犯人はあの中に
おれと白本さん、萩原さんの三人は体育館に戻って小泉さんに事情を説明した。剣也はトイレにいくと言って、教職員の目を気にしながら校舎へいってしまった。近くにあったトイレを使わないのは汚いからだそうな。
おれから説明を受けた小泉さんは「うがああ」と呻き、
「どうしてまたこんな変なことが起こるのよ! しかも今回は小波のときと違って思いっきり実害があるし!」
地団駄を踏まんばかりの怒声を体育館に響かせた。
「わ、私犯人じゃないですよ!?」
伶門さんが泣きそうになりながら弁明した。例を出されたからといってビビりすぎである。
「わかってるわよ。ああ、まったくもう! どうするべきかしら……」
前回とは盗まれたものに差がありすぎたようで、流石の小泉さんも応えているようだ。
盗まれたのは橘さんが着る、主役・アリスの衣装だった。青白い綺麗な色が特徴的で細部にまで拘った手芸部の力作だったらしい。
頭を掻きむしっていた小泉さんは不意に手をとめ、白本さんに視線を向けた。
「ねぇ、白本ちゃん……。お願いしてもいいかしら?」
「はい。犯人を見つけだしてみせます」
「流石は白本ちゃん! わかってるわね! これぞ以心伝心!」
小泉さんは固く拳を握りしめてガッツポーズをした。
「なら早速、捜査開始よ! 生野君も白本ちゃんを手伝ってあげてね」
「わかりました」
そもそもおれが犯人に追いついていれば万事解決だったのだ。この事件の責任の一端はおれにあると言っても過言ではない。手伝わないわけにはいかない。
白本さんはまず最初に委員長たち不審者の第一発見者に尋ねた。
「委員長たちが不審者に遭遇したときの話を聞いてもいい?」
三人は頷くと、委員長が切り出した。
「橘さんが先行して控え室の扉を開けたら、あの不審者が衣装の入ってたダンボール箱を開けて、アリスのドレスを取り出していたところで……。私たちは思わず悲鳴を上げてしまったんです。その間に不審者が入り口付近にいた私たちを押しのけて廊下へ出ていったんです」
「そこにおれがやってきたってわけだね」
委員長の話をおれが引き継ぎ、追走劇の一部始終を語って話を締めた。
「不審者の背格好はどんなだったか憶えてる?」
新たな質問が委員長たちに飛んだ。彼女らは頭を捻る。
「ううーん……一瞬だったからなあ」
「生野くんはわかる?」
「おれもずっと離れてたから具体的なことはわからないけど、太ってもなかったし痩せすぎてもないと思う。背も低すぎなかったし高すぎなかったよ」
白本さんはしばらく顎に手を添えて考え込み、
「小泉先輩、衣装を控え室に置いた経緯を伺っていいですか?」
「構わないわよ。九時ちょい前くらいだったかしらね。学校の前で島崎と待ち合わせをしてたのよ。他の手芸部二人は電車通学だから家が近いあいつが着たのね。湊ちゃんもいたわ。職員室で湊ちゃんの入校許可証をもらって、それから体育館と被服室の鍵を借りて、手芸部部室の被服室に向かったわ。被服室に置いてあった衣装の入ったダンボール箱を島崎と二人で手分けして控え室まで運んだの。別に被服室に置いておいても部室に置いてもよかったんだけど、暑い中わざわざ移動するのは面倒だしね」
「裏口の鍵はどうなってるんですか?」
「それが、結構前から壊れてるのよ。館内の倉庫にも鍵がかけるから、備品が盗まれる心配はないんだけど。まあつまり、誰でも侵入は可能ってことね」
白本さんは少しだけ考えるような間をおき、
「その衣装を運んでいるとき誰かに会ったりはしましたか?」
「しないわね」
「じゃあ衣装が控え室にあることを誰かに話しました?」
「話したわよ。さっきの手芸部と文芸部の面子に。あたしがもう衣装着てるのをつっこまれたから、その流れで教えたわ」
「では二つの鍵を借りるとき、貸し出し名簿には誰の名前を書きましたか?」
「体育館も被服室もあたしの名前よ」
「今日、本番練習をすることを知っていたのはわたしたちの他にいますか?」
