誓い~Innocence~
気が付くと俺はベッドの上にいた。辺りを見渡すとここが病院だということが分かった。頭がぼんやりとしていて、いまいち状況が掴めていない。
体を起こそうと力を入れる。
………んーーー!!??
「いってえええーー」
「静かにしてください。ここは病院なんですよ」
扉が開かれ、それと同時に女の人が入ってきた。ベージュのカーディガンに、ワインレッドのスカートを身に付けている。髪の毛は栗色で、セミロング。水色の澄んだ瞳の持ち主だった。誰だろう……見たところ、看護士さんではないようだけど。
「す、すみません……」
反射的に反応してしまう。
女性はこちらの謝罪を気に留めるでもなくベッドの近くの椅子に座る。
「素直で宜しいです」
「……ありがとうございます」
「でも、意識が戻って本当によかったです。昨日のこと覚えていらっしゃいますか?
「あの……」
話している内に少しずつ頭が回り始めた。
そうだ。俺はサージが制御不能になって、それから……
生き延びたのか、俺。今更ながら実感がわいてきた。あの状況でどうして死ななかったのか気になるが、それよりも……
「……?どうしましたか」
「あの……貴女、どちら様ですか?」
……………
微妙な沈黙が起こる。何というか……何だ??え。うーん。覚えてないとそんなに不味い人だったか?
うんうん頭を悩ませていると女性が少し顔を伏せた。
「……………かな」
「え」
何かを呟いたような気がしたけど、ちゃんと聞こえなかった。また、微妙な空気が流れる。
「いえ、昨日お会いしていたので、何なら一緒に戦ったので、てっきり覚えていていらっしゃるものだと」
「え、……あ」
そうじゃん…!服装変わって、イメージちょっと違うけどこの人ユウナ……さんじゃん。これは悪いことをしてしまった。心なしかユウナさん拗ねているような気がする。
「…すみません。気が付かなくて」
「よく考えたらお互いこうして会うのは始めてですから、気が付かないのは仕方ないと思いますよ」
「はあ………?」
なんか、今の言い方変だったような……台詞読んでる感じというか、なんというか。急に感じも戻ったし。
ん………変に見つめてしまった。ユウナさんに顔をそらされる。そのまま、椅子から立ち上がり、凛とした佇まいで言った。
「人類継続軍第2特殊部隊ウィユの指揮官、ユウナ少佐です。改めまして、よろしくお願いします。」
手を差し出される。立てないので、体だけ起こしてそれに応える。
「第7リユー群パクス、人類継続軍直属第1ラボ研究員、イリア・アーデルトです。こちらこそ宜しくお願いします」
手が触れ合うと、ユウナさんがフワリと笑った。
不覚にもドキッとしてしまった。今まで少し冷たいというか、礼儀正しくてあんまり女性らしい表情を浮かべていなかったから、尚更……その笑顔は素直に素敵だと思った。
変にユウナさんのことを意識してしまい、顔を直視することが出来なかった。幸い彼女がすぐに次の言葉を発してくれたお陰で俺の顔が微妙に赤くなっていたことは隠せた。
「イリア、さん………貴方のことは聞いていますよ。あのサージを開発したのも貴方でしたよね?」
「え、知っているんですか」
「ええ、まあ」
一研究員として、軍の少佐に名前を覚えられているというのは正直嬉しかった。
俺は恥ずかしさを隠すように、話を展開した。
「そ、そういえば、俺の…あ、私のサージはどうなったんですか?」
「俺で大丈夫ですよ。そうですね。そちらの説明もしなければならないですね」
ユウナさんは姿勢を正して、昨日のこと、今の状況を説明した。
「貴方のサージが行動不能に陥った後、ノーラン大佐が救出に来てくださりました。射戦上からあなたが外れたのを確認後、ビーム砲を発射。敵機の撃墜に成功しました」
なるほど。俺が助かったのは彼のお陰だったのか。後でお礼を言わなければ。
「戦闘終了後、貴方に通信をいれても返事がありませんでした。中々コクピットから出てきませんでしたので、外側から開いたんです。そうしたら……血まみれの貴方がいました。本当に、死んでいるのかと思いました」
ーーー何だろう。今の言い方がなんだかとても悲しそうだった。俺が死にそうだったことを自分のことのように思ってくれているような、そんな感じ。
俺は申し訳なくなって思わず口を挟む。
「ユウナさん……優しいんですね」
ユウナさんが小首をかしげる。
「いや、だって俺なんかのために、そんな」
「なんかに、ではありません」
今、ユウナさんの雰囲気が変わった気がする。
