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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
顔覆う白い襲撃者
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二人が気付くとき



「こんな感じで事件の捜査を手伝うことになった」


 翌朝。おれは剣也に『連続パイ投げ事件』のことを説明していた。本当はあまり言いふらすべきではないのだろうが、剣也相手だとどうしても口が軽くなってしまう。幼なじみ同士のさがである。


 話を聞き終えた剣也は呆れたようなため息を吐いた。


「亨……お前、マジで呪われてんじゃね?」

「……かもしれない、と思い始めてる」


 いくら何でもここ最近の変なことへの巻き込まれっぷりは半端ではないと思う。

 と、ここでポケットのスマホが震えるのを感じた。取り出して見てみると、荒巻会長からメールが着ていた。内容はこうだった。



『白本を連れて生徒会室に来い

 緊急だ』



 何かあったのか。


「ちょっと荒巻会長に呼ばれたからいってくる」

「おう。まあ頑張れ」


 おれは席で突っ伏して眠っていた白本さんを揺すって起こし、事情を説明した。


「会長から連絡が……? 何の用なのかな?」

「事件絡みのこと、だろうね……」


 『緊急』とあったので足早に生徒会室へと向かう。ノックして引き戸を開けると、荒巻会長がいきなり大声で怒鳴ってきた。


「犯人の野郎、とんでもない挑発をしてきやがったぜ!」

「な、何ですか、いきなり……!?」 


 荒巻会長は腕を組んで大層ご立腹しているようである。

 困惑するおれたちに、横から奥道さんが折り目のついたA4サイズの紙を一枚差し出してきた。


「先ほど会長が登校したとき、下駄箱にこれが入っていたそうです」


 白本さんが受け取ったそれを覗き見てみる。そこには残された茶封筒に入っていたメモと似たような筆跡でこう書かれていた。


『次は二年A組の生徒の顔をパイまみれにする』


 これは……。

 白本さんが用紙から顔を上げた。


「犯行予告、ですか?」

「おそらくな。……ったく、舐めたまねしてくれるぜ」


 荒巻会長はバシッと右拳で左手の平を叩いた。

 おれはもう一度用紙に目を落とす。


「犯人の狙いがわかりませんね。パイを投げつけるのもですけど、なんだってこんな犯行予告なんて……」

「生徒会への挑戦だな。封筒に入ってたメモもそれを物語ってる」

「『生徒会へ行け』というメモですか?」


 白本さんが尋ねた。


「ああ。犯人は生徒会と戦いたいんだろう。パイはそのための道具ってだけで、パイ投げに大した意味はないのかもしれねえ」

「ということは、犯人は生徒会に強い恨みを持っている人ってことになりますよ? ただ生徒会に挑戦したいってだけで三万円も出費するのは賢明とは言えませんから」

「そうなるな」


 荒巻会長は深く頷いた。


「生徒会が恨んでる人に心当たりは?」


 おれが訊いた。


「いや、ねえよ。自分で言うのもあれだが、いままで割と上手くやってきたつもりだ。それに俺たちは所詮生徒会なんだぜ? 普通の学校の生徒会がそんな恨まれるか?」


 それもそうか。有能で有名とはいえ、結局のところ生徒会は一生徒たちの集まりなのだ。ただ、この学校が普通じゃなかったら、どうなのだろうか?


「逆恨みしている人や、生徒会の素晴らしさに嫉妬している人が犯人かもしれないので、動機の方は考えても仕方ないかもしれません」


 奥道さんが表情を変えずに言った。

 彼女の言うことには一理あるかもしれない。突然パイを投げつけてくる人間の考えていることなどわかるはずもない。


「それで、どうするんですか?」


 白本さんが犯行予告の書かれた紙を二人に見せながら言った。

 荒巻会長はため息を吐きながら頭を掻き、


「それなんだよなあ。二Aの生徒全員を見張るなんて人が足りなさすぎてできねえし、そもそも本当にその犯行予告通り二Aの生徒が狙われるのかもわからん。二Aの生徒に注意するよう呼びかけるわけにもいかねえ」

「それに犯行時間もわかりませんしね。いままでは放課後でしたけど、今回もそうなのか……」


 奥道さんもやっぱり無表情だが弱気なことを言う。

 確かに二人の言うこともわかるが、しかしだからといってこのまま何もせずいるというのもあれだろう。二人ともそれをわかっているからこれ以上何も言わないのだろうが。


「とりあえず放課後になるまで待つか。人の多い時間帯に犯行に及ぶとは考えにくいしよ」


 結局、荒巻会長の提案通りにすることにした。



 ◇◆◇



 そして放課後になった。これまでに荒巻会長から連絡が来なかったということは、パイ投げ犯は放課後までに行動を起こさなかったということなのだろう。

 ちなみにおれと白本さんは何をしていたのかというと、昼休みに二人目の被害者・千代田芽衣さんに話を伺いにいった。


 しかし奥道さんから聞いたこと以上の情報は得られなかったのだが。ただ、個人的にはパルクールがどういうものなのかが知れたのですっきりした。


 現在、おれと白本さんは荒巻会長と一緒に生徒会室でお留守番をしている。他の方々……というか奥道さんと森谷さんはパトロール中だ。まだ見ぬ松木さんは夏風邪で休み。小林さんも家の用事で早く帰ってしまったらしい。