「あしたちは少なくとも言ってないわ。演劇部の練習とは言ったけど。あんたたちは?」
小泉さんは委員長たちに尋ねた。彼女たちの返事もNOだった。
「顧問の先生も知りませんか?」
「言ってないわね。脚の骨折って入院してるから。大会には文字通り脚を引きずってでもいくらしいけど。ねぇ、白本ちゃん。もしかしてこの事件の犯人って?」
白本さんは頷いた。
「この前の戯曲から二ページが消えていた事件と同じですよ。先ほどの六人のうち誰も控え室に衣装があることを部外者に話していなかったとしたら、犯人は六人の中にいる可能性が高いです。実行犯ではなく協力者、ということも考えられますけど、少なくとも事件に関わっていると見ていいと思います」
小泉さんは目を鋭くして右拳を左手に打ちつけた。
「あいつらの中にねぇ……。絶対自白させてギタギタにしてやるわ!」
思いっきり臨戦態勢に入っている。委員長たちが宥め始めた。
おれは気になったことを白本さんに訊くことにした。
「ねぇ白本さん」
「なに、生野くん?」
「小泉さんたちが衣装を運ぶのを目撃していた人がいたりはしないのかな? そうしたら容疑者はあの六人以外にもいることになるけど、その可能性を考えないわけには……」
「それはないと思うよ」
白本さんがきっぱりと否定した。
「どうして?」
「衣装はダンボール箱に入っていたから、中に何が入っているかはわからないよ」
「そっか。けど被服室から出るところを目撃したのなら、衣装だって想像できるよね?」
「それもないよ……」
またも否定される。
「被服室が、あるのはどこかわかるよね……?」
「うん。日本歴史研究会と同じ東棟の四階……ああ、そうか。あそこは放課後でさえ人が滅多に通らないね」
そんなところに夏休みの初日の朝早くから来ている人間なんていない。何せ剣也曰く、秘境なのだから。しかしまだはっきりさせなければならないことはある。
「だけど小泉先輩と島崎先輩がダンボール箱を持って歩いていたら、二人を知る人なら予測できるんじゃない? 演劇部と手芸部だし」
「その可能性もないよ……。島崎先輩は、自分の部活を友達にも隠しているらしいからね……。彼は手芸部だとは思われないはずだよ」
「なるほど……。むしろ小泉先輩に無理やり付き合わされているように見えるかもね。じゃあ教師という可能性は? 職員室で二人を見ている可能性があるよね?」
「犯人は不審者に変装するためにコートやサングラスを持ってきているんだよ……? あらかじめ本番練習のことを知っている人じゃないといけないの……。後で確認するつもりだけど、他の演劇部の方もわざわざ無関係の先生に練習のスケジュールを話したりしないだろうしね……。それに夏休みに出勤している先生に衣装を盗んでる暇があるとも思えないし……」
おれはまだ可能性を模索する。
「貸し出し名簿で二人の名を見て……もないわけだね。小泉さんが両方とも書いたって言ってたし」
白本さんはこの可能性を見越していたのか。寝ずともキレッキレの推理力である。
とか思っていたら白本さんが目を擦り始めた。
「由姫、もしかしてもう眠い?」
近くで見ていた萩原さんが尋ねた。
白本さんは力なく頷く。
「ちょっと、色々ありすぎたみたい……。いま寝ても情報が少なすぎて解決できないと思うけど、リフレッシュのために一回寝ておくね……。十分くらいしたら起こして」
白本さんは壁に寄りかかると腰を落とし寝息をたて始めた。
彼女の推理力は驚異的で頼りになるが、こういうこともあり得るからやや不便と言える。まあ、不便以前に推理力が殆どないおれが偉そうに分析してんじゃねえという話だが。
白本さんが寝ている間に小泉さんはまだ来ていない演劇部員に連絡を取り、部室に向かうよう指示した。
そして萩原さんが白本さんを起こしたタイミングで小泉さんが容疑者である六人と連絡を取った。石崎さんが文芸部の部室にいるというので、全員をそこに収集した。体育館は暑いからだ。
念のため他の衣装を体育館の隅に置き、自主練に専念するという萩原さんに監視を任せ、おれたちは文芸部の部室へと向かった。
