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白雪姫は事件の夢を見る  作者: 赤羽 翼
顔覆う白い襲撃者
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生徒会長見参!



 やや小柄でノリの軽そうな雰囲気――どこか剣也に似てるな――の男子生徒が入ってきた。

 何度か見たことがある。我が谷津川高校の生徒会長・荒巻あらまき政宗まさむねさんだ。学年は三年生。普通の学校ならこの時期には既に生徒会長は引退しているはずだが、谷津川高校の生徒会長は文化祭が終わるまで籍を置かなければならないらしい。


「『連続パイ投げ事件』の話なら、俺も混ぜてもらうぜ」

「会長、お疲れ様です!」

「おう。ってかいちいち声がでけえよ森谷」


 荒巻会長は室内をずんずんと進み、『会長用』デスクに腰掛けた。

 奥道さんが尋ねる。


「会長、吹奏楽部を問題は解決できましたか?」

「まあな。実は全部ただの誤解でよ。三角関係も何も本当は誰も蓬田のことは好きじゃないってことが発覚したんだ。その流れで問題解決だ」

「なるほど。流石は会長です」


 状況や事情はよくわからないが、蓮雄さんがなんか可哀想なことになったということはよくわかった。

 それで、と荒巻会長はおれと白本さんに視線を移した。


「生野と白本、どっちがパイ投げの被害者なんだ? もしかして両方か? それとも被害者でもなんでもない?」


 おれたちは顔を見合わせてしまった。

 白本さんが口を開く。


「あの、どうしてわたしたちの名前を知ってるんですか? わたしたち、名乗ってないのに……」

「ん? 生徒会長だからに決まってんだろ?」


 荒巻会長はきょとんとした顔で言った。

 いやいやいや、


「答えになってないですよ」


 思わずつっこんでしまう。困惑するおれと白本さんに奥道さんが教えてくれた。


「簡単な話ですよ。会長は全校生徒の顔と名前を憶えているんです」

「え?」


 変な声が漏れてしまった。全校生徒の顔と名前を憶えているって……そんなの、教師の中にもいないんじゃなかろうか。


「どうしてそんなことを……?」

「さっきも言ったけど、生徒会長だからだよ」

「全国探してもそんな生徒会長いやしませんよ」


 おれのつっこみに荒巻会長はわっはっはと笑った。


「うん、まあ、そりゃそうだわな。それじゃあ付け加えるとしよう。俺が全生徒の顔と名前を憶えているのは、俺が生徒会長で、この学校を愛しているからだ」


 白本さんと二人、目をぱちくりと瞬かせる。わからない。全然わからない。

 しかし他の三人は、


「やはり素敵です、会長」

「よっ、日本一!」

「ふっ、よせやいよせやい」


 とか言ってじゃれついている。


「深くは考えない方がいいかもね」

「う、うん、そうみたいだね……」


 おれが小声で言うと、白本さんも小さな声で苦笑してきた。


「ともかく、だ」


 荒巻会長が不意に真剣な声を発した。


「俺の愛するこの学校で正体不明の不審者を侍らせておくわけにはいかねえ。けど不審者も生徒の可能性があるし、何か訳ありなのは想像できるから教師に協力を仰ぎたくはない。犯人の処罰はそいつをとっ捕まえて事情を聞いた上で決めたいと思ってる。なるべく生徒の肩書きに傷はつけたくないんでね。まあもちろん、理由によっちゃ教師と突き出すけどよ」


 話を聞いていて彼が慕われる理由とこの生徒会が頼られる理由がわかった気がした。この人はおそらく、教師よりも生徒思いなのだ。そしてちゃんと厳しさも持ち合わせている。一見ノリの軽そうな人に見えるが――先ほどの言動をから推察するに実際に軽いのだろうが――、しっかりと揺るがない信念を保持しているようだ。


「そういうわけだから、『連続パイ投げ事件』の話なら俺も加えてほしい。そのためにも、どうして生野と白本がここにいるのか、まずはその経緯を知りたい。説明を頼むぜ美善」

