盗まれたD / 犯人はあなただ【解決編】
文芸部の部室には容疑者の六人、小泉さんと橘さんの八人(おれと白本さんを入れて十人)が集まっていた。これから事件を解決するという旨のメールをあらかじめ小泉さんに送っておいたので、湊ちゃんは委員長と伶門さんに連れ出されたようでいなかった。
「白本ちゃん本当に犯人がわかったの!?」
小泉さんがぐいぐい近づいてきた。白本さんはやや仰け反りながら頷く。
「はい、わかりましたよ」
「さっすが白本ちゃん! さあさあ、誰が犯人なの? 早くとっちめたくてうずうずしてるんだから……!」
ばきぼき指を鳴らす小泉さんが本気で怖く、この場の全員が冷や汗をかく。おれは自分が犯人ではなくてよかったと、心から安堵した。
「じ、じゃあ事件の説明の前に小泉先輩にさっきのメールしたことを改めて訊いていいですか?」
「別にいいけど……本当にみんな、二人が出てってからずっとあんな感じだったわよ?」
小泉さんが小首を傾げながら言った。
「そうですか。それなら大丈夫です」
白本さんは容疑者たちを見回し、島崎さんに目をとめた。
「島崎先輩、湊ちゃんにこの事件の話をしてしまいましたか?」
「あ、ああ。駄目だったか?」
「いいえ。……それでは、事件の説明を始めます」
◇◆◇
「九時三十分ごろ、体育館の控え室に顔と体型を隠した不審者が侵入し、演劇部が本番で使う衣装の中から主役のアリスのドレスを盗んで逃走しました。すぐに生野くんが後を追いましたが、犯人は体育倉庫に逃げ込み、姿を消してしまいました。倉庫を出入りできるのは扉の他には小さな窓しかありませんが、犯人の体格ではその窓を通り抜けるのはとても無理です。倉庫内のどこかに隠れていたというのでもありません。隠れられそうな場所は徹底的に捜しましたから」
一気に喋った白本さんは一旦ここで言葉を切り、ふぅっと息を吸った。
「では、犯人はどこへ消えてしまったのか……。実はこの問題は至極単純なんです。犯人は最初から体育倉庫に入っていなかったんです」
「え? でも生野君は見たんですよね?」
ボブの眼鏡こと矢作さんが言った。おれは頭を掻き、
「そこが犯人にしてやられたところなんだよね。おれが見たのは犯人じゃなくて、コートの一部が倉庫内に引っ込んで扉が閉まるところだったんだ。おれはコートを見て、犯人が倉庫に逃げ込んだんだと錯覚してしまったわけです」
「犯人はおそらく体育倉庫に逃げ込んだのではなく、トイレを迂回するように曲がって逃げたのでしょう。石垣のせいで生野くんにはそれが見えなかったんです」
『よく思い出してほしいんだけど、生野くんって倉庫に入る犯人を直接見たんじゃなくて、コートを見ただけなんじゃない?』
白本さんが最後に尋ねてきたのはこのことだったのだ。
「ということは、犯人は二人組なの? 盗む役と体育倉庫に潜む役の」
小泉さんの質問に白本さんは頷いた。
「犯人は盗んでいるところを見つかり、追われる可能性を加味していたのでしょう。このトリックはそうなった場合の逃亡手段だったんです。実行犯がトイレ方面に曲がると生野くんの死角に入ります。普通ならこの時点で生野くんは犯人がトイレを迂回したのだと察せられますが、目の前の体育倉庫に犯人が着ていたものと同じコートが入り――コートはあらかじめ二着持ってきていたんです――、扉が閉まるのを見せられたらどうしても犯人は倉庫に逃げ込んだのだと考えてしまうでしょう」
「かなり陰険そうな犯人ね」
小泉さんが低く呻いた。せめて計算高いとか用意周到と言ってあげましょうよ。
石崎さんが手を挙げる。
「でもそれって、結局は密室から人が消えてるってことにならないか?」
「あっ、そっか。実行犯はともかく、協力した人が倉庫内に取り残されちゃうわね」
早見さんも同意した。
しかし白本さんは首を左右に振り、
「その心配はないんです。犯人は倉庫の小さな窓を通ることができる人物を協力者に選んだんですから。窓は、わたしたちには無理ですけど、小さな子供……例えば小学一年生の女の子なら通ることができるサイズなんです」
「それって……まさか湊ちゃん?」
唖然とした様子で茅野さんが呟いた。