「いいですか。誰であろうと、人を守り抜くことが私の責務です。ですから、貴方が、死んでしまえば悲しいですし、生きていれば嬉しいです。そこに誰であるかということは関係ありません」
その言葉には重みがあった。こういうことを言う人は探せばそれなりにいると思う。けれど、彼女の言葉にはそれ以上の何かがあった。背負っているものの違いだろうか、過去の経験、それとも……この人も何かを失ったのだろうか。だとしたら、この人はとても強い人なのだろう。逃げずに立ち向かうことのできる強い人。その真っ直ぐな言葉に、俺も今の素直な気持ちを返そうと思った。
「やっぱり、優しいんじゃないですか」
「別に、そういう……いえ、ありがとうございます」
彼女は咳払いを1つ挟んで話を続けた。
「話を戻しましょうか。……貴方のサージについてですね。今は軍が所有しています。正確にいえば、私たちがやって来た宇宙船に乗せてあります。そのまま軍本部へと輸送予定です」
軍本部へと輸送……そんな
「そんな、困ります!」
俺の動揺を想像していなかったのか、ユウナさんは驚いた様子を示した。
「っ、どうしてですか?確かに欠陥はあるかもしれませんが、それも今後改善していけば……試作機としてお預かりするだけですよ?いつものことじゃないですか」
確かに、いつものことだけど……俺はあのサージで戦うって決めて、それなのに
「あの…どうしたんですか?どうしても持っていけない理由があるのなら話していただければ本部と連絡をとりますので」
……どうすればいいのか、俺の心は決まっていた。ファコンに乗ったとき俺の運命は定まったのだから。
「あのサージには……俺が乗ります。俺も戦う」
「な、何を!?」
だからこそ、彼女の動揺の大きさにこそ俺は最も驚いた。
ユウナさんは椅子から勢い良く立ち上がり、俺に詰め寄るかたちで声をあげた。
「貴方は軍人ではないでしょう?それなのにどうして、どうやってファコンに乗るつもりです!?」
「軍人でなければ乗れないと言うのなら、軍に入ります。それで大丈夫ですか」
「大丈夫ですかって……そんなわけないでしょう。軍に入ったからってすぐにサージには乗れません。それ相応の訓練を、最低でも半年は受けていただかないと」
「操縦なら出来ます。昨日の戦いを思い出していただければ、お分かりいただけると思います、何より」
一呼吸間をおいて宣言する。
「ファコンは俺の機体です。誰よりも俺が理解してる。他の奴に乗せるくらいなら、俺はファコンを廃棄します」
ユウナさんの心は読み取れなかった。表情は悲しみ、なのだろうか。守るべき市民が戦うといい始めたから?でも、さっきからの言動をみるとそれだけではないような気がする。
ユウナさんは表情を再び引き締めて、言った。
「とにかく、ふざけるのもいい加減にしてください。そのような理由では軍にお伝えすることはできません」
「なっ……!ちょっと待ってください」
ユウナさんは、扉に向かって歩き始めてしまった。こちらの言い分をこれ以上聞くつもりはないらしい。
「待ちません。貴方のファコンは予定通り本部へと送り届けます。貴方は今後も研究を続け、あっ」
ユウナさんが扉を開き外に出ようとしたその時、丁度入ろうとした男性に体が当たってしまった。
「ノーラン大佐……どうしてここに」
「ラボの視察帰りによったんだよ。それよりも、ここは病院だぞ。静かにするべきなんじゃあないか?外まで丸聞こえだぞ。どうしたんだお前らしくもない」
「す、すみません……」
突然のノーランの登場にユウナさんも対応できていないらしい。さっきまでの毅然とした態度とは違って縮こまってしまった。
彼は昨日と同じ軍服でオールバックの髪型も同じだったが、印象は随分柔らかい。こっちが素なのだろう。
そうだ、この人になら
「あの、聞こえていたと言うことは」
「あぁ、君がイリア君か。こうして話すのは始めてだね」
「俺は……!」
「まあまあ、そう大きな声を出すものじゃあない。傷口が開くぞ。取り敢えず、落ち着きたまえ」
ポンと肩に手をおかれて、なだめられる。そんな制止を無視して続ける。
「俺は、戦いたいんです。敵を、倒さないといけない……!」
ノーランは椅子に座りこちらを見つめて答える。
「それは何故だ?」
迷わずに告げる。
「誰も死なせないため」
「……なるほどな。いいじゃないか。昨日の戦闘データも見させてもらったが、素人にしては上出来だ」
「大佐!?」
「まあ、俺に人事権はないからな、その辺は知らんが、俺は好きだぞこういうタイプ」
「ノーラン…大佐…」
どう呼べばいいか言いあぐねていると、本人が助け船を出してくれた。
「あぁ、好きに呼んでくれて構わないよ。大佐でもさん付けでも、呼びすてでも。俺はそういうのは気にしない」