「わかりました」


 奥道さんが簡単に説明した。被害者がおれだということ。白本さんが事件解決に協力しているということ。彼女にはいくつか実績があるということ。

 説明を聞き終えた荒巻会長は、ほぇ、という変な息を吐き出した。


「まさかこの学校でそんなにも変な事件が起こってたとはなあ。やっぱ谷津川高校は面白いぜ。密室事件とか、普通の学校じゃまず起きないもんな」


 どうやら荒巻会長はまだ知らなかった谷津川高校の姿に関心を持ったらしい。ただ一つ言わせてもらうと、巻き込まれる側からすると大して面白くはない。いや、最初のころはおれも面白がっていたが。


「よっしゃ。事情はわかった。じゃあ俺が乱入する直前のやりとりに戻ってくれていいぜ」

「わかりました。では白本さん、何か他に知りたい情報などはありますか?」


 奥道さんが訊いた。


「ここにいる生野くんも含めて、被害者の方に共通点とかはありませんか?」

「共通点、ですか……」

「はい。例えば部活とか」


 白本さんのことだからわかって言っているのだろうがその線はない。

 現に森谷さんが両手を頭の後ろに回し唸り声を上げている。


「うーん、部活はないな。俺、帰宅部だし。千代田先輩は話にも出たけどパルクール同好会だ。生野は?」

「おれはアナログゲーム部です」

「まぁた変なとこに入ってんなお前も」


 荒巻会長が笑いながら言った。尤もすぎておれからも苦笑が漏れるが、そこであることに気がついた。しかしこのことは事件と一ミリも関係していないのでいまは黙っておくことにする。


「他にはありますか?」


 奥道さんが白本さんに引き続いて尋ねた。

 白本さんは思案する表情を浮かべ、


「そうですね……出身中学校や小学校、とかはどうですか?」

「森谷、お前どこ出身だ?」

「俺ですか? 小学校が南小で中学は二中ですけど。さして珍しくはないですね」

「生野は?」

「小学校は東小で中学は二中です。おれも別段珍しくはないですね。探せば余裕で百人くらいはいると思いますよ」

「でも二人とも中学は同じですね」


 奥道さんの言葉に荒巻会長は首を振り、


「二人はそうだけど、千代田は違え。あいつ隣の市出身だからな」

「そうですか……」


 白本さんは特にがっかりした感じもなく呟いた。どうやらまだ眠気はきていないようだ。


「他に何かあるかねえ」


 荒巻会長は腕を組んで考え込む。

 おれも一つ考えてみた。


「『組』っていうのはどうですか? おれは一年B組ですけど」

「残念。俺はC組だ」


 森谷さんに即座に否定される。しかし諦めない。犯人が『組がかぶらないよう犯行を重ねる』というルールを課している可能性もなくはない。


「千代田さんの組は?」

「あいつは俺と同じB組だよ」


 荒巻会長が答えた。

 おれの推理は――もともと当たっているとは思ってないが――見事に外れたようだ。


「そもそも共通点なんてあるのか? 無差別ってことも考えられるし、むしろそっちの方が可能性高くねえか?」


 森谷さんが首を捻りながら言った。


「そうかもしれません。ですけど、無差別に狙うならパルクールなんていう激しい動きをしている最中の人を標的にするのか疑問なんですよね」

「言われてみれば、確かに」


 さらっと流していたけど、そもそもパルクールって何?


