎が一際恐ろしい呻き声を喉から放った。


「お前ら、全員、死んじまえ――――!!」


「ひいぃぃぃぃっ!!」


「いやあああ!!」


「こんなの、森君じゃな―――一い!!!」


 狂気を帯びた眼差しで、自分達を睨み付けながら咆哮し、中指を突き立てる林太郎の鬼気迫る様子に、女子生徒が恐怖の悲鳴を上げて体育館から逃げ出し始めた。

 

 檀上のすぐ下を我が物顔で陣取っていた林太郎ファンの女子がいなくなったのが好機とばかりに、デウカリオンファンの男子生徒が、うおーっと雄叫びを上げて最前列に押し寄せて行く。林太郎は拳を突き上げて叫ぶ男子共の頭上に向かって、再び「死ねえええっ!」と、絶叫を繰り返した。


「あ、相沢!これは、一体、何なんだ?」


 ピックスクラッチをかけた超速(ちょうはや)()きエレキ演奏に高速ドラム、それから血を吐くように叫び続ける林太郎に肝を潰した万年(かずとし)が、健吉の隣で目を点にしながら大声を張り上げた。


「すごいでしょ!ヘヴィメタルのなかでも一番ハードな、デス&スラッシュメタルだよ~」


 健吉が嬉しそうに高速演奏に乗って小刻みに首を振っている。


「お前、何やってんの?」


 呆気にとられる万年に、健吉はにこやかに説明した。


「メタルはこうやって首を上下に動かして曲の調子を取るんだよ。ヘッドバンキングって言うんだ。ほら、前の列にいる男子生徒もやっているでしょ」


 女子が全ていなくなった体育館の最前列には、デウカリオンファンがひしめき合っていた。

 その全員が林太郎の悪魔声にあわせて拳を突き上げ、首と肩をわさわさと揺らしている。


 デスメタルのライブを見たことのない生徒が、そのあまりの異様な光景に耐えきれずに、腰を抜かすような格好をして、体育館から逃げ出して行った。


「ロックのライブコンサートというより、悪魔の集会(サバト)だな。森の奴、頭がイカれちまったのか?」


 口を開け放して突っ立っている万年の脇で無言で立っている真紀が、そわそわと体を動かし始めた。

 健吉が「真紀ちゃんどうしたの、具合悪くなったの?」と心配そうな顔をする。


「ううう、この血沸き肉躍る躍動感っ!ああんっ!もう我慢できない。俺も一番前に行って首振ってやるぜ―――!」


 異様に興奮した表情で、真紀は男子の群れを掻き分けながら最前列へと突進していった。

 

 最初の曲が終わるとすぐに、二曲目の演奏が始まった。。林太郎は地鳴りのような低音から、人間の肉体が電動鋸(チェインソー)で切り裂かれる断末魔の叫びに音域を変えて歌い出した。

 

 エレキギターの五弦の上で、希輔の指が目にも止まらぬ速さでアップダウンを繰り返す。卓越したピッキング奏法に乗って、耳を覆うような残虐な単語の羅列が林太郎の喉から飛び出した。

 ファンの興奮が最高潮に達し、彼らはボーカルの絶叫と一緒に雄叫びを上げて両腕を激しく振り上げた。


 林太郎は舞台の上から観客を見た。

 最初の曲が始まったと時点で女子は逃げ出したので、その姿は殆んどいない。


(エリスはどうだろう。まだ、ライブ会場にいてくれてるのかな?)


 エントランスの脇にエリスが立っている姿を見つけて、林太郎はほっとした。

 遠いし、照明を直接浴びている眩しさのせいで、表情までは分からない。他の女子のように逃げ出さなくても、すごく驚いた顔をしているのは容易に想像できた。


 だって、こんな自分をエリスは始めて見るのだから。


(それでも君は、俺の歌を聞いてくれているんだね)

 

 林太郎は希輔と田向のエレキの高速演奏に乗せて、「ぐわあぁぁおう」と怪獣のような声を張り上げてヘッドバンキングを開始した。最前列の男子が林太郎の咆哮を真似て一斉に叫び出し、上下に首を振る。


(君は好奇心が旺盛だから。だから、このライブも終わりまで見届けてしまうんだろうな)


 三曲目に入った。悪の魔導士が地獄から甦らせた巨大な怪物から世界を守ろうと、一人の勇者が命を懸けて戦う歌詞の曲だ。


(知らない道の先がどうなっているか、目をきらきらさせて)

 

 あまりにエグい歌詞に恐れをなした生徒が、一人二人と、再び体育館から姿を消して行く。観客は五分の一に減っていた。

 それでも最前列の熱気が衰えることはなく、皆、うおー、うおーと吠えながら、拳を振り上げ続けている。


(太った中年サラリーマンの隣に座って、堂々と大口開けてカツ丼をかっ込んで。初めて食べた酢イカの味に目を白黒させて。それから二人で、大笑いして)


 林太郎は、歌詞の最後、勇者に首を切り落とされる怪物の断末魔を再現する為に、喉から人間離れした声を絞り出した。


 林太郎の叫びと、エレキギターの超高速音が、長々と体育館に響き渡った。


 希輔が、エレキの弦を鳴らす指を止めた。エレキをスタンドに立て掛けて、グランドピアノへと歩いて行く。椅子に座って鍵盤に指を置いた。希輔のセッティングを見届けてから、林太郎は落ち着いた声で曲の紹介を始めた。


「これが、最後の曲になります。趣向を変えてバラードに仕立てました。聴いて下さい、“ラスト・ラブ・ソング”です」


 希輔が前奏の曲を弾き出した。今までとは正反対の静かな音色に、驚きの声があちこちから聞こえた。田向のベースと柳澤のドラムが入る。美しく優しい音色が観客の耳を捕えた。


(キスした後に、悪戯っぽく、微笑んだ君に…)


 林太郎はマイクを持ち直した。視線の先にあるのはエリス。ただ、エリスだけ。


(…この曲を捧げます。エリス。君が好きだ。ずっと、ずっと、大好きだ)

 


 壇上から一番遠くの場所に立ってステージをじっと見つめているエリスに向かって、林太郎は歌い始めた。




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