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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
姿なき侵入者
6/85

密室についての考察



 おれと剣也は部室の椅子に向かい合って腰掛けた。これは、立ち話で終わりそうにない。どうやらおれたちは、なかなかの怪奇現象に巻き込まれてしまったようだ。


「とりあえず、一旦状況を確認してみよう」


 この言葉に剣也が頷いたのを確認してから、おれは続けた。


「まず、朝……これは何時頃なんだ?」

「七時半から始業ぎりぎりまでいたから、八時十五分までだな」

「その四十五分の間に変わったことはなかったし、このボタンもなかった」


 テーブルに置いたボタンを指し示す。剣也は、ああ、と肯定した。


「それからここを去るときには誰も鍵を掛けなかったけれど、一時限目の終了時、小室さんなる事務員がここに鍵を掛けたらしい。この時点で鍵なしじゃここには入れなくなる。そして剣也が職員室で鍵を借り、おれたちがここに入ると、朝にはなかったボタンが落ちていた。このことから、何者かが侵入したらしいけれど、鍵は誰も借りておらず、部室からは何も盗られた感じはなく、そもそも誰かに盗られるようなものがない、と……。こういう感じか」

「そうだな」

「普通に考えると、剣也たちがいなくなってから一時限目が終わる間に忍び込んだと考えるのが妥当だけど……」


 剣也に言葉をパスする。


「遅刻したり授業を一時抜けて侵入するくらいなら、どうせ人気のない休み時間にやった方が遥かにいい」

「というわけだな……」


 おれたちは黙り込む。普段おれたちは軽口を叩き合いまくっているため、沈黙するということはまずない。にも関わらず、いま現在、おれたちは空気を静止させている。それくらい奇っ怪な状況に陥っているのである。

 おれはしばらく考えた後、思ったことを言ってみる。


「もしかしたら、隣の空き教室からベランダを飛び越えてきたのかもしれないぜ」


 剣也はテーブルに向けていた視線を上げ、おれを見据えた。


「ベランダか……」

「ああ。外から見た憶えがあるけど、東棟ってベランダとベランダの間が異様に狭かったよな?」


 説明しながら、おれは立ち上がって、窓の左側にある引き戸を開けて外気溢れるベランダへと繰り出した。

 隣とこちらのベランダ間を調べてみる。一メートルは確実にない。おそらく、四十センチ強ほどしかないのではないか? これならば股を開くだけで移動が可能だ。しかし、この二部屋とそれ以降の部屋は階段でわかたれているためか、隣の空き教室のベランダと更に隣の空き教室のベランダとは酷く距離があった。だがそれはこの推理に関係ない。


 満足して中に戻った。詳しく解説する。


「たぶん、隣の空き教室に入ってベランダへいき、そこからこっちのベランダに飛び移り、中に入ったんだな」


 ベランダに通じていた引き戸を示す。


「ここには鍵が掛かってなかったし、十分可能だろ?」


 どうだ見たか。どやあ。と自信たっぷりに推論をまくしたてたのだが、剣也は半笑いで首を横に振った。


「ダメなのか?」

「ダメというか無理だな。それはできねえよ」

「何で?」


 こうなることが何となく予想できていたため、特に未練を込めずに尋ねた。

 剣也は椅子から立ち上がると、カモンと言って部屋から出ていってしまった。おれは慌てて彼の後を追う。

 剣也は存外近くにいた。隣の空き教室の引き戸の前である。おれは小走りで近寄る。


 おれが隣にくると、剣也はやや大げさに肩をすくめてみせた。そしてその引き戸を開けようと腕を動かした。が、


「実はだな、この教室には鍵が掛かってんだ。四年ほど前に鍵が紛失しちまって、そのままだとさ」


 剣也の腕は引き戸を開けようと力が込められているが、扉はうんともすんとも言わない。おれは窓、もう一つの引き戸の鍵を確認してみたが、どれも施錠されていた。これでは、この教室に入れないではないか。つまりおれの推理でいくと、侵入者は密室に入るために他の密室に入ったことになってしてまう。一つでも無理なのに二つもできるはずがない。


 おれたちは再び部室の椅子に座った。直後に剣也がため息を混じらせ、


「振り出しだな」


 と呟いた。推理が外れたことに気を遣ってるのか?