「そういや気になってたんだがよ」


 やることがなく、ぼうっとしていたおれたちに荒巻会長が声をかけてきた。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、


「生野と白本って付き合ってんのか?」

「はい!?」


 思わずうわずった声が漏れてしまった。


「何でそういう話になるんですか!?」

「いやあ、だって昨日一緒に帰ったんだろ? そりゃ気になるってもんだぜ」

「べ、別に付き合ってはないです。ただのクラスメイトですよ。昨日は諸々の事情があったってだけです」


 まあ、今日も萩原さんから一緒に帰ってくれと頼まれているが。


「そうなのか、白本?」


 白本さんは頬を赤く染めてこくりと頷いた。


「は、はい……。生野くんとは、そ、そういう関係じゃないです……」


 と、恥ずかしそうに語る彼女は異様に可愛くて少しドキドキしてしまう。

 荒巻会長はつまらなさそうにため息を吐いた。


「なあんだ、つまんねえな……。にしても暇だよな。俺たちもパトロールにいくか?」

「被害者を受けた人が訪ねてくるかもしれないので、やめた方がいいんじゃないですか?」


 気を取り直した白本さんが窘める。


「そうなんだよなあ。……じゃあ、しりとりでもするか?」

「ほんとに暇なんですね……」


 暇潰しの最終手段を提案してきた荒巻会長についつっこみを入れてしまう。

 幸いかどうかはわからないが、暇な時間はここで終了した。廊下からパタパタと足音が聞こえたと思ったら、勢いよく生徒会室の引き戸が開かれ、


「ちょっと聞いてくださいよお!」


 見覚えのある茶封筒を手にした男子生徒が現れた。



 ◇◆◇



 男子生徒の名前は上杉うえすぎ当麻とうま。クラスは二年A組。下駄箱に入っていた手紙で体育館裏に呼び出され、ワクワクしながら向かったらおれが見たのと同じ姿の不審者にパイを投げつけられたとのことだった。時間は生徒会室に来る五分ほど前らしいので、被害にあったのは四時十分くらいだろう。


