表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
この日は永遠に
81/85

祭りへ出陣



 夕方になり、そろそろ祭りへと繰り出そうかというとき、剣也が「財布を忘れちまったぜ」とのたまったので、仕方なしにおれたち三人は剣也の家へと向かうことになった。剣也の家が出店が並ぶ駅前からさほど離れていないのが幸いだった。


「ちょっくら待っててくれ」


 と言って、剣也は自分の家へ消えていった。

 おれと藤堂はじっと待っていたものの、剣也の奴がなかなか戻ってこない。てっきり一分とかからず現れると思っていたのだが。


「財布を取りにいったにしては遅いな」


 五分くらい経ったところで、おれと世間話をしていた藤堂が呟いた。


「トイレか何かかもな」


 おれは剣也の自宅を見上げながら返した。すると、玄関の奥から足音が聞こえ、ガチャッと扉が開いて赤いど派手なアロハシャツを着た剣也が現れた。


「待たせたな」

「着替えてこい」


 図らずもおれと藤堂の声が重なった。剣也はがくっと芸人みたくこけかける。


「何だよ二人して。せっかく着替えてきたのによ」

「お前のアロハシャツ姿なんてせっかくが付くほどありがなくねえよ。むしろ何でアロハシャツに着替えてきた?」

「気分だよ気分。別にいいだろ。浴衣着てる奴だっていっぱいいるだろうし」

「浴衣とアロハシャツを同列にするな」


 藤堂もたまらずつっこみを入れる。

 剣也はにやりと笑ってちっちっちと人差し指を振った。


「アロハシャツはな、和服から派生したんだぜ? だからアロハシャツと浴衣を並べることはなんら不自然なことじゃないんだ」

「そんなクソどうでもいい雑学なんて知らねえよ。いいから着替えてこいよ。夏祭りに派手なアロハシャツを着た奴と一緒に行動したくなんてない」

「ひでえ言いようだな……。俺がこの格好をするのはな、亨のためなんだぜ?」

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ」


 剣也はたはぁと左手で頭を抱えると、右手に持っていたショルダーバッグを肩にひっかけた。


「つべこべ言ってねえでいこうぜ。何と言われようと、俺はこの服装を改めるつもりはねえ」


 剣也の力強い視線から固い決意が込められているのが見て取れた。……何なんだよ。その謎のこだわりは。

 おれと藤堂は顔を見合わせ顔をすくめるのだった。



 ◇◆◇



 アチパの前までやってきた。交差点の通路のうち、駅へと向かう道端祭りのため通行止めとなっていて、車道でも堂々と人々が闊歩している。甘い匂いやソースの匂い、何かがホットプレートで焼かれる音、人々の喧騒。これぞ祭り、という感じがする。


 見回せばちらほらと浴衣を着ている人たちもいる。浴衣率は全体的に男性より女性の方が多そうだ。……白本さんたちも着ているのだろうか。確か委員長の家には浴衣がたくさんあったはずだからその可能性は高い。きっと似合うだろう。歩いていて遭遇したりしないだろうか。人は多いが出店が並んでいる範囲はさほど広いわけではないので、周囲に目を配っていれば出会う確率は上がるはすだ。


 いざ、三人で祭りの舞台へ、というところで剣也が声をかけてきた。


「そうだ。この人ごみだと落としたりすられたりするかもしれねえし、財布とかスマホ預かっとこうか?」


 剣也はショルダーバッグを持ってきているが、おれと藤堂はバッグを持ち合わせていない。おれたちはお言葉に甘えることにした。そういう気遣いができるならアロハシャツも着替えてほしい。


 とりあえず夏祭りの出店といったらたこ焼きなので、近くにあったたこ焼き屋で一番量の少ないものを買った。せっかくの夏祭りをたこ焼きだけでお腹いっぱいするわけにはいかない。


 人にぶつからないよう歩きながら食べつつ、どんな出店があるのか、知り合いはいないか、白本さんはいないか、視線をさまよわせる。


 すると見知った顔を発見した。


「小泉先輩だ」

「どこだ?」


 剣也がきょろきょろ首を動かす。おれは右斜め前方を指さした。

 小泉さんは紺色の浴衣を着て、かき氷を食べ歩いていた。周囲には橘さんをはじめ、演劇部の二年生たちもいる。


 小泉さんがこちらの視線に気づき、手を挙げて駆け寄ってきた。


「二人ともおっ久!」

「どもども」

「こんばんは」


 小泉さんはいつものごとく溌剌とした笑顔を浮かべた。


「知り合いと出くわすのも祭りの醍醐味よね。さっき生徒会長たちとも会ったのよ。全国大会のこと誉められちゃったわ。まあ、個人的には頂点てっぺん目指してたから悔しかったんだけど」


 確か演劇部は優秀賞だったか。一番上は最優秀賞だから、一つ及ばなかったのだ。


「荒巻会長もきてるんですね」

「ああ、そっか。生野君って会長と仲良いんだったわね。海いってたんでしょう?」

「バイトですけどね」

「軽い返事ねえ。海にいってきたならもっとテンション上げて答えなさいよ。岐阜県民でしょ」


 あの、それ流行ってるんですか?

