夏祭りの日
夏休みは中盤に差し掛かりお盆の時期になった。学校から出されていた課題はバイトから地元に帰ってきた後、剣也とカミハラとともに終わらせたので、現在は悠々自適な休みを満喫している。
お盆ということもあって、姉ちゃん――これは週一で帰ってきているけれど――と単身赴任中の母さんが帰ってきていた。母さんとは高校の入学式以来なので、四ヶ月ぶりくらいの再会になる。
「いやあ、それにしてもほんと響は料理が上手よねえ」
母さんが響の作った昼飯――麺からスープまで手作りのラーメン――を食べながら感慨深げに呟いた。
響がえっへんという具合に胸を張る。
「ふっ。まあね。伊達に何年も家事をやってないってことだよ」
「家事のレベルを完全に逸脱してると思うけど、まあいいわ。夕ご飯は何かしら?」
「自分では作らないのかよ」
おれがつっこむと母さんは悪びれることなく、
「だって響の方が料理上手なんだもの」
母親なんだからそんなに開き直らないでほしい。
「でも私はママの手料理好きだよ」
響が笑顔で言った。母さんさんは照れたように身をよじり、
「何よもう、嬉しいこと言ってくれちゃって」
「えへへ。お姉ちゃんもママの料理好きだよね?」
ひたすらスープを飲んでいた姉ちゃんの肩がびくっと震えた。
「え、う、うん。好き、だよ」
反応から見て姉ちゃんが響の料理の方が好きなのは自明のことだったが、空気的にそれ指摘する者はいなかった。
「まあおれも久々に母さんの料理食べてたいよ」
気まずい空気を和らげるためにフォローしておいた。実際に思っていることでもあるけれど。
母さんは気を取り直したように声を張り上げた。
「よ、よぉし! じ、じゃあ今晩は私がご飯を作りましょう!」
「私オムライスがいいよ。ママの得意料理で……あ」
響が何かを思い出したようだ。たぶん、おれと同じことに気づいたのだろう。
母さんはきょとんとした表情を浮かべる。
「どうしたの、響?」
「今日、刀子ちゃんたちと夏祭りいくんだった……。だから晩ご飯いらない、かも」
母さんの首がこちらを向いた。気まずすぎて目を逸らし、
「おれも剣也たちと……」
続いて姉ちゃんに視線が移る。姉ちゃんはいつもと変わらない無表情で言った。
「私も帰省してる友達とお祭りにいくよ」
「ああ、そう……。じゃあ、明日で……」
一家団欒、終了。
◇◆◇
昼食のときに述べた共に祭りにいく「剣也たち」のたちの部分の人物とは藤堂のことだ。カミハラはコミケという名の戦場へ赴いているし、丈二は父親の実家へいってしまっている。そのためお盆でも暇な面子であるおれと剣也に、もう一人暇らしい藤堂が加わったのだ。
出店が並び始める夕方まで時間がたっぷりとあるので、おれたちは藤堂の家へ集まって時間を潰すことになった。お盆に他人の家へ遊びにいくのは何となく抵抗があったけれど、藤堂の家には彼以外の人物はいなかった。みんな出払っているようである。
藤堂の家は小学生のころにあいつが住んでいたところではなく、国道のほど近くにあるマンションとなっていた。あの家はとっくに売り払ったらしい。
「家の建築は進んでるんだが、手違いがあって完成するのはまだ先になるんだ」
おれと剣也をリビングに招いた藤堂がお盆に乗せたお茶を出しながら言った。
「どの辺に建ててるんだ?」
剣也がショルダーバッグをテーブルに置き、コップを手にして尋ねた。
「このマンションの国道を挟んで反対側だな」
「じゃあここから近くか?」
と、おれ。
「そうでもない。国道の反対側とはいえ、そこから結構下にいくんだ」
「ふぅん」
世間話はそこそこに、おれたちは暇潰しにテレビゲームをすることにした。テレビゲームといってもPS4とかWii Uのような新しいものではなく、ゲームキューブだ。
「三人でやるゲームとなると……」
自室から持ってきたダンボール箱(中にゲームソフトが入っている)をあさりながら藤堂は思案する。
「どうする? 『マリオパーティ5』もしくは『6』。『マリオカート ダブルダッシュ!!』。『スマッシュブラザーズDX』。『カービィのエアライド』」
剣也は悩ましげに腕を組んだ。
「どれも懐かしいなおい。昔お前のとこでやったゲームばっかじゃねえか」
「そうだな。『エアライド』は久々にやりたいけど夢中になりすぎて時間があっという間に過ぎ去るんだよなあ」
おれが言うと剣也も頷き、
「ハイドラのパーツを巡って醜い争いも起きるしな」
