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花火とエリスと林太郎(一)


 夏休みの中盤をグダグダと過ごしていた林太郎のスマホにメールが入った。


「わーい!エリスからメールが来たぞー」


 床に胡坐を掻いて扇風機の風を顔に当てながらアイスキャンディーを齧っていた林太郎は、スマホを手にして嬉し気に飛び上がった。


「おうがい君、エリスの家に招待されたぞ。河川敷で毎年花火大会があるんだけどさ、それがエリスのマンションからだと、とってもよく見えるんだって。それで今日の夕方六時から花火パーティーを開催するから、是非来て下さいってさ」


((ふーん。それは良かったの。しかし、その文面からすると、林太郎一人が招待された訳ではないようだな)) 


 おうがいは林太郎の中でパタパタとうちわを扇ぎながら、エリスからのメールを覗き込んだ。


「うん。クラスメイトやサッカー部の女子とかも来るみたいだ。でも、エリスに会えるんだったら、別にいい」


((そうか。ならば、まずは一等先に、お前のクソだらしない恰好を何とかせねばならんな))


 そう言っておうがいは深々と嘆息した。

 無理もない。もうすぐ午後四時になろうというのに、林太郎は未だにヨレヨレのパジャマ姿で、髪の毛は寝ぐせで突っ立ったままだ。


「当たり前だ。こんな格好でエリスの家に行くわけないじゃないか。今からシャワーを浴びて身だしなみをきちんと整えるぞ」


 林太郎は鼻歌交じりで風呂場に向かった。

 頭の天辺から足の指先まで、いつもの倍の時間をかけて念入りに洗う。


「どうだ、おうがい君。Tシャツもジーンズもぱんつも、ぜーんぶ(ユニクロの)新品だぞ」


((君のぱんつが新品かどうかなんて、エリスは全く興味がないと思うよ))


 誇らしげに胸を張る林太郎に、おうがいはつまらなそうに言った。


((そんなことより、エリスの家にお招きに預かったんだから、手ぶらってのもまずいだろう。何かプレゼントを用意した方がいいんじゃない?))


「プレゼント?」


 おうがいの言葉を聞いて、林太郎は途端に顔を曇らせた。


「豪華なバラの花束とか?困ったなあ。どうしよう。今月、金欠なんだよな」


 お前は毎月金欠よのと、おうがいは再び溜息をついた。


((林太郎、お前はまだ高校生ぞ。“エリスをお嫁さんに下さいって”親に挨拶しに行くんじゃないんだから、豪華なバラなんか必要ないでしょ。お菓子くらいでいいであろうよ。駄菓子はどうだ?エリスはあの菓子をいたく気に入ってたではないか))


「そ、そ、そ、そうだな。デートで行った駄菓子屋で、エリスの好きなもの買ってこよう!」


 おうがいの「お嫁さん」に、顔を真っ赤に上気させた林太郎は、自分の財布を鷲掴みにすると外に飛び出した。駄菓子屋であれこれ悩んで買い物をして家に戻ると、エリスのマンションへと歩いて行くには丁度いい時間になった。


 林太郎はデスメタル調で鼻歌を歌いながら軽やかに通りを歩いた。

 駅前まで来ると、駅の西側に高級タワーマンションがそびえ立っているのが見える。駅東の構内を通り抜けて西口に出て、新しく設置されたアーケードからマンションへと向かった。

 ここを通れば雨に濡れずにタワーマンションまで歩いて行ける。

 

 再開発された西口は瀟洒に作り替えられていて、白い天井は高く照明も輝くほど明るい。アーケードに並ぶ商店街の角にはスタバがあって、買い物帰りらしき女性客が二人お茶を楽しんでいる姿が見えた。


「開発の波から外れた東口とはえらい違いだよな」


 西口に来る度に、いつも同じ言葉が口から出てしまう。西口を始めて見るおうがいは((ほう、ほう))とフクロウの鳴き真似のような声を出して、林太郎の中から興味深げに真新しい商店街を眺めていた。


 マンションの入り口まで来ると、林太郎はタイルの壁に備え付けられている大型のインターホンの前に立った。その隣に設置されているボタンの数字をエリスに教えられた通りに押していく。インターホンから「はい」と落ち着いた女性の声が聞こえた。


「え?あ、は、初めまして。も、もりりんたろうです」


 エリスの声が返ってくるとばかり思っていた林太郎は、エリスの母親と思われる声に、しどろもどろになって答えた。「どうぞ」との声の後、マンション入り口の大きな強化ガラスのドアが自動でスライドした。


 ロビーはびっくりするほどの広さだった。壁には巨大な現代アートの油絵が掛けられている。絵の反対側には、一つで大人が三人は座れそうな黒革張りのスツールが三つ並んでいた。奥には管理室(コンシェルジュ)のプレートが掛かった扉が見える。


