初めてのデート
そして二日後、駅前の東口の少女像の前に林太郎はいた。
エリスとのデートが嬉しくて嬉しくて、三十分前には指定の場所に到着ていた。嬉しさのあまり、少女像の周りをぐるぐる、駅の東口をうろうろと、大股で徘徊している最中である。
((林太郎や、何故そんなに銅像の周りを猛スピードで旋回しておるのだ?令和式お百度参りか?))
「ある意味そうかもな。エリスとの初デートが成功するなら、この少女像の周りを一万回ぐるぐるしたっていいくらいだ」
駅東口前にある少女像は待ち合わせスポットになっていて、林太郎が来る前から数人の男女が所在無げに立っていた。それが突然、目の下に大きな絆創膏を貼った長身の少年が現れて、何事かぶつぶつ呟きながら銅像を中心にして円を描くように早歩きを始めたのである。
はっきり言ってかなり異様である。平穏を破られた待ち人達は皆、そそくさと銅像から離れて、気味悪そうに林太郎を眺めていた。
「三十分ってこんなに長かったっけ。もう十時間も待っている気分だぞ」
((大げさだの。十分くらい前に着いていれば、その挙動不審な歩行で他の人を怯えさせずとも普通に待っていられるのに))
「おうがい、何てことを言う。エリスが四十分前に待ち合わせ場所に来ていたらどうする。十分も待たせてしまうではないか!」
((確かに、初デートで理由なく相手を十分も待たせる男がいたら、それは言語道断ではあるが。余は、エリスが四十分も前から林太郎を待っているとは思えないけどね。それに大抵の女の子は待ち合わせ場所に、ちょっと遅れてくるもんだよ))
呆れ果てるおうがいなど構わずに、ぐるぐるしながらエリスを待ち続ける林太郎である。
「お待たせ、林太郎君」
銅像の台座から顔を覗かせた林太郎の側にエリスが駆け寄って来た。
エリスはオレンジ色のシンプルなワンピースを着て、つばの広い帽子を被っていた。履いているのは白のローファーで、これもシンプルだ。袖のないワンピースの丈は膝の少し上。可愛らしいミニバックを肩から横掛にしている。装飾品は一切つけていない。飾りがない分、清楚さが際立っていた。
(わあ。エリスの私服姿、初めて見た。可愛いいなぁ)
((そうだの。海では色々あって、エリスの私服どころではなかったからな))
林太郎はうっとりとした顔でエリスを眺めた。自分とのデートの為にオレンジ色のワンピースを選んだのだと思うと、これまた嬉しくて仕方がない。
このまま日が暮れるまでエリスを眺めていても飽きないだろう。だが、それではデートにならない。
林太郎のとろけそうな思いとは裏腹に、エリスは表情を硬くして、林太郎の顔に手を伸ばした。大きな絆創膏を貼っても隠し切れない内出血の跡をそっと指で撫でた。
「一週間近く経つのに、目の下の内出血は消えないんだね。まだ痛い?」
「ああ、いや、ははは。跡はまだ残っているけど、もう痛くはないよ」
痛みは残っているのだが、エリスの前では強がって笑い飛ばす林太郎だ。
「真紀ちゃんすごく落ち込んでたよ。いくらパニックになったとはいえ、林太郎の顔を思いっ切り殴っちゃったって。本当に悪かった、ごめんなさいって」
「生田の兄ちゃん達がでっかい菓子折り持って、うちに謝りに来たんだよ。治療費も向こう持ちだったし。それでチャラって事で」
(何がごめんなさいだ!本当に悪いと思っているんだったら、生田!お前は俺の前で地面に額を擦り付けて土下座すべきだろうがっ)
と、心の中でデスメタル調で叫んでから、林太郎は爽やかな笑顔でエリスを見た。
「エリス、今から映画、見に行かない?夏休みだし、駅前の映画館で面白いのやっていると思うんだ」
林太郎は「おうがいプラン」の通りに映画鑑賞を口にした。さらりと言っているが、実は緊張の塊になっている。大好きになった女の子との生まれて初めてのデートである。高校二年にもなってとおうがいは呆れているが、誰にだって最初があるのだから仕方がない。
「うん、いいよ。林太郎は見たい映画ある?」
エリスに聞き返されて林太郎は忽ちフリーズしてしまった。
エリスと一緒にいたいだけで、本当は映画なんかどうでもいい。しかしそれでは間が持たないから、「映画でも見るか」になるのである。そんな考えだから、どんな映画が現在公開されているか事前に調べようともしない。それで、このような失態を犯すのである。
((林太郎、“夏休みの話題の映画テレビで宣伝してたよね。それ見ようよ”とか言って、取り敢えずエリスを映画館に連れて行くのだ))
「あ、あ、あの、何て言ったっけ、テレビで宣伝してたやつ。それ見よう」
