心を歌に※
「腹痛を起こしたと健吉から聞いていたが、やっぱり仮病だったようだな」
ダイニングテーブルに食べかけの大盛りチャーハンが放ったままであるのを見た希輔に、「うん。まあ」と素直に頷いて、林太郎は頭を掻いた。
「やっぱりって、どうしてそう思ったわけ?」
林太郎の質問に、希輔は鋭い目を向けて答えた。
「お前のやたら歯切れの悪いメールと、相沢の表情ですぐに分かった。俺がお前の容態を聞きに相沢に会いに行くと、“林太郎君って、ヤな事あるとすぐお腹痛くなるんだよ”っていう顔してたからな」
「健吉の表情一つで、全てお見通しってことか」
希輔には刑事の素質もあるらしい。林太郎は思わず苦笑いしていた。
「何かあると思って健吉を問い詰めたら、お前、昨日彼女と喧嘩したんだってな。それがショックで、今日、学校来なかったのか」
「喧嘩って言うか、ちょっと違うんだけど、まあ、そんなところかな」
力なく俯くと、つむじの辺りに鋭い視線を感じて顔を上げた。希輔が腕を組んで林太郎を凝視している。
「喧嘩じゃない。多分だけど…俺、フラれていると思う。いや、思うじゃなくて」
それから、はあっと、大きく息を吐き出してから、林太郎は希輔に向かって照れ笑いを浮かべた。腹を括って言ってしまおう。そう決心した。
「文化祭が終わったら、彼女…エリスから、アメリカに帰るって、はっきり告げられた。だから、俺、フラれたんだ」
希輔はふむと唸って腕を組み、刃物のような視線を幾分か和らげた。
「そうか。それは辛かったな。俺なんか好きになった女子に告白すると“野木君って顔が怖いからちょっと”とか言われて、お断りの返事しか貰ったことないから、いつの間にか耐性が付いちまって大したダメージにもならんが。お前はイケメンだから、フラれた衝撃はそれは大きいだろう」
「……」
図らずも、希輔に黒歴史を語らせてしまった林太郎である。
「まあ、いつまでもぐじぐじしていられんだろう。すぐに文化祭だし。俺としても、体育館で森のボーカルデビューを決めた手前、お前には気持ちを入れ替えて貰いたいのだが」
「うん。分かってる。それでさ、俺の失恋に甘んじて、一つ提案を受け入れて欲しいんだけど」
「なんだ?」
林太郎は希輔を自分の部屋に連れて行った。机の椅子に希輔を座らせて、自分はベッドの上に散らばっている五線紙を集めて希輔に渡した。
「傷心で学校休んだついでに、作詞作曲してたんだ。もし、野木の目に敵うレベルの曲になっているなら、ライブで発表する曲の中に入れて欲しいんだけど。どうかな?」
怖いほど(いつもだが)真剣な表情で五線紙に目を通す希輔を、林太郎は心配そうに見つめた。
「悪くない。作詞はかなりいい出来だ」
希輔は鋭い目を糸のように細めながら言った。希輔が嬉しい時に見せる表情である。それが笑顔と認識できるのは、ロック(メタル)同好会に所属するごく限られた人間だけなのだが。
「胸にじんとくる歌詞だな。この詞を読んで、塾に通っている時に、とっても好きになった女の子のことを思い出したよ」
希輔は切ない吐息と共に語り始めた。
「ある日、思い切ってその子に告白しようと決心したんだ。その子のクラスまで行って他の生徒に呼び出してもらうと、“今から授業が始まるから、塾が終わったら、駅東口の裏通りにある酒屋の前の自動販売機がずらりと並んだ一番左端にある空き缶回収ボックスの隣で待っていてくれ”って言われてね。
俺は彼女に指定された場所で、その子が来るのをドキドキしながら待っていた。
当時も秋だった。空気が澄んでいるせいか、夜空に星がはっきりと見えて、とても綺麗だった。女の子をずっと待っているうちに、夜空が白んで明るくなってきた。秋の日の出っていうのも、初めて見たから感動したよ。太陽光線が乾いた空気にきらきらしていて、とても美しかった。
その後、警察官に保護されて、自分が“塾から帰る途中で行方不明になった中学生”になっていることを知らされた。親からは大目玉を食らったよ」
「…野木、すまないな。どういうわけか、お前の黒歴史を二度も語らせてしまった」
希輔は片頬を持ち上げ笑顔らしき表情を作ると、困惑した表情で項垂れている林太郎にノープロブレムと手を振った。
「俺に黒歴史を語らせてしまうくらい、この歌詞が良く出来ているってことだ。曲はバラード調に俺が編曲するよ。俺達のライブの一番最後にこの曲を披露するんだ」
「え!スラッシュでもデスでもないけど、本当にいいのか?」
林太郎の驚く顔に、希輔はにやりと笑った。
「ハードメタルバンドがバラードをやるってのも粋なもんだ。大体、似たような曲ばかりじゃ、聞いてる方も飽きるだろう?」
それから林太郎は、自分の作った曲が希輔が膝に乗せたギターで編曲されていくのを耳をそばだてて聞いていた。
「シンセでピアノの音も入れた方がいいな。後は、家に帰って作るよ。明日には音合わせだ。森、必ず学校に来いよ」
「分かった」
希輔が帰った後、林太郎は頭の中でおうがいに語り掛けた。
「おうがい君と一緒に作った歌詞が、野木に随分と受けたね。良かったよ」
((それはいいが、英語の歌詞の部分がかなり硬い言い回しになっているぞ。余の頭には大時代的な表現しか入っていないから、これがエリスの心に響くかどうかは未知数だ))
「今時のアメリカ女子にウケる口語体の英詩なんて、どう表現したらいいのか日本人の俺もよく分かんないよ。…そうだ、一人伝手があるじゃないか!」
((誰だ?))
