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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Black flower which blooms in the space
24/59

それは恐らく崩壊の序章

 アパレイユの増援がないことを確認した俺は、泣きじゃくるサラを回収して、船への帰路についた。その道中、ミシェルが船の破損情報を教えてくれた。それを聞いて、一先ずは安心することが出来た。幸運なことに死傷者は出なかったみたいだ。

「ぅ……うぅ」

 けれど、サラの泣き声はやはり不安を煽る。否が応でも、安易な結論には至らせないと訴えてくるようだ。だから、船へ戻るまでの数刻、俺は少しだけ考えを巡らせることにした。

 戦闘はこちらの勝利で終わった。ノーランとブルーノの機体には幾らかの損傷があったが、アパレイユ二機の完全破壊に成功。船も大きなダメージを負ったが何とか通常航行が出来るまでに回復した。これから先、もう一度襲われたら流石に堪えきれないが、地球との距離もそう遠くない。直に救援部隊を要請できる位置に到達できる。

 などと、そんな呑気なことを言っていられる状況でもない。「軍法17条軍の機密性について いかなる事情があろうとも軍と関わりのない者を機密に触れさせることを禁ずる。これを犯した場合、当人およびそれを手引きした者に厳重な処罰を下すものとする」サージの使用は明らかにこれを犯している。俺が処罰されるのは仕方ないとして、サラはどうなるだろう。ただの無断使用とは訳が違う。絶体絶命の窮地を脱した立役者であるサラ。紛れもなくサラは俺たちを助けた。圧倒的な力を見せつけて。そんな彼女の存在を、能力を、思惑を、放置しておけるわけがない。少しでも戦力がほしい地球軍にとって、単独でアパレイユを撃退したサラの実力は喉から手が出るほど欲しいはずだ。仮にサラが戦いを拒否したとして、敵に奪われでもしたら軍にとっては相当の痛手だ。どちらにせよ、サラは地球軍の監視下におかれるだろう。

 彼女がこれからどうなるか、正確なところは俺には分からない。

 ただ、よくない予感がする。

 ここで選択を間違えると取り返しがつかなくなるような。

 そんな奇妙な感覚が心を支配していた。


ーーー機体識別番号27005ファコン。確認しました。ハッチを開きます。

 サージを降りたら、称賛の雨。なんて期待はしていなかったが、流石に銃を構えた軍人にお出迎えされるとは思っていなかった。

「イリア・アーデルト三等兵。ウィユに乗っていた女と一緒に艦長室に来てもらおうか」

「構いませんが、少し待っていただけませんか」

「何故だ」

「サラは、彼女は混乱しています。まともに話せる状態じゃない。せめて落ち着くまでは待ってあげてほしいんです」

「そういって、逃がすつもりじゃないだろうな」

「そんなことはしません。心配でしたら、見張っていただいて構いません」

「艦長からは迅速につれてこいとの命令を預かっている。その要求を聞いてやるわけにはいかんな」

 そう言って、男はコックピットのロックを解除した。

「……」

「っ……ぁあぁ」

 サラは、始めて俺と出会ったときと同じ、いや、それ以上に怯えていた。時折、自分の体を捩り、身悶え、震えている。生まれたての赤子を思わせるような、何に向けられているかも分からない涙。痛ましく、心を刺す。目を背けたくなって、それでも必死にサラを受け止める。何をしてあげればいいのか分からなくて、だからこれだけはせめて、逃げてはいけないと、思ったんだ。

「これは…」

 淡々と、業務を遂行するだけだった男も、これには驚きを禁じえなかったようだ。サラが尋常な状態じゃないと理解してくれた。

「これでもまだ今すぐ連れていくと言いますか」

「……分かった。少しだけ待ってやる」

「ありがとうございます」

 俺はサラに向き直り、ゆっくりと近づいた。何をすればいいのか、俺には何も思いつかなかった。どうしようもなく辛いとき、俺は何をしてもらっていただろうか。記憶を辿り、いつかのユウナを思い出す。心の隙間にそっと寄り添ってくれた、確か、あれは。

