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超絶美少女転校生 ※

挿絵(By みてみん)

 エリス・ワイゲルト。


 林太郎の鼓動が早まった。


 エリス。


 林太郎はいつものスリーサイズの目測測定をすっかり忘れて、アメリカから来た少女を見つめた。


 最初に目に入ったのは、白く輝く金髪だった。

 絹糸のように美しい髪が、胸元にまで流れ落ちている。

 小さな顔の中心を飾る繊細な鼻梁。薄紅色のふっくらとした唇。

 桜の花で染めた如き両頬。大きな瞳は南の島の海のように青く、眼窩に沿って一筆(ひとふで)で描かれたような眉はとても優雅だ。

 肌は真珠のように輝き、手足はすらりと長く、ほっそりとした腰の位置は高い。


 林太郎は自分の肌と心が泡立つのを感じた。


「エリス・ワイゲルトです。よろしくお願いします。エリスって呼んで下さいね」

 

 容姿と同じように美しい声だった。鈴木の脇でぺこりとお辞儀をするエリスに、一瞬しんと静まり返った教室に再びどよめきが戻った。


「ワイゲルトさんって、日本語喋れるんですかぁ!?」


 エリスは驚きの声を上げるクラス生徒全員を見渡して、にっこりと笑った。


「はい。私の父はドイツ系アメリカ人ですが、母は日本人なんです。日本語は母から教わりました」


「え!じゃあ、ハーフってこと?!」


 三度目のどよめきがクラスに沸き上がった。鈴木が両手を上げてぱんぱんと叩いた。


「さあ、静かにして。隣のクラスは授業を始めてますからね。さて、ワイゲルトさん」


 鈴木は自分の隣で美しい姿勢で立っているエリスに、一番右端の最後尾、林太郎の後ろの席を指差した。


「今日は、あそこの席に座って授業を下さいね。席順は後で考えますから」


 はい、と返事をしてから、エリスは鞄を持って林太郎の席の後ろに向かって歩き出した。坂本が慌てふためいて机に積んだ教科書を片付け始める。


「ほえ―!こんな別嬪(べっぴん)さん、初めて見たぜ!」


 真紀が机の脇を通り過ぎるエリスの顔を下から覗き込みながら、感嘆の声を上げた。


(生田よ。その言葉は、今俺が心の中で叫んでいるのと全く同じだぞ。お前はこの俺に異性として何の興味も示さないから、内心どうかしていると思っていたんだが、美醜の基準は一般人と変わらなかったんだな)


奇妙な感慨を覚えながら、林太郎はエリスから目を離せずにいた。

初めて経験する心臓の高鳴りに、胸がきゅうっと痛くなった。呼吸が浅くなり、頬が次第に熱を持ってくる。


もしかして、この感情は。いや、まさか…。


焦る林太郎の前でエリスが足を止めた。


金色の長い睫毛に縁取られた大きな目が、林太郎を捕えた。

林太郎の黒い瞳とエリスの青い瞳が交差する。

まん丸に見開いた林太郎の目を、エリスは冷たく睨みつけてから、すっと顔を背けた。


それは、一瞬の出来事だった。


(は?)


林太郎が、生まれて初めて、女子にそっぽを向かれた瞬間だった。

それも、絶世の美少女に。

それも、それも、もしかしたら、自分が一目惚れしたかも知れない相手に。


(え?ちょっと…。今の何?)


 呆然とする林太郎を尻目に、エリスは一番後ろの席に腰を下ろした。


「えー、では、授業を始めます。今日から新しい小説を学習します」


そう言って、鈴木は教科書を開いた。


「森鷗外の小説、舞姫です。明治の有名な文豪は、高級官僚で医学者であり、評論家で翻訳も(こな)す多彩な人物でした。テレビの歴史番組でも何度か特集されたことがあるから、皆さんも名前は知っていますよね。それでは、この小説を朗読して貰いましょう。誰がいいかな。あ、そうだ」


 鈴木は嬉しそうに林太郎を見た。


「鷗外の本名は森林太郎というんだよ。このクラスの生徒と同姓同名なんて、これも何かの縁ですね」


 教室の生徒がおお―と低い声を出す。


「という訳で、森君に朗読をお願いします。…森君?」


 鈴木は、呼ばれても起立もせずに口を半開きにして固まっている林太郎を訝し気に見た。


「森君、どうかしましたか?」


 隣から手を伸ばした健吉が林太郎の腕を突っつく。はっと我に返った林太郎に健吉が「朗読朗読」と小さな声で繰り返した。それで自分が鈴木に指名されたのだと悟った。


「は、はいっ」


裏返った声で返事をしてから、教科書を鷲掴みにして林太郎は立ち上がった。文字が逆さまなのに気が付いて、慌ててひっくり返す。ふうっと軽く息を吐いてから、鷗外の小説を淀みのない声で朗読し始めた。



「石炭をば()や積み果てつ。中等室の(つくえ)のほとりはいと静かにて、()(ねつ)(とう)の光の晴れがましきも(あだ)なり。今宵は、夜ごと、ここに集ひ来る骨牌(カルタ)仲間も「ホテル」に宿(やど)りて、ふ、船に残れるは…()、一人のみ、なれば…。な、れ、ば…」


『船の燃料の石炭も早々と積み終えた。中等室(二等室。役人などの席。一等室は貴族・大臣クラス。三等室が一般人利用と明治期~昭和初期まで決まっていた)の机の側には熾熱燈(電燈?)がやけに明るく灯っている。今晩は、毎夜この部屋に集まってカルタに興じている人達も(船が停泊している陸の)ホテルに泊まったようだ。船に残っているのは…自分、一人で、ある、から』



ちょっと待て。とんでもなく読み(づら)い、この硬い文章は…。


林太郎は、現代国語の教科書に目玉が密着するするほど顔を近付けた。


(これ、俺の書いた小説じゃないか―――!!)


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