この日は永遠に【完結編】
「おっ、あれ亨じゃねえか?」
後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。振り返ると、道路を挟んだ向こう側の歩道に剣也たちがいた。
おれが手を挙げると、五人がこちらにやってきた。
「いやあ、探したぜ。二人とも」
「ごめん二人が遅れてたことに気づかなくて」
委員長が頭を下げてきた。
「いや、委員長が謝ることじゃないよ」
おれはそう答え、ちらりと剣也を見る。剣也は首を傾げ、
「どうした亨?」
「いや、何でも……」
萩原さんが白本さんの前にやってくる。
「ごめん由姫。生野君が近くにいたとはいえ、気を抜いてた。迂闊だったわ」
「ううん。気にしないで」
「……由姫、何かいいことでもあったの? 顔が晴れやかだけど」
萩原さんは妙な鋭さを発揮した。白本さんは慌てたように首と両手を左右に振った。
「い、いや、いいことというか、ちょっと生野くんと世間話をしていただけだよ。ねっ、生野くん」
「そ、そうだね」
嘘ではない。しかし詳しく話すつもりはない。恥ずかしいので。
藤堂が腕時計を見た。
「どうする? いまからもう一度祭りを回るか? もうすぐ八時になるが」
「どうしよっか」
委員長がおれたちを見回す。
「そろそろお開きにしねえか? 汗かいたから風呂入りてえ」
剣也がアロハシャツの襟を摘まんでパタパタ煽った。
「そうだね。もう遅い時間だし、ここで分かれようか」
委員長が納得し、ここで祭り巡りは終了となった。しかし、伶門さんが手を挙げた。
「委員長、この浴衣、もう少し借りてもいい?」
「いいけど、どうして?」
「ええっと、その……」
「藤堂と回りたいのか?」
剣也が垂直に訊くと、伶門さんはこくりと頷いた。藤堂のそれに衝撃を受けて一瞬だけ硬直するが、
「わかった。……そうするか」
と、男を見せた。
◇◆◇
みんなと別れ、剣也とともに家へ帰る途中、おれは前置きをなしに言った。
「剣也、サンキューな」
「……何が?」
「お前が、おれが白本さんと二人きりになるように仕向けてくれたんだろ?」
剣也はぽかんとした表情を浮かべる。
「委員長も協力者だよな」
剣也は再びとぼけようとしたようだったが、おれがじっと視線を送っていると、諦めたように肩をすくめた。
「どこで気づいた?」
「気づいたのは白本さんからスマホを委員長に預けているって聞いたときだけど、おかしいと思ったのはお前が丈二を発見する寸前の会話だ。あのときお前、メッセージを送ってきた相手を刀子ちゃんだって言ったな」
「それが何か変だったか?」
「妹のスケジュールくらいは頭に入れとけ。刀子ちゃんは響と祭りにきてるから、お前におつかいを頼まなくても、たこ焼きも焼きそばも自分で買ってその場で食えるんだよ」
「そうだったのか……。てっきり刀子は暇人だと思ってたんだが」
相変わらずの仲の悪さのようだ。
「どうして嘘をついたのかはわからなかったけど、あのとき送られてきたのは委員長からだったんだな?」
「ああ。白本ちゃんが寝てるからいまは合流できないってLINEに着たんだ」
やはりか。そんなところだろうとは思った。
「最初から説明してくぞ。お前はまず財布を忘れたっつっておれたちを連れて家に戻ると、委員長に連絡したんだな。途中で偶然を装って合流しようってな」
「完全に見破られてるっぽいな。その通りだ。亨があんまりにも白本ちゃんと会いたそうにしてたからな。一肌脱いでやったってわけさ」
おれは顔をしかめた。
「おれ、そんなに会いたそうにしてたか?」
「してた。藤堂が断ったとき、わかりやすく肩を落としてたからな。よっぽど白本ちゃんと会いたかったんだなあ、と思ったのがこの計画を立てた理由だ」
「まじか……」
「まじだ。……俺がわざわざアロハシャツを着た理由はわかるか?」
「派手な格好をして目立とうとしたんだろ? あの人ごみじゃ、示し合わせたとしてもちゃんと委員長が発見してくれるかわからないからな」
「正解」
こいつが「俺がこの格好をするのはな、亨のためなんだぜ?」と言っていたのは本当のことだったのだ。
「それからお前はおれと藤堂……というかおれからスマホを取り上げるために、人ごみでなくさないようにというのを口実におれからスマホを預かった。委員長も白本さんからスマホを同じ理由で預かったんだろう。後でおれと白本さんを二人きりにしたとき、自分たちと連絡を取れないようにしたんだ。その後、さっき言ったように、丈二と話す直前に委員長からLINEが着たってわけだ。お前が相手が刀子ちゃんだと言ったことと、スマホをポケットから取り出して、ポケットにしまったことから、お前が何かを企んでいると気づいたんだ」
