容疑者への尋問
「ではまず、アリバイの方から伺ってもよろしいでしょうか。時刻は九時三十二分ごろです」
どうやら白本さんは不審者が現れた時刻を確認していたらしい。その手際、流石である。そんなことをするようになったのはきっと、おれと関わり始めたからだろうなあ……。何か申し訳ない。
アリバイ、というドラマの中でしか聞かない単語に容疑者の皆さんはやや物怖じした様子だった。当然と言えば当然であるが。
最初に茅野さんが手を挙げた。
「私たち手芸部は体育館を去ってからずっと、かくれんぼをしていたよ。校舎内限定の」
「何でまたそんなことを?」
小泉さんが怪訝な表情を浮かべる。
「湊がどうしてもやりたいと言ったから、仕方なくみんな付き合ってくれたんだ」
島崎さんが答え、早見さんが続く。
「そーそー。めっちゃ暑いから本当はやりたくなかったんだけどねー」
「でも掃除用具ロッカーの中に隠れてたんだろ? わざわざそんなところに隠れる辺り、割とマジにやってたんじゃねえか」
「い、いや、それとこれとは別っていうか……」
「それで、結局アリバイはあるの? ないの?」
痺れを切らしたように小泉さんが尋ねた。
結局、全員ないとのことだった。鬼だった茅野さんは小泉さんから連絡を受け取る直前に湊ちゃんを発見しただけで、他の二人は見つけられなかったのだ。その二人も隠れている間誰とも会っていないとのことで――隠れているのだから当然だ――アリバイの実証はできない模様。
続いて文芸部の三人に移る。
鈴村さんが記憶を掘り起こすように天井を仰ぎ、
「うーん……俺はアチパにいってたと思う。まだ開いてなかったからそのまま帰ってきたけどな。そんなわけだから、アリバイはない」
「ふむふむ。ボブの眼鏡は?」
「その呼び方やめてください」
矢作さんは苦々しい顔でつっこむ。そのまま表情を憮然としたものに変えた。
「私はずっと体育館から出てからずっと図書室にいましたよ」
「それなら司書の先生が証人になってくれそうだね」
おれの言葉に矢作さんは残念そうに首を振った。
「それは無理ですね。司書の野沢先生、ずっと眠ってましたから」
「いいの、それ?」
「私以外に誰もいませんでしたから、いいんじゃないですかね」
「つまりボブの眼鏡にもアリバイはなし、ということね」
「その呼び方やめてくださいってば!」
その悲痛な叫びを小泉さんは無視し、
「むぅ……全員にアリバイがあるってわけね」
それは違くないか。と思っていたら、
「何で石崎には訊かないのよ?」
早見さんがじと目で尋ねた。
「石崎が犯人なわけないもん。ね、石崎?」
小泉さんが可愛らしい笑顔を石崎さんに向けるが、石崎さんはそんな彼女に構わずクールに言う。
「俺にもアリバイはないよ。ずっとこの部室で小説読んでたし」
これで今度本当に全員アリバイがないことが明らかになったわけだ。
白本さんが再び口を開く、
「手芸部の三人にお訊きします。アリスのドレスには高価なものを使っていますか?」
茅野さんは首を振った。
「出来には自信はあるけど、値を張る素材は特に使ってないよ」
白本さんはしばしの間を考え込むと、
「では、衣装がどういういきさつで制作されたのか教えてくれませんか?」
「言いけど……大して変わったことはないよ?」
茅野さんが語ったのは次のような話だった。演劇部の全国大会への出場が決まってすぐに小泉さんが手芸部に衣装を作ってほしいと依頼してきた。地区予選のときも衣装を作っていたので二つ返事でOKをした。その三日後、戯曲を書いた文芸部――全国に出場できたときのためにあらかじめある程度ストーリーが決まってらしい――を交えて、衣装のデザイン画を早見さんが描いた。小泉さんが本番に間に合うなら徹底的にこだわり抜いて作ってもいいと言ったので、その言葉に甘えて三人はかなり力を入れて制作を開始した。茅野さんと早見さんが衣装を担当し、島崎さんがアクセサリーなどの小物を担当した。演劇部員は女子しかいないので、男子の島崎さんが衣装作りに加担するのを避けたとのこと。理由は察してほしい。そして一週間前、ようやく最後になっていたアリスのドレスが完成した。やり切った二人は後の作業……片付けや衣装の整理などをすべて島崎さんに任せ、自分たちは部室である被服室に一度も顔を出さずに今日を迎えたらしい。一人虚しく頑張った島崎さんに敬礼。
話をじっくりと聞いた白本さんはこれらの話が事件に関係しているのかどうかを考えているようだった。顎に手を添えて目を伏せていた白本さんはやがてふうっと息を吐き出し、全員を見回した。
「ありがとうございました。訊きたいことができたらまた伺います」
「これからどうするの、白本さん?」
おれは尋ねた。
「現場検証かな。犯人が消えた体育倉庫をもう一度よく調べたい」
「それならおれもいくよ。その部分に関しては一番の当事者だし」
「うん。ありがとう」
白本さんが引き戸に手をかけると小泉さんが呼び止めた。
「ねぇ、白本ちゃん。あたしにやれることって何かない?」
「そうでした。演劇部員の皆さんに、今日本番練習があることを誰かに言っていないか訊いてください」
小泉さんはぐっと親指を立てた。
「オッケー。じゃあダディ、よろしく」
「え、何が?」
「部室いって訊いてきて。あたしここで容疑者のみんなが何か不振なことしないか見張ってるから」
「えー……あたしにやれること何かない、とかかっこよく訊いておいて人任せにするのってなくない?」
微妙に納得できてない表情を浮かべながらも、橘さんは小泉さんの言う通り演劇部の部室へと走っていった。彼女も苦労人である。
おれたちも廊下に出るとちょうど委員長たちも帰ってきたところだった。三人とも手にペットボトルを持っている。
「白本さんたち、どこいくの?」
伶門さんが汗を額からダラダラ垂らしながら訊いてきた。
体育倉庫に、と答えると、委員長が疲れたような表情を浮かべ、
「気をつけてね。外、すっごい暑いから……」
「うん、肝に銘じておくよ」
「さっ、湊ちゃん。暑いから早く部屋にいこうね」
「はーい」
委員長が湊ちゃんの背を押しながら文芸部部室へと消えていった。
「頑張ってね、二人とも」
伶門さんもその言葉を残して部室に飛び込んだ。そんなに暑かったのか。
◇◆◇
「白本さん。さっきの尋問で何かわかったこととかってある?」
昇降口の辺りでおれは尋ねてみた。白本さんが何の反応も見せなかったので気になっていたのだ。
白本さんはこくりと頷いた。
「一つだけ、わかったことがあるよ」
「それって?」
「あの六人の中に犯人の協力者はいないってこと」
一瞬だけ首を傾げるも、少し考えたらどういうことなのかわかった。
「そっか。協力者なら自分に疑いが向かないようにアリバイを作っておくはずだもんね」
「うん。だけどアリバイのある人はいなかった」
つまりは犯人は単独犯というわけだ。これだけでもかなりの進歩だろう。……ただ、最大の問題は、これから向かう体育倉庫のことなんだよなあ。




