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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
この日は永遠に
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巡りと別離



 何という神のお導き! という叫びが心の中をこだました。何の宗教にも所属していないけれど。だが、しかし。そんな衝撃を受けてしまったのは紛れもない事実だ。確かに流れはきていた。かなりの頻度で知り合いと遭遇していたのだ。逆にあれで白本さんと会えなかったら逆に神の介入を感じていただろう。


「おお! 委員長たち、奇遇じゃねえか!」


 十一枚目のポイにも穴を開けたらしい剣也が驚いたように言った。


「うん、そうだね。凄い偶然!」


 委員長もたいそうびっくりしたように返した。

 ちらりと委員長の隣を見ると赤い浴衣を着た伶門さんが藤堂と視線を合わせて固まっていた。藤堂も同様である。二人の間に気まずそうな空気が流れていた。


「藤堂君、だったかしら。久しぶりね」


 二人の事情をまったく知らないであろう萩原さんが口を開いた。三人と違いTシャツにジーンズという出で立ちだ。藤堂は我に返ったかのように、


「あ、ああ。萩原さんと白本さん、だったな。久しぶり」


 そして顔見知りでない委員長と藤堂が互いに自己紹介をした。

 委員長がぱんと手を合わせた。


「せっかくだしさ、みんなで回ろうよ。お祭りなんだから人が多い方がいいでしょ?」


 おおっ! ナイスだ委員長。


「いいなあ、それ。白本ちゃんたちもいいか?」


 剣也が尋ねると、


「うん。わたしはいいよ」

「私も構わないわ」


 こうなってしまっては、真面目な彼女は空気を壊すことはできない。伶門さんもこくりと頷いた。少し申し訳ない。

 全員が了承したらもちろん藤堂も断ることはできず、彼も首肯してくれた。



 ◇◆◇



 七人で祭りを巡ることになった。おれが昼間描いていた光景だ。


「何で萩原さんは浴衣じゃねえんだ?」


 剣也が尋ねた。


「委員長さんの家にある浴衣の中にサイズが合うものがなかったのよ。それにそもそも私は浴衣が似合わないわ」

「んなこともねえと思うけど」

「うんうん! 絶対似合うと思うよ」


 委員長も力強く頷いた。おれも萩原さんなら何を着ても似合うと思うのだが。


「二人は浴衣を着た私を見たことないからそういうことを言えるのよ。ねえ由姫、私、浴衣似合わないわよね?」


 白本さんは苦笑いを浮かべ、


「え、うーん……確かに、ちょっと不釣り合いかもね。なっちゃんって、シンプルな服装よりファッション雑誌で紹介してるようなアクセサリーとか身につけた服装の方が似合うから」 


 萩原さんに甘い白本さんがそう言うのなら、おそらく本当に似合わないのだろう。


「というより、由姫と委員長さんが似合いすぎているのよ」


 萩原さんが二人に目を向けていった。

 ……彼女の言い分もわかる。二人は委員長は和風系の顔立ちだし、白本さんはおとぎ話に出てきそうなお姫様のような見た目なので、浴衣を着たら戦国時代のお姫様っぽく変身している。