((これは、すごいの。林太郎のマンションとは大違いだ))


「それを言うなよ」


 林太郎はエレベーターに乗り込むとエリスが住んでいる最上階のボタンを押した。


 ドアを開けてくれたのは、背の高い上品な中年の女性(マダム)だった。


「いらっしゃい。森林太郎君、だったわね」


 林太郎の名を口にして微笑んだ顔がエリスによく似ている。


「どうも、初めまして。森林太郎です」


 林太郎はエリスの母親に頭を下げて改めて挨拶した。エリスの母を目の当たりにしたおうがいは、林太郎の頭の中で嬉しそうにはしゃいでいる。


((ほう、()はエリスの母御か。美人だの))


 林太郎の部屋と同じくらいの面積の玄関から廊下をまっすぐに通されると、三十畳はありそうな広いリビングに行き着いた。

 部活のメンバーであろう、数人の女子が縦長の大きな窓の下を歓声を上げて覗き込んでいる。女子全員が浴衣を着ていて、華やいだ雰囲気になっていた。


「こんな豪華な部屋に入ったのは上田の家以来だな」


 林太郎が口をあんぐり開けて部屋を眺め回していると、後ろから背中を乱暴にど突く者がいる。それが誰だか分っている林太郎は、眉の付け根と鼻の上に皺を寄せて振り向いた。


 予想した通り、真紀が後ろに立っていた。


「よう、久しぶり。目の下の傷は治ったみたいだな」


 困った顔で笑顔を作る真紀に、林太郎は怒りの表情で詰め寄った。


「何が、“よう、久しぶり”だ。お前、どんだけ力を込めて俺の顔面を殴ったと思っている!あの一発で俺は気絶したんだぞ。その後、顔半分にできた青タンの酷さと言ったら。カッコ悪くて(エリスとデートした時以外は)暫く外も出歩けなかったんだからな」


「いやぁ、あん時、すんごくパニくちゃって、よく覚えていないんだけど、俺が殴ったのは間違いないからな。悪かったよ。ごめん、ごめん」


 真紀は林太郎に頭を下げて両手を合わせた。真紀にはもっと怒りをぶちまけたいところだが、如何(いかん)せんここはエリスの家だ。エリスの母親に(一応)女の子である真紀をどやしつける自分の姿など見せたくない。怒りを収めるべく深呼吸すると、真紀の浴衣が目に入った。


「あれえ、お前(みたいな凶暴な女で)も、浴衣を着てるんだ」


 林太郎の驚く声に、真紀は嬉しそうに浴衣の袖を広げて見せた。


「そうなんだ。今日は花火大会だからな。女子は全員浴衣にしようって決めておいたのさ」


 真紀の浴衣の図柄は水着と同じ虎である。それも水着と違って顔だけではなく、浴衣地全体に黄金の稲妻が(とどろ)く中に全身を描かれた数匹の虎が四つ足を伸ばして飛び跳ねているものだった。紺地の帯には黄色の雷が縦横無人に走っている。


「…お前が着ている特殊な柄の浴衣は、水着と同じサンダータイガーっていうブランドのものか?」


「おおっ、よく分かったな!どうだ、ステキな浴衣だろう?」


 真紀は満面の笑みを浮かべて林太郎の前でくるりと一回転した。


「ステキかどうかは個人の好みによるものだから何とも言えんが、そのカミナリと虎の柄は、一度見たらブランド名共々、脳裏に刻み込まれるのは確かだ」


 林太郎は気もそぞろで真紀に言ってから、リビングを見渡した。

 女子は全員浴衣という事は、エリスも浴衣を着ているのだ。

 ピンクの花柄の浴衣を着て、壁際に一人佇む女子が視界に入った。林太郎は期待を込めてその女子に顔を向けた。

 

 エリスではなく、くららが立っていた。

 両手にiPadを握りしめ、顔を俯き加減にして丸い眼鏡を底光りさせながら、林太郎の様子を窺っている。


(げ。鴻池。あいつは鬼門だ。近寄らないようにせねば)


 林太郎は後ろ足でじりじりと後退を始めた。そんな中、リビングのドアが開いて大勢の人間が入って来た。


「あ、林太郎君だ!久しぶりだねえ」


 歓声を上げたのは真っ黒に日焼けした健吉だ。

 健吉は長野の祖父母の家に遊びに行っていて、林太郎とは一週間程会っていなかった。健吉の後から部屋に入って来るのは、いつものクラスメイトの面々である。

 最後に万年(かずとし)が現れたのには、閉口した林太郎であった。


「みんな揃ったみたいね」


 エリスが万年の後からリビングに入って来た。


 淡いグリーンの生地に白百合の花が大きく描かれた浴衣に、無地の山吹色の帯を締めている。後ろに丸く結って(まと)めた髪にはべっ甲色のかんざしが差してあった。


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