「はい。いまこの学校に湊ちゃん以外に窓を通り抜けられる子はいないでしょう。……ある人物以外、湊ちゃんの登場は予期できなかったわけですから、その人物以外の方が湊ちゃんを犯行計画に落とし込むのは不可能です。今日湊ちゃんがこの場に現れることを予期できた、または操作できたのはただ一人です」
白本さん目が真っ直ぐ島崎さんを射止めた。
他の生徒たちの目も彼に向いた。
島崎さんは椅子から立ち上がりみんなの顔を見て首を振った。
「ち、ちょっと待ってくれ! 俺は犯人じゃない! そのトリックだと犯人は衣装が控え室に置かれることを予知していたみたいじゃないか! マスクやサングラス、キャップにコートを身につけるのはわかる。盗みに入ろうとしているんだから当然だ。だけどコートを二着も持ってきているのはおかしいだろう! そのトリックは控え室から犯人が逃走するときにしか使えない! 小泉以外の誰も衣装置き場が控え室になるか予測できないんだぞ? まさか控え室が衣装置き場になる可能性だけのためにかさばるコートを二着も持ってきていたってのか?」
「確かに……」
茅野さんが頷いた。
当然の反論である。だが白本さんの推理は揺るがない。
「その問題は簡単ですよ。衣装を運ぶのを手伝う際に自分から提案すればいいんですよ。控え室を衣装置き場にしよう、と。事実は小泉先輩が自分から控え室を選んだのでその必要はありませんでしたけど」
島崎さんは一瞬言葉を詰まらせるも、諦める気はないようだった。
「だ、大体、その協力者が湊だっていう証拠がないじゃないか! 他の奴らがこっそりと窓を通り抜けられる子を連れてきている可能性もあるはずだ!」
「うむ、言われてみれば……」
鈴村さんが島崎さんの擁護に回る。
だが白本さんは動じない。
「確かに、協力者が湊ちゃんだという確証はありません。もしかしたらわたしたちの知らない別の子だったのかもしれません」
「ほ、ほら見ろ! だから俺は――」
「ですが、犯人は島崎先輩です」
「な、なぜに!? そんな証拠がどこに――」
「証拠ならあります」
語気を荒げる島崎さんに白本さんは一切動じることなく言葉を被せた。白本さんって、見かけによらず物怖じしないんだよな。
「な、ならいますぐ――」
「もちろん出しますよ」
「台詞を最後まで――」
「入ってきていいよ」
白本さんが引き戸に向かって言った。全員の視線がそこに集まる中、アロハシャツを着た男が入ってきた。
「証拠登場!」
剣也の登場に大半の人間が「誰?」という表情を浮かべていたが、こいつを知る小泉さんと橘さんは驚いた顔になった。
「浅倉……どうしたの、その格好?」
「気でも触れたの……?」
満を持して登場した剣也はがっくりと肩を落とした。
「酷いっすね二人とも……。この格好はかくかくしかじかあったんですよ」
「それで伝わるわけないでしょ」
「まあ、どうでもいいんで気にしないでください」
いや、気にするし、どうでもよくない。今回はこいつのアロハシャツが事件を解決したと言っても過言ではないのだ。
白本さんが皆さんに説明する。
「彼は浅倉くんと言って、今回の事件の捜査に協力してくれた生野くんの友達です」
「浅倉が証拠を持ってきたの?」
小泉さんが尋ねた。
「いいえ。彼自身が証拠なんです。先ほど島崎先輩から事件のことを聞いた湊ちゃんが、浅倉くんに自分が目撃した不審者の情報を教えていました。どういう情報だったのかは言う必要がないので省きます。島崎先輩が捜査を撹乱するためにわたしたちに流した嘘情報ですから」
「それで、そのことがどうかしたの?」
茅野さんがちらちらと島崎さんを見ながら言った。
剣也が一歩前に出て、
「湊ちゃんは俺が事件の捜査をしていることを『お兄ちゃんから聞いた』と言っていたんです。島崎さんよお、何で俺がこの事件に関わってるって知ってたんだ?」
「それは小泉が言っていたからだよ。白本と生野の他に、生野の友達が犯人を見つけだそうとしているってな」
確かに小泉さんはそんな話をしていた。しかし、
「だとしても、おかしいでしょう。剣也はいままで皆さんの前に姿を見せていないんですよ?」
島崎さんから表情が消えた。
白本さんが言葉を継ぐ。