 おれは微笑を浮かべて首を振った。


「いや、そもそもまったく見当違いだったわけだから、振り出しもクソもないだろ」

「それもそうだ。あははははは」


 どうやら気遣ってなかったようだ。

 少し恥ずかしく思ったおれは話題を変える。


「お前は、何か気づいたこととかあるのか?」

「うーん……何もねえんだよなあ。気づいたことじゃなくて、気になることは大量にあるが」

「そうだろうな。気になることだらけだろ」

「まあそうなんだが、日史研の部員としては、侵入者が何の目的でここに入ったのかが一番気になる。不気味だ」

「なあ、本当に何も盗まれてないのか? こんなに雑然としてたら、資料の一枚や二枚なくなってても気づかないんじゃないか?」

「そうだけどさ、逆に言えば、それくらいどうでもいいものなんだよ、俺らとしては。どれも本やネットで得られる知識ばかりだからな。そりゃあ、パソコン本体を奪われたらキツいけど、紙ならいくらでもどうぞなんだよ」


 ううむ。当事者である彼らがそこまで頓着していないものを、果たして外部の人間が欲しがるのだろうか。


「そもそもよ、ここには卒業生たちが残していった資料もあるから、部員でさえも何がどこにあるのかわからないんだよ」


 何だよそのカオスな状況は……。おれは思わず、壁際に集められているダンボール群に目を走らせる。ダンボールにはマジックペンで年号や偉人の名前が書かれている。あれはまとめられている資料ではないのか? 剣也に訊いてみた。


「ああ、あれな。マジックペンで書かれてあることはあんま関係ねえよ。もともとは整理されてたんだろうけど、いまは戦国時代のダンボールに平安時代の資料が入ってたり、信長のに卑弥呼の資料が入ってたりする」

「もっとちゃんとしろよ」

「俺が入部したときには既にそうなってたんだよ。とにかく、部員ですら資料のすべてを把握してないんだから、部外者がここにある資料を知ることができるわけがない! これは断言できる」


 入部して一週間ちょっとしか経っていないと言えども、剣也も日史研部員である。その彼がここまで言うのならばそうなのだろう。部外者が何かを盗みにきたという説は捨てよう。そうすると、内部犯という可能性が浮かび上がってきたが……、


「内部犯って可能性は低いよな。何を探すにしたって、部員ならこんなこそこそする必要がないし」


 自分で考えたことを口に出して否定する。剣也も同感のようで、うんうん、と首肯する。


「それに何らかのトリックとか使うまでもなく、普通に鍵を借りればいいんだからな。部員なんだから怪しまれるわけがないんだし」

「それで言うと、別に部外者だってトリックを使うまでもないんだよ。鍵の貸し出し名簿に偽名を使えばいいんだから」

「言われてみりゃそうだな。ってことは侵入者は、自分が侵入した痕跡を残したくなかったのか……」


 何かを盗みにきた可能性は低い。それならば何をしに侵入したのか。自らが出入りした痕跡を残したくなかったという事実から照らし合わせると……。


「盗聴、盗撮……とか?」


 おれが小声で不承不承口にすると、


「まじで?」


 剣也も声をひそめて呟いた。

 おれたちは無言で頷き合うと、室内を隅から隅まで捜索することにした。まず最初にコンセントを見たが何もなかった。まあ、丸見えの位置にあるから盗聴器の仕掛けようがないのだが。壁やカーテンなどもチェックしていくが、それらしきものはない。天井にも異物はなかった。