おうがいの言った通りの言葉を素早く口に出して、林太郎はエリスと駅の手前にある映画館に向かった。
映画館の中に入って改めて上映している映画を探すと、お子様向けのアニメがやたらと多い。そうか、夏休みはアニメ映画のかき入れ時だったなどと、気が付いたところで、もう遅い。
唯一上映しているアメリカのアクション映画の大きなパネルを「あれは、どう?」と指差すと、エリスが困った顔をした。
「…あれは、遠慮しとく」
エリスの困惑気味の声に、林太郎ははっとして映画の主演男優の名に目をやった
(げげっ。あの名前は、エリスの元カレと一緒じゃないか。ってことは、あいつがエリスの…)
それは見たくないよなあ。林太郎は思った。自分だって絶対見たくない。
エリスの元カレはこの映画の主演のようで、パネルにはやたらと大きく顔がアップされている。アメリカで若手人気俳優をやっているだけあって、確かにかなりの男前だ。
(くそっ、胸くそ悪いぞ。エリスとのデートが始まったばかりなのに、のっけからあんな奴の顔を見てしまうとは)
そう思って再びパネルに目をやると、若手俳優のクールな微笑みが林太郎をあざ笑っているようにしか見えない。
(ううむ、こうなったら、ど○えもん、もしくは、く○○ん○んちゃんを見るしかないのか)
((こりゃ林太郎!高校生にもなって初デートに小学生御用達のアニメを見ようとは何事か。エリスが怒って帰ってしまうではないか!))
思わず、目玉だけの妖怪お父さんのような口調になって、林太郎を叱り飛ばすおうがいである。
(じゃあ、映画鑑賞はすっ飛ばして、カフェランチに行くよ)
((まだ十時だよ。お昼には早過ぎないか?))
(だったらどうすればいいんだ!誰か教えてくれ~!)
今にも大声で叫んでしまいそうな林太郎の肩を、エリスがちょんちょんと突っついた。
「ねえ、林太郎。無理に映画見る必要ないんじゃない?もし良ければ、私、行きたい所があるんだけど、付き合ってくれるかな」
崖から墜落寸前の心地で映画館のチケット売り場に立ち尽くしていた林太郎は、エリスの言葉に窮地を救われた。
「うん、いいよ!エリスの行きたい所なら、どこにでも付いて行くよ。で、どこ?」
勢いよく何度も頭を縦に振る林太郎から目を逸らして、エリスは顔を赤らめた。
「登校途中に商店街の脇を通るでしょ?いつも気になっているお店があるの。入ってみたいなあって思っているんだけど、女の子だと誘い辛くて…」
「お店?」
(学校に行く途中に、女の子が顔を赤くするようなエッチなものを売っている店なんかあったかな?まあ、エリスが行きたいというのなら、どんなにイヤらしい店でも俺は堂々と入る覚悟は出来ているぞ)
どうしても思考がソッチ方面へ向く林太郎である。
「…うん。駄菓子屋さん」
もじもじしながら俯き加減で話すエリスに、林太郎は拍子抜けした。
「駄菓子屋さん?ああ、分かった。商店街の近くにある住宅街の斜め向かいの店か」
うん、とエリスが恥ずかしそうに頷く。
(駄菓子屋さんくらいで、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。子供っぽいと思われるのが嫌なのかな)
何にしても、そんなエリスの姿に目を細めてしまう林太郎である。行こうかと声を掛けると、エリスは顔を上げて、はにかみながら林太郎の横に並んだ。
駅から歩くこと二十分、林太郎とエリスは駄菓子屋の前に立っていた。
ここに駄菓子屋があるのは昔から知っていたが、最近は、この店にあまり目に留めないで歩いていた。登校中は店が閉まっているし、帰宅時には店の脇の電信柱に万年が隠れていることが多々あるので、ただひたすらに前だけを向いて足早に通り過ぎるからである。
幸い、今は夏休みだ。電信柱の陰に万年の姿はない。
林太郎は昭和が色濃く残る鄙びた店構えをぐるりと見渡した。近所の子供だろう、店の前にあるベンチに座った三人の小学生男子が、足をぶらぶらさせながら棒付きのアイスを齧っている。
「わあ」
エリスは歓声を上げて店の中に入って行った。
林太郎もエリスの後から店の中に入った。この店に入るのは小学生以来だったが、棚などの位置は当時の記憶と殆んど変わらない場所にある。当時から壁に張ってあるポスターも健在だ。これ以上変色しようがないと思えるくらいに色は褪めていたが。
林太郎が懐かしげに店の中を見回しているうちに、エリスは買い物を済ませたようだ。
両手に持った冷たいラムネの瓶の一本を、林太郎の絆創膏の貼ってある頬に押し付けた。
「暑い中歩いたから、喉乾いたでしょ?外のベンチで飲もうよ」