「それなのにどうして島崎先輩は浅倉くんを知っていたんですか? それもただ知っていただけではありません。浅倉くんを知らない湊ちゃんに、彼がどのような見た目をしているのかを正確に伝えられるほど詳しく知っているんです」
再びおれが口を開く。
「実はですね。犯人はおれと剣也から逃げるているとき、一度だけこっちを振り向いているんです。あなたが剣也の姿を見たとしたら、そのときしかありません。剣也を知っていたこと、これがあなたが犯人だという証拠です」
島崎さんは妹の湊ちゃんを利用して嘘の目撃証言をさせることでおれたちを混乱させようとしたのだろう。事件を捜査しているのがおれと白本さんプラスおれの友達ということを聞いて、彼の脳裏にはおれと共に追いかけてきていたアロハシャツの男が浮かんだはずだ。
島崎さんはこの三人のうちの誰かに湊ちゃんを焚き付けようとした。その際、湊ちゃんと顔を合わせているおれと白本さんはともかく、剣也の見た目を湊ちゃんに教える必要があった。もしも剣也が普通に制服を着ていたら、剣也は候補から外れていただろう。人の顔立ちを――それも一瞬見ただけの――絵も描かずに伝えるのはかなり難しい。身体的な特徴があればともかく、剣也にそういった箇所はない。しかし剣也は今日、アロハシャツを着ていた。抜群の個性である。島崎さんは湊ちゃんに「生野と白本、それからアロハシャツを着た男の誰かにこれこれの情報を流すのだ」と指示してしまった。それが自分の首を絞めることと知らずに。
アロハシャツの勝利である。剣也がこの服を着てこず、しかもジュースを買いにいかなかったら解決できなかっただろう。
白本さんが自分たちがいない間の容疑者の様子を小泉さんに確認していたのは、島崎さんの他に湊ちゃんに接触していた人がいなかったのかを知るためだったのだ。
呆然と立ち尽くす島崎さんに、小泉さんがゆっくりと歩み寄っていく。
「さて、島崎。言い残すことはあるかしら?」
島崎さんは青い顔で後退していくも、すぐに壁に到達してしまった。
「ま、ま、ま、待ってくれ! は、は、話せばわかる! 別に俺は演劇部に恨みがあったわけじゃないんだ!」
「へぇ、じゃあどんな動機だったっていうわけ?」
小泉さんは歩をとめることなく訊く。
「じ、実は茅野と早見に衣装の整理を頼まれたとき、アリスのドレスを机から出てた小さな木片に引っかかってたことに気づかずに盛大に破いてしまったんだ!」
ようやく小泉さんは足をとめ、手芸部二人の方を向いた。二人はショックを受けたように固まっていた。
「せ、盛大に破れたって……どんな感じに?」
早見さんがおそるおそる尋ねる。
島崎さんは目を逸らしながら、
「胴回りが……思い切り裂けた。……すぐに補修しようと思ったんだけど、焦りすぎて余計駄目にしてしまったんだ。だから一から寝る間を惜しんで作ったんだけど、当然クオリティも落ちてしまって……これを着た橘を見た二人がどんな顔をするかと思うと怖くなったんだ。だから今回の計画を立てたんだ……。本当にすまない!」
島崎さんが頭を下げた。手芸部の二人は困惑し、流石の小泉さんは彼の処罰を決めあぐねているのか憮然とした表情を浮かべている。
白本さんを見ると真剣な表情で何かしら考えているようだった。その後、はっとした顔になり、とっさに目を伏せた。
小泉さんは目ざとかった。
「白本ちゃん、何かわかったの? 島崎の真の動機とか」
「い、いえ……はい、まあ、そんな感じです」
「いやいやいやいや! 真の動機とかないから! 何にもないから! 本当にないから!」
明らかに動揺しているし焦っている。おれでも怪しいと思ったのだから、小泉さんがそれを気にしないわけがなかった。
小泉さんは今度は白本さんに近づいていくと、彼女の肩に手を乗せ、
「白本ちゃん、教えてくれる?」
「え、ええと……」
「言いにくい動機なの? 実は島崎は誰かを助けるために罪を犯したとか?」
「いえ、そういうことはないです」
そこはきっぱりと否定するのね。
「おい小泉! 白本も困ってるだろう! やめてやれよ! 俺は本当のことを――」
「黙れ犯罪者!」
小泉さんが怒鳴り声を上げる。
「さあ白本ちゃん。言ってしまいなさい。犯罪者にはそれに相応しい罰が必要なのよ。動機をバラさせることくらい、犯人は許容しなければならないわ。さあさあ、言いなさい白本ちゃん!」
