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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
盗まれたD / 密室からの消失
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白雪姫北へ 前日談



 あまり平穏とは言い難くはあったが、もうすぐ高校に入学してから四ヶ月が経とうとしていた。夏休みまで今日を含めてあと三日である。一年生はもちろん、他の学年の生徒たちが浮き足立っているのは、登校中や休み時間に見る彼らの様子から察せられた。


 おれはというと、長期休暇に入ったところで別段予定もないし、暇な時間が増えるだけだから休みにならなくてもいいんじゃないかと思っていた。自主勉しろよと言われたらそれまでであるが。


 そんな捻くれた考えを抱いていたからか、授業前の朝一番に荒巻会長にメールで呼び出されたのには驚いた。この間の連続パイ投げ事件は無事、荒巻会長が戸部さんのお母さんに正義の鉄拳を食らわせることで解決したと、奥道さんから聞いた。本当に食らわせたのかは定かではないが。


 先の事件は解決しているので、それ絡みの話ではないだろうと思いながら生徒会室へ入ると、開口一番に荒巻会長が言った。


「生野、八月の八日と九日と十日と十一日の予定はあるか?」

「ありません」

「予定が入ることはあり得るか?」

「あるかもしれませんけど、大したことない用事なのは間違いないですね」

「そうか……。じゃあ海いかね?」

「はい……はい?」


 流れで返事をしてしまったがちょっと待て。


「おれと会長が、ですか? 意味わからないんですけど……」


 この前事件解決に協力したけれど、それだけの関係である。別段親しいわけではない。

 荒巻会長はため息を吐いた。


「話は最後まで聞けい。海にいくっつっても、二人仲良くわいわい水かけ合って遊ぶわけではないぞ。そんなのキモいだろ?」

「はい……!」

「力強い返事サンキュー。お前に訊いたのはだな、俺や美善と一緒に海の家でバイトをしないか、っていうことなんだよ」


 まるで社長秘書のように荒巻会長の座る椅子の右脇に控えていた奥道さんに視線をやると、彼女がこくりと頷いてきた。

 おれは首を傾げ、


「あの、この学校バイト禁止ですよね」

「そこか!? どういう事情なのかを訊く前にそこか!?」

「いえ……だって学校を誰よりも愛している会長が校則を破るものなのかと……」


 荒巻会長は腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けてふんぞり返った。


「確かに俺は学校を愛している。けどそれとこれとは話が別だろうが。俺は頭が固くて融通の利かない真面目生徒会長キャラでは売ってねえんだよ」

「はあ」

「バイトは禁止だがよ、ぶっちゃけバレなきゃいいんだよ。県外でのバイトならバレる可能性は万に一つもない。だからオーケーなんだ」

「そういうものですか?」

「そういうもんだ」


 そういうものらしい。


「それで、どうしておれを誘うんですか?」


 荒巻会長は待ってましたとばかりににやりと笑った。


「最初から説明するとしよう。海を家でバイトをするっつったろ? 実はその海の家は俺の叔父やら従兄弟やら――つまり親戚だな――が経営してるんだ」

「一年中海の家を?」


 そんなわけあるはずないが一応訊いておく。


「普段は海からほど近くにある旅館を経営している。夏の間だけバイトを雇って海の家もやってるんだ。ところが、俺がさっき言った日付にシフトに入っていてくれてた大学生たちが友人の結婚式に招待されたらしくて人手が足りなくなっちまったのさ。そこで俺に連絡がきて、誰か連れてきてくれと誘われたわけだ」

「で、何でおれを?」

「生徒会の役員や森谷たちに声をかけたんたが、美善以外全員都合が合わなかったんだ。友達を誘う手もあったんだが、流石に受験生にそれは悪いと思ってな。ま、俺も受験生なんだけど」


