臨終床にて
新規連載始めました。
よろしくお願いします<(_ _)>
病魔に侵された男の体には、閉じた瞼を持ち上げる力も気力も残っていなかった。
畳の上に敷かれた布団の上にただ仰臥しているだけの体は、浅い呼吸を繰り返すのに精一杯だ。
男は、自分の命が風前の灯火で、今まさに消えようとしているのだと悟った。
布団の周りに集まっている親類のすすり泣きだけが、やけにはっきりと聞こえてくる。
こんなに湿った音を聞きながら、最期を迎えるとは、想像もしなかった。
顔を顰めたつもりだが、家族の誰一人として気が付かなかったようだ。
嗚咽し、騒々しく鼻を啜る音が止む気配はない。それどころか、音は次第に大きくなり、もはや人の声域を遥かに超えた音になっている。まるで壊れて止まらなくなった汽笛みたいな音だ。
それが耳の近くで鳴っているのだから、とんでもなく騒々しい。
(うるさいな)
おかしな話だ。今際の際の人間が雑音を気にするなんて。
全く持って、どうでもいいことだ。
(ああ、本当に…)
積み重ねてきた栄誉と名声の、何と儚いことか。
光輝く人生を成功させる為に、醜い感情を優先させて作り上げた暗闇を、決して忘れてはならない。
命の灯火が一筋の煙となって消える刹那にも、ただ、懺悔あるのみ。それを懐に抱えて地獄へ落ちていくであろう我が魂に、一分の救いもない。
何もかもが、無意味に思えた。
自分が寝ている布団も、嗚咽を繰り返す家族も、開くことが出来れば目に映るであろう、飴色に変化した古い天井板さえも。
ピピピと鳴り響いて止まない、耳障りな騒音と。
それから、この、己自身も。
肺の空気をすべて吐き出すような溜息を付いてから、男は末期の言葉を絞り出した。
「つまらん人生だった」