「はははっ。あるあるだな。じゃあ……これはどうだ? 『スターフォックス アサルト』」
おお、これまた懐かしい。確か異常に対戦モードが充実してるんだよな。
「おれはそれでいいぞ」
「俺も構わないぜ」
ということで、『スターフォックス アサルト』をプレイすることになった。
キャラクターにそれぞれ性能の差があるので、全員で主人公キャラを扱いながら対戦モードで遊んでいると、藤堂が口を開いた。
「今日の祭りってどんな感じなんだ? あまり憶えてないんだが」
剣也がおれにマシンガンを乱射しながら答える。
「別に、さして規模のでかい祭りじゃねえよ。ただの田舎の夏祭り、ってな感じだ」
「花火とかはやるんだったか?」
おれはバリアを展開して剣也のマシンガンを防ぎ、こちらもまたマシンガンを乱射して、
「花火大会は花火大会で別にある。あっちの方は中山道に出店が出ないけどな」
「ああ、確かにそうだったかもな」
藤堂が呟くと同時に至近距離でマシンガンを打ち合っていたおれたちに赤い光弾が直撃して死んだ。藤堂が戦車型マシンで砲撃したきたのである。
復活した地点の目の前に戦闘機型マシンがあったのでありがたく搭乗した。
「にしてもあれだな。夏祭りに男三人だけでいくなんて、ちょっともったいないよな」
剣也が何の気なしに言った。藤堂が飛行するおれを執拗に捕捉しながら返す。
「そんなこと言ってもしょうがないだろ。来年に期待するんだな」
「そうは言ってもなあ……。女子と巡りてえよ」
地面をちょこまかと走る剣也を空中から砲撃して倒す。
……女子を誘う、か。おれはバイト最終日にした決意を思い返す。『白本さんのことを知りたい』。そのためには白本さんと行動を多くともにしなければいけない。ここを逃すと新学期が始まるまで白本さんと会えないかも。連絡はいつでもとれるけど、会う口実なんてないし(こういうときに限って変なできごとが起こらないとは)。
おれは何の気なしを装って言う。
「だったら白本さんとかを誘わないか?」
「あー、白本ちゃんかあ」
「白本さんって、俺が隠れてた場所を暴いた子か?」
「ああ。白本さんと萩原さんとかなら藤堂とも面識あるし」
この提案を剣也は意外に思ったようで、
「亨がそんなこと言い出すなんて珍しいな。海でなんかあったのか?」
「い、いや、そういうわけじゃない。海であったのはひったくりと幽霊騒ぎくらいだよ」
「結構なことじゃないか、それ」
藤堂がつっこんでくるが、それはどうでもいい。
「とにかく、どうだ?」
「んー……俺としては構わないんだけど、白本さんは委員長と夏祭りにいくらしい」
「何で知ってるんだ?」
藤堂にマシンを破壊され、地面に落とされてしまう。しかしめげずに銃の溜め攻撃を放つと藤堂のマシンも壊れた。おれはそそくさと退散する。
「昨日アチパで委員長と会ってよ。そのときに聞いた。白本ちゃん、祭りにいくのに『迷惑だから』って言って大分渋ってたらしいけど、委員長は『問題ない』って説き伏せたんだと」
「だったら合流して問題ないか委員長に訊いてみよう。いいよな藤堂?」
「別にいいぞ。お前らの友達ならいい子だろうし」
「他に誰といくか知ってるか?」
「萩原さんと伶門さんも一緒っつってたな」
伶門さんの名前が出た瞬間藤堂がむせた。
「こ、小波もいるのか……。すまん生野、前言撤回だ。俺たち三人でいこう」
剣也が呆れたようなため息を吐いた。
「お前らまだ喧嘩してんのかよ」
蓮雄さん、伶門さん騒動の真実が明らかになった後、藤堂と伶門さんの話し合いを場を設けて上げたのだが、それからどうなったのかはよく知らない。蓮雄さんとレイさんこと的場さんはネット通じての交流は続いているようだけれど。
藤堂は煮え切らない態度で言う。
「喧嘩というか……気まずくて会いにくいというか……。一緒にいるとお互い黙り込んでしまってな。だから、会うのは、ちょっと……」
「でけえ図体の割に気は小せえんだな」
剣也が無情に吐き捨てた。藤堂は返す言葉もないようで、しゅんと身を縮めた。その隙をつき、剣也がホーミングランチャーをぶちかまして藤堂を倒した。
「あっ!」
「ふははっ! 油断は禁物だぜ!」
おれは高笑いをする剣也にスナイパーライフルをお見舞いした。
「あ……」
ワンキャラクターを除いて一撃の攻撃だ。
ゲームに盛り上がる二人をよそに、おれは肩を落としていた。