「上田だよ」
林太郎は健吉から万年の電話番号を教えて貰うとすぐにスマホに掛けた。すぐに「誰だお前?」と万年の怪訝そうな声が聞こえてくる。
「俺だよ、俺」
「オレだと?…それって、もしかして…」
「声で分からんのか?森林太郎だ」
林太郎が名乗ると、「えっ!!もりっ?!なんだ、オレオレ詐欺じゃなかったんだ」との、万年のやけにほっとした声が返ってきた。
「紛らわしい喋り方すんなよ!それと、きさま、よく俺のスマホの番号が分かったな」
林太郎は万年に「健吉から聞いた」と返した。
「ちょっと緊急の頼み事があってさ」
「何だ?金なら貸さんぞ」
少しばかり猫撫で声になって話す林太郎の声に、万年が取り付く島もない口調で言い返してくる。
「金じゃないよ。お前、小さい頃から英会話習っててペラペラなんだろ?それでちょっと俺の書いた英文を今風の話し言葉に直して欲しいんだけど、どうかな?」
「ふふん。ライバルに頼み事をされるってのも、悪くないな。よし、いいぞ。で、どんな英文だ?メールで送ってよこせよ。添削してやる」
「時間がないんだ。今日中に完成させなくちゃいけないから、直接会った方が手っ取り早い」
一々鼻につく喋り方の万年に舌打ちしたいのををぐっと堪えて、林太郎は三十分後に万年と駅前のスタバで会う約束をした。
くたくたのトレーナーの上下から急いでシャツとジーパンに着替えた林太郎は、髪を適当に撫でつけて
から、自転車で駅西口に新設されたスタバに向かう。
Sサイズのブレンドコーヒーを飲みながら窓際の席に座っていると、万年が店に入ってくる姿が見えた。
「きさまが俺に添削を頼むなんて、一体、どんな英作文なんだ?」
林太郎から興味津々で紙を受け取った万年は、英文に目を通し始めた。すぐに目をまん丸にして林太郎を見る。それでも足りないように、口がぽかんと開いていた。
「こ、これ、恋文…」
上手く口が回らない万年に、林太郎はさり気ない口調で頷いた。
「まあ、それに近いかな」
「随分と情熱的な文章だな。キスした…とか、書いてあるし…」
万年は顔を赤らめながら、英文に落とした目をいそいそと動かした。
本当は林太郎だってこんな文章、誰にも(特に万年には)見せたくないのだが、エリスはもうすぐアメリカに帰ってしまうのだ。恥ずかしがっている場合ではない。
こいつの事だ、読み終えた後に何か癪に障る物言いをするかもしれないと、林太郎が身構えていると、意に反して万年はしんみりした表情になった。
「二章目の詩は、死んじまった恋人に捧げる詩だよな。切なくて、胸に迫るものがある。森、この詞はお前が書いたのか?」
万年の様子に少なからず驚いた林太郎は、つい正直に話してしまった。
「ああ。エリスに捧げる詩なんだよ」
「エリス?ああ、エリス・ワーゲルトか。お前、あの子のことが、好きなんだ?」
再び目をまん丸にして万年は林太郎を見た。
「うん。フラれちまったけどね。文化祭が終わったら、エリスはアメリカに帰るんだ」
林太郎はにっこりと笑って万年に打ち明けた。
「俺さ、文化祭でトリを務めるバンドのボーカルをやることになってるんだ。終わってしまった恋だけど、この歌で、エリスに気持ちを伝えたいんだ。文化祭のライブで最後にエリスにこの歌詞を捧げたくて、一生懸命書いた」
「そうか」
万年はバッグからペンを取り出すと真剣な表情で添削を始めた。英文とにらめっこしている万年は、自分で頼んだカプチーノにも手を付けずにいる。冷めてしまったら勿体ないと思った林太郎が飲み干してしまっても、全く気が付かなかった。
「ほら、大体こんなところだ。文法的には間違っていないけど、今風の表現に直せる箇所は直しておいた。ちょっと気になる所があるから、これは俺の英会話の先生に聞いてみる。すぐにメールしてやるよ」