「……大佐は軍のトップではないんですか?」
その質問は聞きあきたと言うように、頭を掻きながらノーランは言った。
「ん?ああそれなあ。良く誤解されるんだよ。メディアが誇張して報道するもんだから。俺はあくまで戦闘班のトップ。他にも開発班や運営班がある。人事権は運営班にあるからな。そこのことは良くわからん」
「俺は、どうすれば……」
「俺たちが出発するのが明日だ。それについてこればいいんじゃないのか」
明日……怪我は全然治っていないけれど、それでも。行くしかない。
「わかりました。行きます」
「……っ」
ユウナさんが歯噛みするのが分かった。彼女はどうしてそこまで俺が戦うことを嫌がるのだろう。昨日は俺の意思を尊重してくれていたのに。
「では、明日の昼、私がここに迎えに来る。それまでに準備を済ませておけよ」
「はい」
そのままノーランは部屋から出ていった。それに倣うようにユウナさんも出ていった。最後に何かを言いかけたようだが、結局何も言わずに部屋から去っていった。
廊下で2人が何かを話しているような気がしたが、何をいっているかは全くわからなかった。
その日の夜、母さんが病室にやって来た。俺の家族は母さんだけだ。父さんはもうこの世にいない。妹も。二人とも人間同士の戦争の被害者だ。
軍人になることを母さんに伝える。止められると思った。だけど、実際は違った。
母さんは言った。
ーーー貴方が父さんやルナの仇をとるために戦うって言うんなら私、きっと止めたわ。でも、そうじゃないのよね?
俺は自信をもって否定した。俺が戦う意味は、悲しみの連鎖を断ち切るため。死と言う恐怖をあんな形で味あわせないため。
ーーーそう、なら止めないわ。貴方は父さん似だから、あの人のように誰かを助けるために命を投げ出すかもしれない。……必ず帰って来てとは言わないわ。それを最後の約束にしたくない。だから、1つだけ。これはお願いよ。
しっかりと母さんの言葉を受け止めようと、目を逸らすことはしなかった。
ーーー最後まで自分の心に嘘をついては駄目よ。イリアが戦うと決めた日の想いを決して忘れないこと。いい?
言葉を胸に刻みながら頷く。
母さんは笑顔で家に帰っていった。その笑顔は儚くて、今にも散ってしまいそうな桜の花びらのようだった。
決して謝ることだけはしない。母さんの想いを裏切りたくない。最後までこの約束を貫き通す。それだけが戦うことを選択した俺の出来る唯一のことだ。
次の日、午前中に支度を整え、出発に備える。流石に完全回復には程遠いが歩くくらい問題ないくらいには回復した。流石に医療技術が発達しているだけのことはある。骨が折れていなかったことも幸いした。怪我のほとんどは外傷で、内臓の傷も治療を受ければ1週間で元に戻るそうだ。
そして、昼過ぎ。昼食を済ませた頃お迎えがやって来た。
「よう少年。準備はできたか」
「勿論です」
「では、行こうか」
病院を出て港に向かう。そこには巨大な一隻の戦艦があった。
「君はまだ正式に軍人と言うわけではないが、一応、説明はしておこうか」
戦艦に入りながら、構造の説明をされる。指令室。艦長室。シャワールーム。食堂。口で言われてもよく分からない。そういうものがあるという程度に受け取っておこう。
「ここが君の部屋だな。中に制服があるから着替えておくように、それではまた後で」
そういってノーランはどこかにいってしまった。さて、取り敢えず軍服に着替えるか。
扉を開けて中に入る。1人部屋と聞いていたのだけれど思わぬ先客がいた。
ユウナさんはベッドからゆっくり立ち上がって言った。
「私、貴方の指導係になりました。今後とも宜しくお願いします」
「え、あ、はい。宜しく、お願いします……」
「それだけです。お邪魔してすみませんでした。」
そそくさと退室しようとする。こんなことならわざわざ部屋で待ってなくて良かったんじゃないか?そう思ってユウナさんを見送ろうとするが、扉のまで移動した後、中々部屋から出ようとしない。
「戦闘はイリアが思ってるほど甘くない。それだけは忘れないように」
そう言って、ユウナさんは部屋から出ていってしまった。
何で急にタメ口なんだろう。立場的には当然だけど、何で今さら……指導係になったからか?
何にせよ。やっぱり優しくてお節介な人だと思った。あの人が指導してくれるなら安心だ。
「さて、」
扉から向き直りクローゼットを開く。中には軍服。地球の青を意識した青を基調とした、人類の継続を背負うものの証。
ーーールナ、父さん、母さん。俺、戦うよ。今度こそ逃げない。
誓いを胸に袖を通す。ようやくこれで、始まりだ。