 上杉さんは騙されてパイを顔面に食らったことをひとしきり嘆くと去っていった。

 その間に白本さんに眠気が到来したらしく、彼が出ていった後すぐに眠ってしまった。


 白本さんの睡眠中に奥道さんと森谷さんが帰ってきた。荒巻会長が呼び戻したらしい。

 荒巻会長が被害者が訪ねてきたことを説明すると、森谷さんは悔しそうに舌打ちした。


「クソッ! 一体犯人の野郎は何がしたいんだ!」

「白本さんはどんな感じですか?」


 奥道さんに訊かれ、おれは机に突っ伏している白本さんに目を向ける。


「寝てます。起きたら何かわかるかもしれません」


 尤も、被害者が一人増えただけで、情報量はさして増えていないのでこれで事件が解決するとは思えない。

 しかしおれたちには白本さんを信じるしかないので、彼女が寝る前に提示してきた睡眠時間十五分まで待つことにした。



 ◇◆◇



 白本さんが眠ってから十五分が経ったので、彼女の肩を揺すって起こす。白本さんはゆっくりと上体を持ち上げ、ぐっと伸びをした。

 まだ少し眠そうに目を擦る白本さんに荒巻会長が尋ねた。


「白本、事件のこと何かわかったか?」


 流石に白本さんでもわからないのではないか、と思っていたのだが、予想に反して白本さんは頷いた。


「はい。犯人まではわかりませんけど、被害者の法則性なら見つけました」

「本当に!?」


 つい大きな声が出てしまった。どうやらおれはあれだけ助けてもらっていたにも関わらず、白本さんの力を侮っていたらしい。

 しかし白本さんの表情は冴えない。


「でも……少ししっくりこないんです。荒巻会長」

「なんだ?」

「二年A組の生徒全員の名前はわかりますか?」

「いや、全校生徒の顔と名前は憶えてはいるけど、流石にクラスまでは……。知りたいのか?」

「はい」

「んじゃ、森谷。ちょっと二Aまでひとっ走りして、ネームプレートの写メを撮ってこい」

「了解です」


 森谷さんはびしっと敬礼をすると、猛スピードで廊下を駆けていき……二分ほどで息を切らして帰ってきた。


「ほら……ぜぇ、撮ってきたぜ……はぁ……」


 森谷さんは息を切らしながらスマホを白本さんに突き出した。


「あ、ありがとうございます」


 その姿に呆気に取られながらも白本さんはスマホを受け取った。おれと奥道さんが両脇から覗き込む。

 画面に写っていたのは黒板の端に張り付けられた二年A組の生徒のネームプレートだ。白本さんはじっくり見つめると首を傾げた。


「おかしい……。わたしの推理、違うのかな……?」

「その推理ってどんなのなんですか? 法則性を見つけたって言ってましたけど」


 奥道さんが尋ねる。


「すごく単純な法則性ですよ。犯人は()()()()で標的を決めていたんです」

「しりとり?」


 四人の声が重なった。

 荒巻会長が腕を組み、


森谷もりたに船市せんいち千代田ちよだ芽衣めいか。……あれ、でもよ」


 森谷さんが言葉を継いで、


「生野は違えよな? だって『う』なんだし。まあ、りょうからの上杉うえすぎはいけるけど」


 彼らの疑問は尤もだろう。しかしこの苗字と付き合いの長いおれにはすぐにピンときた。


「もしかして犯人は生野うぶや生野いくのと読んでしまったのかもしれません。というか普通の人はそう読みます」


 おそらく生野と書いて『うぶや』と読む家系は我が家だけだ。

 奥道さんさ納得したように頷いた。


「なるほど。それなら芽衣めい生野いくのりょう上杉うえすぎと続きますね。……ですが、白本さんは何が気になっているんですか?」


 確かにそれは気になる。偶然と考えるにはできすぎているし、法則性はこれで間違いなさそうだが……。

 白本さんは森谷さんのスマホをおれたちに向け、


「二年A組には頭文字が『う』の人物が上杉先輩しかいないんです。この法則性、生野くんの名前が本当に生野いくのだったら簡単にわかっていたと思いませんか?」

「ううむ……簡単かどうかはさておき、わかりやすくはあっただろうな」


 荒巻会長が頼りない返答をする。


「そのわかりやすい法則性に則っている犯人は頭文字『う』が一人しかいない二年A組の生徒を狙う、と予告をしているんです。おかしくないですか? こんなの捕まえてくださいと言っているようなものですよね?」


 おれたち四人は黙り込んでしまった。比較的簡単な法則性で動いている犯人がそんな挑発的で危険なことをするだろうか? ということは白本さんの推理は間違っているのだろうか。


「ねぇ、生野くん」


 考え込んでいると白本さんが話しかけてきた。


「ん、どうしたの?」

「犯人を絞る上で生野くんに訊きたいことがあるんだ」

「なに?」

「生野くんの苗字の読み方は知らなくて、下の名前の読み方だけ知ってる人に心当たりはない?」

「……いや、ないけど、その人が犯人なの?」


 白本さんはこくりと頷く。


「生野くんの名前、りょうって『とおる』とも読めるよね? 法則性がしりとりだとすると、犯人は生野くんの名前をとおるじゃなくて間違えずにりょうと読んでることになるの」

「言われてみれば。けど、そんな人に心当たりはないかな……」

「そっか……。じゃあそもそもしりとりが間違ってるのかな」


 自信なさげに白本さんは呟く。

 名前は偶然の一致……ということなのだろうか?

 全員が無言で考え始める。おれはというと、白本さんでもわからないことがおれにわかりますかい、と早々に諦めていた。長机に置いておいたバッグから水筒を取り出す。


 それにしても、犯人がしりとりでターゲットを決めていたとすると、また名前を間違えられたことになる。破れたラブレター事件のときほど壮絶な間違え方ではないけれど……。


 ……ん? 何か引っかかることがあり、水筒を口から離した。何だろう。いま、何が引っかかったんだ?

 心にモヤモヤしたものを抱えていると、白本さんが声をかけてきた。


「生野くん、封筒落としたよ」


 見ると、おれも白本さんの座る椅子の間に例の茶封筒が落ちていた。口から千円札の頭が剥き出ている。水筒を取り出すときに落ちたのだろう。昨日から茶封筒はバッグに入れっぱなしにしていた。協力者になったからか、荒巻会長は茶封筒を預かろうとしなかったのだ。


 白本さんが封筒を拾い上げ、おれの方に差し出してくる。おれもそれを受け取ろうと右手を出すが、おれのその手と白本さんの手が同時にとまった。


 拾う……? そうだ!

 モヤモヤが晴れた。何に引っかかっていたのかわかったのだ。白本さんの言っていた、おれの下の名前の読み方しか知らない人が誰なのかわかったのだ。


 一方の白本さんも何かに気が付いたのか封筒を片手に硬直していた。


「そうか……そうだったんだ」


 白本さんはおれたちを見回し、言った。


「犯人の目的が、わかりました」


 それに続くことにする。


「おれも、犯人が誰かわかりました」

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