 ここで小泉さんが藤堂に気がついた。


「そこの大きな彼は何者?」

「同じ小学校の友達っす。高校は違うんすけど」

「私は小泉小陽よ」

「どうも。藤堂海翔です」


 その名前に小泉さんは眉をひそめた。


「藤堂……海翔? どこかで聞いたような……あ、そうだ。ひょっとして小波の彼氏?」


 その名が出た途端、再び藤堂がむせた。……とりあえず、口の中にたこ焼きが入ってなくよかったな。


「小波の知り合いなんですか?」

「ええ。部活の後輩よ。……あの子、あなたと話したがってたみたいだから、夏休み中に片をつけちゃいなさい。そしてそのままゴールインよ」


 ゴールインは無理でしょう。

 小泉さんは気を取り直しように剣也に視線を向けた。


「いまさらだけど浅倉、そのアロハシャツはなに? この前も着てたけど」

「似合ってるでしょう?」

「うん、まあ悔しいけど似合ってるわ。似合ってるけど何で着てるのよ」

「のっぴきならない事情があるんすよ」


 ないだろ。


「小泉さんも浴衣似合ってますぜ」

「センキュー!」


 小泉さんは親指を立てて笑った。確かに似合っていると思う。というよりこの人は性格はややテンションが高くて癖が強いけど――それが彼女の魅力であり部員たちが付いていく理由なのだろうが――見た目は普通に美人なので、基本何を着ても似合うし、一端の女優として何が何でも似合わせるだろう。


「それじゃ、私はこの辺で。またね」


 小泉さんは手を振りながら連れの集団のもとへ戻っていった。


「何というか、パワフルな人だな」


 藤堂が垂直な感想を述べた。確かにパワフルな人だ。それに話していて楽しい(つっこみがいがあるとも言う)。


 その場でたこ焼きを食ったおれたちは今日のためにあちこちに設備されたゴミ箱にパックを捨てて、駅の方面へ下ることにした。この通りが一番幅が広く、人が多い。また知り合いに遭遇するやもしれない。


 と、すぐそこで焼きそば屋を見つけた。おれと藤堂が購入し、すぐ近くのベンチに腰掛けた。流石に焼きそばを歩き食いするのは大変だ。


 藤堂とともに焼きそばを啜っていると、剣也が不意にポケットからスマホを取り出した。誰かからメッセージが着ていたようだ。何事が返信し終えると、再びポケットにスマホをしまった。


「誰からだ?」

「え、ん? ああ、刀子からだった。帰ってくるときたこ焼きと焼きそば買ってこいとさ。無論断っといたが」

「そうか」

「……ん? あれ、丈二じゃねえか?」

「え、あいつお祖父さんの家にいったんじゃ……あ、ほんとだ」


 おれたちが座るベンチは歩道……つまり出店が並ぶ裏側にあるのだが、出店と出店の間からサメ釣り屋の隣でパイプ椅子に腰掛けて道行く人々を見てはスマホに何かを入力している顔の濃い男が見えたのだ。


「藤堂、ちょっと待っててくれ」


 おれと剣也は丈二のもとへ駆け寄ふ。

 丈二はすぐに気づいたようで、パイプ椅子から立ち上がった。


「よっ」


 渋い声で随分と軽い挨拶だな。


「お前、お祖父さんの家にいくのはどうなったんだ?」


 おれは訊いた。


「途中で車が壊れて、引き返してきたんだ。明日いくことになった」

「何やってたんだ?」


 剣也が首を傾げながら言う。


「大したことじゃない。一時間にカップルがどれだけ通るのかを数えていただけだ。――っと」


 おれたちの後方を見ていたらしい丈二は素早くスマホに何かを入力した。……何のためにそんなことしてるんだか。


「部の活動みたいなものか?」

「まあそんなところだ」

「纐纈さん、だったか? あの『できる女上司』みたいな先輩。あの人はどこにいんだ?」


 剣也が血なまこで辺りを見回す。


「彩音さんは別の場所で集計してるよ。……浅倉、なんでアロハシャツ着てるんだ?」

「諸事情」

「二人してそんなことして、楽しいのか? せっかくの夏祭りなのに」


 素朴な疑問を呈すると、丈二からは寂しげな笑みが返ってきた。


「俺たちは、他人の青春に自分たちの青春を捧げることに決めたのさ……」

「なんか過去に何かあった的な台詞だけどなんもなかったろ」


 剣也は呆れたようだったが、ふと何かに気づいたようで、


「あ、そっか。何もないし、これからもなさそうだから、他人の青春を応援してるから自分に彼女ができないという口実を――」

「それ以上言うんじゃなあい!」


 丈二の怒声に周囲の人間が一斉にこちらを向いてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