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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
The day when you begin
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貴方の始まる日

「―――博士!」


 扉が開くと同時に声をあげる。ラボの実験室には機動実験のためか緊張と静寂に満ちていた。それを破るかたちで俺は博士へと詰め寄る。他の研究者たちの視線が一身に集まるが、そんなこと気にしていられない。博士も当然こちらに気付き、俺が完全に近づく前に声を発した


「やあやあ、よく来てくれたね。イリア・アーデルト君。」


 誰に紹介している訳でもないのにわざわざフルネームで呼んでくださる。わざとらしい身振りといい、張り付いたような笑顔といい、相変わらずいちいち癇に障る人だ。


「君のいない研究は実に味気ないものだったよ。いやはや無くなって始めて気が」

「実験を止めてください」


 お喋りをしにきたわけじゃない。まして、わざわざ嫌みを聞きにきたわけじゃない。博士の言葉を遮って本題にはいる。


「何度もお伝えしたはずです。あのブースターは実用に耐えきれるものではありません」

「君もしつこいねぇ。まあ、そのしつこさが新しい駆動系の開発に成功した所以とでも言うべきなのかな。ああ、確かに何度も聞いているよ。そして、何度も答えただろう?問題ないと」


 博士は、笑顔で答える。この人はいつもそうだ……こっちの話をまともに聞こうともしない。


「では、私がお伝えしたオーバーヒートの欠陥は、既に解決なされたのですね?」

「あぁ、当然だとも。だからこそ、今日は君も呼んだ。せっかく君が生み出してくれたものだ。君も完成がみたいだろう?」


 とても満足げだ。どうやら自信たっぷりのご様子。ここまで余裕があるということは本当に問題はクリアしたんだろうか……でもおかしい。開発者の俺ですら見付けられていないというのに博士は一体……


「そうだ。今日は君の他にも客人がいるんだ。私としてはそっちが本命だが……。出迎えの準備のため少し抜ける。君は、そうだな、その辺の奴に実験の説明でも受けていたまえ」


 ヒラヒラと手を降って実験室から去る博士を見送る。


 客人?ここは軍直轄のラボのはず・・・視察にこれる人なんて限られてるはずだが。まあいい。取り敢えず、実験の説明を聞いてしまおう。そう考えているうちに向こうから女性が歩み寄ってきた。


「お久しぶりです、イリアさん。その後お変わりはありませんか」

「そうですね。西條さんも元気そうでなりよりです。」

「今日は大切な日ですからね。自然と元気になりますよ」

「あの博士のサポートをしながらそんなこと言えるのは貴女くらいですよ」


 西條美子さんはユリウス博士の側近の研究者で、この研究所のNo.2に当たる人だ。人当たりがよくて、ねちっこい博士よりよっぽど受けがいい。実際、博士の側近は今までに何度か変わってる。大体が2、3ヶ月で変わるんだけど、この人は1年以上もっているのだから尚更すごい。


「まあ、あの人にはあの人の良いところがあるのよ」


 と、愛想笑いを浮かべる西條さん。博士がいないところでも悪口を言わない。流石だ。


「大抵の人はその良いところが分かんないですよ。・・それはともかく」


 博士の悪口をいい始めると止まらないので、早いところ資料をもらおう。


「あ。実験の説明、でしたね。端末は・・お持ちですね。では送信しますね」


 ――ピピッ


 実験の手順やら装置の説明やらを受けとる。手順とかも気になるけれど・・・それより


 一気にスクロールしてブースターの構造図を確認する。やっぱり俺の技術を使っている。そんなに大きな変化はないような気がするんだが・・どこをいじったんだ?


「西條さん。このブースターなんですけど」


 端末を見せながら質問する。ブースターの動力位置、核となる部分の構造がどうなっているのか。オーバーヒートについて。


 すると西條さんは博士が新規に搭載した過冷却装置のおかげでオーバーヒートは解決したと教えてくれた。それならよかったと西條さんにお礼をいって、俺は壁際によった。


 過冷却装置?そんなに簡単に解決できるものなら、俺だってこんなにむきになったりしない。問題は冷却装置で追い付けない熱もそうだけど、それ以上に回路のショートを防げない点だ。オーバーヒートは冷却で防げても、回路はどうしようもないはずなのに・・・そうだ。博士だけが言い張るならまだ良いんだ。問題は他の研究員まで解決したって思っていることだ。どうなってるんだ?ダメなことくらいみんなすぐにわかりそうなものだろうに。


 考えを頭の中で巡らせているうちに、遠くから笑い声が近づいてくる。どうやら客人とやらが来たらしい。多分、軍の関係者だろうけど一体誰が・・


「本日はお忙しいところ、よくぞお出でくださいました」

「アパレイユに匹敵するサージの開発と聞いては私が直々に来るしかあるまい。楽しみにしておるよ、ユリウス博士。」


 嘘だろ・・。あれ、ノーラン・ベルナルドだろ?軍のトップが直々にだって??前線に出づっぱりのあの人がこんな辺境にまで来るなんて。


 博士が実験を押し通した理由。やっと分かった。軍に報告したからって不具合がありましたで大抵のことは済ますものだけど、トップが来るとあっては躍起になるのも当然か。まあ、失敗したら余計ひどい結果になりそうなもんだけど。そこは神のみぞ知るってことで。


「それでは、まもなく機動実験を開始しますので、少々お待ちください」


 深々と礼をして立ち去る博士。


 実験開始までもうすぐ、邪魔にならないように移動するか・・・


「ん・・?」


 視線を感じて振りかえる。ノーランのとなりに立っている軍人に見られていたような気がした。ノーランの傍には付き人が2人。1人は良いところ出のような見た目をした青年と、さっき視線を感じた冷たい印象を受ける女性だ。


「気のせいか?」


 無名の研究者の俺の顔なんか知ってるはずないし、さっさと移動してしまおう・・


 ――バチンッ


 不意に電気が落ちる。その後前方にある巨大なスクリーンにサージが写し出される。


「それではお待たせいたしました。新型サージの機動実験。始めさせていただきたいと思います」


 スクリーンの近くで博士が説明を開始する。処理速度の向上。火力の増大。移動速度、機動力の上昇・・・つらつらと改良点を列挙していく。そしていざ、機動しようと博士が指示をだした。


 ――ゴゴゴゴゴゴ


 その時、遠くで地鳴りが聞こえた。


 これは・・まさか!?