そう言って万年は紙に書かれている歌詞をスマホの写メに収めると、席を立った。
「上田、…その、ありがとう」
林太郎が軽く頭を下げる様子に、万年は和らいだ表情をした。
「この詞にどんな曲がつくのか楽しみだな。お前の歌を聞きに、岨野山田の文化祭に行ってやるよ。今週の日曜日だったよな?そう言えば俺、他の高校の文化祭って行った事がないんだよな。何だか、わくわくしてきたぞ」
浮き浮きした表情の万年に、林太郎は心配な顔をした。
「でも、日曜日って、お前、朝から夕方まで塾に行ってるんじゃなかったっけ?」
「塾を一日休んだからって、どうってことはないさ」
万年は鼻をふんと鳴らしてから、やけに明るい笑顔になって、テーブルに身を乗り出し林太郎に近付い
た。
「そうだ!お前も帝峰の学園祭に来いよ。毎年クラス対抗女装大会が開催されて、その年のクイーン・オブ・帝峰を決めるんだ。すんごく盛り上がるんだぜ。」
「へえ…そ、そうなんだ」
顔を引き攣らせた林太郎にお構いなしで、万年は喋り立てる。
「貸衣装をレンタルしたりして、結構本格的でさ。セーラー服なんか大人しい方で、アニメのヒロインのコスプレとか、ドレスとウィッグで本格的にお姫様になっちゃう奴もいる。俺は去年、らむちゃんの格好をした。そりゃあもうウケたのなんのって」
それはそれは嬉しそうに顔を輝かせる万年に、高偏差値で世間に名を轟かす名門男子校の闇の深さを垣間見てしまった林太郎である。
気まずい思いで話に耳を傾けている林太郎の表情に全く気が付かない万年の話は、さらに続いた。
「他校生の飛び入り参加も大歓迎だ。俺が衣装を見立ててやるから、お前も相沢と一緒にどうだ?森、お前は足が長いから、チャイナドレスが似合うと思うぞ。相沢はメイドカフェの衣装がいいかな」
(こいつ、相当、拗らせているな)
全身が総毛立つ感覚(恐怖)を、林太郎は感じた。
「いやあ、俺は遠慮しておくよ。あ、でも、健吉がメイドさんのコスプレしたら、とっても似合うと思うよ。是非、あいつに飛び入り参加させてやってくれ」
この場に本人がいないことをいいことに、万年の禁断のお誘いを健吉に押し付けてしまう林太郎である。
そそくさと店を出て行く万年の後ろ姿を、林太郎はこそばゆい思いで眺めていた。
「あいつ、結構いいとこあるんだな。英文には真剣に取り組んでくれたし、カプチーノを全部飲んじまっても怒らなかったぞ」
((お前も知っているだろうが、明治の頃は余が先に上田万年に喧嘩腰で論争を吹っ掛けていたのだ。生まれ変わったのを幸いに、無意識のうちに林太郎に仕返しをしているのだろう。人当たりは悪くない男だったと記憶しているから、お前が受け流せば突っかかてくることも少なくなる筈だ))
「上田の取り扱い方法は分かったけど、今になって自分の前世の尻拭いとはなあ」
溜息を吐く林太郎に、おうがいは小さな声で((すまんの))と謝った。
((だがな、林太郎。あと少し辛抱して欲しい。余は必ず、エリスと“エリス”、そしてお前を救う。この精神だけの命に代えてもな))
おうがいは己の思考を林太郎から完全にシャットアウトして、決心を呟いだ。
帝峰の文化祭の女装大会で。
優しい健吉は万年の誘いを断り切れずにメイドさんになり(され)ました。
万年はバニーガール。
「飛び入り参加賞」で健吉は大賞を取り、帝峰の校章が表紙に大きく印刷された大学ノート五冊と、帝峰ロゴ入り鉛筆を一ダースを貰って帰った。どうすんだ、それ…。
万年と林太郎の会話で、健吉がメイドさんの格好がとっても似合うと書いたので、ちょっとイラストにしてみました。もっとましなイラスト入れろとお叱りを受けそうですが、つい描いてしまった(笑)