 荒巻会長はビシッとおれを指差し、


「そこで、お前に白羽の矢が立ったわけだ。一年生だし、良い奴そうだし、暇そうだしと文句無しに条件が揃っているからな」


 最後のいらないだろ。実際当たっているから反論できないが。


「で、どうだ? 引き受けてくれるか?」


 少しだけ考えた。働いたことなどないおれに、果たして接客など務まるのか、と。しかしまあ結局のところ暇だったので、


「いいですよ。やります」

「よしっ。じゃあお前の友達にも声をかけてくれ。人手はもうちょいほしいからな。できれば料理できたり、愛想がよかったりする奴を頼む」


 結構無茶なお願いである。あてはあるが。

 荒巻会長は満足な笑みを浮かべながら、


「宿とかは気にしなくてもいいぜ。親戚が経営してる旅館にタダで泊めて貰えるからな」

「へぇ……いいんですか、それ?」

「当たり前だろ。受験生にこんなことを頼んできたんだ。そんくらいやってくれなきゃ困るってもんよ」


 そんなことやってて自分の方の勉強は大丈夫なのだろうか。おれが気にすることでもないと思うけれど。

 荒巻会長は思い出したように指ぱっちんをした。最近知ったがこれはフィンガースナップというらしい。


「そうだそうだ。この前のパイ投げ事件のお礼に白本の奴も誘ってみてくれ。タダで海にいけるぞ、ってな」

「お礼って……バイトさせることがですか?」


 おれはジト目でつっこむ。


「時間が空いたら遊べるかもしれねえだろ。それに新鮮な海鮮料理も食えるぞ。あっちの魚は旨いからな」

「そういえば……どの県にいくんですか?」

「ん? ……そういや言ってなかったか。石川県だ」



 ◇◆◇



「と、言うことで、夏休みに海の家でバイトをすることになったんだけど、委員長、予定空いてる?」


 教室に戻ったおれはすぐさま委員長を勧誘した。その理由は、


「委員長って料理もできるし、接客とかも上手そうだから会長が欲していた人材だと思うんだ」


 荒巻会長は料理ができたり、愛想のいい人をご所望だったはずだ。委員長はその条件に完璧なまでに当てはまっている。

 委員長は初めのうちは海――というかバイト――に誘われてびっくりしたようだったが、すぐに申し訳なさそうな顔を浮かべ、


「ごめん。八月の初日から二週間、東京に住んでる伯母さんと従姉妹が泊まりにくるんだ。演劇部が全国大会に出るから、それを観たいらしいんだ」

「そうなんだ。それじゃあ無理だね」

「その従姉妹って、歳はいくつなんだ?」


 後ろで聞いていた剣也が口を挟んできた。


「私たちと同い年だよ」


 剣也は腕を組みしげしげと頷いた。


「東京の女子高生か……なかなかそそるワードだな。まあ年上にしか興味ないから別にいいんだけど」


 委員長は苦笑した。


「たぶん、浅倉君が想像してるような感じの子じゃないよ。可愛くて優しい子だけどかなり活発な子だから。運動神経もすごくて、空手とかやってたからかなり強いし。……本人は文学少女を目指してるらしいけどね」

「結構、変わった子なんだね」


 委員長の隣にいた白本さんが呟いた。


「そうだね。あっ、それから、高校に入ってからの生野くんみたいに、昔からよく変な事件に遭遇するって言ってた。その話も何回か聞いたことがあるよ」

「マジか。亨以外にもそんな人がいたとは」


 剣也が唖然とする。おれとしてはその姿も名前も知らぬ女の子にシンパシーを感じてしまう。


「最近だと友達が密室盗難事件の犯人にされかけたのを助けたって。事件を解決したのは男友達らしいけど」

「まるっきり亨だな」

「生野くんだね」

「おれだな」


 話を聞いて三人で唸ってしまった。

 委員長の従姉妹に興味は尽きないが、これでは話が進まないので会話の流れを切ることにする。


「委員長は来れないとして、白本さんはどう? 会長は来てほしがってたけど」


 白本さんは首を捻った。


「わたしは両親に訊いてみないと何とも……」


 それもそうか。

 他に誰を誘おうか。丈二かカミハラか、それとも蓮雄さん……は、やめておこう。そもそもあの人には時間がない。

 料理ができる人にはまだあてはある。妹の響だ。自分の料理の腕を発揮できるバイトなので、きっと二つ返事で了承するだろう。おまけにあいつは愛想もいい。


「亨さん亨さん。誰か忘れてないか?」


 剣也が会心の笑みを浮かべながら言ってきた。


「お前、毎年八月の九日と十日はお祖母さんの家にいってなかったか? お祖父さんの命日だとかで」


 即行で指摘すると、剣也は即行で思い出したようで、即行で悔しがった。


「そ、そうだった……! 完全に忘れてた! だって祖父さん生まれる前に死んでるんだもの! ちくしょう、山ばっかの高山よりも海にいきたかった!」


 想像より遥かに嘆いてるな。


「何でそんな悲しがってんだよ。たかが海だろ。それに遊びにいくんじゃなくてバイトにいくんだからな」

「たかが海だと!? ……何でお前はそんなテンションが変わらねえんだよ。海だぞ? テンション上げろよ岐阜県民だろ」


 それは海なし県だからということか?


「いいじゃないか、高山も。観光都市だし。カミハラも何かのアニメの聖地だとか言ってたじゃねえか」

「観光都市なのはほんの一部分だけなんだよ。祖母ちゃんの家があるのは山の中なんだ。それに高山はいこうと思えばいつでもいける」

「会長に聞いた話じゃ、石川県にもいつでもいけるらしいぞ。というか車でいくから、高山を通るらしいし」

「通ったついでに乗せてってくれ!」

「車は車でも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくる代物じゃないだろうから時は越えられないと思う。だから無理だ」


 おれと剣也のこのコントじみた会話を笑顔で聞いていた委員長が不意にポンと手を打った。


「そうだ、夏休みで思い出したよ。部長に生野君たちを誘うように言われてたんだ」


 おれたち三人は顔を見合わせた。

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