 ――緊急事態。緊急事態。アパレイユの1機の接近を確認。住民は速やかにシェルターへの避難を開始してください。繰り返します・・


 アパレイユ・・だって。くそっ。このリユーは地球から遠い。そのせいでろくな軍備が整っていないんだ。真っ向から攻撃を受けたらひとたまりもないぞ。


 ラボ内はパニックに陥っていた。我先にと逃げようとする研究員がもにくちゃになっている。


「落ち着け!!」


 ノーランの声が響く。一瞬の静寂の後、彼は静かに告げた。


「狼狽えるな。我らが迎撃に出る。安心して避難すればいい。ユウナ。ブルーノ。出るぞ」

『はい!』


 ノーランたちは即座に状況を把握し、迎撃に出てくれるようだ。流石、一流の軍人なだけある。


 騒ぎが収まったラボ内で、研究員たちは出口に向かって歩きだした。俺はそんな中、1人逆方向に向かった。


 新型のサージをこんなところで無駄にするわけにはいかない。たとえ、欠陥品でもいつかアパレイユに打ち勝つ可能性を秘めた機体だ。何とか守らないと。


 俺は、ラボに隣接してある格納庫に向かって走った。


 地鳴りが大きくなってきた。戦闘が始まったのかもしれない。


――お兄ちゃん


「っ・・!」


 一瞬、記憶がフラッシュバックしかけたが、何とか振り払う。昔と今は違う。違う。違うんだ。格納庫はすぐそこだ。走る。走って・・。


 たどり着いた格納庫には1機のサージが置かれていた。白を基調としたそのカラーリング。アパレイユとは似て非なる無骨なデザイン。そして、俺が開発した背中の翼を模したブースター。直で見てみると異様な迫力を感じる。


「サージ・・フォコン?」


 機体名フォコン。いつの間につけたんだ、こんな名前。まあいいや。取り敢えずシェルターを下ろして。


 突然、急激な爆風が俺を襲った。何が起こったか全く理解できぬまま俺は吹き飛ばされた。


「ぁ・・がっ」


 痛み。身体中がアラートを鳴らしている。あぁ、くそ。痛い。でも、まだ動ける。


「ぐ、っ・ぅう!」


 動けるなら、まだ、やれることがある。ただ、ちょっと痛みが強すぎるかもしれない。


「・・・はぁ。はぁ・・ぁ」


 それでも歩く。まえに進む。進まないといけない。生きている限り、簡単に終わらせられない。あの日、俺には何も出来なかった。何も出来ないまま、色んなものを失った。だから、今は諦めてはいけない。俺は生きてる。俺には、まだ、出来ることが・・・残っているんだから。


 再度体に力を込める。脚を踏みしめる度に、体が悲鳴をあげる。それでも立ち上がる。立って目を凝らす。


 やるべきことを。


 ――義務?


 敵の姿を。


  ――敵?


 倒すべき敵を。焼き付ける。


  ――誰のため?

 

 分からないまま、体は動く。分からないまま、心が感じる。痛みを。この気持ちを。


 血に濡れた視界の先にはアパレイユがいた。その存在が。敵の姿が。この胸の高鳴りを加速させる。


 きっと、さっきの爆風もこいつのせいだろう。ノーランたちが迎撃に失敗したのか、はたまた2機目がいたのかは知らない。どちらにせよ町への侵入を許してしまった。このままでは、多くの人が殺される。


 でも、俺には戦う手段がある。


 ――サージ/ファコン


 欠陥があろうが無かろうが、今は関係ない。アパレイユと同等の駆動力と火力・・・それでもって俺は・・!


 戦いたくない。そう思っていた。それは多分、平和な中で生きていたから。戦いで人が死ぬのを見てきたから。その分だけ悲しんだ人を見てきたから。でも、死の間際にたたされてようやく理解した。死にたくない。死ぬことが怖い。このまま自分が止まってしまうのが恐ろしい。


 ――――あいつもこんな気持ちだったんだろうか


 ようやく分かった。俺が何に何に突き動かされたのか。


 今、やっと本当の意味で理解できたのかな。


 悲しみや恐れや苦しみ、辛さや痛みや絶望や、それら全てをかき集めても到底追い付けないほどの苛烈なまでの激情。


 死にたくない。この気持ちを・・こんな気持ちを味わう人を生み出してはいけない、味わってきた人を、ただ可哀想だと切り捨ててしまってはいけない。そんな言葉で、この恐怖を貶めてはいけないと思う。


 だから・・


 この恐怖を味わって、それでもなお、俺の体が尽きないのなら、今度はもう逃げない。


 戦わないこと、それはきっと死んでいった人に対する、最も卑劣な暴力だと知ったから。


 俺は、


 この苦しみを無くすために、戦う。


「サージ・・・ファコン。起動」


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