◇◆◇
おれたちが文芸部の引き戸を開けたとき、既に容疑者の六人(プラス湊ちゃん)が全員揃っていた。しかし彼らは――いるかもしれない犯人を除いて――自分たちが盗難事件に巻き込まれたのだということをまだしらないのだが。
小泉さんは六人を認めると、すうっと息を吸い込み、表情を悪鬼羅刹の如き表情を浮かべ泣く子を更に泣かすようなドスの効いた大声を上げた。
「テメェらに訊きたいことがある! 何のことかわかる奴ぁ名乗りでな! いまなら目ん玉を抉るだけ勘弁しといてやらあ! さあ早く手を挙げろやごらあ! さっさと挙げろクソどもが! 手挙げた瞬間縊り殺してやるからなあ!」
目ん玉だけで勘弁するんじゃないのか。実際に怒っていることもあってか、かなりの迫力である。やはり演劇部の部長なだけはある。
しかし流石にこんなやのつく人のような演技を生で見るのは小学一年生には早かったようで、湊ちゃんが泣きべそをかき始めた。
「うぅ……ひっぐ。うわあああん!」
兄のお腹に顔をうずめて泣き出す湊ちゃんを見て、小泉さんは「まずった!」とでも言いたげな何ともいえない情けない表情になった。
「ちょい小陽!」
橘さんがばつの悪そうな顔で呆然とする小泉さんを肘で小突いた。
「い、いや、あたし、こんなつもりは……。ご、ごめんねぇ、湊ちゃん」
先ほどとは打って変わって猫なで声を発する小泉さん。容疑者の皆さんは何が起こっているのか理解できていない様子だ。
島崎さんや茅野さん、委員長の尽力により湊ちゃんが泣きやむと、白本さんの提案で委員長と伶門さんが湊ちゃんを「一緒に遊ぼうね」と言って外に連れ出した。これから事件の尋問が始まるので、的確な判断だろう。
「皆さんにお訊きしたいことがあります。この中のどなたか、演劇部が使う衣装が控え室にあることを誰かに話しましたか?」
六人は互い互いに首を捻りつつ顔を見合わせる。しばらくしても手は挙がらなかった。
小泉さんが腕を組む。
「いない……ってわけね。ということは、あんたたちの中に犯人あるいは犯人の協力者がいるのね!」
「は、犯人って、なに? どういうこと?」
手芸部の早見さんが困惑の声を発する。
小泉さんは先ほど起こったことを重々しい口調で説明した。
「つまりよ! あんたたちが誰にも衣装のあった場所を話していないなら、犯人はあんたたちの誰かか、実際は誰かに話したのにそのことを黙っている犯人の協力者ってことなの! これであってるよね、白本ちゃん?」
「はい」
事件のことを知った六人はどよめいた。
「どうして衣装が盗まれたんだろ……」
「犯人が密室から消えたっていうのも気になるね……」
「俺たちの中に犯人がいるってのかよ」
「一体誰が?」
「大会は大丈夫なのかよ」
「クーラーは偉大だ」
「ええい、静まりなさい! あと石崎はもうちょっと興味を持って!」
小泉さんがみんなを鎮め、
「犯人の特定は白本ちゃんと生野君ともう一人……ここにはいないけど、生野君の友達が頑張ってくれるみたいだから、あんたたちは訊かれたことに答えてね。それから手芸部に訊くわ」
「え、なあに?」
茅野さんが緊張した面持ちで返事をした。
「犯人が誰かわかっても衣装が無事で戻ってくる保証はないわ。だからもう一度衣装を作ってほしいの。大会まであと四日、間に合うかしら?」
大会四日前に本番練習を初めてやろうとしていたのか……。大丈夫なのだろうかと思ったが、大体いつもこんな感じらしい。そういえばゴールデンウイークのときもそうだった。あれは急だったからと思っていたが、違ったらしい。
手芸部の方々は顔を見合わせた。茅野さんが代表して答える。
「えっと、本気を出せば何とかなると思うよ。クオリティは落ちちゃうけど……」
「そう、それならお願い」
あの小泉さんが切実な声で頭を下げた。手芸部の三人はそのことに呆気に取られたようだったが、了承してくれた。
小泉さんは適当な人に見えるが、演劇に賭ける思いは本物なのだ。