「もしかしたら共通点ではなく、法則性の可能性もありますけど」


 法則性というと、おれがさっき考えたような『組をかぶらせない』みたいなものか。しかし、


「ぱっと考えた限り、法則性も思い浮かばないけどね」

「そうですね……。あ、こういうのはどうですか?」


 奥道さんは人差し指をぴんと立てた。


「法則性ではなく共通点ですが、三人に共通の知人がいるというのは?」

「そいつはわかりやすいな。その知人が犯人の可能性もある。千代田がいないのは残念だが、森谷と生野、二人で知り合いを一人ずつ交互に挙げてけ」


 荒巻会長に指示されたので、そうすることにする。


「じゃあおれからいきますね。浅倉剣也」

「知らねえ。北本きたもとただし

「知りません。丈二貴久」

「知らねえ。篤宮あつみや啓太郎けいたろう

「知りません。各務原雅士」

「知らねえ。そいつら一年生か?」

「はい」

「二年生以上で頼む。元原もとはら海児かいじ

「知りません。蓬田蓮雄」

「名前は知ってる。苗木なえぎみなみ」

「知りません。的――」

「いやもういい」


 長くなりそうと判断したのか荒巻会長がとめに入った。

 荒巻会長はため息を吐きながら、


「共通の知人がいるっていう線もなさそうだな」


 何となくそんな感じはしていた。そもそも知人の線引きがどこからどこまでなのかわからない。例えばおれと三科さんは知人と言えるのか、とか。


 しかしいまの何とも言えない時間はまるっきり無駄だったというわけではなく、隣に座る白本さんの眠気を誘うくらいに有用だったらしい。


 いつの間にやら白本さんがこくりこくりと船を漕ぎ始めている。


「白本さん、大丈夫ですか?」


 奥道さんが表情はないが心配そうな声をかけた。

 おれが答える。


「大丈夫ですよ。これが白本さんなりの推理方法なんです」


 おれは白本さんが眠って推理をすることを三人に説明した。


「ほお……そりゃまた、珍妙な推理方法だな。よく眠るとは、噂で聞いてたけどよ」


 荒巻会長が興味深そうに呟く。

 

「生野くん……十分経ったら起こして……」


 こうして白本さんは眠りについた。

 白本さんが眠っている間に荒巻会長に訊きたいことがあった。事件とはおそらく一ミリも関係していないことだが。


「あの、会長」

「ん? どうした生野」

「おれの部活に部費を恵んでやってください」


 荒巻会長は眉をひそめた。


「お前の部活ってアナログゲーム部だろ? そいつは無理ってもんだぜ。部員全員が幽霊部員の部活に予算は割けねえ」


 やっぱりそう思われていたのか。アナログゲーム部には部費がきていない。この学校では実績がなくても活動している部員さえいれば――かなり少ないが――部費を恵んでもらえる。しかしそれすらないということは……。


「すいません。部員全員が幽霊部員っていうわけじゃありません。部長はしっかりと毎日活動してるんです」

「え!? ……部長って、誰だっけ?」

「的場凪子さんです」

「的、場……? ああはいはい。的場ね、はいはい。わかってるわかってる。的場な」


 絶対わかってないだろこの人。ため息が漏れた。

 やはり的場さん、存在を忘れ去られていたか。全校生徒の顔と名前を記憶していると自負する人にすら憶えられていないとは。あの人は泣いていいと思う。



 ◇◆◇



 十数分後おれは白本さんを家に送り届けるべく歩いていた。結果から言うと、流石の白本さんでも今回の事件は情報量が乏しすぎてまだ解決できそうにないとのことだった。事件のことは明日に持ち越し、というわけである。


 ただ、わかったこともある。白本さん曰わく、犯人の身長は荒巻会長や奥道さんと同じ一六四、五センチとのことだった。記憶の中にある不審者の身長を色んな人に照らし合わせていたらしい。そんなことまでできるのか、と関心してしまった。


「ごめんね、生野くん……わたしが事件解決に協力したい、なんて言ったから巻き込むことになっちゃって」


 白本さんが謝ってきた。おれは首を振り、


「いや、どっちかっていうと巻き込んだのはおれの方だよ。そもそもはおれがパイを食らったせいだし……」


 それに普段おれが巻き込みまくっているのだから、そこまで恐縮する必要はないと思う。


「まあ、どっちが巻き込んだとかはこの際どうでもいいよ。関わったからには解決に一役買わないとね」


 この言葉に白本さんは「そうだね」と笑った。

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