「まあ、私が浴衣じゃない云々を言うなら、逆にどうして浅倉君アロハシャツを着ているのよ?」

「それはまあ、な。色々とのっぴきならない事情的なものが、あるんだ」


 だからないだろ。

 ため息をつき、前を歩く藤堂と伶門さんに視線を移した。

 二人の間には微妙な雰囲気が流れている。


「さ、最近、調子はどうだ、小波」

「え、う、うん。ま、まあ、上々……?」

「そ、そうか」

「……」

「……」


 申し訳なくなってくる。しかし――良い言い方をするが――完全に仲直りするいい機会でもあるかもしれない。


「そういえば、委員長、今日はコンタクトなの?」


 おれはずっと疑問に思っていたことを訊いた。


「ううん裸眼。私、ずっと眼鏡かけてるけど、あれって伊達眼鏡なんだよね」


 そ、そうだったんだ……。中学からの付き合いなのにまったく気づかなかった。


「じゃあどうして普段は伊達眼鏡を?」


 萩原さんが首を傾げる。


「私はさ、ほら、クラス委員長でしょ? クラス委員長といったら眼鏡かなって。私、形から入るタイプだから」


 そんな理由かい。


「白本さんは委員長の伊達眼鏡のこと気づいて――」


 いた? と白本さんに尋ねようと彼女の方を見たら、大分おれたちから遅れていた。眠そうな顔をしてふらふらと付いてきている感じだ。


「大丈夫、白本さん?」

「うん……ちょっと、眠い……かな」


 ちょっとどろこじゃなさそうだが。


「この人ごみの中で寝たら大変だし、引っ張っていこうか?」

「うん……お願い……ごめん。生野くん……」


 流石に手を直接握るのは色々とと恥ずかしいので、白本さんの手首を掴んで引っ張ることにする。どこか眠れるところがあればいいんだけど……。


「あ、そうだそうだ。萩原さんバレーの大会凄かったらしいじゃねえか。ほぼ一人だけの得点でベストエイトに進んだんだよな?」

「ええ、そうね。人生で一番疲れたわ」

「へえ、すっごいね!」

「委員長さんたちも高校演劇で優秀賞をもらったんでしょう?」

「それはそうだけど、あれはみんなの努力だから」

「まあ、それを言ったら私がバレーで勝ち進めたのはトスを上げてくれるセッターのおかげだけれど」

「けど萩原さんがいなかったらそもそもどこにも勝てなかったろ?」

「そうかもね」

「いやあ、本当に凄いよ!」


 三人の会話は続く。その前をいく藤堂と伶門さんは相変わらずたどたどしい会話をしているようだ。

 まずいぞ……。会話に割り込めない。しかも白本さんの手を引いているから、どんどん五人から離れていってしまう。


 声を上げようと息を吸ったところ、白本さんの体重が消えた。まさか、と思って振り返ると白本さんがこちらに倒れてきていた。慌てて彼女の両肩を受け止めた。


「ちょっ、白本さん大丈夫!?」

「………」

「おーい。白本さーん」

「スー……スー」


 白本さんから寝息が返ってきた。眠ってしまったようだ。歩きながら眠ってしまうのか……危ないな。


「ねえ、みん……な」


 前方には見慣れない人々が行き交っており、友人五人の姿が見えなくなっていた。……はぐれた?

 まだ近くにいるはずなので、急いで探そうと思ったが、白本さんを放置しておくわけにはいかない。


「これは……どうする?」


 自然と声が漏れてしまう。声を上げるか? いや、この喧騒の中でそれは無駄だろう。変に注目を集めるだけだ。それなら、スマホで連絡を取ればいいだけの話……ってこれはできない! 剣也にスマホを預けてしまっていた。


 ため息が漏れた。これは合流は難しそうだ。

 そうと決まれば、とりあえず場所を変えよう。いい加減、白本さんの両肩を支え続けるのは、体力的にも態勢的にも色々とまずい。


 寝ている人を引っ張って歩くわけにはいかないし、ここは……そうだな。おれは踵を返して白本さんの身体を背中に預けさせ、手を彼女の脚に回す。ようはおんぶだ。……しかし、いいのだろうか。なにか、凄い悪いことをしているような気がする。


 小柄な白本さんといえど、彼女の全体重が乗っかっているのでなかなか大変そうだ。……本当に大丈夫だろうか、これ。寝ている女子高生をおんぶするのって、犯罪じゃないよな? 訴えられたりしないよね? いや、まあ、白本さんがそんなことするわけないけれど。でも、うーん……。謎の罪悪感を抱きつつ、アチパの前にある公園に向かうことにした。



 ◇◆◇



 アチパの前の公園は『賑わい広場』という名前なのだが、普段はあまり賑わっていないのはここらを通りかかったことがある人間にとっては周知の事実だ。しかし、祭りの日であり、しかも出店が並ぶ道路の近くということもあって、今日は賑わっていた。個人的にはそれはありがたい。もう日が落ちており、辺りはやや暗くなっている。そんな中、人気がない公園で寝ている女の子と二人きりというのは、流石にいくらなんでもやばすぎるからだ。


 この公園は中央に芝生、その周囲には人口の小さな水路、その水路の終着点である噴水、噴水の正面に設けられた大きく高い楕円形の屋根とタイルと大理石でできた長い椅子、さらにその周囲はレンガの床に囲まれる作りになっている。


 とりあえずおれは白本さんを椅子にもたれさせ、その隣に座った。

 芝生を走り回る子供の声と等間隔で出たり納まったりする噴水の水音を聞きながらぼうっとしていると、白本から小さな唸り声が聞こえてきた。どうやら起きたらしい。彼女で寝てから二十分くらいだろうか。


「あれ、生野くん、ここは?」


 白本さんはきょろきょろと辺りを見回した。おれは頭を掻きつつ、


「えっと、実は――」


 ここに至った経緯を説明する。

 白本さんは目を見開いて驚いた。


「え、は、はぐれちゃったの?」

「うん。それでさ、白本さんは今日スマホは持ってきてる?」

「持ってきてるには持ってきてるけど、お財布と一緒に委員長に預けちゃってるんだよ」

「ああ、あの巾着袋に? もしかして萩原さんと伶門さんもそうしてる?」


 白本さんはこくりと頷き、肩を落とした。


「ごめん。わたしのせいで……」

「いや、気にしなくていいよ」


 祭りはもう十分楽しんだし、白本さんとこうして二人でゆっくり話す機会を得られたのだ。

 しかし白本さんは申し訳なさそうにため息を吐いた。


「やっぱり、私は祭りにこない方がよかったみたい。……なっちゃんたちにも迷惑をかけちゃったし」

「もしかして、祭りの最中に寝たのはいまだけじゃないの?」

「うん。祭りにきてからもう六回」


 ろ、六回!? ちょっと、それって、明らかに普通じゃない。

 おれはばれないように深呼吸してはやる気持ちを抑え、慎重な声音で尋ねた。出会ったときから気になっていたことだ。


「白本さんは、どうしてそんなに眠るの?」

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