再会と遭遇
丈二と別れた後、おれたち三人は再び駅へと降りていたが、いくつかある交差点のうちの一つを左へ曲がった。理由はなく、ただの気まぐれである。適当に歩くのが祭りというものだ。
「お、綿菓子があるぜ。どうする?」
剣也が指をさしながら尋ねてきた。
「おれはいらない。甘いだけだし」
「同じく。あんなものは子供騙しにすぎないからな」
「妙に綿菓子に当たりが強いなお前ら……。凄え発明だと思うけどなあ。綿状のお菓子なんて、ロマン溢れてるじゃねえか」
とは言ったものの、剣也も綿菓子は買わないようだった。
人だかりを慎重に観察しながら一本道を進んでいく。途中で剣也がイカ焼きを買った。
白本さんいないかなあ、と思って性懲りもなく視線を動かしていると、知り合いの顔を発見した。我ながらよく見つけたと思う。前方に影が薄い……いや、影そのものとも言える女子、的場さんがいたのだ。
一人で祭りを巡っているのだろうか……。それはいくら何でも寂しすぎやしないか。話しかけるべきか、そっとしておくべきか、どちらが気を遣うことになるのかはかりかねていたのだが、次の瞬間、おれの目に衝撃が飛び込んできた。なんと、的場さんが隣の小柄な女子に話しかけ、その女子が応じたではないか!
一抹の興奮を抱きつつ剣也の肩を叩いた。
「け、けけけ剣也。あれを、あれを見ろ」
「あん? ああ、的場さんだな。誰かと一緒みたいだけど、どうかしたのか?」
「どうかするだろ! あの的場さんが人といるんだぞ!? おかしいだろ完全に!」
「いや、別に的場さんが誰かといてもいいだろ。亨って的場さんと蓮雄さんに対しては凄い失礼だよな」
呆れられたが、蓮雄さんに関してはこいつも失礼だろう。
「知り合いか?」と丈二が訊いてきたので、部活の先輩だと答える。
おれの声が前にいる的場さんに届いたのか、彼女がこちらを振り向いた。喧騒にかき消されて声は聞こえなかったが、的場さんの口が「生野だ」と動いたのはわかった。それを皮きりに的場さんの隣にいた女子、その隣にいた女子、さらにその隣にいた女子の顔もこちらを向いた。一人を除いて知った顔であった。
美術部員の皆口さんと日高さんだ。皆口さんが方向転換してこちらへやってくると、その後ろを三人が付いてきた。
「久しぶり生野君」
「どうも。的場さんもこんにちは」
「うん……。浅倉もこんにちは」
「どもっす」
今日の的場さんは顔にやや生気があるようだった。
「どうして的場さんと美術部の方々が?」
「それはですね、彼女との繋がりです」
日高さんがおれの知らない――的場さんと話していた――少女を指し示した。白本さんよりも背が低く、非常に儚いというか弱々しそうな雰囲気の女子である。
彼女はか細い声とともに頭を下げてきた。
「はじめまして……井上菊乃です」
井上菊乃……聞いたことのある名前だった。確かおれが巻き込まれた水彩画事件で大塚さんが盗作をしようとしていた絵の作者の名前だ。病弱で休学中だったという話だったが、祭りにきているところを見ると無事に回復しているのかもしれない。
皆口さんがずいと一歩出てきた。
「ねー、生野君。杏さんって帰省してきてるの?」
「はい。他の帰省してる友達とこの祭りにいるはずですよ」
「よっしゃあ! じゃ、血なまこで捜すことにするわ! いくわよみんな!」
皆口さんはずいずいともとの道を辿っていった。的場さんたちとも別れの挨拶をして、四人を見送った。
「生野、お前交友関係広いな」
藤堂が感心したような呆れたような声で言った。
おれは苦笑する。
「まあ、色々と巻き込まれてるからな」
◇◆◇
真っ直ぐ歩いていたら小さな橋の目の前まできてしまった。橋の向こう側はもう出店が出ているので、橋は渡らず右へ折れて坂を下ることにする。
狭い道の先、おれたちと同年代くらいの一団が向かいからやってきた。……ん? というかあれは。
「カミハラと漫研の人たちじゃねえか」
剣也が呟いた。
「またお前たちの知り合いか」
藤堂が目を見開いた。
「まあな」
カミハラが片手を挙げてきた。
「よう。生野、浅倉。……何でアロハシャツ着てるんだ浅倉。まあいいか。そちらの彼は?」
「別の学校の友達の――」
「藤堂海翔だ。よろしく」
「こちらこそ」
「コミケいったんじゃなかったのか?」
おれのこの問いにカミハラは苦々しい顔つきになった。隣にいた漫研部長のグロい漫画大好き女子の中原さんがうふふと笑った。
「各務原君の一家全員、軍資金を使い果たしちゃったらしいの」
杉田さんも肩をすくめた。
「せっかく東京までいったのに、まさか一日で帰ってくるとは思わなかった」
「ほんとにねー。もったいないよ!」
沢城さんも続いた。さらに坂本さん?(あまりインパクトが強くなかったのでおぼろげ)も控えめに頷く。
「家族の方たちも……計画性がないよね」
「まったくっすよ。俺が頼んでたエロ同人誌も買ってきてくれないしよ!」