ここまでしつこく言われたら誰だって嫌である。白本さんは――彼女には珍しく――小さなため息を吐いた。
「島崎先輩のいまの話が真実だとしたら、と仮定しておきます。これはいまの話を鵜呑みにして推理した話です。島崎先輩は自分の作ったドレスを着た橘先輩を見た茅野先輩と早見先輩がショックを受けるのが嫌だから、犯行を決意したと言いましたよね」
ここで白本さんは顔を赤らめ、
「これはつまり、その……橘先輩が自分の作ったドレスを問題なく着れるってことですよね? 茅野先輩たちが作ったドレスは胴回りが裂けたらしいですから、そこから服のサイズを測るのは難しい、ですよね……」
白本さんが何を言いたいのかわかった。手芸部員、文芸部員ともに衝撃のあまりぽかんと口を開けてしまっている。
怖いもの見たさに橘さんの表情を伺ってみた。彼女の顔は怒りと羞恥により真っ赤になっていた。
白本さんはこう言いたいのだ。島崎さんは本当は橘さんにドレスを着せないために盗みを働いたのだ、と。そうしたらドレスのクオリティの差から手芸部の二人に、ドレスが別物だということがバレてしまう。そうなると当然そのドレスを作ったのは島崎さんだということも明らかになる。そうなるとなぜにドレスのサイズが橘さんにぴったりなのか、という話にもなり得る。
白本さんが頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! もう一度言いますけど、これはさっき島崎先輩の語った動機が本当だとしたら、こういうことも考えられるということであってですね、絶対の真実というわけじゃないんです! すいません島崎先輩! さっき話した動機が嘘なら本当の動機を話してください。でないと――」
「あんたがダディの身長やらバストやらウェストやらをなぜか知ってる変態クソ野郎ってことになるわね」
小泉さんが冷徹な視線を、橘さんが燃え盛るような怒りの眼差しを島崎さんに向ける。
「え、えっと……本当の動機は、うーんと……何か、ね。うん……」
「死刑決定」
小泉さんが踏み出すと島崎さんがびくっと震えた。
おれは反射的に小泉さんの肩を掴んだ。
「お、落ち着きましょう小泉さん! まだそうと決まったわけじゃないでしょう!」
「ええい放しなさい生野君! 変態は滅ぼさなければならないのよ! 島崎、何でダディの身体のサイズを知っていたの? 採寸のとき盗み聞きしてたの? それとも採寸のデータを盗み見たの? どっちにしろ変態だけどな! ん、ということはこれはダディだけじゃなくて劇に出る部員のサイズがバレているという可能性も……このゴミ野郎が!」
「いやですから、まだそうと決まったわけじゃ――」
「島崎さん、盗んだドレス持ってきてくれませんか?」
突然剣也が口を開いた。
「流石にこの短時間で処分したわけじゃないでしょう。寝る間も惜しんで作ったドレスをそう簡単に駄目にはしないっすよね? それを橘さんに着てもらってサイズがぴったりだったらクロが超濃厚ってことで」
なかなか倫理的な提案に小泉さんも落ち着きを取り戻した。彼女は睨みつけながら言う。
「そうね、持ってきなさい」
「…………」
「どうして何も言わないのよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………………ごめんなさい」
それはとてもとても小さな声だった。
全員が唖然とする中、小泉さんはため息とともに言った。
「ダディ……あなたには間違いなくあいつを殴っていい権利があると思う」
直後、部屋にゴスッという鈍い音と「ぐおっ」という低い呻き声が響いた。
事件は解決した……のか、一応。
その後、アリスのドレスは返ってきた。剣也の読み通り、島崎さんは廊下にある掃除用具入れに隠していただけだった。
そのドレスは橘さんの身体とぴったり一致したわけで、島崎さんはもう一発橘さんにひっぱたかれ、「これは他の演劇部員の分!」とばかりに返す手でビンタされていた。
しかしドレスに罪はないので、そのまま大会で着るらしい。何はともあれ、演劇部の夏が始まろうとしていた。




