始まりは突然に
――ピピッ
メールだ。さっき閉じた端末とは別の仕事用の端末を開く。差出人は・・・俺の所属しているラボの博士、ユリウスからだった。
――アパレイユに匹敵する新型サージの機動実験を行う。至急、ラボまで来ること
目を疑った。新型の開発をしているなんて聞いてない・・・
俺はいてもたってもいられなくなり家を飛び出した。家を出るとき母さんに呼び止められたが、無視して走り出した。
アパレイユを模倣して作られた人類の新たな兵器サージ。今や研究者の殆どがサージの開発に躍起になっている。しかし、所詮は猿真似。アパレイユの機動力の半分も実現できてはいない。だというのに・・・アパレイユに匹敵するだなんて。
俺の家からラボまで徒歩20分。走れば10分少々。いつもは短く感じているこの道のりが今日はやけに長く感じる。いつもはこの道は走りきれてしまうはずなのに、今日は息が持ちそうにない。
「くそっ・・」
焦りばかりが先行して、体がうまく動いていないような気がする。
――早く止めないと
もし、俺の技術が使われているとしたら、大変なことになる。あのブースターには欠陥があるっていうのに・・
2か月前、俺はアパレイユの戦闘データを集積し、現状の動力を見直し、新しい駆動系の開発に成功した。理論上ではアパレイユと同等以上の機動力を得られる画期的なもので、博士や、回りのエンジニアからも称賛を受けた。新開発に沸き上がる研究員たちをよそに、俺の内心は複雑だった。
本当は戦いなんてなくなればいい。そう思っているのに自分の手は戦うための兵器を産み出している。だけど、現状はアパレイユに対抗する手段を見出ださなければ人類は滅んでしまう。・・・それでも。そんな考えても仕方のないことを悶々と考えてしまう。
博士たちが実用化に向けた実験を行おうと準備を始めた。そんな中、俺は更なる効率化を目指して研究を続けた。数週間がたち博士たちが実験を始めようとした前日。俺はサージの動力系で最も重要なブースターに致命的な欠陥があることに気付いた。強力な出力を発揮できる代わり、一定以上の付加をかけるとオーバーヒートを起こし、制御不能に陥ってしまうのだ。
博士にこの事を伝え、実験の中止を提言した。だが、博士は理論上は問題ないの一点張りだった。それでも、何度も中止を進言するうちに、実験チームから外され、終いにはラボへの出入りを禁じられてしまった。聞くところによると、新動力の開発に成功したと軍に報告してしまったため、威信にかけて実験を成功させなければならないということだったそうだ。
失意のうちにラボから立ち去り、数日が経過した。ラボからは何の反応もない。ラボに入ることが許されない俺は、家で研究を続けた。せめてもの抵抗として、研究経過をラボに送り続けた。どれだけ研究を進めてもオーバーヒートを防ぐ手段は見付からなかった。
本当は博士も欠陥に気づいていた、実験を止めているんじゃないかって思ってたのに・・
「間に合ってくれよ・・・」
オーバーヒートで制御不能になるからといって、爆発したりするわけではない。訓練されたパイロットなら制御不能に陥っても不時着ぐらいは出来るだろうから、人の生死に関わるようなことにはならないはず・・・
だけど。
なぜか俺はとても嫌な予感がしていた。何か・・予期しないことが起きるような気がして。
走り続けた道の先にようやくラボが見えた。今まで何度となく出入りしてきたラボ。その姿をみるのだって何百回目だって話だ。それでも、その入り口はどこか別世界に続く扉のような錯覚を覚えた。