「ないな。もしかしたら、侵入者はそれらを回収するために入ったのかもしれない」


 急に事態がシリアスになったためか、やや強張った声が出てしまった。しかし剣也はいつも通りの軽い口調のまま、


「どうかな。そもそもこの部屋、そういうものを仕掛けられそうな場所がないんだよ」


 その言葉を訊いて、おれはこの部屋を再度見回す。この部屋にあるのは、無数の紙といくつかのダンボール、テーブルと椅子、ホワイトボードだけだ。盗聴器もカメラも仕掛ける場所がない。


 おれはホワイトボードのマジックペンをしげしげと観察し、手でいじくり、もとの場所に戻した。マジックペンに見立てた盗聴器もしくはカメラかと思ったが、そういうわけでもないらしい。

 おれは腕を組んだ。室内に剣也の声が響く。


「よくよく考えてみりゃ、日本歴史研究会うちには盗聴も盗撮されるいわれはないんだよなあ」

「わからないぞ」


 おれは椅子に座りつつ、


「さっきの三科さん、だったか? あの人目当てかもしれないぞ」


 剣也もどかっと腰を下ろす。


「三科さんはそんな頻繁に顔出すわけじゃないから、その可能性は低いと思うぜ」

「じゃあ、他の部員目当てとか」

「盗聴、盗撮されるほど美形揃いじゃねえよ。残念ながらな。それにやっぱりそんなものを仕掛ける場所がないっぽいしよ」

「そうか……」


 再び沈黙が部屋に立ちこめた。果たして侵入は何しにきたのか。どうやって入ったのか。誰なのか。すべてが謎である。推理小説をまったく嗜まないおれには、この状況は難しすぎる。

 ゆっくりと剣也の腕が動き、手がボタンを摘まんだ。


「このボタンから侵入者の特定は……無理だよな」

「無理だろうな」


 谷津河高校の制服は男子が学ラン、女子がブレザーである。どちらもインナーにボタンを要するのだ。

 剣也は手にしたボタンを天井へと掲げた。


「せめて女子がセーラー服なら、犯人は女子生徒以外ってことになるんだけど」

「それでも相当難しいけどな」


 女子、と聞いて一つ思い浮かんだ。


「もしかしたらそのボタン、三科さんのなんじゃないか? さっききたときに落としていったんだよ」

「残念ながら違う。俺は三科さんの全身を舐め回すようにみていたからわかる。そんなものは落としてなかった」

「この変態め……」


 おれは肩をすくめた。しかしすぐに気を取り直し、


「ここまで考えてわかったことがある」

「何だ?」

「これは鍵がないと無理だ」

「そうっぽいな。それが?」

「でも生徒が鍵を借りた形跡がない。つまりは教師の仕業なんだよ。それなら鍵が掛かる前に侵入できる」

「何しにここに入ったのかは知らんけど、そんなに暇じゃないだろ、教師って」

「わからないだろ。それに教師なら簡単に鍵を持ち出せる」

「教師も名簿に書かなきゃいけないけどな」


 おれは一瞬凍りついた。唖然として吐き捨てる。


「どんだけ律儀なシステムなんだよ……。でも、生徒と違って別に書かなくても持っていけるだろ?」

「まあ、そうだろうな。けど目立つぞ」

「目立ってもいいんだよ。まさか相手側も、部員が職員室に聞き込みにいくとは思わないだろ?」


 おれはにやりと笑う。


「おいおい亨さんよ、あんたノリノリだね」


 そういう剣也もこの状況を楽しんでいるようである。声が僅かに弾んでいた。

 剣也は立ち上がった。


「んじゃいくか。八時十五分から一時限目終了までの間に職員室から抜けた人。もしくは、」

「名簿に名前を記入せずに日史研の鍵を借りた教師を探しに」


 おれたちは意気揚々と廊下に出た。この場から去る直前、念のためピッキングの痕跡を確認してみたが、それらしきものはなかった。それは隣の空き教室の引き戸も同様であった。

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