剣也が待ったをかけてきた。
「スマホをポケット云々はどう関係があるんだ?」
「人のスマホをなくさないようにとバッグに預かっといて、自分のスマホをポケットに入れておくのは変だと思ったんだ。だから剣也はおれたちからスマホを預かることそのものが目的で、自分のスマホは別に心配しておらず、自分の企みにはスマホが必要だからバッグに入れていないとわかった」
「なるほどねえ」
「そして、おれが荒巻会長と話している間に、もう一度委員長と連絡を取った」
おれが荒巻会長と話し終えた直後、剣也はスマホをポケットに入れていた。
「たぶん、駅前の大通りで金魚すくいをしているからきてくれ、とでもメッセージを送ったんだ」
だから剣也はできもしない金魚すくいをひたすら粘っていた。
「おいおい亨さんよ。唐突に名探偵化してんじゃねえよ」
「色々と巻き込まれてるからな」
「それ以降はどうしたかわかるか?」
「まず、合流した後、藤堂と伶門さんは勝手に互い互いを意識するだろうから放っておいても問題ない。真に問題だった萩原さんを委員長とともに話しかけることで注意を引きつける。そのうち白本さんは眠くなるから、おれが白本さんに気を取られているうちにみんなを急かすなり、横の出店に寄らせるなりしておれの目の前から消える。そうしておれと白本さんを二人きりにしたんだな」
剣也はため息を吐き、
「何から何まで正解だよ。やるじゃねえか」
「どうも」
「……余計なお世話……だったか?」
剣也がやや気まずそうに訊いてくる。
「いや、さっきも言ったけどサンキューだよ。おかげで白本さんと話せたからな」
「告白したか?」
「こっ!? するわけないだろ!」
「あ、してねえのか」
「しねえよ。大体、おれは白本さんのことは――」
「好きだろ?」
剣也がさも当然といったように言う。
……確かに剣也の言う通りだ。もう認める。さっき認めた。おれは白本さんのことが好きだ。しかしそれを自覚したのはさっきで、もう少し幅を広げるなら海から帰る直前だ。どうして剣也は気づいていたのだ。
尋ねるとこんな返答が帰ってきた。
「何年一緒にいると思ってんだよ。お前の態度や何やらですぐに気づいたよ。お前、自分じゃ理解してなかったろうけど、結構前から白本ちゃんのこと好きだったぞ」
「そ、そうなのか?」
そうなのかもしれない。思い返せば、白本さんが初めて事件を解決してくれた日の帰り道、彼女ならおれをどこかで連れていってくれるような、彼女といれば情熱を向ける何かを見つけ出せるような気がした。それを鑑みると、
「一目惚れ……だったのか?」
「そこまでは知らん」
「一目惚れとか、なんか嫌なんだけど。顔しか見てないような……」
「少年漫画のラブコメでも少女漫画でもねえんだから、人を好きになるのに大層なイベントはねえんだよ。大抵の人間は一目惚れだ。というか、お前の場合は一目惚れじないと思う。少なくとも、亨が白本ちゃんを意識したのは、白本さんが三科さんの件を華麗に解決したからで、それ以前は特に意識してなかったろ?」
「ああ、確かに」
「お前は白本ちゃんが謎を解くところに惚れたってわけだ」
「そうか。……そうかもな」
そしていまは、白本さんがどういう子なのか知っている。いまのおれは、謎を解くところ以外でも、彼女のことが好きだ。
おれは白本さんのことが好き。そこからどうすればいいのかは、まだわからない。いずれ勇気を出すときがくるのかもしれないし、出せないかもしない。白本さんが別の誰かと付き合うことになって、絶望するかもしれない。未来のことは、いくら考えてもわからない。
だけど、一つだけわかる未来がある。今日、この日……どうしようもなくお人好しな友達が、想い人と二人きりの時間を作ってくれた今日。想い人のことを深く知れた今日。そして初恋を自覚した今日……。どんなことがあっても、何があっても、今日、この日は永遠に忘れない。それだけは、唯一確かに感じ取れた。
白雪姫は事件の夢を見る END
ここまで読んでくださった読者の皆様、誠にありがとうございます。『白雪姫は事件の夢を見る』はこれにて完結です。
しかしネタを思いついたら短編ほどの文量の作品を投稿していくつもりですので、そのときはまた亨たちを見にきてやってください。