最後に小野坂君が呻いた。流石にこれにはカミハラもつっこむ。
「買ってくるわけないだろ。家族の前なんだぞ。……まあ姉貴は普通に俺たち前でBL本買ってたけど」
「じゃあいいじゃねえか」
「何もよくないわ」
相変わらず賑やかな人たちだ。会話もそこそこに彼らと別れた。
これだけ知り合いと出会えるのなら、ワンチャン白本さんたちとも遭遇できるかもしれない。
坂を下り、再び右へ折れて出店がある街道へと舞い戻る。イカ焼きを食い終わった剣也がラムネ屋を発見したので、おれたちは三人でラムネを買った。
「前から思ってたんだが、どうしてラムネのビンの中にはビー玉が入ってるんだろうな」
藤堂が首を捻りながら訊いてきた。
「そりゃ、蓋代わりにしてるからだろ」
おれが答えた。
「それは見ればわかる。わざわざビー玉を蓋の代わりにするのがわからないんだよ」
「知らねえよ、そんなこと」
「……そっちの方が新しいし面白いってだけの話だろ」
剣也がラムネで喉を潤して言った。物知りな人がいればここでぱっと説明してくれるのだろうが、そんな面子はいないので、着地点がないままに会話は終了した。
ラムネを飲みながら歩いていたおれは、またしても前方に知り合いを発見した。思わず立ち止まってしまう。
「剣也、蓮雄さんがいるぞ」
「え、まじか?」
ほらあそこ、と指をさす。蓮雄さんの姿をみとめた剣也が苦虫を噛み潰したような顔になった。蓮雄さんの表情が世を憂うようなそれになっていたからだ。
「あの人、一人でいるっぽいな」
「的場さんですら連れがいたのに……」
おれたちは踵を返した。蓮雄さんのことを知らない藤堂が首を傾げる。
「おい、戻るのか? というか話しかけなくていいのか?」
「ああ、面倒くせえからな」
「夏祭りにきてまであの人の愚痴を聞く気にはなれない」
◇◆◇
蓮雄さんから逃げるようにぐるっと迂回して駅前までやってきた。最初に歩いていた道の逆側をいく形になる。
人が固まっている真ん中を避けて、やや右端によって歩くことにした。
かき氷屋を発見し、買おうかなと考えていたら、後ろから声をかけられた。
「おっ、生野じゃねえか」
振り向くと、荒巻会長率いる生徒会のみなさんがいた。面識があるのは奥道さんと森谷さんくらいだが。いや、パイ投げ事件の犯人である戸部みなみさんもいる。どうやら生徒会のお手伝いメンバーになったようだ。
「どうも。奇遇ですね」
「だな。どうよ、最近の調子は」
「いえ、別に普通ですよ。……というか会長は勉強しなくていいんですか? 受験生ですよね。バイトのときもまったく勉強してる様子はありませんでしたし……」
「ふっ。俺はな、追い詰められないと勉強できないタイプなんだ」
自信満々で言うことじゃないでしょう。というか八月の中旬って結構な時期だと思う。
「会長はもう少し受験生の自覚を持った方がいいと思います」
奥道さんがいつもの無表情で言った。
「つってもなあ。文化祭終わらねえと引退できねえし……」
「三年生の生徒会長は特に活動しなくてもいいんですよ? 会長は他人のことだけじゃなくて、自分のこともちゃんと考えるべきです」
「そう言われてもなあ……。むしろあの学校のこと好きだから留年してもう一年くらい――」
「それは流石に駄目でしょう!」
おれは全力でつっこみを入れた。
「やっぱそれはまずいか……。ま、この話題はナーバスになるからやめようぜ。祭りは楽しまねえとな。んじゃ、この辺で」
荒巻会長軍団はさっさと先へいってしまった。
おれは剣也と藤堂に向き直る。
「悪い。おれだけ話しちまって」
剣也が取り出していたらしいスマホをポケットに入れ、
「おう気にすんな」
「大分慣れてきたよ」
藤堂を右手をひらひらと左右に振った。
「そんなことよりも、俺の雄志を見届けてくれや」
剣也が決め顔を浮かべ、親指で金魚すくいを指さした。
「金魚なんてすくってどうするんだよ。飼うのか?」
「いや、そこらの子供にやる」
「ほお、自信満々だな浅倉」
「まあな。この前、テレビで金魚すくい特集をやってたんだ。それを見た俺に、すくえない金魚はいない」
そう簡単なものでもないと思うが。
案の定だった。テレビで見ただけの技術を簡単に真似れるわけがないのだ。剣也は盛大に破れたポイに絶句し、目を見開いて唖然とした。
「な、なぜだ……」
「もう諦めろよ剣也」
「そうだぞ。それで十枚目じゃないか」
「ま、まだだ! 俺はまだやれる!」
出店のおっちゃんに金を払い、剣也は再び戦地へと赴く。……これは長くなりそうな予感がするぞ。
呆れながら剣也を眺めていると、聞き覚えのある声が飛んできた。
「あれ、生野君?」
まさか、と思い振り返ると、そこには涼しげな水色の浴衣を着て茶色い巾着を手に提げた……委員長がいた。眼鏡をかけていないので一瞬誰かと思ってしまったが。そして、委員長がいるということは……。
「あ、生野くん。こんばんは」
桃色の浴衣を着た白本さんが笑顔で挨拶してきた。