 俺は、彼女の手に、手を重ねた。

 彼女の心は此処にはない。戦いの中に置いてきぼりになっている。俺が手を重ねたことにサラは気付いている素振りは見せなかった。少しだけ重ねた手に力をこめる。サラを此処に引き戻すように。

「………っ」

 未だ、グリップを固く握りしめた彼女のそれは、とても暖かった。

「サラ」

「………、、イリ、ア」

「うん。俺は此処にいるよ」

「イリア……!」

「大丈夫だから」

「わた、わたし、まも……たくて、むね…、あつく……て、いや…、だから、わ…らな……、なって、それで……ど……か。いっちゃって、わたし……」

 言葉を紡ぐサラ。その殆どが嗚咽混じりでよく聞き取れない。でもこれだけは分かった。サラは俺たちのために戦い、そのせいで今、苦しんでいるんだと。だから…

「ありがとな、サラ」

 少しずつほどけていくサラの指の隙間に、心を流し込んでいく。ゆっくり、ゆっくり、体の強張りを解いていく。そうして、優しく、包み込むようにサラの体を抱きしめた。

「ぅぅ……ぅぁあぁあ」

 震える体。耳に届く泣き声。啜り泣く様は先程と変わらなく見えるかもしれない。けれど、そこに潜む悲しみは、もう薄れていた。


「イリア・アーデルト並びに、ウィユに搭乗した女、保釈してまいりました」

「ご苦労。下がっていいぞ」

「はっ!」

 サラが落ち着いた後、俺たちは艦長室に連行された。俺とサラは横並びに艦長の前に立たされていた。椅子に深々と腰をかけた、、は「さて」と呟いてから話を始めた。やはり深々とした威厳のある声だった。

「まずは、礼を言っておこうかね。君がいなければ我々は死んでいただろう。ありがとう」

「……」

 頭も下げず、声色も変えず、社交辞令のように告げられた感謝。本題がこれでないことは明白だった。

「だが、だからこそ気になるな。君が何者なのか……ユウナから大方話は聞いたが、記憶喪失だそうだね」

「……」

 サラがコクリと頷く。ジャマルはそれをじっくりと観察してから、一際重い調子で言葉を続けた。

「君の行いは軍規に反している。本来ならば罰を与えるところだが、どうだね。君が我々とともに戦ってくれるなら、今回の件は無かったことにしようではないか」

「艦長、彼女は」

「勿論、君への処罰も、だ」

「そんなことは」

「それから、身元が判明するまで、君の保護を約束しよう。君の記憶を取り戻すことにも協力する。これは、戦いが終わってからということになるがね」

「………」

 サラは何も言わない。この部屋に入ってからほとんど俯いているだけだった。俺も横顔では彼女の考えは読み取れなかった。

 けれど、サラが何を思ってるにせよ、俺の意思は決まっていた。あんなに怖がっていたんだ。どれだけ強かろうと、そんなこと理由にならない。サラが戦う必要なんてない。戦う覚悟のある人間だけが戦えばいいんだ。

「サラに戦いは向いていません。むしろ守られるべき人間です」

「あれだけの戦闘技術を有しながら、かね」

「それでも、サラは苦しんでいました。戦うことをあの子は望みません」

「……向いていない、か。だがそれで我々が奴等に負けでもしたら全てが終わりだぞ」

「それは、そうですが」

「サラといったか、君は何のために戦ったのだ?」

「私は……」

「自分を守るためか。それとも」

「イリアとユウナを、守りたかった…」

「ほう……では尚更君を誘わずにはいられないな。どうだね?何もせずにただ二人の無事を祈るよりは、自ら奮い立ち勝利を掴みとるというのは?そこにいるイリアも、お前の力で守ってやれるのだぞ」

