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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
白雪姫北へ 後編
79/85

白本由姫は何を思う



 長田吉人君と長田美吉ちゃんは重度の熱中症になっていたものの、一命は取り留めたらしい。……らしい、というのは翌日、バイト中に海の家に顔を出した葵さんから聞いたことだからだ。


「隆盛君にも確認を取ったわよ。最初は黙っていたけど、二人が死にかけたって伝えたら泣きながら話してくれた。概ね白本ちゃんの推理通りだったわね」


 吉人君と美吉ちゃんは小学校で交流のあった隆盛君に家出に協力してほしいと頼んだ。隆盛君は最初は流石に渋っていたそうだが、泣きながら懇願してくる二人を見て断る気持ちは消えたらしかった。


 隆盛君は友人から『中村邸』に穴が空いていることを聞いていたため、『中村邸』を二人の住居とした。住居といっても寝泊まりさせるためのもので、暑くなりすぎる日中は二人の顔を隠し、図書館の一角に置いておいたらしい。その間、彼はひったくりをしてお金を調達していた。


 しかし一昨日、『中村邸』に向かう前にひったくりを行った結果、葵さんに捕まってしまった。吉人君と美吉ちゃんは隆盛君から勝手な行動は慎むよう言われていたため、隆盛君が捕まってから昨日おれたちが発見するまで近くの公園にトイレにいくくらいしか外に出ていなかったのだという。


「双子ちゃんの両親も流石に反省したみたいよ。自分の子供は当然として、隆盛君にも申し訳ないから賠償金を負担するってさ」


 こんな感じでひったくりも幽霊騒ぎもまとめて一件落着した。


「にしても白本ちゃんすごいじゃない。上に報告すれば感謝状もらえるかもしれないわよ」


 勤務中のためビールではなく烏龍茶を飲みながら葵さんが言った。


「いえ、わたしは自分の推理に責任を持っただけですから」

「責任って?」

「わたしの推理が隆盛くんを捕まえてしまったせいで、吉人くんたちを危険な目にあわせてしまいましたから……。その責任です」

「ふぅん。でもひったくり犯を推理であぶり出したのは責任も何も関係ないじゃない」

「それを偉い人に報告しちゃうと、無関係な市民に葵ちゃんが捜査情報も漏らしたことがバレちゃうよね」


 雪村さんが笑顔で言うと葵さんはむせ、


「そ、それはまずいわ。ごめん白本ちゃん、私の手柄ってことにしちゃっていい?」


 あまりの変わり身の早さに白本さんは苦笑しつつ頷いた。



 ◇◆◇



 最終日のバイトが終わった。早かったのか長かったのか、よくわからない四日間だったが、確実に密度は濃かった。ひったくりを目撃し、白本さんが推理で捕まえ、バイトはアホみたいに大変で、バイトが本当に大変で、幽霊っぽいものを目撃したら、白本さんが子供の命の命を救った。そしてバイトが大変だった。


 夕食をいただいた後、おれたちは帰宅の準備を始めた。


「いやあ疲れた疲れた」


 雪村さんがカバンのファスナーを閉めながら感慨深げに呟いた。荒巻会長は思い切り顔をしかめ、


「あんたは殆ど働いてなかったろ」

「みんなの応援をして疲れたんだ」

「喧嘩売ってんのか」


 ガミガミと不毛な言い合いをし始めた兄弟たちを無視して、バッグを持って部屋を出ると、同じタイミングで女子部屋を出てきた白本さんとはち合った。


「終わったねバイト」


 隣に並んで階段を下りながら言った。


「そうだね。わたし、結局バイトで役に立てなかったよ」


 白本さんは自嘲するように目を伏せた。


「あんな人だかりなんだから仕方ないよ。おれだって何度もオーダー間違えたし。だけど白本さんは社会に貢献したじゃない。ひったくり犯を捕まえたのはおろか、人の命まで救ったわけだから」

「だけど、葵さんにも言ったけど、もともとわたしがひったくり犯をつきとめなければ、あの子たちが危険に晒されることもなかったわけだし……」

「白本さんが推理していなくても、きっと捕まるのは時間の問題だったよ。もしおれたちと無関係のところで隆盛君が捕まってたら、それこそ本当にあの子たちが死んでいたかもしれない」


 もしおれたち――というか白本さん――が帰った後に隆盛君が捕まっていたら、あの双子たちはどうなっていたかわからない。隆盛君が捕まってなかったらきっと双子たちの行動も変わっていたはずだから、おれたちが『中村邸』で美吉ちゃんを見ることもなかったかもしれないのだ。


 白本さんは納得したように首肯した。


「そうだね……。だとしたら、本当の意味で社会貢献したのは生野くんだね」

「え、どうしてそうなるの? おれ何もしてないんだけど」

「だって、生野くんが事件を呼び寄せたから、あの子たちが無事だったんだもん」


 一瞬だけ呆気に取られたが、すぐにため息を吐いた。


「白本さんまでそういうこと言わないでくれる?」

「あはは、ごめん。でも本当に思ってるからね」


 おかしそうに笑った白本さんだが、また伏し目がちになり、


「それに比べてわたしは、生野くんが相談事にこないと、人の役に立てないって今回のバイトではっきりしちゃったからね」

「いくらなんでも自虐的すぎるよそれは。それを言ったらおれだって白本さんがいなかったらただのトラブルメーカーみたいなものだよ」

「だけど生野くんはしっかりとバイトで活躍できてたから。それなのに私は途中で眠って、忙しい中離脱して、一人のうのうと夢を見てた」

「そんなの別に気にしなくても……」


 何なんだろう。どうして彼女は自らをここまで嘲っているのだろう。得意げな顔をしていいほどの成果を上げたのに。みんな彼女のことをすごいと認めているのに。どうしてそこまで自分を卑下するのだろう。どうしてそんな顔をするのだろう。


 いままで感じたことのない感情を覚えた。何というか、とても嫌なのだ。白本さんにはふわふわとした笑顔でいてほしい。だけど何を言えばいいのかわからなかった。どうして彼女がここまで傷ついてるのかが本当にこれっぽっちもわからない。萩原さんならわかるのだろうか? そもそもおれは白本さんのことを何も知らない。どうしてそんなに眠るのかも知らない。どんな小学校、中学校生活をすごしてきたのかも知らない。……知りたい。白本さんのことを。知って、彼女を励ましてあげたい。


 その役目におれが相応しいかどうかはわからない。萩原さんとかの方が相応しいのかもしれない。けど、おれがやりたい。おれがその役目を担いたい。


 この手のことに鈍感なおれでもわかる。いつからかはわからないけど、おれは白本さんのことが――好き、なのか?


 ここまできてまだそこに疑問符をつけるとは……。我ながらへたれだ。もう剣也に何にも言えないな。


 この日、おれに秘めたる決意が生まれた。そしてその決意は、存外早く叶うことになる。

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