「艦長!」

「お前は黙っていろ。私はサラに聞いているのだ」

「………」

「……戦うのは、怖い」

 サラは始めて声を発した。その声は先程の悲しみを想起させるか細いものだった。繋いだ言葉も随分頼りない。

「死ぬのは………怖い」

「その通りだな」

「だけど」

 サラは顔を上げて、前を見据える。それだけで、次に何を言わんとしているのか分かってしまう。覚悟を秘めた顔。サラは、弱さを圧し殺すように最後の言葉を発した。

「イリアが傷付くのは、もっと怖い」

「サラ……」

 俺はサラを説得しようと口を開きかけたが、すぐさまジャマルの声に遮られた。

「決まりだな。手続きはこちらで済ませておく。これから、宜しく頼むよ」

「………」

「では、また」

 部屋の外に出る。何も言わず、通路を歩く。何の気なしに後ろをついてくるサラ。だから、聞かずにはいられなかった。

「サラ、どうして…」

 どうして、そこまでしてくれるんだ。君にしてあげられたことなんかないじゃないか。

「イリアが傷つくの、見たくない」

「そうじゃない……そうじゃなくて」

 それは分かったんだ。でもそれだと納得できない。だって俺は、君を………

「?」

「どうして、そんな風に思ってくれるんだ……」

「………イリアと一緒にいるって約束した」

「そんなこと」

「イリアと一緒にいたいって思った」

「………」

「イリアと一緒にいるの楽しいから……だから」

 続けて紡がれる言葉に、何も言えなくなっていく。君を疑い、それでも信じたいと思った。守りたいと思った。けれど、心の奥に潜む慚愧がその想いを鈍らせた。君を疑ったという過去が辛い。君を守れない現実が辛い。そして、君が死んでしまうかもしれない未来が辛かった。

 君の悲しみを見たんだ。君の辛さを感じたんだ。涙も悲鳴も、絶叫も、肌で感じたんだよ。あんな風に苦しんでほしくない。君は十分苦しんだ。だから、戦う必要なんかない。願えば願うほど事実との差異に悔しくなる。サラを、戦いに駆り立てたのは、俺だ。俺が弱かったから、傷ついてほしくないって思わせてしまったから。俺のせい、俺の、せいだ。

 それを、そんな俺の弱さを掻き消すほど、サラは強かった。純粋で、ただ、強かった。

「………」

「イリア?」

「これは、」

「………悲しいの、イリア?」

「サラ……っ」

 ………涙が出たことにも驚いた。けれどそれ以上にサラの行動に驚いた。サラは俺を抱きしめていた。あたたかな抱擁と、無機質なけれど優しい言葉。その絶妙なズレが一層俺の心に染み渡る。

「ユウナが言ってた。イリアは泣き虫だから守ってあげなきゃって」

 あいつ、なんてことを………

「イリアが泣いていたらこうしてあげてって」

 サラに教えているんだ………もう、何年も、前の話だろ。俺は、俺は、変わったって。

 言いたかったんだ。

「くっ………うぅぅぁ……あ」

 自分の弱さが嫌で、サラの強さに悔しくなって、それでも嬉しくて、でも、心が受け付けなくて、だから、止めなきゃいけないのに、分かってるのに、どうして、どうして、どうして、守るのは俺だって言っても出来やしない、大丈夫だって強がることも出来ない、なんでこんなにも泣いているのか分からない、張り詰めていた心の糸が切れてしまっている、ああ、溢れてしまう、情けなくて、どうしようもないほど醜い、俺自身、でも受け止めてくれる人がいる、サラ、君はどこまで分かってるんだ、ユウナに言われたからやっているのか、それとも、自分から、、どちらかは分からない、けど、それが今はこんなにもあたたかい、こんなにも、心を満たす。

 受け止めようとしていた人に今は抱きしめられている。その中で、何に向けられたものなのか分からないまま、俺は、ただ泣いていた。

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